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93 装置の中の少女

 五大都市のひとつ『スフォニウス』は音楽の都として広く知れた街である。古くから続く歴史に名高い楽団をいくつも排出し、高名な音楽家や楽器製作者のほとんどがこの街の出身だと聞けば、誰もがその呼び方に納得するだろう――しかし。


 音楽への演奏・研究・鑑賞に余念のないそんな街には、実はもうひとつの顔がある。

 闘技都市スフォニウス。

 それがともすれば音楽の都としてよりも知れ渡っているその都市の別の側面。


 なぜ闘技都市などと名付けられてしまったかと言えば、そこが格闘者にとってのメッカに他ならないから。


 古くは街の創設者が『戦える者』であったことに由来するというスフォニウス名物、年に一度の『闘錬演武大会』は国を超えてなお知れ渡るほどに箔のついた武闘大会だ。この大会の開催の近づく時期となると、街には外来の戦士武闘家冒険者等々腕に覚えのある屈強な者たちで溢れかえる。その時ばかりは普段は街の主柱たる音楽も武に添える華にしかならず――大会を盛り上げるための一助に成り下がる。


 街は武一色に染まる。


 そうなれば当然、集まる者たちの中には、清廉に強さを求めているだけとは言い難い連中も紛れ込むことになる――。


 参加申請期間は十五日、およそ半月。

 その直前、まだ申請すら始まっていない時期にはもう既に浮き立っている者たちもいた。



◇◇◇



「金だよ、金! 優勝すりゃ五千万ゼニルだぜ!? ワイバーンなんかを倒すよりよっぽど楽に、もっとすげえ大金が手に入るってんだ。優勝金万歳だぜ!」

「馬鹿が、金より称号だろうが――『武闘王』だぞ! 優勝してその称号を掴めばそれだけで一生食ってけるし、もう誰も俺たちを蔑ろにはできないぜ、たとえギルドでもよお!」


 酒場でジョッキを傾けながら言い合いをしているのは、等級にして三の位を持つ冒険者チーム『グローズ』のメンバーであるゴルバとガンドだ。

 赤ら顔同士を突きつけるように二人はくだをまく。


「糞ギルドがよ! なあにが素行に問題があるだぁ!? そんなことで俺たちの等級を上げねえっつーのはふざけてやがる! 偉そうに説教なんざしやがって何様だってんだ。『武闘王』になった後でも同じことができるか楽しみだぜ!」


「馬っ鹿、おめえ、金さえありゃあ誰だってへーこらするに決まってんじゃねえか!? 別にギルドなんぞ見返してやる必要はねえ、大金せしめりゃなんだってやれるんだからよ!」


「いいや称号だ!」

「いーや金だね!」

「ああん!?」

「やるかぁ!?」

「やめとけお前ら」


 やにわに立ち上がり腕まくりをして、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めようとしていた男たちを低い声で止めたのは、同じ席に着くもう二人の男のうちの一人だった。


 そう、彼らのチーム『グローズ』は四人組なのだ。

 メンバーの残り二人は先の二人とは違い、まだ酔いが回っている様子はない。


「落ち着け。こんなことで殴り合いをするつもりか?」

「こんなことだと? おまえまで金を欲しくねえってのか!?」

「おい、俺は金が欲しくないなんて一言も言ってねえぞ! それより称号のほうが重要だっつってんだよ!」


「だから落ち着けよ、お前ら。よく考えろ、優勝すりゃどっちも俺たちの物になるんだぞ? だったらこんな言い争いになんの意味があるってんだ?」


 説き伏せる男――チームの参謀的ポジションにいるダンゲーの言葉に、ゴルバとガンドは目から鱗が落ちたような表情でぽかんとし……それから静かに席に座った。


「そりゃあそうだな……どっちか選ぶってんじゃねえもんな」

「ああ、金も称号も合わせてグローズのもんになるってこったな」

「そうだ、そのために優勝を目指すんだろうが……大会前に仲間割れして怪我をこしらえるなんざ間抜けのすることだ。いずれにせよ騒ぎを起こすべきじゃねえ、ひょっとすると申請の段階で落とされちまうかもしれんからな……」


 ダンゲーのその言い草に、ガンドは忌々しいような顔を作った。


「ちっ、そりゃあ、あの昇級試験のときみてーにってことかよ?」

「マジか!? 大会に出るのにも素行調査があるのかよ? おいおい、戦えさえすりゃあいいんじゃねーのか、だって武闘大会だろぉ!?」


「そんなこと俺は知らん。だがよ、万一ってこともあるじゃねえか。実際俺らは等級三半以上に上がるにはクエスト達成率以外にも見る部分があるってことを知らなかった――そのせいで向こう一年は昇級試験を受けられねえ。それも普段の生活態度から見直したうえで低級冒険者どもからの『稼ぎ』も消えるとあっちゃあよ」


「踏んだり蹴ったりたあこのことだぜ! くそ、あのギルド長の小馬鹿にした目! 俺はぜってー忘れねえからな!」


 またぞろヒートアップし始めたガンドを手で制すようにして、ダンゲーは総括に入った。


「つまりだぜ、ここでいらん騒動はご法度ってこった。少なくとも大会に参加するまではな……だが一旦出場しちまえばこっちのもんだ。今さえ大人しくしてりゃやれることはある、そうだろうジョット」


 ダンゲーに名を呼ばれた最後のメンバーである彼は、飲みかけのグラスを置いて頷いた。


「間違いないよ。過去のデータを調べてみた。試合外での出場者同士の乱闘が過去に何度も起こっているけど、どの例も運営からのお咎めはないんだ。中にはチームが全滅して出場停止になったこともあるみたいなんだが、それをした相手は普通に大会に参加し続けていたようだ……つまり、治安維持局に目を付けられるような派手なことさえしなければ、割と自由にやれるってことだね」


 ジョットの言葉にゴルバが興奮しながら目を見開いた。


「なんだって! そんじゃあ、試合の合間に好き放題できるってことじゃねえか!」


「声がでかい、少しボリュームを下げろ。……ああ、お前の言う通り、油断している相手に闇討ちを仕掛けることだって場合によっちゃ可能だ。出場者たちの安全は自己責任ってことらしくてな、たとえ諍いがあっても当人らの問題として流される。当然殺しはマズいがちいと動けなくなる程度に痛めつけてやるぐらいなら……そして大会が終わるまで眠ってもらいでもすりゃあ――へっへ、もう分かったみてえだな?」


 ダンゲーがメンバーを見渡せば、皆一様に口元に笑みを浮かべている。

 あえて口に出さずとも彼らの心はひとつになっているようだった。


「他の出場者のリサーチも行わないと」とジョット。

「優勝候補には試合外で消えてもらったほうが助かるよなあ?」とガンド。

「燃えてきたぜえ、絶対に勝つのは俺たちだ!」とゴルバ。


 やる気を出す面子を見たダンゲーはにやりと笑う。彼には自信があった。冒険者の等級四以上はまさに一流、名実ともに最高位クラスの実力者として見られる立場だ。自分たちはその手前の三半に上がれるだけの力は優にある――だというのに、昇級試験にはあえなく失敗。すぐに通過するつもりだった等級三で足踏みしてしまっているのが現状だ。


 グローズの強さは既に一流に近い。そう思っていたからこそ昇級条件を満たした途端に挑戦したし、当然のごとく三半に、そしてすぐ等級四に上がれると思っていた。だが結果は不合格。実力云々以前に人格が相応しくないという到底納得できない理由で落とされたのだ。


 冒険者にとって重要なのは強さではないのか。そして強さで言うなら自分たちは間違いなく等級五……とまではいかなくても四や四半の冒険者チームには並べるだけのものがある。ダンゲーだけでなくこれはメンバー全員の総意である。であるなら、素行などを理由に昇級から弾いた冒険者ギルドは自分たちを不当に扱っていることになる――しかも。


『君たちが変わろうとしないなら、永久に等級はそのままだろう。見苦しい行為を続けるようなら冒険者資格のはく奪もあり得る。これからの身の振り方をよく考えることだな』


 リブレライトのギルド長は冷たい目をしながらそんなことを宣ったのだ。

 あの時の屈辱はもはや筆舌に尽くしがたい。

 顔に唾を吐いてやりたいのをどうにか堪え、チームで街を飛び出し、その足でスフォニウスにまでやってきた。


 すべては『闘錬演武大会』に出て優勝し、華々しい名誉を獲得するため。『武闘王』となった自分たちを等級三程度に押し込めた冒険者ギルドの不見識を喧伝してやるためだ。


 そのためならどんな手段だって講じてやろう。露呈さえしなければ何をしたっていいのだ。大会への申請が通れば更にやりやすくなる――乱闘に乗じて厄介なチームを再起不能に陥らせることだってできるのだから。



「大金も名声も、俺たちのものだ。誰にも渡さねえ――グローズここにありと知らしめてやるぞ!」

「「「おう!」」」



 冒険者の中でも極めてあくどい部類に入る彼ら四人組は、そうやって誓いの乾杯をし、酒を一気に飲みほした。



◇◇◇



 他所から喧騒を持ち込む者たちがいるように、中にはスフォニウスでじっと『そのとき』を待つ者もいた。


 様々な器具が置かれた閉ざされた空間で、装置に埋め込まれた一人の少女。

 彼女は身動きひとつせずに、ただひたすらに待っている。

 今年ももうすぐ時期になる――今度こそ、現れるか。


 自分が仕えるにたる強者、設定された閾値を超える者は。


 彼女は瞼を閉じたまま、考えるともなく考える。

 生みの親である博士から言い渡されたたったひとつの遺言……『己が仕えるべき主人をみつけること』。

 言われた通りに彼女は探し続けている。待ち続けている。

 博士に認められるだけの圧倒的な強者がやってくることを、滔々と、延々と。

 彼女が産まれて……否、産まれ直して。そして装置に埋もれて、優に十年が経とうとしている。


 少女は待ちわびているのだ。

 博士からの言葉を守れるその日が来ることを、今か今かと――血の通わない胸の奥に、確かな期待を持って。


 ――今年も選定の時期がやってくる。


 またいつもの通りに駄目かもしれない、しかしひょっとしたら、今年こそは。

 機械仕掛けの思考が客観的な観測とも個人的な願望とも取れぬ淡いものを浮かべる。

 きりきりと言いつけに沿って演算する彼女には、知る由もない。


 今年の『闘錬演武大会』はいつもとは一味違うことを――スフォニウスで巻き起こる嵐のような戦いを、今の彼女には予測することができない。


 怪物少女が、この地に近づいていることを。


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