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104 予選第一試合開始

「それではこれより予選を開始しまーす! 第一グループの皆さまは舞台上へお上がりくださーい!」


 観客席が満員御礼となり、運営本部最高責任者であるオーブエという老人による長ったらしい開会の辞が述べられたあと、音楽隊による見事な一演奏を挟んでからついに試合開始の運びとなった。


「パンフレットによるとこのグループでは、ダンテツという男が注目株らしいぞ主様よ」

「ダンテツ? 誰のことだ?」

「ほれ、あの作務衣を着ている集団がおるだろう? その中の岩のような大男……そう、あのそり込みの男だ。あれがダンテツに相違ない」


「つよいのー?」

「運営直々に優勝候補として紹介されるくらいには、の」

「じゃあ俺たちにとっては強力なライバルってわけだ。あの坊主集団をよく見とかんといけんな」


 第一グループは総勢八十三人、十八組での試合となるようだ。これだけの人数が立ち並んでいると、あれだけ広大に見えた舞台も多少手狭に……いや、それでも十分に広い。全員が一斉に戦い出しても余裕はありそうだ。

 パパプァーッ! というスタートを告げるどこか間の抜けたファンファーレとともに、男たちが動き出す。


「あっ、もう落ちたよ」

「投げ飛ばされたの。ふむ、大きく投げる技も位置によっては有効的か」

「舞台上からの落下は即失格になるみたいだからな。リーダーが落ちればチーム諸共に失格。これはギブアップのルールと一緒だな」


 選手を次々に投げているのは先程話した優勝候補ダンテツ率いる作務衣の男たちだ。

 彼らはわざと舞台端に陣取り、近づくチームを巧みな技で舞台外へと放り出していく。


「なるほど、そういう作戦なのか。無駄な消耗を避けるいい手なのかもしれないな。……にしてもあれは柔術なのか? 俺にはよくわからん……ん?」


 ダンテツらの動きに着目するナインだったが、クータとジャラザはもうそちらを見ていなかった。他に目立つ選手でもいたのか、と彼女らの視線を追って――ナインは目を見開く。


「う、腕が落ちてる……」


 舞台の一角には血が飛び散り、切り落とされた腕や足が転がるかなりスプラッタな現場となっていた。ダンテツたちの血を流さない戦い方に注目していたナインの目にはその鮮烈な赤色がいささかショッキングに映った。


「やったのは……あの男たちか」

「うむ。流れるような剣技は見事。しかし加虐趣味のきらいがあるようだな……」

「斬るのをたのしんでるよね。斬るほど体温が上がってるもん」


 動けばそのぶん体温が高まるのは当然だが、クータが言っているのはそういうことではないのだろう。


 ナインは剣を振って付着した血を落としている二人組を見る。細い目付きで三つ編みに髪を編んだその二人は顔立ちがよく似ている。おそらく兄弟だ。ニタニタと笑いながら足元の腕を蹴飛ばすその者たちの態度は見ていて非常に不愉快なものだった。


「対戦相手に払う敬意も持たないのか……」


 眉をひそめるナインに、ジャラザは「はっ」と吐き捨てた。


「ああいった手合いにそのようなものを求めるだけ無駄よな。必要以上の傷を負わせずに倒せるだけの技量はあるはずだが、わざと痛めつけることで悦楽に浸っている。奴らは下種の類いだ」


「でもあんなにやったら、相手が死んじゃわない?」


 闘錬演武大会では毎試合ごとに高位の治癒術師が控え、どれだけ重態だろうと無料で治療される。

 ただしどんなに腕の確かな治癒術師であっても即死した者への治療は間に合わない。

 なので、対戦相手を死に至らしめた者はどんな事情があっても失格とするルールがあったりする。


 この大会は決して殺し合いを行うものではなく、闘技者たちの培った技術や修練の粋をぶつけ合い雌雄を決するためのもの。そういった趣旨が故の死亡者を出さぬようにという運営陣の配慮は極めて真っ当である……しかしそれも、一部の悪趣味な輩にはさほど意味を持たないようで。


「あの兄弟剣士もそれは承知しているはずだ。だから手足ばかり切り落としているんだろうよ。即死しかねない急所が山ほどある胴体や頭と違って末端は、治癒術師がいる以上致命傷になり辛い。好きなだけ切り刻めるってわけだ」


 もしも両手をなくしても試合を続行しようとする命知らずが現れれば、結果的に死亡してしまって兄弟剣士の敗退、ということにもなりかねないが……誰だって好き好んで命を投げ出したくはない。腕を斬り飛ばされた時点で皆転がるようにして舞台を降り、治癒術師のもとへ逃げ出すかのように駆けていく。その様を眺めて兄弟剣士は侮蔑と愉悦の笑みを浮かべるのだ。


「ちっ、まったく嫌な気分にさせてくれるぜ……あっちの観客席もドン引きで声が出てないじゃないか」


 兄弟剣士の惨たらしい戦法は一般客にも十分にその残虐性が伝わるもので、多少の流血程度なら動じることもないはずの彼らもさすがに流血そのものが目的かのような戦い方には顔を青くさせている。これには運営側も苦い顔をしていることだろう。


 せっかくの一試合目だというのに会場を盛り下げる兄弟剣士は、しかし向けられる目など気にせずどこ吹く風と言った様子で他の選手たちを甚振っていく。「負けてくれないかな」と願うナインとは裏腹にこの二人組の実力は確かなようで、最終的にはダンテツ率いる坊主集団と彼らだけが舞台上に残された。


「二チームの一騎打ちか。数ではダンテツたちが有利だが……」


 ここまでダンテツらは武器を持つ者が相手でも一切の傷を負うことなく制してきている。それだけ巧みな技を身に着けていることになるが、さしもの彼らも兄弟剣士を前にしては無傷での制圧は難しいのではないかと思わされた。

 そうなると全員が素手のダンテツチームは数の優位性ほどに有利な立場にいるとは言い難い。


 と、勝負の行く末を自分なりに推量するナインの横からクータの声が上がった。


「あれー? ダンテツ、ひとりで戦おうとしてる?」

「え? あ、本当だ。一人だけ前に出て……どういうつもりだ? 敵は間違いなく第一グループの中じゃ断トツの強敵だってのに」

「わからんか、二人とも」


 頭の上に疑問符を浮かべる二人に、落ち着いた声でジャラザが解説を始める。


「治癒術師がいるのだから、勝ち上がりさえすればどれだけ負傷しても次の試合には響かない……などということは、ない。確かに高位の治癒術であれば欠損した部位も流れた血も短時間で元通りになるが、体力までは戻らない。むしろ大きな傷を治すほどに治療後の倦怠感も増すものよ。並外れた体力を有する者ならパフォーマンスを落とすことはないかもしれんが、それでも疲労そのものは避けられん。だからこそダンテツは一人で前に出たのだ。仲間の内で自らが最も強いという自負があやつにはあるのだろうな」


 そうか、とナインは合点がいった。


「仲間が怪我をして体力を失わないように……つまり明後日の本戦に支障が出ないようにと計算してのことなのか!」


 大会の日程は初日(今日)に第一~第八グループの試合を行い、勝ち残ったチームが本戦Aブロックのトーナメントに組み込まれる。二日目に第九~第十六グループの試合が行われ、初日同様に勝ち残りが本戦Bブロックへと進出する。三日目から本戦が始まりまずAブロック、四日目にBブロックの試合が進められ、最終五日目にAとBそれぞれの勝ち上がり同士が決勝戦を行う。その後に授与式と閉会の儀が執り行われ、お開きといった流れとなっている。


「身体欠損は大怪我だ。治癒術で元に戻しても削られた体力は数日程度では回復すまい。予選を通過しても本戦が万全の状態でなければ仕様がない、とダンテツは考えたのだろう。まあそれも、あの剣士二人を相手に余裕を持って勝ち得るだけの強さがなければただの無謀になるが」


 腕前拝見といこうかの、とジャラザが進み出るダンテツへ視線を注ぐ。

 ナインとクータも緊張して見守る中、両者の距離が一定にまで縮まった瞬間――先手を打ったのは兄弟剣士の片割れであった。


「まずい、またアレだ!」


 体の伸びを活かすようなしなる(・・・)突き。腹部を狙ったその攻撃は、しかしただのフェイク。これまでの脱落者がまんまと陥った罠である。かなりの速度で繰り出される刺突を防げなければそのまま深手を負い、防げたとしても――剣士の淀みない動きで振り払われる第二撃への対処が間に合わなくなる。


 そう、彼の突きには速さほどの重さがないのだ。

 それは端から次の攻撃を見据えた誘いの攻撃でしかないせいだろう。

 彼は腕のしなりと手首のスナップだけで剣を振れるという強みを活かしてこの技を編み出し、数多の敵を切り裂いてきたのだ。


 今回も贄はその餌食となるか、と思われたが。


「待て主様よ。ダンテツはその轍を踏まんようだ」


 ナインは目を見開く。それはきっと兄弟剣士も同じだったろう。


 ダンテツは手の平に謎の力(・・・)を発生させていた。半透明の靄がかかったその何かが剣先を受け止め、放そうとしない。兄弟剣士の片割れは表情を歪めたが、戸惑うよりも早く即座に蹴りを放った。しかしそれもダンテツは左手の甲に生じさせた靄でがっしりと受け止める。だがそれを機に剣の捕縛が多少緩んだようで、その隙に剣士は靄から刀身を引き剥がしダンテツの前から離脱。もう片方のもとへと下がった。


 ナインは彼の動きに若干のもたつきがあったのを見て取った。どうやら蹴ったほうの足を痛めているらしい。それはつまり、ダンテツ側の防御が彼の想定を超える強固さであったことを意味している。


「な、なんだ? ダンテツのあの技は?」

「あれはおそらく、気功というものだろう」


 知っているのか、ジャラザ! とナインはえらく興奮したように叫んだ。


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