108 噂と手紙と怪物少女
スフォニウスは闘錬演武大会の話題で持ち切りである。
「予選の前半が終わったか……今年も面白いチームが多くて本戦が楽しみだな!」
「ああ、誰が優勝するかお前も賭けるか?」
「もちろん! 予選組からのガチトトはさすがに手が出せなかったが本戦からは俺も賭けるぜ!」
「どのチームにするんだよ?」
「おいおい、まだ明日のBブロックの選出が控えてるのにもう予想か?」
「いいだろ、とりあえずAからだけでも選んでみろって」
大会の開催自体はともかくこの時期の街全体が騒がしくなるような雰囲気があまり好きではない、という住民は意外と多いが、それでも大多数の人々は熱に浮かされる。
「『ミシュラクション』凄くねえ!? あんな戦い方、俺はじめてみたぜ」
「ねー、私もちょっと憧れちゃうな。みんな綺麗な人たちだったし」
「ばっか、それ言うなら『カラミット』だろ? 気功の達人なんてそうそう見れねえぞ、俺ぜってー本戦でも応援する!」
「滅多に見れないっていったら『アダマンチア』なんじゃねえか? あの戦法で優勝したら超面白いんだけど」
「うーん、どうかしら。あれだと『アカデミーズ』と当たったら連続魔法でやられちゃう気がするけど」
闘錬演武大会が開催されている会場は客席だけでも延べ七万人以上を収容できるドーム型超巨大施設(舞台直上が開閉式屋根になっている)だが、それでもチケットの抽選に外れてあぶれてしまう見学希望者も多くいる。だがそんな不運な彼らもシアターの魔法や随時印刷される戦歴冊子によってリアルタイムから遅れること数時間程度でどんな戦いが繰り広げられたか詳細を知ることができる。
だから当然、大会初日ともなれば話題はそればかりになるというもので。
「断然『アンノウン』だろ! 見るからに只者じゃねえもん! リーダーのネームレス、ありゃきっと凄腕の殺し屋か何かだぜ」
「殺し屋がいかにも私は怪しい者ですって格好はしないだろ……」
「ていうかそんな奴が大会になんか出るわけないじゃん! 考えて物言えよ」
「俺としては『ファミリア』のティンクとか、『ナインズ』のジャラザなんかのほうがよっぽど殺し屋に見えるけどな。ほら、動きがプロって感じだったろ? どっちも女の子だけどさ」
それぞれがお気に入りであったり見ていて気になったチームについての想像や考察を交わす。突飛な発想で選手のバックボーンを勝手に決める者もいれば、試合で実際に見せた技だけを判断基準にする者もいる。
「初日勝ち上がった冒険者チームは『グローズ』ってのだけか」
「毎年初日からもっと多いんだけどな、本戦に進む冒険者。今回はたった一組しか残ってない」
「つまりそれだけ今年は変わり種のチームも強くてレベルが高いってことじゃないか?」
「でもやっぱ本命は冒険者ってことに変わりはないぜ、なんてったってあの等級五の冒険者チーム、『ヘルローシンス』のミドナ・チスキスが出るってんだから!」
「だけど、全員じゃなくてたった一人での出場なんだろ? いくら最高ランクの冒険者だからってどこまでやれるものかねえ」
「さてはお前、知らないんだな? 等級五まで昇りつめた人間ってのがどんだけ化け物かってことを」
Aブロックのトーナメントに組み込まれたチームは漏れなく話に上がり、高いネームバリューを持つミドナ・チスキスなどはまだ試合を行っていないにもかかわらず、その実力の程が披露されるのを大勢が待ち焦がれている。
そして、ネームバリューに関して言えばとある理由からミドナに次いで高い選手がいた――それは。
「なあ、この『ナインズ』のリーダーってさ……」
「あっ、お前も思った? これってやっぱさあ……」
「「エルトナーゼの謎の美少女だよな!」」
無邪気に笑い合う男たちが声を揃えて同じ見解を言った。
全国紙とは別に地方紙として発行される新聞はその全てを読もうと思えば大変な量になる。なので大抵の市民は首都と五大都市――勿論自分の住処を優先するが――の気になった新聞を選んで購入するというのが習慣になっている。中でもスフォニウスの住民はエルトナーゼ紙の購入率が高い。他の五大都市と比べて割と近い距離にあることや文化的な交流が定期的に行われていることがその理由なのだろうが、単純に毎日がお祭り騒ぎであるあの街に関しての記事は読み物として楽しいというのもある。
だからスフォニウスでは、他の街よりもエルトナーゼで起きた災害的事件、吸血鬼が暴れたせいだとまことしやかに噂されるかの被害についても詳しく知っていた。当然、復興の進み具合についても興味を持ち、街全体での支援も行ったし個人からのカンパが募られたりもした。
――その一環としてともに読まれた、とある日のエルトナーゼ紙に載った特集記事。
少女の仲間を二人引き連れた同じく少女の、怪力娘。素手で瓦礫を吹き飛ばし荒れた土地を踏み均すその怪物が如き力で単身ながらエルトナーゼの回復に多大な貢献を果たしたという、匿名美少女についての記事。
通称はその記事で紹介されていた、何故かリブレライト発祥であるという――『白亜の美少女』だ。
「絶対そうだよな! 特徴がまんま同じだし、あのパワー!」
「パンチだけで他の選手が何人も吹っ飛んでたもんな! あの特集はほんとのことだったんだ」
エルトナーゼ紙に時折見られる与太話を大きく膨らませただけの三文記事かと思っていた者も当時は多かった――が、その認識はひっくり返った。あの記事を覚えていた住民は今日、ナインという少女の度を越えた超パワーを目の当たりにし、書いてあったことがただの脚本や脚色でないことを理解したのだ。
記事が本物であるとするならば。
即ち、あのフードで隠されたその下には、目も眩まんばかりの美貌が潜んでいるのか――。
そういった期待も込められて、試合後のチーム『ナインズ』には万雷の拍手が贈られたのだ。
「なんだお前ら、『ナインズ』が気になってる口か?」
「え、ええ、まあ……」
ナインのことで盛り上がっていると、急に横から年配の男性に声をかけられ驚きつつも頷くと。
「なら急いだほうがいいんじゃねえか? もうファンクラブってのが出来上がってるみたいだぞ」
「「ええ! もう!?」」
「ああ。こういうのってあれだろ? 番号が若いほど価値があるんだろ? 早くしねえとどんどん後ろのほうになっち――って、もう行きやがった。どこで会員登録できるかも教えてやろうとしてたってのに」
そう零しながら男性は懐からあるカードを取り出した。
そこには現地語で彼の名前と117という番号。
それから最も大きな字で『ナインズファンクラブ会員証』と刻まれていた。
たった一度の試合で既に千人を超えるファンがついているなど、ナインはおろかクータやジャラザすらも予想は出来ていない……が、それで何に支障が出るということもなく。
かくして闘錬演武大会の一日目は終わりを告げるのだった。
◇◇◇
日を跨ぎ、翌日。闘錬演武大会の二日目。
街を最も騒がせていると言っても過言ではないナイン一行はというと、泊まり始めてから一週間を過ぎるホテルの一室で、あることに悩まされていた。
「試合を終えてから視線は感じなくなった」
窓際で外の通りを眺めていたナインが、カーテンを閉じて振り向く。
「そしてそれが部屋の前に置かれていた」
指を差す。ジャラザとクータがひざを突き合わせる椅子の合間にある背の低いテーブル。
そこには一通の手紙があった。
「関係がないとは、思えない。いくら呑気な俺でもな」
「同感だの。タイミングが合いすぎている」
手紙を見つめながらジャラザは同意する。
読むとはなしにナインに聞かせた文面をもう一度なぞる――その内容は『呼び出し』だ。
「じゃあこれは、ご主人様を見てたやつからの手紙?」
「おそらくな。場所も時間も指定されている。行くなら今からすぐ向かう必要があるか……いやに猶予がないな。まるで考える暇を与えないようにしているみたいじゃないか? 俺の気にし過ぎか?」
「どうかの。計画的にも思えるし、こちらの都合を全く考慮しないマイペースさにも感じる。ただどういうつもりにせよ、選択権は主様にある。行けば予選の残りが見られない。礼も義も失した無粋な呼びつけなのだから、堂々無視するというのも手ではあるぞ」
「いかないほうがいいよ、だってあやしーもん!」
「…………」
ナインはテーブルに近づき、手紙を手に取った。まだ異世界の文字には精通していないが、その筆致が馬鹿に丁寧なことはなんとなく分かった。
否、直角かつ均等なその字の羅列は、丁寧というより「正確」だ。書いたのではなくタイプされた文章と言われても納得できそうなほど。
そうやってしばらく判読しきれない文へ目を通したナインは、それをそっとテーブルに戻してから言った。
「俺はこの誘いに乗ってみようと思う」
「えー!」
「理由は?」
声を上げるクータと、静かに動機を訊ねるジャラザ。
リアクションは違うが二人とも主の判断を歓迎していないことだけは確かだった。
だがジャラザの言った通り、誘いを受けたのはナインで、一行のリーダーもナインで、どちらを選ぶかは彼女の一存次第である。
「この手紙を出したのがどんな種類のどんな目的の奴にせよ。こうしてコンタクトを取ってくるってことは『覚悟が決まってる』ってことだ。状況を動かす覚悟がな。こそこそと背後から視線を注いでいるだけなら変化はない、多少の気持ち悪さはあるがそれくらいなら俺だって我慢できる……だが」
これは看過できない、とナインは続けた。
「これで明確になるわけだ。実際に会って話してみれば――あるいはこれが罠で、戦うことになったとしても。必ず状況は動く。万理平定省絡みだろうがキャンディナ絡みだろうが、もし他の何かだとしても。俺には打って出るという選択肢以外はない」
手をこまねいてこれ以上の面倒事を背負い込みたくはないからな、と。
戦闘を想定しているからかいつもより厳しい顔つきのナイン。彼女の意気込みを受けて、クータとジャラザは何も言わずに頷く。
こうして方針が定まり、ナイン一行の予定は変更されるのだった。
「ご主人様、すっごいシリアス」
「悪事(聖冠)がバレたのではと戦々恐々なのだろう。犯罪者の心理よな」
「おいコラお前たち」