表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/553

95 受付嬢はかく語りき

3章からは固有名詞持ちの人やものが増えて世界観が広がると思います。広がったらいいな。

 ナイン一行はスフォニウスで無事に宿を取り、一晩を明かした。


 街についた時点で『闘錬演武大会』の開催まで一週間を切っていたが、参加申し込みは二日前まで行われているという。だからナインたちも余裕を持って初日を休養にあてることができた――ただし到着時間が夕刻前だったこともあって、どうせ何をするにしても大したことはできなかっただろう。

 主人たるナインの言いつけもあって彼女たちはあまり夜更かしをしない規則正しい生活リズムを送っているのだ。


「開催まではあと五日か……すると登録できるのは残り三日か? そう急ぐ必要もないけど、大会への申し込みは済ませておくべきかね」

「間際よりは早めがよかろう。何があるか分からんからな」

「それもそうだ」


 不慮の事態というのはいつどこで起きるか不明だからこそ厄介なのだ。変に余裕を持って行動した挙句にトラブルにでも見舞われて参加を逃す、なんてことになればなんのためにこの街へ来たのかわかったものではない。


 ということでやれることはやれるときにやっておこう、とナインは宿泊代に含まれている朝食(麦パンとハムエッグにコーンポタージュというザ・朝ごはん)を取り終えるとすぐにホテルを出発し、クータとジャラザを引き連れて申請所まで向かった。


 辿り着くは青天井の私用地。一月前から申請は可能だったということだが、開催の直近になってもそこは人混みで賑わっていた。

 それだけ闘錬演武大会が大きな催しであるということだろう。


「あの建物はなにー?」


 クータが指差し訊ねたのは、スフォニウスの冒険者ギルドであった。それを教えてやりつつナインは少しばかり呆れる。


「昨日検査の人が説明してくれただろ?」

「てへ」

「だからもうちょっと人の話を聞けと何度言えば……まあいいや」

「まあいいやで済ませるから聞かんのだと何度言えば……」


 ジャラザからジト目で見られるナイン。だが彼女からしてみれば、ジャラザの加入もあって余計にクータの聞き流しは顕著になっていると感じるので、何も自分だけの責任ではないと思っている。

 叱り切れない自分が一番悪いという現実からは都合よく目を逸らしつつ、だ。


 そのことに自覚的な証拠であろう。ナインは露骨に話題を変えた。


「それにしてもなんでここで申請をさせるんだろうな?」


 わざわざ冒険者ギルドの裏手にある広場に――それも明らかにどこかから運んできた様子の机や大仰な器具を見せられると、どうしてこの場所を選んだのかは話題逸らしとは関係なしにしても少々疑問でもあった。


「さての。ギルドと大会との間に何かしらの協力体制でもあるのではないか?」

「んー、そうかもしれん。でもそれだとリュウシィから聞かされたギルド関連の話とはちょっと印象が違うな……まあ都市ごとにそういうのも変わるのかな」


 ジャラザの推測にナインは曖昧な同意をする。


 冒険者ギルドというものについて例の如くナインはまるっと知識を持っていないが、多少ならば知っていることもある。リュウシィとの世間話の最中に少しだけ冒険者というものの存在について触れられたことがあるのだ。


 その際に聞いた内容だと冒険者並びに彼らの所属するギルドというものは都市の運営に結果的に一役買っているというだけで自ら進んで協力的な姿勢を取ることは稀である、というものだったのだが……。果たしてそれはリュウシィの偏見であったのか? 


 しかし誇りを持って治安維持局の長を務める彼女が他組織に対し偏った見方をするとはまさか思えない――仮にしたとしても自らの見識そのままに他人へ伝えるようなことはしないだろう。

 だからナインはリブレライトとスフォニウスでは、つまりは都市ごとにギルドの性格というものは多少変わってくるのだろうと結論付けた。それぞれに別の者がトップに立っているはずだし、街の特色だって違うのだからいくら一口に冒険者ギルドとはいえそれぞれの方針に差が出るのことはなんらおかしな話ではない。


「考えてみれば武闘大会なんだ、仕事柄腕自慢ばかりの冒険者たちだって多く出場するだろうから……それもあって大会側とくっつくようにして手を貸してるのかもな」


「不正や八百長が疑われそうな環境だの」


「たしかに……でもそんなこと言ってたら何もできなくなるからな」


 そんな事実があるのなら個人出場――所属なしのチームという意味だ――で優勝を目指しているナインにとっては向かい風もいいところだが、もし本当に不正があるのなら『武闘王』が冒険者の中から数多く輩出されていなけらばならない。実を言うと過去に冒険者から『武闘王』が出た記録は皆無であり、優勝自体もそう多いわけではない。

 ということはつまり、不健全な癒着のような関係はないと見てもいいのではないか――しかし今のナインらにはそんな情報を知る由もなく。


「とまれ俺たちはやれるだけ頑張るだけだな……。さ、受付に行こうか」

 と疑惑を流すだけにとどめた。


 三人一緒に大人しく順番を待ち、説明を受ける。

 昨日の都市入りと流れはほぼ同じだったので今度はナインも過度な緊張を強いられることはなかった。



「登録は最大で五名一組となります。お一人様でも参加は自由ですが勿論、上限のほうは五名までと定められております。また期間経過中の登録メンバーの変更も許されておりません。登録が五名より人数が少ない場合のみ別メンバーの途中加入が認められておりますが、その場合は一名でも二名でも一度だけの申請となり、二度目以降は受け付けられません。また既存選手との入れ替えでの編入も許されません。あくまで追加は初回申請時の不足人数分だけとなります。最後の確認ですが、皆さまは三名様のみのチーム申請でよろしいでしょうか?」



「はい。三人一組でお願いします」


「畏まりました。ではこちらの用紙に皆さまのお名前とチーム名の記入をお願いいたします」


「ジャラザ、頼んでいいか」

「うむ」


 練習したのでクータとジャラザ、そして自分の名前くらいは書けるようになっているナインだが、チーム名もとなるとさすがに手に負えない。耳打ちで即興のアイディアを伝えつつナインは下がり、代わりにジャラザが筆を執った。


「チーム『ナインズ』リーダーのナイン様、メンバーのクータ様とジャラザ様。これでお間違いはないでしょうか」


「大丈夫です」


「こちらの用紙に記載のある通り、ギブアップの権利はメンバーそれぞれが持つことになります。しかしチームリーダーのギブアップ宣言は即ちチーム総意での試合放棄と見做されます。同様にリーダー選手がなんらかの要因で試合の続行が不可能になった場合も即チームでの敗退となりますのでご注意ください」


 意外と厳しいルールだとナインは思った。

 個人対個人でブロックが進む形式じゃないことにも驚いたが、リーダー選びや試合運びの要素にも少なからず知恵が求められることから察するに、チーム戦の要素が思ったよりも強そうである……それで自分たちにとって特別困る何かがあるというわけでもないが、とりあえずはリーダーの座に就く以上は気を引き締めておくべきではあるだろう。


「順位ごとに即日、賞金が授与されます。本選に残れば十万ゼニル、四位になれば五十万ゼニル、三位には百万ゼニル、準優勝で二百万ゼニル、そして栄えある優勝者には五千万ゼニルが贈られます」


「ご、五千万!? そんなにですか!」


 思わず目を金マークにして食いついたナインに、受付嬢はにっこりと笑って肯定した。


「はい。回を重ねるごとに参加者も増え大規模な大会になりまたので、数年前から優勝賞金の額が一桁アップしました。ますます参加者が増えましたが、半数以上はやはりお金よりも『武闘王』の称号をお目当てに出場いただいております」


「ほへー……あの、そんなにすごいんでしょうか、その『武闘王』っていうのは」


 金の亡者だとは自称していないナインでも思わず目の色を変えてしまった「五千万」という大金――円ではなくゼニルだが――をしても多くの闘技者にとっては及びもつかないというその称号。


 けれどそれは目に見えるものでもなければ腹に入るものでもない。

 要は単なる「頑張ったで賞」である。

 どこにそれほどの価値があるのか、と何も知らないナインからすれば疑問に思えるのも無理はない。


 賞金額を知らず『武闘王』の位についても知識が薄いのならあなたは何を目的に参加するの? と受付嬢は目の前の子供に聞き返したくなったが、長年の執務により鍛えた笑顔のポーカーフェイスでそれを堪えた。


「それはもう。闘いの殿堂、ここスフォニウスでの闘錬演武大会において一握りの栄光を得る歴代優勝者、その中でも更に限られた『最高峰の武闘者』と認められた者だけが受け賜れる、武の頂に(・・・・)達している(・・・・・)という証明。それこそが『武闘王』の称号なのです。大会は過去二百四十九回開催されていますがその間に優勝者が武闘王に認められた年は両手の指で数えられるほど。現在でも存命の武闘王はたったの二名! お二方ともが名実ともに最強の名を欲しいままにしているというのですから、その偉大さがお分かりになるでしょう」


「え、最強なのに二人いるんですか? どっちかが武の頂ならもう片方は頂点から二番目なんじゃ?」


「………………」


「申し訳ない」


 ナインはすぐに軽口を謝った。

 今のはひどい揚げ足取りだったと口に出してから思ったのだ。後の祭りとはこのことか。


「では奥へどうぞ」


 幾分かテンションの落ちた声で受付嬢に促される。奥に何があるのかと覗けば、到着時に確認できた謎の機械らしきものが数台並んでいる場所があった。


「あれは?」

「測定器です。行けばわかりますよ」


 やはり態度が冷たくなっている……と確信しつつもナインはそれ以上何を言うでもなく、会釈をして先ヘ進むことにした。これ以上の会話で後ろに並んでいる人たちを待たせるのも忍びないからだ。決してぞんざいな口調に恐れをなしたわけではないのだ。

 ところが先を急いだナインに、ここでちょっとしたアクシデント。


「ちょっと待つんだ、そこの子供たち」


 クータとジャラザを引っ張ってさっさと測定器とやらのもとへ向かおうとしているところ、そんな風に声がかけられて――。


ちなみにチーム名はナインが冗談のつもりで言ったものをジャラザがそのまま書いたことで決まりました。彼女は一切冗談だとは受け取らなかったようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ