11 水と光の魔法の正しい使い方
暗黒座会という組織がある。それは大都市リブレライトに巣食う社会の暗部。その名称からして非合法な行いを生業とする集いだと分かるが、座会の長があえて構成員に悪の意識を根付かせるためそのように名付けたらしいと、組織に属する者であれば誰もが知っている。
しかし十二座と呼ばれる長を含めた十二人の幹部ともなればともかく、それより下の構成員はその意味を一応の知識として持っているものの、ただ持っているだけに過ぎずあまり深くは考えていない。
自分たちのトップがどのような気概を抱いているのか真の意味で理解しているとは言い難い、と。
十二座の一人であるその男は日頃からつくづくそう思っている。
「やれやれ、最初に名指しで任される仕事が園芸とはなあ」
「まったくだ。しかも、俺たちのやってることなんて上にゃ大して感謝もされてないぞ?」
「そこが納得いかんぜ。俺らがお世話をしてやらなきゃ『黒葉』も今ほど育ってねえってのによぉ?」
「替えが利く存在、ぐらいに思われてんなら癪だよな。それじゃあ組織でのし上がるなんて夢のまた夢だ」
目の前で行われる大の男二人の愚痴り合いに、その上司たる男は眉間に皺を寄せて怒鳴った。
「いい加減にしろ! 『黒葉』の世話はボスが直々に下された命令だ! そんな任に携われるのは光栄なことだと思え!」
ぶつくさと呟いていた男たちは、のっそりと顔を上司へと向ける。
「リブスさーん、そこっすよ。あくまでボスに目をかけられてるのは既に幹部の地位にあるあんただけでしょう? 仮に仕事ぶりが認められても、そりゃ俺たちの手柄にはならねえでしょう」
「そうそう。手柄は全部、旦那のものだ。今回、俺らを関わらせてくれたことにはそりゃ感謝してますがねえ。『黒葉』の収穫が一段落すれば、旦那はまた別の仕事に呼ばれてこのチームは解散、おさらばなんでしょうが」
彼らが口にする『黒葉』とは、真っ黒な葉が特徴的な名もなき麻薬植物のことだ。便宜上その見た目に倣ってそう呼ばれているだけで、本来ならこの世のどこにも存在しない、とある人物の手によって作成されたという人工植物。依存性の高い極めて危険な代物である。それを金儲け目当てに育てているのが暗黒座会だ。ボスが縁あって手に入れた黒葉の種を植えて、『黒粉』という劇薬を作り上げた。その効果と収益が確認されたので、本格的に麻薬事業を始めるために黒葉の安定供給が必要となった。
係りに任命されたのが、ごく最近十二座入りを果たした魔法使いリブスだった。彼は黒葉を育てるにあたって最も適任と思われる二人を選んで部下にしたのだ。
「セントム、それにクラート、よく聞け。ボスにはきちんと俺のほうからお前たちの名を伝えている。黒粉の事業が拡大すればするほど信用を得て、ボスの覚えがよくなるのは確実だ。つまりこれはこの上なくおいしい仕事なんだ。危険は少なく、褒賞も確約されている。加えて言うなら、たとえ黒葉の任が解かれたとしても俺はお前たちを手放すつもりはない。お前たちの魔法は武力としても頼りになるからな。俺には戦闘能力が欠けている。故に部下兼護衛として、お前たちとのチームアップは続ける。仕事を続けていればいずれは十二座の直属としてお前たちの名も組織内に通るだろう」
これ以上なにを望む?
そうリブスは問いかけた。
問われた男たちは顔を見合わせ、少し考える。それから結論を出した。
「何も望みませんぜリブスさん! 確かにあんたの仰る通りだ。もう園芸だなんだと文句を言うのはやめまさあ」
「リブスの旦那が俺たちのことをそこまで頼りにしてくれているとは、思いもよらねえで。お恥ずしいこって」
心を入れ替えたように恐縮する二人に、リブスは満足の笑みを浮かべた。
「ならいい。黒葉の育ち具合から、二回目の収穫もそろそろだ。しかも今度は種を全部植えたうえでの大収穫。この大事な時期にお前たちの魔法が鈍っては困るからな」
二人が得意とする魔法はそれぞれ水と光だ。
一昔前までは戦闘一辺倒だった魔法の使い方が改まってからは、植物を育てるのにこの二系統が適していることは周知の事実である。
魔法のコントロールがより微細になるため使える者は決して多くないが、しかし男たちはその少ない才能の枠内だ。荒くれ者も同然の見た目をしているものの一系統に限った魔法の才に関して言えば、この二人は光るものを持っている。
リブスはそこに目をつけていた。
「セントムの水魔法。クラートの光魔法。お前たちの力で黒葉は稔りを迎える。ボスもお喜びになることだろう。では、行くとしよう」
リブスは魔力を練り、空間魔法を発動させる。低級の転移魔法だ。
転移の門が出来上がるのをまじまじと見つめながら、セントムが軽く口笛を吹いた。
「いつ見てもすげえや。転移が使えるなんて、そりゃボスにも重宝されるってもんですねえ」
「そう便利なものでもないがな。一度に通れるのは四人までと少なく、行き先の指定が設置型なうえ、持続効果が三日しか持たない。何より魔力消費が多すぎて日に一往復しかできないのが痛い。まあそれでも、使い道はあるとボスは仰ってくれたが……」
「転移ができるだけでもとんでもねえっすよ!」
「いつかはリブスの旦那もボスのお付きになるかもしれませんね」
足替わりという表現だと少々聞こえは悪いが、ボスのお付きともなれば幹部として数えられる十二座の中でも更に上の位と言って相違ない。何せボスが側近として認めているのは十二座にもたった一人しかいないのだから。
クラートの述べた未来予想図は直属の上司へのおべっかと共に、自分もそのおこぼれにあずかりたいという欲望が多分に含まれていることはリブスにも分かったが、それで気を悪くすることはなかった。
その程度の野心はあって然るべきだと思っているし、おべっかだとしても「ボス側近のリブス」というものを思い描かせてくれたことが嬉しかったのだ。
「まあ、先のことより今は黒葉に集中だ。そろそろゲートが完成する」
「っすね。にしても、最初は自力であそこまで行ったんすよね? 大変だなあ」
「ああ。ボスが選定したメンバーで森の中を探索し、黒葉畑を作った。俺はそこに転移のスポットをしただけで、他には何も手伝っていないが」
「それでその後を俺たちが引き継いでいると。いやー、植物ひとつ育てるのにも手間ってのはかかるもんですねえ」
三人は会話を続けながら、黒い靄が固まったような転移門へと入っていく。何度もやっていることなのでそこに緊張はない。いつもの仕事が今日も始まる、ただそれだけだ。門を通ればあら不思議、そこは森の中で切り開かれた大きな畑があり、収穫時期を間近に控えた黒い植物が見渡す限り広がって、さわさわと風に揺れている――そんな光景を幻視していた三名は揃って驚愕に身を固まらせることになる。
転移を終えた、その先で。
自分たちの未来に直結する、大切な黒葉が。
ごうごうと火に巻かれて灰になっていく様を見せつけられてしまっては。
「「「………………、」」」
口をぽかんと開けて、間抜けに呆けてしまったのも仕方ない。呆然とする三名のうちで最も早く正気に戻ったのはやはり、まとめ役であるリブスだった。
「っ! セ、セントム! 早く! 魔法だ、水魔法を使って消火しろぉ!」
「う、うっす! 『ウォーターボール』!」
水の球を作り出す魔法で手当たり次第に鎮火を行うセントム。しかし火の勢いに比べて明らかに水量が足りていない。これでは火を消し終える前に黒葉が全滅してしまう、と焦るリブス。
彼が祈るようにセントムの消火活動を見つめていると、不意に魔法詠唱が止まってしまう。
「何をしているんだ、セントム! 休んでいる暇なんて――」
「リ、リブスさん! 何かいます! 影が見えた!」
「なんだって?!」
「あ、本当ですぜリブスの旦那! 火の向こうから、人影が!」
クラートの指差す先へ視線を向けると確かにゆらりと黒い影が見えた。それはどうやらこちらに近づいてきている。この瞬間、リブスは理解した。
(こんなことを仕出かした下手人か! そうだ、こんなピンポイントでの自然発火なんて考えられない。よりにもよって俺たちの畑の場所でだぞ! 事故というよりもこれは、明らかに暗黒座会を狙った手口だ! どこから漏れたか知らないが、黒葉の情報をキャッチされたのは間違いない……問題は、敵がどの組織かということ! 治安維持局のような表の奴らか、それとも座会とは別の裏の連中か!?)
「――戦闘用意だ!」
「うっす!」
「了解!」
リブスの号令に、セントムとクラートは油断なく構える。三人が睨むように見据える中、悠々と火の壁を割るようにやってきたのは――。