105 気功使い対兄弟剣士
「きこー? きこーってなに?」
あどけない口調で訊ねるクータにジャラザはひとつ頷き、
「魔力を操る魔法とは別の技術のひとつ、それが気功だ。気の力は魔力と違って生き物なら例外なく必ず持っているものだ。その才を伸ばすには苦行とも言える鍛錬が必要になるが、極めた者は武への精通だけでなく精神的な成長も著しいらしい」
「へえ、そんなのもあったのか……魔法とは何が違うんだ?」
「最大の差異はやはり汎用性にあるか。気功は攻めにも守りにも、そして治癒にも一定の効果を見せるものだ。対して魔法は種類ごとにひとつの作用しかもたらさない……が、その分天候を操る、物体を生み出す、属性を付与して敵の弱点を突く、といった気功では再現不可能な芸当もできる。どちらが優れているというより一長一短だの」
なるほどとナインは納得する。
聞く限り気功とは魔法や異能というよりも肉体技能の延長線上にあるように思える。
様々な対象に様々な超常を起こす魔法や、クータの仕組み不明の炎、ピナ・エナ・ロックの審秘眼のような先天的な異能よりはまだ理解しやすい部類に入る。
「解説しておくと他にも、己が魔力以外を糧とする術は少なからず存在する。地脈を使う法術、精神力を消費する占術、自然に宿る魔力を借りる覇術といった具合にな。現代人にとって一般体系化されつつある魔法と比べればどれもマイナーなものと言えるだろうが」
「そうかもしれん、俺も魔法しか聞いたことないし。……なあ、もしかしてジャラザも気を使えたりするのか?」
「いや、儂に気功術の覚えなどない。しかしながら気の流れを読むことはできるのでの……あのダンテツが優秀な気功使いであることくらいは見ているだけでも分かる。ほれ、主様もよく見ておけ。気功術での戦い方というものを」
ジャラザに促され再度舞台へと意識を戻してみれば、チーム『カラミット』リーダーであるダンテツが兄弟剣士二人に襲われているところだった。二人がかりの域を合わせた連撃――だがダンテツは両手に纏った気功によって振るわれる剣の全てを受け止めるか逸らすかして、まったくの無傷のままだ。動じているでもないその姿から察するに、明らかに技量で二人に勝っているようだ。
見ている分にもそれが分かるのだから戦っている当人たちにとっては尚更だろう。
焦れたように、あるいは焦ったように兄弟剣士の片割れがとある魔法を発動させた。
それに思わずナインが反応する。
「おっ、あれは……」
片割れの振るったひとつの剣閃が、無数の斬撃へと分裂する。先日絡んできたバーハルなる男が話していた『ディビジョンスラッシュ』という斬撃魔法に違いないとナインは確信する。剣士御用達、などとあの男は宣っていたがどうやらその通りに兄弟剣士らも習得しているらしい。
たった一振りが瞬時に数倍の剣撃へ変貌する。線から面への移行、しかももう一方の剣を防いだ直後を狙った効果的なタイミングで差し込んでいる。これはさしものダンテツでも防げないのでは、と刃を貰う彼の姿を幻視したナインだったが、しかし彼女の目には予想外の光景が映る。
――むん、と力んだダンテツの気が広がりを見せ、彼の前面を覆いつくしたのだ。
それはまるで兄弟剣士とダンテツの間に立ち塞がる壁がごとく、増えた斬撃の全てを危なげなく受け止めてみせた。
会場中が盛り上がる。勿論、ナインらも今はその一員だ。
「あ、あんなことまでできるのか! 気功すげえじゃん!」
「剣がぜんぶ弾かれちゃった……炎もきかないのかな?」
「目に見える形で気を出現させるだけでも大したものだというのに……ダンテツとやら、思った以上の武芸者のようだの」
感心しきりのナイン一行の視線の先で、ディビジョンスラッシュが不発に終わり隙を晒した剣士の片割れはあっさりとダンテツに捕獲され、そのまま床に頭から落とされた。どがん、と人というより何か重たい物体が高い場所から落下したような音を立ててぴくりとも動かなくなった兄か弟。それを見たもう一人の弟か兄が怒りの形相で残心するダンテツへと切りかかった。
が、ダンテツは岩のような体躯に見合わぬ素早さでくるりと体勢を入れ替え、気で剣を掴み体の横へ滑らせるようにして兄弟剣士の姿勢を崩し――そこから無防備な顔面へ気功の張り手を一発。
ぐわんと剣士の頭部が跳ねあがり背中から舞台上へ倒れ……その手から剣が零れ落ちた。どうやらもう一人と同じく、一撃で気絶してしまったようだ。
審判が舞台へ上がって確認を取るまでもなく、すぐに高らかな勝利宣言が行われた。予選の初戦、第一グループによるバトルロイヤルの勝者は、リーダーダンテツ率いる高僧団『カラミット』で決定したのだ。
ナインはダンテツの鮮やかな手並みと、あの悪趣味な兄弟剣士を見事に打ち負かしてくれたことに顔を綻ばせる。
「おー。途中はちょっとひやりとしたが、結局は下馬評通りに優勝候補が勝ち上がったことになるか」
「うむ、『カラミット』は終始他を圧倒しておったしの。実力的にはこのグループで二番手であったろうあの剣士どもですらこれでは、大番狂わせも起こりようもないな」
「ねー。あの人たちは、これでもう本戦にいけるの?」
「ああ、そうなるな。めでたく予選突破、Aブロック進出決定だ」
そっか! とクータは理解を示し、舞台へ拍手を送った。それは何も彼女だけではない。
ダンテツの冷静ながらも雄々しい戦いぶりに他の観客たちも惜しみない拍手と声援でもってその勝利を称えている。『カラミット』のメンバーたちは控えめながらも軽く手を振ってそれに応えつつ、すぐに舞台を去ろうとする。それは次の選手たちの邪魔にならないように、という寺院に勤めている彼ららしい配慮の表れだ。
担架で運び出される兄弟剣士と自らの足で舞台から降りる『カラミット』――それと入れ替わるようにして控え場のエリアから続々と出てくる後続のチームたちを見つけて、ナインは少し意外そうな顔をする。
「次の選手らがもう出てきたぞ。どうやら割とすぐに第二グループの試合が始まるみたいだな?」
「そうだの……パンフレットによれば午前中に第四試合までを終えて昼休憩を挟み、午後から第五~第八となっておるからな。午後はまだしも今は昼食が控えている以上、観客のためにもタイムスケジュールを急ぐ必要があるのだろう」
「ごはんは大事!」
「ああ、なるほど。うーん、これも興行だよなあ、やっぱり」
なんとなくエルトナーゼに舞い戻ったような気持ちになったナインであったが、闘錬演武大会もいくら伝統ある舞台とは言えチケット代を取って見物させている以上、場の雰囲気が似通るのもある種当然と言える。
入場曲の演奏によって試合の合間ながらも盛り上がりを見せる会場の雰囲気は、ナインとて嫌いではない。
「ところで第二グループにもダンテツみたいな本命チームはいるのか?」
ナインからの質問にジャラザは「ちと待て」とパンフレットをぱらぱらとめくり、あるページへと目を落とした。
「あったぞ、ここに載っとるな。第二試合の本命として運営から扱われておるのは、チーム『バスタール』だの。何やら魔道具を武器に戦うようだ。しかし『カラミット』ほど大きく取り扱われていないということは……」
ジャラザの言葉の続きを、ナインが引き取る。
「優勝候補として推し出すには若干足りてない、ってところか?」
「そういうことだろうの。不足分は力量か人格か、はたまた華なのか……その程は実際に確かめねば分からんが」
そこから二試合目が始まったが、ナインたちの会話がフラグになったかのように『バスタール』は健闘するも敗退し、最後まで残ったのは『グローズ』という四人組の冒険者チームであった。
「あのチームは俺から見ても連携が取れてるな。前衛二人に後衛一人、その中間が一人でバランスも良さそうに見える。あの鞭使いが司令塔かな?」
「鞭が武器……相手するのたいへんそう」
「ふむ、まあ良くも悪くも手堅く纏まったチームだの。少々粗野だが」
各々が見た通りの感想を述べる。審判の口から『グローズ』の本選進出が宣言され拍手が起き、彼らは疲労の顔を見せながらも大きく手を振って観客の称賛をたっぷり味わうようにしていた。
そしてすぐに第三グループの出場の時間になる。
今度は誰に注目して観戦しようか――とそこでナインは、自分がいつの間にか観客気分で落ち着いてしまっていたことに気付いた。
自分たちは客ではなく選手側だ、とここにきてようやく思い出す。
「おい、のんびりしてる場合じゃないぞ! これの次がもう俺たちの出番じゃねえか!」
「ぬ! うっかりしとったわ」
「急がなきゃ!」
先程までののんびりムードもどこへやら、ナイン一行はおっとり刀で控え場へ向かうのだった。
ちなみに存命の武闘王二名の内一人が気功術の達人です。
勿論女の子(?)です。