106 チーム『ナインズ』は驚異的
予選第二グループの試合を終えて、無事に勝ち残りを決めた冒険者チームの『グローズ』。
彼らは間を置かず、運営の手によって派遣された治癒院所属の高位治癒術師からの治療を受けていた。先の激闘では身の安全を第一にした立ち回りをチームで意識していたのだが、都合の悪いことに最後は優勝候補のチームと一騎打ちになってしまったのだ。
しかしながら他から目を付けられていたそのチーム――魔道具による遠距離攻撃が売りの『バスタール』である――はひたすら他チームとのぶつかり合いを避けて生き残った『グローズ』よりも遥かに損耗が激しく、射程の広さには苦労したもののどうにか勝利を掴むことができた。疲労はあるもののこの程度なら必要経費である……と割り切れているかは微妙なところであったが。
「ちっ、あんだけ疲れてても『バスタール』はなかなか手強かったな」とゴルバ。
「ああ、こっちも思ったより体力を消耗しちまったぜ」とガンド。
「大きな怪我こそなかったのはいいけど、これじゃちょっと厳しいな」とジョット。
「予選からしてこれか。やはり一筋縄でいく大会じゃあねえな……だが」
それでも優勝は俺たちのものだ、と鞭使いにしてチームの参謀役であるダンゲーは強い野望を胸に抱く。その思いは他の三名も一緒だ。
優勝のためには他の試合を見逃すわけにはいかない。幸いすぐに治療も終わったので、彼らは急いで場所を移し第三グループの試合を眺める。そこにはやはり気を付けるべき他チームの姿があった。
「おう、第三試合が終わったぞ! 結構いいカラダをしてる女たちが勝った!」
「あれは『ミシュラクション』か。女だけの舞踏家兼武闘家チームみたいだぞ」
「本当に踊りながら戦うんだな。なんておかしなスタイルだ……」
「確かにけったいだ。だが勝ち残ったのはそのけったいな連中だ。それだけの実力はあるってことだ、侮るんじゃねえぞ」
と言いつつ、その内心でダンゲーは用心すべきなのは断然『カラミット』のほうだと考えている。『ミシュラクション』の舞踏由来であろう独特な体捌きと近接戦におけるテンポの取り方は警戒に値するが、それでもダンテツらに比べればその脅威度は大きく下がるというもの。
その理由はやはり、ダンテツが最後に見せた気功。
その技によって『グローズ』にも二人いる「剣士職」をあっさりと倒してしまったことにあった。
「体術だけでも十分やべえが、なによりあの技がやべえって」
「気功術ね。確かにあれは近接職にとって厄介なんてものじゃないだろうな」
「何せ気で武器を掴まれちまうからな、そんなことされたらどうしようもねえよ」
「魔法もおそらく気の壁で防ぐだろうしな……ダンテツほどの腕前じゃないにせよ、『カラミット』はほぼ確実に全員が気功を使えるはずだ。そうなるとますます隙がねえ」
仮に本戦で当たったとして、『カラミット』相手にまともに戦って勝てる画がどうしても思い浮かばない。ジョットの奥の手を使えばあるいは、と言ったところだがそのための時間が稼げるかは非常に怪しいところだ。ダンゲーも前に出ての前衛三人態勢を取ったとして……それでもダンテツらを止められる気がしない。
「やはり、あいつらか……」
あえて『襲撃をかけるなら』という言葉を省いたダンゲーだが、メンバーにその意図は正しく伝わったようで、彼らはにやりと笑った。
「だな。いくら奴らが試合の中じゃあ強くともよお」
「なんでもありなら生臭坊主どもより、俺たち冒険者のほうが数段上手ってもんだ」
「試合外ならあいつらも油断するだろうし、闇討ちはそう難しくないはず」
声を落としながら襲撃への第一候補を取り決めるチーム『グローズ』。
だが『カラミット』を排除対象の本命に想定しつつも、他の試合を臨むこともダンゲーは忘れない。
「おい、第四グループの試合が始まるぞ。ちゃんと見とけ」
参謀からの言葉に従って、彼らは話し合いを中断し四人揃って第四グループのバトルロイヤルを観戦し――そして驚愕によって大口を開けることになった。
混戦状態であった第二、第三試合と違ってその第四試合で見るべき相手、というより目立っているチームはたった一組だけであった。
少女だけのチームながらに何やら期待が持てそうだ、という色物めいた紹介がパンフレットに記載されている『ナインズ』という三人組。
彼女たちの戦闘はまさに異色であった。
この予選ではどのチームも一塊になって動く。多人数戦なのだからそれがセオリーなのは当たり前で、仲間からはぐれた個人などは他チームから袋叩きになって終わりである。
普通なら。
しかし彼女ら『ナインズ』はまったくもって普通ではなかった。試合開始と同時に三人が勢いよく散らばり、そして他のチームへ一対多の不利な勝負を自ら挑んでいった。
そして――勝ってしまうのだ。
赤髪の少女が集団を相手にまるで羽が生えているかのような軽やかさで跳び回る。その動きに翻弄されたとあるチームは一人また一人と少女の蹴りに沈んでいく。それは『ミシュラクション』の女性らにも劣らない、一見すると踊っているかのような華麗な戦い方であった。
青髪の少女が優美な動きで敵の足を払い、腹部に掌打。その仲間からの剣が迫るもつい、と手を動かすだけで軌道が逸れ、次の瞬間には顎への掌底が決まる。こちらは赤髪の少女とは違って限りなく無駄を省いた鋭いまでの戦法、しかし合理を突き詰めたその所作は優雅ですらある。
それから、フードで容姿を隠した一際背の低い少女。チームリーダーと紹介されているナイン。
彼女の戦いはもはや言葉にできるものではなかった。
パンチ一発で男たちが宙を舞い、キック一撃で武器ごとアーマーやメイルプレートが砕け散っていく。それはもはや質の悪い冗談のようなもので、そんなものをまざまざと見せつけられた『グローズ』は――
「予定、変更だ……危険なのは『カラミット』なんかじゃあなかった……」
あのチームこそ、絶対に本戦で当たってはいけない。
まだ試合は終わっていないにもかかわらず勝ち上がりは彼女らだと断じたダンゲーは、どうにか正面戦闘以外の方法でチーム『ナインズ』を大会から排除する方法について脳内で検討を始める。
そう、何も試合場での強さだけが全てを決めるわけではないのだ。『カラミット』以上のとんでもなさを誇る『ナインズ』ではあるが、彼女らとて常在戦場の心構えなどあるはずもなく、日常の中にいれば油断のひとつやふたつ――否、まだ少女なのだからそんなものはいくらでも顔を出すだろう。
自分たちはその時を狙えばいいのだ。それならば間違いなく勝てる。要はまともに戦わなければいいだけのことなのだから。
「優勝は俺たち『グローズ』、これは決定事項だ。……それを邪魔するチームには、会場の外で消えてもらうぜ」
冷や汗を流しつつも、ダンゲーはそう不敵に呟く。
その瞳にはぎらりとした確かな悪意の色があった。
他視点からのナインの戦闘は正に驚異的ですね。




