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100 トレルとティンクの情報収集

 とある酒場に他の客層からは浮いたテーブルがひとつ。そこにいるのは少女二人組だ。六人掛けの席をたった二人だけで使用する彼女たちは食事をすでに終えて、ドリンクだけで時間を潰しているようだった。


 酒場においてソフトドリンクのみで居座ろうとするその姿勢はなおのこと周囲から浮く原因にもなっているのだが、当の少女たちはそのことに無頓着のようで。


 少女の一人、山高帽とシックなパンツスーツで固めたほうが店内の喧騒に耳を澄ましている。



「おい、聞いたかよ昨日のあれ」

「ああ、大会への申請でまた揉め事だろ? まったく毎日毎日、この季節は騒ぎに事欠かんなあ」

「昨日のはそれだけじゃねえんだよ。本格的な喧嘩が起きて、しかも片方があのバーハルだったんだぜ!」

「なにっ、暴れん坊バーハルがまた何かやらかしたのか。そりゃ相手は気の毒になあ」


「ちげえんだよ。いや、バーハルのほうからやらかしたのは間違いないそうなんだが、どうも奴はこてんぱんにノされちまったらしいぜ!」

「そりゃ本当か!? おいおい、やっこさん頭はおかしいが実力は確かだったはずだろ?」

「あたぼうよ、傭兵崩れとはいえあいつの強さは本物だった。だから金欲しさにとうとう大会へ出るってなったときゃあ割と騒がれたもんだ」

「なのに大会が始まる前にやられちまったのかよ? 仮にも優勝候補に数えられてるバーハルを倒しちまうなんて……その相手ってのはどんな化け物だったんだ?」


「それがよ、まだほんの子供。背も低くって、しかも女の子だったんだとよ!」

「はあ? そりゃいくらなんでも盛り過ぎだぜ、子供がバーハルをどうこうなんてできっこねえ。ましてや少女だなんて……」

「本当なんだって! その子がよ、あんまりにも強いもんで測定器までぶっ壊しちまったらしいって話まであるんだ!」

「はあ? だから盛り過ぎだっつーの! かんっぺきに与太話じゃねえかよ」


「お、やっぱ信じないな? じゃあ賭けようぜ、なんてったって目撃者はたくさんいるんだからな!」

「いいぜ、どうせてめえの下らねえ嘘に決まってらあ。もし本当だったらいくらでも酒を奢ってやるよ」

「ようし言ったな? もう取り消せんからな。そんじゃあ今すぐに――」



 とそこまで聞いて、山高帽の少女は向かいの席に座る同じくスーツ姿ではあるが、さり気なく全身のあちこちに椛模様があしらわれている少々変わったデザインを着こなすもう一人の少女へと声をかけた。


「聞いていたか、トレル」

「何をですか、ティンク」


 やつらの会話だ、と店を出るために席を立つ男二人の背を親指で指し示すティンク。


「彼らがどうかしました? 私には酒の席でくだをまいているようにしか見受けられませんでしたけど」


「私たちがなんのためにここにいるのか、忘れたか」


「さあ、なんででしたっけ……一杯ぶんの注文だけでどれだけ長く持たせられるか記録にチャレンジしてたんじゃなかったですか?」


「違う。情報収集のためだ。酒場には様々な噂話が集まるのだと相場が決まっている、らしい。大会へ出場する強敵の情報もここなら自然と耳に入る」


 大真面目に語る相方へ、トレルは今にもテーブルに突っ伏しそうなくらい疲れた顔で言った。


「らしいってなんですからしいって……誰から聞いたんですかそれ? あのですね、ティンク。前にも言いましたが酔っ払いなんかの戯言を本気にしようというあなたはやっぱりどこかおかしいですよ。それってこんな店に連日入り浸ってまですることですか? てっきり私への嫌がらせなのかとけっこう真剣に疑いましたからね? おかげでここ数日ろくに眠れていませんよ」


「断じて違う。お前への嫌がらせなどという意図はない。そして私は本気だ。今も貴重な証言を得たぞ。年端も行かない少女でありながら優勝候補の一人を倒してしまった者がいる、ということを知れた。まだ子供らしいが、要注意だな」


「あーはいはい要注意しましょうねー」


「それだけじゃない。そいつは長年使用されているという大会用の測定器まで壊したようだ。それだけ桁外れの力を持っているということになる。ますます要注意だ」


「私に言わせてもらえばまず測定器自体が胡散臭いんですが……そう、それも言いたかったんですよ。この際聞かせてもらいますけど、私たちはいつ参加申請を行うんです? もう期限は明日までですよ、いつまでここで情報収集(笑)を続けるつもりなんですか」


「今日いっぱい。つまり申請は明日行うつもりだ」


「……今日ではないんですね、ええ、今すぐに行きはしないんですね。それはもういいですよ。どうせあと何時間かの辛抱ですぜんぜん大したことないですともええへっちゃらですとも。それはいいとして何故最終日なんです? 任務であれば何事にも万全を期そうとするあなたらしくもない――くそ真面目というかえらく融通の利かない普段のティンクを思えば初日のいの一番に済ませていないのが不思議なくらいなのですが」


 それとなく罵倒に近いワードを混ぜつつ問うトレルだが、ティンクは特段気にしていない様子で素のままに答えた。


「知らないのか、トレル。こういったものは初日付近と中日前後が最も混雑する。混雑を回避するための狙い目は最終日。滑り込みや申請を忘れていた粗忽者ばかりで全体から見れば集まる人数は少なくなる。どうせ衆目に晒されることになるとはいえ必要最低限に抑えるべきだからな」


 余りに自信に満ちた彼女の言葉に「そういうものなのかもしれない」とトレルも半ば押し切られる形で納得してしまう。


「つまり私たちの所属上、避けられることなら出来得る限り人の波を避けるべきだと、あなたはそう言いたいんですね?」


「その通りだ。例えばいま話に出た少女のように人の口から語られることも私たちにとっては大きなマイナスだ。厄介事との邂逅などというのは、そもそも発生しないように立ち回るに限る」


「人が少なければ絡まれる事態そのものを未然に防ぐことができる、と。それはもっともかもしれませんが、あなたの技量なら目立ってしまうようなことになる前に切り抜けられるでしょうし、そもそもと言うのであれば――そもそもこの私が(・・・・)いるんですよ? そんな事態にはなりっこないと分かっているでしょう」


 トントン、とどこか苛立ったようにトレルはテーブルを指先で叩いた。

 ティンクがその仕草に釣られて彼女の指へ目を向けると、



 ――ぐらり。



 三半規管が大きく揺らぐ。上半身ごと頭部が傾ぐ。

 椅子に座っていながらティンクは床へ落ちてしまいそうな感覚を抱いた。


「っ……トレル」

「ほら、このように。あなたであっても不意には避けられない――この力を、しかしあなたは信用していないと。そう受け取ってもいいんでしょうか?」

「……いや」


 ティンクは揺らぐ感覚の中で意識を集中する。震えそうになる腕を掲げ、一本拳という人差し指を突き出した拳を作る。そしてその拳先で自身のこめかみ近くをコツンと強めに叩いた。


 まるで大波に攫われる船の中にいたような不安定な視界が、それでぴたりと収まった。


「信用している。仲間の力を疑うはずもない。だが、お前の言う通り万全を期し万難を排すためだ。力を使わずとも回避できるならそれがいい――そうじゃないのか、トレル」


「……そうかもしれませんね」


「ふ。指摘通り、私は融通の利かない性分をしているからな。許せ」

「…………」


 珍しく軽口を言いながらティンクが笑ってみせたので、トレルは自分の非を詫びることを決めた。

 さすがにこのまま厚意に甘えて今の行為を流してしまっては、トレルと言えど忍びなさを抱くというものだ。そして何より、ティンクよりも自分のほうがひどく精神的に幼いように思わされてしまうのが嫌だった、というのもある。


「申し訳ありません、ティンク。苛立ったとはいえあなたに力を向けてしまうとは」


「いや、いい。もし立場が逆なら私も問い詰めるような真似をしてしまうはずだ。誰に信じられずとも仲間からの、家族からの信頼だけは失いたくない」


「ええ、そうです。それだけは絶対になくしてはいけない……」


 トレルはコップに残ったジュースを飲み干す。温くなったそれはやけに甘ったるく感じられ、あまり良い後味とは言えなかった。


「いずれにせよ」とティンクが言う。「いよいよ大会が始まる。私たちの任務もな」

「優勝し、武闘王となって、あの街へ行く」


「そうだ。今はそのための障害を少しでも減らすべく、強敵となりえる選手の情報を集める雌伏の時だ。分かってくれるな」


「はあ……わかりましたとも。もう文句は言いません。けど残りの数時間のために、もう一杯飲み物を頼むくらいはしてもいいですよね?」


「ああ。ついでに私もカラフルマンゴスチンジュースをおかわりだ」

「……なんだかやっぱり、あなただけこの時間をすごく楽しんでる気がするんですよねえ」


 私は肌に合わなくて落ち着かないというのに、というトレルの愚痴をティンクはまた近くで始まった誰それの喧嘩話に興味を引かれたせいでまったく聞いていなかった。


「まったくもう、ティンクはこれだからティンクなんですよ。すみませーん! これおかわり持ってきてくださーい!」


 ヤケクソのように声を張り上げて店員を呼ぶトレルであった。


本編100話目!

主人公の出番、なし!

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