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111 箱の中の戦い

「プログラムアダプティブ。全リアクター稼働、スラスター推進力を上限の60%に設定、使用武装の選択領域を全制限ゼロから無制限オールへ移行、シミュレータマニューバを対人用から対魔獣用プロトコルへ変更、自己修復システムを事前起動、ステビライズ・マニュアル制御からフルシステム・オート作動へ書き換え入力完了――バイオオートマトン『クレイドール』、これより戦闘を開始します」


「…………」


 各種設定をいじくって戦闘準備を終えたらしいクレイドールに対し、ナインはただ腰を低く構えただけだった。

 両極端な両者だが、今この時、お互いだけを見ているという点では一致している。


 何かを確かめ合うように視線を交差させ――


 ナインとクレイドールは示し合わしたようにふわりと浮き上がり、相手目掛けて飛んだ。


「ふん!」

「――、」


 二人は舞台中央で激突。互いに手と手を掴み合い、腕を組み合わせる。両手両足と背中に設置されたスラスターからの推力で押し込まんとするクレイドールに、ナインもまた己が腕力で対抗する。


 押し合いを続ける両者は組み合った状態のまま少しずつ場所を移動していく。

 舞台を離れ、客席の上まで横滑りするように動きながら――段々と劣勢になっているのはクレイドールのほうであった。


「なかなかやるじゃねえか……! だが、こっからぁ!」

「……!」


 ナインが上へ、クレイドールが下へ。

 僅かずつではあるがはっきりと押されていることを知覚した彼女は。


「推進力を上限の80%へ再設定」


「ん――だ、と……!」


 クレイドールの各部スラスターがその勢いを強めた。すると押し込んでいたはずのナインが、みるみるうちに位置を戻される。二人の位置は元通り……どころか、今度はナインのほうが抑えきれず、逆に押されることとなった。


 この逆転現象に彼女は驚愕する。いくら苦手な空中とはいえ、まさか力負けするとは夢にも思っていなかったのだ。


「ぐ、くく……!」


 沈む体を踏ん張るように留め、堪えるナイン。しかし彼女は今や、上から押さえ込まれるような姿勢になっている。それでも持ちこたえているのは意地だろうか。単純な腕の力――この場合はそれだけを競っているわけではないが――で如何に人外であろうと少女の見た目をした相手に後れを取りたくない、という自分も少女であることを棚に上げた元男子としての小さなプライドだ。


 しかしそんなちっぽけな意地など、クレイドールからしてみればあろうがなかろうがなんの関係もなく。

 彼女はただただ機械的に、勝利を目指すだけである。


「エルモスライト使用」


 クレイドールの胸部。メイド服の内側が青白く輝き、そこから一筋の閃光が瞬いた。その光は瞬間的にナインへ到達する。


「な……ががががっ」


 バチバチバチ! といつか雷に打たれた時を彷彿とさせる痺れがナインの全身を襲った。抵抗のしようもないショック症状により、少女は両腕に込めていた力も抜いて完全なる無防備を晒してしまう。


 そしてその好機を逃すクレイドールではない。


「推進力を100%(・・・・)へ再設定(・・・・)


 リアクターの全力稼働によりスラスターの出力を上限まで振り切る。

 当然、力を抜いた状態であるナインにそれを防ぐ術などなく。


「! ――っぎあ!」


 凄まじい速度での落下。座席を蹴散らすように、ナインは劇場の床へ叩きつけられる。だがクレイドールはこの程度で手を緩める気はないようだった。


 がしり、と地に伏したナインの頭部を左手で掴んだ彼女はそのまま飛行を始める。

 ガリガリガリガリ! とナインの顔で床を削るようにして小さな箱をこれでもかと破壊し、廃墟の劇場をより廃墟然とした見た目に造り変えていく。それからクレイドールは勢いをつけて上方へと少女を放り投げた。


 埃を被った照明が配置されている天井付近を舞うナインへ、クレイドールは両手を向ける。

 正確には手の十指、その指先で照準を合わせたのだ。


「フォトンレーザー十門照射」


 十本のレーザーがナインへ殺到し、その全てが寸分たがわぬタイミングで命中した。目を覆いたくなるようなフラッシュと衝撃音。その渦中にいたナインは弾かれるようにして墜落し、舞台上へと打ち付けられた。


「ぐ、……」


 起き上がろうと手を突くナインの眼前に、エナメルのローヒールがこつりと着地する。

 クータやジャラザが履きたがらないタイプの靴。

 それが誰の足であるかなど、考えるまでもない。


「サイコフィラーブレード展開」


 左腕から薄緑に輝く半透明の刃を生やしたクレイドール。

 ブウゥン、と高周波の振動が鳴る。


 ぐっと足に力を入れて立ち上がったナインは、その武装を見て思わず苦言を呈す。


「なあ、おい……殺傷行為以外を解禁、って言ってなかったか? どうもさっきから、俺を殺す気満々に思えるんだが……?」


「測定と戦闘データを参照した計算は事前に終えています。この程度であなたは死なない」


 緑刃が閃く。振りかざされたエネルギー状の剣からナインは身を躱す。続けざまに様々な角度から迫る刃を丁寧に避けていく。クレイドールの剣速はかなりのものだが、そこに技はない。ただ『振っている』だけだ。より効果的な角度を探すことはしているようだが術理には程遠く、単調とさえ言える。如何に腕の振りが速くともナインの動体視力と反射神経であれば、たとえどれだけの長時間に及ぼうと躱し続けることは容易いだろう。


 機械としての対応力で何が起きても動じることなく対処し得るクレイドールはしかし、だからこその欠点も持ち合わせている。


 それは無知。


 彼女には詰め込まれた情報としての知識はあっても知恵はない。学習機能はあっても自分で考え、悩むことがない――即ち今の彼女は赤ん坊にも等しい状態なのだ。完成してから十余年、一度も研究室から出たことのなかった彼女は正しく初めてのことばかりを体験しているところである。


 戦闘行為も同じだ。プログラミングはされていてもそれは決して生きた情報ではない。戦いながら自身で修正をかけていくのがこの場合の『最適』のはずだが、クレイドールはそれができていなかった――今、この瞬間までは。


 ヒットしてもおかしくないはずの攻撃がこうも連続して外れることに、彼女は初めて表情筋――という表現が適切かは極めて微妙だが――を動かした。

 ほんのちょっぴりだがはっきりと、焦れを感じさせるように眉を動かしたのだ。


「――――」


 ナインはそれを予想することができなかった。口調も戦い方も機械的な彼女が「工夫を凝らす」ことをするなどとは……とはいえ、キャンディナやバーハルといった刀剣の優れた使い手と交戦経験のあるナインにとっては、それが故に想像が及ばなかったのも無理からぬことであったのかもしれない。


 だから彼女は横なぎに振られた剣に、特に思うこともなくスウェーで躱し――


「ブレード最大展開」


 刃が伸びたことに目を丸くする。


 彼女の剣に実体はない。左腕に備え付けられた第三リアクターから生み出されたエネルギーを刃の形に固定化した代物であり、その大きさや長さもある程度自在に調節が可能なのだ。だからこうやって、相手の意表を突く追い打ちを行うことができる。


「! チイッ!」


 目元でグンと伸びてきたブレードを嫌ってナインは舌を打った。

 己が油断を叱責したいところだがそんな暇はない。

 上半身を反らす不自然な姿勢からそれを回避するには、もっと不自然になるしかない。


 ナインは背骨も折れよとばかりに大きく体を反り曲げた。彼女の顔面に掠る距離で薄緑の光が通り過ぎていく。

 弾丸ではなく剣なのが残念ではあるが、少女の頭の中ではあの名作映画が蘇っていた。


(マ、マト〇ックス! まさかこんな無茶苦茶な避け方を実戦で実践する日が来るとは!)


 戦闘中にもかかわらず感慨に浸るナインは、今し方油断を後悔したところだということをもう忘れてしまっているようだ。


 彼女が自身の醜態を悟ったのは、少し離れた立ち位置から剣を振るっていたはずのクレイドールがいつの間にか、自身に覆いかぶさるようにして迫ってきていることに気付いた時だった。


(しまった……! クレイドールは人間じゃあないんだった!)


 腕を伸ばし肩を開き、足を伸ばし腱を張る――そういった刀剣を振り切った体勢から即座に敵へ接近することなど、本来ならどんな剣の達人だろうと実現しえぬ業である。


 しかし彼女は達人ではなくとも機械人形である。手足を動かさずともスラスターによる移動が可能なのだ。


 よって刃を避けたはいいがこうして決定的な隙を見せた相手に対し、彼女は迷いなく動いた――無論、勝負を決定づける致命的な一撃を与えるためにだ。


「…………」


 クレイドールは無言で巨大化させた故に取り回しのきかない刃を解き、空いている右手を振りかぶる。するとその手が瞬時に組み替えられて変形していく。

 ナインは見た。一回りほど大きくなったその腕が、まるで戦槌のように先を鈍く尖らせた鈍器へと変貌する様を。そしてそれが、己目掛けて勢いよく振り下ろされる光景を。


 風を切って戦槌が落ち――。


 ゴガン、と固く鈍重な音が小さな箱いっぱいに反響した。


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