92 三番目と五番目
3章の始まりです
某日某所、とある宿泊施設での『三番目』と『五番目』の会話――
「……なぜ、私たちがこんなことを?」
「腐るなナンバー3。命令は絶対だ。たとえ見世物になろうとな」
「ナンバー5、あなたは任務以外のことにはてんで無頓着だからそんなことが言えるんでしょうね。私は納得がいきませんよ、こんな下らない仕事は……。それと、私のことは『トレル』と呼ぶように指示があったはずですが」
「だったらお前も『ティンク』と呼べ。それが私の識別名称だ」
「対外用のね……まったく、下らない。番号でしかない私たちに名前だなんて、本当に下らないことです」
「お前は感情を表に出し過ぎる。悪い癖だ」
「感情を知らないあなたよりはマシでしょう」
「心外だな。私とて、楽しむことは知っている」
「戦いばかりを、ですよね……はあ。暴れられたらそれで満足なら、確かに溜め込むこともないんでしょう。羨ましい限りですよ」
「それが私たちの存在意義だ」
「ええ、その通りです。闘いばかりが私たちですよ。便利な道具、目先のための駒、使い捨ても見据えられたモルモット……誇らしいことですね、まったく。こんな私たちが必要になる世の中というものは、ひょっとしなくても碌でもないですね? 芯から腐った林檎のように、どうしようもない」
「厭世を気取ったところで何も変わりはしないぞ」
「はあー、耳に痛いです。痛すぎてほら、穴が空いてませんか?」
「空いているな」
「あーもう! なんでナンバー5とコンビなんですか!? せめてナンバー1かナンバー7が良かったです!」
「戦闘法で選定されたのだろう。私たちなら一般の武闘家や冒険者に混ざっていても違和感がない」
「さっきから分かり切った正論で返すのやめてもらえます? 私が言いたいのはそういうことじゃないんですよ、質問に答えてほしいんじゃなくて不満に応えてほしいんです」
「そうか。それはともかく私のことはティンクと呼べ」
「これだからもう!」
「落ち着け、あまり声を出すな」
「はいはい、わかっていますよ。こんな安宿じゃ壁も薄いでしょうからね」
「一応、グレードは高いホテルらしいが」
「豚小屋ですよ」
「そうか」
「……で、なんの話でしたっけ」
「私たちの任務についてだ。ここスフォニウスにて半月後に開催される『闘錬演武大会』という武闘大会に出場し、優勝することが課せられた使命。注意事項としてただ勝利するのではなく、なるべく開催者のお眼鏡に適う戦闘を行う必要がある」
「そうでないと優勝したからといって例のものが貰えないから、でしたっけ?」
「そうだ。見事な武闘者として最高責任者オーブエ老を含めた審査員五名の審議の下、多数決で認められた者にだけ『武闘王』の称号が贈られるという」
「オーブエという老人は一人で三票分をお持ちなんでしょう? ならば実質、その老人に気に入られれば決まったようなものですね。まるでホステスの真似事のようでとても馬鹿らしいですけど」
「油断は禁物だ。確かにオーブエ老に取り入るのは効果的ではあるだろうが、それでも他の四名が揃って反対すれば称号を貰い損ねることになる」
「貰い損ねたからどうだって話なんですがね、私からすれば……」
「忘れたか? 『武闘王』とは闘技者にとって最高峰の位と言ってもいい。その称号を持てばあの都市――アムアシナムにおいて優遇を受けるだろう。堂々と宗教組織『天秤の羽根』にも接触することができる。私たちの主目的はそれだ。大会での優勝はあくまでその前準備に過ぎない」
「忘れるわけありません。というか忘れたくても忘れられませんよ、こんな下らない仕事は……。そもそも私たちが天秤の羽根に近づく必要があるのか疑問なんですが? そんなことしなくたって既にうちの手の者が一人、それも聞くところによると相当優秀なのが都市に潜入済みだというじゃありませんか。だったら私たちのやることはつまるところ、単なる取り越し苦労の骨折り損に終わってしまうのでは?」
「慢心してはいけない。お前の言う通りオイニー・ドレチドは功績をいくつも持つ優秀な執行官だ。しかし如何に有能でも単独の力ではやれることにも限りがある。だからこその私たちだ」
「ふん……『武闘王』として純粋な武の探究者を演じて、表から天秤の羽根へ入り込む。そして本命のドレチドが裏で動きやすいようにする……要は囮というか、目くらましですよね、あなたと私の役割って。そんなことにこの私たちを使うだなんて、とうとう万理平定省もヤキが回りましたかねー?」
「何を言う。これは七聖具という現時点での最優先事項に関する任務だ。だが少しでも万理平定省の関りが疑われれば天秤の羽根に近づくことは叶わない。だからこその私たち――秘匿強襲部隊『アドヴァンス』の投入。その秘匿性と実行性を活かす、実に合理的な判断だと思うが」
「そこはかとなく嬉しそうですね……やはり戦えさえすればそれでいいんでしょう、あなたは?」
「それが私たちの存在意義だ」
「その言葉はさっき聞きました。本当に面白味のない人ですね。ナンバー2とはまた違った意味であなたは悩みを持ちそうにもない。私もそれくらい単純になれたらいっそ幸せですかね……」
「褒められてはいないようだが、ありがとうと言っておこう」
「はい? なぜです?」
「単純。それは兵器として完成されているという意味だ。私たちは戦う者であると同時に道具でもある。純なる戦具として在れることは、誇りに思うべきだからな」
「……あなたと会話しているとまるで心ごと冷えてくるようですよ……まあ、私たちに心なんていう人間らしいものが備わっているかは甚だ疑問ですけど。でもあなたみたいなのと話すのもたまには悪くないかもしれませんね」
「その意を聞こう」
「だって恐ろしいまでに人間性の欠如したあなたを鏡にすれば、そこに映る私はまだまだまともなんだって再認識できるじゃないですか――凍えそうな血が、そう確認することで、ほんの少しだけ温もりを取り戻す。そんな気がするんですよ」
「散々な評価だな。……そんなに境遇が恨めしいか」
「恨めしいですよ、恨み骨髄ですとも。産んだくせに私を捨てた親も、拾ったくせに捨てたあの女も、奪った私たちを完全に人間から外れたものに仕立て上げた開発局も――そしてこの世界も。何もかも憎くて仕方ありませんよ」
「だがお前は生きている。私も、そして仲間たちも」
「仲間、そう、仲間……あなたは本当にそう思っていますか? ナンバー5」
「ああ。私たちは間違いなくファミリーだ。血よりも濃いもので繋がっている」
「ふん……そうですとも。たった七人の家族です。もう、ナンバー8のような犠牲を出すつもりはありませんよ」
「そうだな。あの子は最も強く、最も優しく、だからこそ最も死に近かった。あの子の分まで私たちは強くなる必要がある。生きる必要がある。己を高める行為はそのためのものでもある」
「ああ、だからあなたはやたらと戦いたがるんですね。私は逆です。生きるためにはなるべく面倒を避けたいタイプなものですから」
「ふむ、やはり私たちは正反対だ――だから良い。不足を補い合える。この任務ではそれが不可欠になるだろう。何せ初めての人前でのミッションなのだから」
「仕方ないですね。当面はよろしく頼みますよ――『ティンク』」
「ああ、こちらこそ頼むぞ――『トレル』」
以上会話終了――




