第2話 サボり魔少女騎士の秘密の計画(女神暦1566年3月2日/辺境の村・ルーブ)
リサ=アルテミア。
ペルテ国第7騎士団の団員にして、士官学校時代からの同期。
新雪のような真っ白なサラサラとした髪、快活そうな性格が窺える口角の上がったいたずらっ子のような笑顔。
白銀の鎧と膝上丈のスカートを着用し、腰元に巻いたベルトには片刃の剣を帯びている。
面倒見も良く、団員達からも慕われているお母さん気質な性格の友人だ。
暗鬱とした気分もどこかに吹き飛ばしてしまいそうな彼女の笑顔に毒気を抜かれるような気持ちになりながら、ジトッと半目を向ける。
「おい、リサ。お前はこの時間は村内の団員達への定期連絡の時間の筈だろう。こんな所で何をしている?」
お荷物騎士団である私達の本部はあの平屋の為、数百人規模の団員達は村の外れに天幕を張って生活をしている(全員ではなく、一部の団員達は別の場所に常時詰めているのだが……)。
本部に届いた国からの任務内容や様々な業務連絡の連絡係を兼ねている彼女は、村内に散らばる彼らに情報伝達を行っている。
この時間なら団員達への伝令で村内を走り回っている時間なのだが……。
職務怠慢といえばミトスのお家芸で、リサに限ってはそんな事をするとは思えないのだけれども、一応確認は必要だろう。
知らずの内に険しい表情になっていたらしい私の声にたじろいた様子のリサはアワアワと両手の掌をこちらに向けて、
「ちょっと、ゼルダ! そんな怖い顔しないでよ!? 今日は事務仕事が早めに片付いたから他の団員の子達への伝令に普段より早く出かけたから帰りが早くなっただけだってば!」
「むっ、そうなのか」
「そうそう。リサお姉さんはしっかりと団長・副団長不在の留守を預かっていたのですよ」
えっへんと鎧越しからでも分かる大きな胸を張りながら、自慢げに両手を腰元に添えて得意げな笑顔を見せるリサの姿に肩の力が抜ける。
「疑って悪かったな。リサならミトスのように仕事をほっぽり出すような真似などはしないとは思っていたのだが……」
「いいのいいの、全然気にしてないから。ミトスも良い娘でやるときはやる騎士なんだけど、あのものぐさな性格が少しでも矯正されれば、こっちも山のように積まれた書類の山が少しは減るんだけどねえ」
あはははっと、死んだ魚のような虚ろな目で渇いた笑いを漏らすリサの生気のない表情に頭が痛くなる。
自然と額に手をやり、新たな悩みの種の存在に軽くなった肩が再び重くなる。
大方、ミトスがこなさなければならない書類の分までサボり魔の彼女に変わって夜遅くまで片付けていたのだろう。
今更ながらに気付いたがリサの両目にはうっすらではあるものの、薄いくまが出来ている。
サボり癖は毎度のこととはいえ、今回ばかりはミトスにきつめのお灸を据えてやらねばならない。
「全くアイツにも困ったものだ」
「まあ、悪い娘ではないんだけどね」
「それは私も分かっているさ」
ミトスは私生活においてはダメダメな面ばかり目立つが、実戦においてはかなりの実力者で第7騎士団の団員達もその強さには一目置いている。
『ミトス様を甘やかし隊』というファンクラブまで密かに存在していて(これ以上ミトスを堕落の道へと導くような真似はしように釘を刺してはいる)、案外団員達からの人気も高い。
特にお菓子やおいしいご飯を口元に運ぶと、「あ~ん」と一切の遠慮なく頬張り、餌を貯め込んだリスのように両頬を膨らませながらトロ~ンとした声で、「もっとちょうだ~い」と甘えた声でおねだりする仕草に胸を打ち抜かれるらしく、女性団員達はミトスの餌付けに癒されると、食料の配給があった日には食事の差し入れにやって来ることも多い。
色々と問題はありながらも人望のある友人騎士の顔を思い浮かべながら、リサと肩を並べて本部の家へと歩く。
平屋の玄関に辿り着きドアを開けようとノブに手を伸ばそうとすると、中から何やら大きな声で何かを言い合っているような声がしたので、私とリサは顔を見合わせる。
「この声はミトスとクローディアだな。喧嘩でもしているのか?」
「そっと中を覗いてみる?」
本当に喧嘩をしているのなら仲裁に入らねばならないが、まずは中の様子を確認してみよう。
私とリサがゆっくりと音を立てずに開けたドアの隙間に顔を近づけてみる。
家の中では、薄茶色の長髪を腰元まで伸ばした、白薔薇の髪飾りを右耳の近くの髪に身に付けた少女騎士が机上に数々の焼き菓子を並べながら、ひょいひょいと皿の上で湯気を昇らせるパイを摘まんでいるオレンジ色の髪の少女騎士にビシッと指先を向けてご立腹の真っ最中だった。
「ちょっと、ミトスさん! そちらのアップルパイはリサさんの大好物なのですから、それ以上つまみ食いはしないでくださいませ!」
「む~ん、クローディアは頭が固い。こ~んなに焼いたのなら少しぐらい味見しても許されるはず~」
「確かに味見はお願いしましたけれども、丸々1ホールを完食しているのは味見とはいいませんのよ!
久しぶりに作りますから練習用で余分に作ってありますので問題ないとはいえ、3日後のリサさんの誕生日祝いにリサさんの大好きな林檎を使った料理でもてなしたいからお菓子作りの練習を手伝ってほしいと言ったのは貴女でしょう!」
「お菓子作りならクローディアが一番適任。私は不器用だから、こんな風に美味しそうな物は作れない」
「……お菓子作りで大切なものは食べてもらいたい人の笑顔の為に愛情を込めて作ることですわ。多少形が不格好だったり、味がイマイチだったとしてもミトスさんのリサさんへの想いがこもっていればいいのです!
ほら、そんな風にションボリとしていないで手を動かしてくださいませ!
多分任務から帰ってきたら元気がないと思うからと、ゼルダさんにもお菓子を作ると言っていたのは貴女でしょう!」
「は~い。ゼルダもリサも任務や奴隷制度の事でいつも悩んでいるから、お礼しないとだから~」
「お礼をしたいというのならお仕事をサボらないのが一番の恩返しでしょうに。仕事を抜け出してこっそりと『秘密基地』に差し入れに行ったり細々とした仕事を手伝っているのを正直に言えば、ゼルダさんやリサさんも褒めて下さいますのに」
「う~ん、私が書類仕事苦手で逃げ出してるのは事実だから、別に言わなくていいよ~。褒められる為にしている訳じゃないので~」
「変なところでこだわりがあるんですから……。ほら、そろそろリサさんも戻って来る頃合いですし、これは私がゼルダさんとのお菓子勝負の肩慣らしで作ったという設定で押し通すということでよろしいのですのね?」
「それでおねが~い」
プリプリと頬を膨らませて怒りながらもお菓子の準備を続けるクローディアと、彼女の手伝いをノロノロとしたペースではあるもの普段はあまり見ない真剣な様子で行っているミトスがこの家に帰って来る二人を迎える準備を進める二人を見詰め、私達は彼女達に気付かれないようにそっと扉を閉める。
家の壁にもたれかかり、先程の光景を思い浮かべるとどちらからともなくクスッと笑みが零れた。
「ミトス達、私達の為に頑張ってくれてたんだね」
「ああ、あれでは叱ることも出来そうにない」
「確かに」
「リサ、もう少し村の巡回に出ようと思うのだが付き合ってくれるか?」
「勿論。お供いたしますよ、副団長」
冗談ぽくそんな言葉を交わすと、私達は足音を立てぬようにしながら本部を後にする。
私達の友人がお菓子の支度が整える頃合いまでは、あの二人に「ただいま」と言うのは延長にしよう。
胸の中に温かな気持ちが広がっていくのを感じながら、私達は村へと来た道を引き返していくのだった。