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98 強き者たち

「あの、あなたは?」

 突然集団の輪から進み出てきた少女に、ナインは誰何する。


 軽装ながらアーマーを身に着けている少女は細身の剣を腰に下げており、バーハルと同じように彼女もまた剣士であることが窺える。そしてバーハルがこの通りの男であったことから、同じように話しかけてきた少女にナインが警戒心を抱くのも仕方のないことであった。

 ナインだけでなく、クータやジャラザもそれとなく臨戦態勢に入っている。


 しかしそうやって一行から胡乱な視線を向けられた少女はまるでそんなことには気付きもしていないかのような気軽さで自身を指差しながら笑った。


「あ、私? そうだね、まずは名乗らないと怪しいよね――ごめんごめん! 私はミドナ、ミドナ・チスキス。冒険者をやってる、しがない剣士だよ」


 そう言って少女は手を差し出した。

 それが握手を求めている動作だと気付いたナインは、おずおずと自身も手を伸ばした。


「あっと、俺はナインです。こっちがクータで、こっちがジャラザ。それでチスキスさんは――」

「ミドナでいいよ。そう呼んで」


 互いに手を握りながら言葉を交わす。触れる手の平と指。その時、二人とも態度にこそ出さないが、互いの心境はよく似通っていた。



 ――この子(人)、途轍もなく強い!



 ミドナは先程見たナインの身のこなしですらその強さにおける氷山の一角にも入らないことを悟り、ナインはまだ二十歳にもならないであろう彼女がバーハルなどとは比べものにもならない実力を持っていることを感じ取り、両者が共に驚いているのだった。


 しかし表面上は、そんなことおくびにも出さずに手を放す。


「やー、私はただバーハルを引き取ろうと思って声をかけたんだけどね」

「え、ミドナさんがですか」

「うん! こいつはしょっちゅう問題を起こす男だからね……あーこっちこっち」


 申請所に詰める職員たちがようやくやってきて、ミドナから二、三言告げられるとバーハルを持ち運ぶようにして連れ去っていった。この展開を望んでいたナインだが、いざこうして実現すると少しだけ意外に思わなくもない――まさか自分が思う通りに事が進むなどとは予想だにしていなかったからだ。


 助かるには助かるがしかし、私闘を演じてしまった――バーハルはともかくとして――自分がどういう扱いを受けるのか、そして冒険者だというのに大会スタッフへ指示を下している様子のミドナが何者であるかが非常に気にかかる。


「うん? 心配しなくていいよ、こうして証人は大勢いることだし、何があったかは詳しく私のほうから説明しておくわ。バーハルは勿論治安維持局送りだね。そろそろ保釈金も馬鹿にならなくなってるだろうから、今度こそ実刑、それも相当重いのを食らうと思うよ。あなたたちのほうにはなんの迷惑もいかないようにしておくから気にしないで」


「ミドナさんは治安維持局の関係者なんですか?」


 そうとしか思えない言い草をする彼女に問うてみれば、ミドナは「あはは、違う違う」と手を振って否定する。


「これでも冒険者としてそこそこ成功してるチームの一員だからね、私は。ギルドの支部長に融通が利くし、それなりに顔も利くってだけのことよ。そもそもここの治安維持局はリブレライトみたいな精の出し方はしてないからねえ、特に大会の時期はこうして市民の協力が必要になるってわけ」


 ほう、とナインは彼女の言葉に関心を抱く。

 比較対象にリブレライトが挙がるということは、それだけあの街の治安維持局が――ひいてはリュウシィの仕事ぶりが褒められているに等しいからだ。


「ここは治安維持局があまり機能していないんですか? エルトナーゼみたいに」


「いやいや、さすがに維持局すら置かれてないあそことは比較しようもないって……でもまあ、五大都市の中じゃリブレライトがトップで、エルトナーゼが問答無用のワーストだとすれば、スフォニウスは最低から二番目になるのかな。クトコステンやアムアシナムもリブレライトほどきちんとしているわけじゃないけど、どちらも独自の体制が敷かれているからね……比べちゃうとこの街が一段下になると思う」


 まあリブレライトほど厳重なのが珍しいんだけどね、とミドナは肩をすくめるように言った。


 それは偏にリュウシィの存在が大きいのだろうとナインは思ったが、それよりもミドナの話の中に気になる部分があった。クトコステン、というまだ聞き及んでいない都市のこともそうだが、自身がいずれ確実に赴くことになる宗教都市アムアシナムの新たな情報についてだ。


「あの、アムアシナムの独自の体制というのは?」


「ほら、アムアシナムには教徒たちの監視網があるし、クトコステンは亜人の街だから住民全員が警備みたいなものだからね。どっちも治安維持局は置かれているけどそれ以上に街の特色がうんと濃いって感じかな。対するここは至ってノーマル、闘錬演武大会の前後は完全に手をこまねいているも同然。その間は血の気の多い参加者同士の丁々発止くらいは大抵目を瞑って終わりになっちゃうわ。勿論『やり過ぎる』ことは未然に防ぐようにと他の参加者含めて注意されているけど――っと、そろそろ私も行かなくちゃ」


 長話をするほど暇はないと思い出したように、ミドナは会話を切り上げようとする。

 引き留めるわけにもいかないので、ナインもそれに合わせた。


「どうもありがとうございました、ミドナさん。厄介事にならなくてとても助かりました」


「いやいや、こっちこそ挨拶できてよかった。ナインに、クータに、ジャラザね。――うん、いいチームみたい。大会で当たるのを楽しみにしてるわ。バーハルのことは私と支部長が片づけておくから、みんなはこの街を楽しんで。またどっかのおバカに絡まれるかもだからその時は気を付けてねー」


 なんともイヤな未来予測をしてからミドナは申請所を後にした。

 その背中を最後まで見送ってから、ナインは振り向いて訊ねる。


「で、どーしたよ二人とも。ミドナさんが来てから固まっちまって。お前たちもお礼を言うべきだったと思うぞ、礼儀的に」


「……すまんの、主様よ。道理は主様にある。が、しかし。それでも儂らはあの女へ気を許すわけにはいかんかった。お前様とて感じたのではないか? あやつの底知れぬ強さを」


「まあ、握手したときにやべーなって思ったけど……そこまでか?」


 異常なまでに警戒している様子のジャラザに首を傾げれば、返事はクータのほうから返ってきた。


「肌がピリピリするくらい、つよい……まるでヴェリドットが前にいるみたいだった。……あいつほど、嫌な感じはしなかったけど」


 これにはナインも驚いた。

 ヴェリドットはナインも苦汁を味わわされた恐るべき敵である。強力な能力をいくつも有し、肉体的な強さでもナインやリュウシィに引けを取らないだけの異様な怪力を発揮していた、これまで戦った中でも抜群の脅威度を誇っている相手だ。


 交戦して敗北寸前まで追い詰められたクータからしても彼女はある種特別な敵のはず。そんなヴェリドットを喩えに出してしまうくらいに、ミドナ・チスキスの内に秘めた強度はとんでもないものなのか。


「クータの表現は正しい。儂も奴から邪悪な気配や企みらしいものは読めんかった。だがあのヴェリドットにも並ぶほど、こと戦いに関しては卓越したものが感じられたぞ。エナジードレインや魅了のような搦め手ではなく、純粋な戦闘技能を積み重ねた強者。奴の抑えられつつも奥底から立ち昇る剣気や気迫……相当な手練れであることは間違いなかろう」


 だからこそクータもジャラザも、ミドナが親し気に名乗っても警戒を解けなかったのだ。

 ナインは強いが、この世に絶対はない。ヴェリドット並の者が相手となれば、相性や術の種類次第で危うい場面は出てくるかもしれない。


 万が一。


 それこそを彼女たちは恐れている。


 万が一にもミドナが豹変して剣を抜き、万が一にもそれにナインが反応できず、そして万が一にもその首を切り落とされてしまったら――そんな万に万を重ね掛けするような低すぎる確率の予想。

 しかし仮に億が一だろうと兆が一だろうと、あり得るかもしれないと想像をするだけで彼女たちの心は死にかけるのだ。


 ナインなき生など考えられない。

 それほどまでに、彼女たちの中でナインという存在はあらゆる意味で絶対になっている。


「主様は脇が甘いところがある。初対面だろうと一見人当たりが良いとすぐに信用するからの……」

「そのぶん、クータたちが気を付けようって話しあったの!」

「え、いつの間にそんな話を……というか俺ってそんなに呑気かな?」


 自分では割と用心深いつもりのナインはちょっとだけ傷付いた。一応、彼女とて色々と考えながら行動してはいるのだが、二人からすればまだ思慮が足りていないらしい。


「でもご主人様はやさしいから」

「まあの、間違いなく美徳ではある」

「その評価を喜んでいいものかどうか……」


 いまいち腑に落ちない表情で、ナインは中断させられていた申請を再開すべく人混みへ向かう。取り囲んでいた衆目も、いつの間にか輪は解かれていた。


 そのせいでナインはあまり意識できなかった――自分にとってはちょっとした躾のつもりの戦闘行為が、大勢の目に焼き付いていたのだということを。


 強き者の情報はどんな形であれ人の口を飛び交って広まるものだ、ということにも。


 そしてそんな情報を集めている者が、闘錬演武大会への出場者の中にも少なからず存在するということにも、当然思い至りはしなかった。


作中で描写されてませんがミドナ・チスキスは明るい色をしたはねっ毛が特徴的な18歳の若手冒険者です。引き締まったボディをしていて腹筋も割れています。腹筋も割れています!(大事なこと)

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