101 会議踊らず胸踊る・前
昨晩、日間アクションのランキングで本作が10位になりました! ギリギリのトップテン入りである!
ブクマや評価を下さった皆様本当にありがとうございますです。
「今年も全国各地から数多くの闘技者が集まってくれたか。実に良きことだ」
申請期間終了日の翌日。運営本部の建物の一室、会議場として扱われる部屋にて。
しわがれた声でそう言ったのは、『闘錬演武大会』――その運営においての最高責任者の老人。
名をオーブエといい、今年で齢八十となる翁である。
彼がその位に就いてからも優に四十年が経過し、歴代の中でも最長にして最年長を更新し続けている大人物だ。
オーブエの言葉を聞くのは三十代から五十代の男が四名。
彼らはオーブエを筆頭とする大会審査員たちで、毎年この時期にはこうして頻繁に集まって――度々交代で顔ぶれは変われど――話し合いを行うのが常であった。
「今年は参加者がとうとう千人突破の大台に乗りましたね。希望者で言えばその五、六倍はありますが」
「厳しく選定されてもなお千人以上が残ったか。これは予選での蹴落とし合いがますます過熱しそうだな……」
「うむ、予選の段階からして一等白熱した争いになりそうだ。だがそれでこそ本戦の質も高まるというもの」
「大会への期待値は開催するごとに上がっていくのだから、そうでなくてはね。今年も盛り上がってくれそうで一安心だよ」
男たちの話にそうだな、とオーブエはひとつ頷き、
「出場者だけでなく観客の人数も増えていることからそれは明らか。皆の胸に抱く熱は一心にただひとつのものへと向けられている――本物の実力者たちによるぶつかり合い、ただそれだけが見たいのだと! 私もまたそれに魅了されているのだ。だからこそこうして長年に渡ってこの大会へ携わってきた」
二百五十年という歴史を振り返れば、闘錬演武大会とは元来その文字通りに演武を披露し合うどちらかと言えば儀礼的な側面の強いものであった。スフォニウスの特色である多種多様な音楽の演奏に合わせて依頼された武闘家や冒険者たちによる模擬戦闘を行い、市井を楽しませると同時に街の更なる発展を願う祭典のような大会だったのだ。
優勝者も最も強い、というのではなく最も見事、というのが評価基準であった。
しかしいつからか演武とは名ばかりで、本気の戦闘が舞台では行われるようになっていった――殺し合いとまではいかずともそれは、出場者たちの誇りと名誉を懸けた真剣試合へと変貌してしまったのだ。
だがそれも当然なのかもしれない。
強さに自信を持つ者たちは全員が一癖も二癖もある連中ばかりである。
あの選手と遠慮なしに戦り合いたい、そして勝ちたい……そんな欲が出ないはずがないのだ。
そしてそれを見る観客とて望むもの同じだ。
もっと興奮を、もっと熱狂を、もっともっと胸のすくような強者を見せてくれ! と。
出る者も見る者もそうやってより過激なほうへと進もうとするものだから、運営側も当然その期待に応えようとする。相手を割り振って何試合か行い、その中から優勝者を選んでいた当初から形式を変更し、トーナメント制を取り入れ誰が誰と当たるかもランダムな選出に変えた。そして勿論演武ではなく本格的な試合を繰り返させ、最後まで勝ち上がった者の優勝。シンプルながら完成された武道大会へと相成った。
武闘王の称号が産声を上げたのもその時期だ。
第五十回目の記念すべき大会での優勝者は余りに強く、観客たちを虜にした。ただ優勝とするだけでは足りないと延々とコールが沸き上がった結果に生まれたのが、真なる闘技者の王として祭り上げる『武闘王』という形なきトロフィーであった。
以後その称号は戦う者たちにとってこの上ない価値を持つものとして特別な称号になった。
百回、二百回と開催数を重ねるうちに時代は移ろい、運営も代替わりしていく。大会の形式も何度も変わり、特にここ五十数年での出場希望者数の大幅な増加から魔道機による選定を導入し、それでも多すぎるので大人数による予選を追加したりと目まぐるしく変化を遂げている。
しかしそれでも変わらないものがたったひとつ――この大会の根底に流れる、関係者全員に共通する唯一無二の不文律がある。
それは情熱。
闘いに魅せられた者たちの迸るような情熱だけが、闘錬演武大会が成立している秘訣なのだとオーブエは考えている。
「今年は二百五十回目という大会にとっても節目の年だ。願わくば記念すべき十人目の『武闘王』が現れてほしいものだが……さて、出場者たちの査定は?」
問いかけるオーブエに、この中では比較的若いメガネの男が答える。
「目立った者たちは例年通り散らしてありますのでご心配なく。本命同士が予選で削り合うことは今年もありません」
「昔はくじ任せだったというが、信じられんな。拮抗した優勝候補らが一試合目で共倒れなどになっては盛り下がりもいいところだろう」
「後が消化試合になっては優勝決定が意味をなさないからな……しかしこれも過去の実績とノウハウが積み重なったからこそ気付けるものだ」
「その通り。先人たちがいたからこそ俺たちの代でも闘錬演武大会はこれだけの賑わいを見せているのだから、感謝を忘れてはいけないさ」
「然り。なればこそ私たちは、今年の大会成功に全力であらねばならん」
まとめたオーブエの言葉に一同が同意し、それから手元の資料へ目をやりながらの情報共有が始まった。
主導するのは先のオーブエの問いに返答したメガネの男性だった。
「測定器で著しい数値を出した選手らがまとめられていますのでどうぞご覧になってください。まずは高僧団『カラミット』のリーダーであるダンテツ。武闘派寺院を謳う同名の寺から同僚らと共に出場するようです。皆一様に高い数値ですが中でもダンテツは――」
と、目ぼしい者がピックアップされた内容を簡潔に口頭で説明していく。
つつがなく進行し、その分ページが進み、やがて終盤へと差し掛かる。
そこで一人の男性から疑問の声。
「む? ここからは紙の質が違うようだが、何か理由が?」
「はい。この先は色々な意味で不可解ながらも優勝候補と見做していいと判断した者たちの紹介です。どうぞしかとお目通しとご傾聴をお願いします」
「…………」
メガネの男性の大仰な物言いに、オーブエら四人は黙ってしまう。
それは彼の言葉を疑った故のものではなく、その逆。メガネの男性の優秀さを知っているからこそその真に迫った言い方へ固唾を飲んだのだ。
「申請を行なった順に名を出していきましょう。まずはチーム『アンノウン』の三名、リーダーのネームレス、サイレンス、フルフェイス。この名称は彼らが名乗ったものではなく受付嬢が代筆してチーム名とそれぞれの特徴にちなんだ名を登録したものです。フルフェイスは鉄仮面で顔を覆った恐らく女性。サイレンスは一言も喋らず物音すら立てないという幼い少女。ネームレスは男ですが黒いローブで人相も体型も分からず終い。しかし受付嬢とのやり取りは彼が行なったので、リーダーに置いたそうです」
変わり種のチームの登場に、会議場がざわりと空気を変えた。
もうお気づきでしょうが3章からはますます趣味全開の展開になっていきます。