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99 我該当者を発見せり

「はーい! こちらの取っ手をお握りくださーい!」


 やたらなハイテンションでナインを促してくるのは受付にいた女性とはまた別の女性だった。お腹を見せた服装の彼女はどこかキャンペーンガールを彷彿とさせる格好。短くタイトなスカートに思わず目をやりそうになる本能を抑えつけながらナインは訊ねる。


「取っ手って、この丸い部分のことですか?」

「はーい! 握って計測結果が出るまでそのままお待ちくださーい! 参加資格に足る『力』をお持ちかどうか計りまーす!」

「え」


 計測とはそういう意味なのか、とナインは驚く。


 彼女は身長や体重を計るものだとばかり思っていたのだ。


 実は自身の低身長が心配だったナインだが、まさか制限があるのなら用紙への記入時点で止められているはずだから弾かれることはないだろう、という希望的観測を胸に計測場へ来てみれば、実態は『力』を計るという一度聞いただけではよく飲み込めないものであった。


「具体的に何を測定するものなんですか?」

「さあ、私にはよくわかりませーん! この魔動機は大昔に余所の国から輸入したものですので、他に知っている人がいるかも怪しいでーす!」

「………」


 ものすごくテキトーなことにナインはジト目になった。ナインは『魔動機』というものを知らないが、このぶんだとこの女性もそして他のスタッフたちも知識量で言えばナインとそう変わらないように思える。

 そんなよくわからない物に出場者の選別を任せていいのか、というこれから選別される側としては至極真っ当な指摘がしたくて仕方がない彼女だったが、ここで自分がそんなことを言っても時間の無駄にしかならないだろう。だから我慢する。


 左右を見てみれば、特に思うこともなさそうにクータとジャラザが計測を始めている。


 無数に並んだ奇妙な形をした器具――ナインにはスタイリッシュな白いマッサージチェアーからにょっきりと球体が伸びているように見える――正確には『魔動機』が無数に陳列され、それぞれで申請者たちが計測を行なっているのだ。


「さあ、どうぞー!」


 催促するようにそう言われ、実際すでにナインの後ろにも待つ者が現れ出したのでやむなく魔動機に手を伸ばす。


 何を計るかはともかく足切りだけは勘弁してくれよ、と願いつつ滑らかな感触の球体に触れて壊さないように気を付けながらもそれなりに強く握り込む。


 測定方法は定かではないが、仰々しい機械の割に意外と単純に握力を計るだけということも考えられるし、そうでなくとも参加資格を取得する一助にはなり得そうだ――少なくとも握力が貧弱であるよりは強いほうがいいだろう。


 だから加減しながらもなるべく力が伝わるようにとギュッと握って、女性の言葉通りにしばらく待つ。


 すると、計測器に変化が生じた。椅子に例えるなら背もたれの部分にある大きな窪みが、底部から少しずつ光を放ち始めたのだ。それは自然界の光というよりも、ねばつくような青緑色のどこかねっとりとしたものだ。

 見ようによっては、色のついた水が溜まっていっているようにも見える。


「これは……?」


「はーい、間もなく結果が出まーす! この光がお見えになっているラインまで到達すれば大会への出場権が得られまーす! ……はい、到達しまし――あ、あれ? うそ、なにこれ?」


 女性が喋る間にもどんどん光量は増し、ラインを越えてなお勢いをつけて、ついには眩いまでの光となって魔動機全体を照らし出した。それまで一本調子で話し続けていた女性も困惑の様を見せ、どこか怯えたように一歩下がる――その判断は正しかったと言える。


「きゃあっ!!」



 魔動機が破裂した。



 女性の困惑に対して困惑していたナインの眼前で、内部から「何か」が噴出するようにして魔動機が煙を噴いて壊れてしまった。あちこちひび割れ、部品が零れ落ち、ガタガタと異音を鳴らしたかと思えばそれすらも止み、完全に沈黙する。辛うじて無事だった取っ手部分をナインが握って開いてと繰り返してみてもうんともすんとも言わない。


「あ、あの……これってまさか、壊……」

「上の者を呼んできまーす!」

「えええー! 待ってこれ俺のせい!? 俺のせいになんの!? 弁償させられちゃう系!? お願いだから待ってくれお姉さーん!!」


 ナインの制止になど耳を貸すことなく女性は一目散に上司を探しに行ってしまった。

 ざわざわと魔動機をぶっ壊した少女へ注目の視線とその正体への憶測が飛び交う居心地の悪い空間で、ナインはげっそりとした顔でいい加減心許なくなってきた財布の中身の心配をしていた。



 ◇◇◇



 結局のところ、ナインが壊してしまった測定器の損害賠償を請求されることはなかった。そもそも悪意を持って破壊行為に及んだのならともかく、言われた通りに測定に及んだだけに過ぎないナインに責任があるとは言い難いのだ。それは測定器が動作を止めた理由にも関係する。


「どうやら俺の力が強すぎたってことらしい。今までにもあの魔動機があれに近い反応をしたことは何度かあるけど、煙まで出したのは初めてみたいだぞ」


「つまり、主様の力は測定不能の値を叩き出したということかの」

「すごーい! さすがご主人様! ちょーつよい!」

「いや、壊しちゃったあとは生きた心地がしなかったぞ……」


 見るからに高価そうな代物であるからして、もし弁償ということになったら確実に手持ちの金では賄いきれなかったことだろう。何かしらのタダ働きをするか、それとも少し待ってもらって大会の優勝賞金をそのまま支払うか……しかし自分が「優勝するから待っててね!」なんて言ったって通用するとは思えない、最悪このせいで出場資格すら得られないかもしれない――などとどんどん悪い方向に傾きかけていた思考を元に戻してくれたのは係りの女性の上司だという壮年の男性だった。


 彼はまずナインに怪我がないかを訊ねた後に、何故測定器が壊れてしまったかを丁寧に説明し、それからナインの申請手続きをその場で終わらせまでしてくれた。


「あのおじさんが俺にとっては救いの神に見えたよ……理解のある人で助かった」


「ふむ。測定器を破壊できる時点で参加資格はある、ということか。道理よな。儂やクータではそんなことはできんが、それでも基準に達しておったしな」


「ああそうだ、二人はどんな感じだったんだ?」


 自分のことで手一杯だったナインはクータとジャラザがどのように計測を終えたのかを確かめられなかった。意図せずとはいえ大きなトラブルを巻き起こした自分が言うのもなんだが、この二人も何かと心配させられる場面は多々あるので、密かに不安に思っていたのだ。


 しかしジャラザの口振りからすると特に問題が起こった様子もなく……実際に彼女らは口を揃えて何事もなく計測を終えたと話した。


「係の者に不思議な光り方だと言われはしたが、その程度よ」

「クータもそう言われたー。それから褒められたよ!」


 褒められた、というのはまだ子供のクータが大会へ出場できるだけの力を持つことへの称賛だろう。

 気になるのは「不思議な光り方」という部分だ。


「どんな風に光ったんだ?」


「勢いが違う、とあの者は言っておったが……あいにく他の参加者の測定様子は主様の騒ぎで見逃してしまったのでな。どう違っているかまでは知らん」


 その言葉にクータもこくこくと頷いている。

 はっきりとしたことは言えないがどうやら二人とも、光の満ちる速さが他者より随分と優れていたようだ。


 思えばナインも、一旦光り出してからはみるみるうちに異様なまでの光量になった。無論彼女は通常の光り方というものを知らないのでそういうものだろうとしか思っていなかったが、キャンギャル風の女性の焦り方からして普通とは大きく異なっていたのだろう。


「じゃあ三人とも同じような現象が起きていたってことか。どうしてだろうな?」

「うーん……?」


 ナインとクータが首を捻りながら顔を見合わせるが、どちらも思いつくものはないようだった。こういったシーンで知力を発揮するのはジャラザを置いて他にはいない。


「主様の不可思議な力を一端とはいえ計れるあの機械だ。ならば儂らの力をも正確に計ったのだろう――即ち、命名されることによって主様から分けていただいたこの力をな」


「俺が、力を分けた?」


「自覚はないか。しかしそうとしか考えられんだろう? 儂らが人型になれるようになったのも、能力の向上も、確実に主様の名づけが原因よな。儂らの中にも主様の『不可思議さ』と同じものが宿っていることは十分に考えられる」


「クータもそう思う!」


 それは予想の形を取っていたが、二人にとってはほぼ確信に近いように思えた――だからそれを聞いたナインも、なるほどと納得することができた。


「俺たちは思ったよりも深く繋がっているのかもしれないな……原理はさっぱりだけど」



 ◇◇◇



 リンクシークエンス開始から二十四時間経過。

 ――――該当者なし。


 リンクシークエンス開始から七十二時間経過。

 ――――該当者なし。


 リンクシークエンス開始から百四十四時間経過。

 ――――該当者なし。


 リンクシークエンス開始から二百八十八時間経過。

 ――――該当者なし。


 リンクシークエンス開始から――



「!?」



 何もかもが吹き飛ばされるような感覚……否、錯覚によって少女は装置から飛び出した。

 コードが散乱し乱雑に器具が並べられたその部屋はいつも通りの光景で――どこにも破壊痕などない。


「…………」


 少女は息をつく。

 多少は落ち着いたが未だに胸のざわめきが収まらない。

 それだけ彼女の受けた衝撃は途方もないものだった。


 今の(・・)は正確には単なるデータだ。別の場所からこちらへ送信された情報の塊に過ぎない。しかしそれが物理的な破壊力を伴って彼女のもとへ辿り着いた――ような気がして、だから少女は一も二もなく跳び起きた。


「……この力は」

 どこか電子音を思わせる平坦な声で彼女は呟く。


 信じられないことが起きた、と少女は歓喜とも恐慌とも取れない感情の中にいた。

 あれだけの力。測定すら不可能なほどの圧倒的な力。

 その持ち主が、スフォニウスに現れた。


 ぞくり、と少女は震える。


 ついにこの時が来たのだ――博士の言いつけを守れる時が。

 血の通わない身体であり、ある意味では『魔道機』の一種であるとも称せる彼女は、それでも自分の機械仕掛けの胸が高鳴るのを感じた。


 ハッキング済みの測定器から得た情報。13号機の破損前に映像も取得済みだ。だから分かる。彼女の名前と、その容姿。あいにくとフード姿で顔の造形までは判然としないが、服装と身長、名前だけでも十分な収穫である。


「……ナイン(・・・)


 試すに足る相手をとうとう見つけられたことに、少女は我知らず薄く笑みを浮かべる。

 機械的ながらも確かな血色を感じさせるその微笑みは、非常に美しいものだった。


 それもそうだ、十年間この時期だけ作動し、ひたすら測定器が算出する『力』を覗き見し、しかし該当者なしと諦め再び来年の同じ時期まで眠る。それだけを繰り返してきた彼女なのだ。


 これが嬉しくないはずがない――喜ばないはずがない。


「貴女が私の主人足りえるか、調べさせていただきます。バイオオートマトンタイプMbs『クレイドール』、規定インプット済みの既存命令オーダーに従いこれより本格起動アクションを開始します」


 まだ申請期間は二日ほど続くが、残りの参加者を調べようなどとはせず、彼女――クレイドールはこの機を逃さぬようにと即座に行動を起こしたのだった。


ルー語やこれ!

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