第86話 ゼルダvsアルギナ.3(女神暦1567年5月8日/ロクレール支部演習場岩場エリア)
「勝たせてもらうぞ、アルギナ=イルミナージュ!」
眼前でそう宣言した女騎士の不敵な表情にアルギナは獰猛な笑みを浮かべる。
あの相手は強い。
自分が勝つと大見えを切った自信……いや違う。覚悟だ。
絶対に私を倒して、この試合に勝利する。
それを信じ、それを実現する為に己の全力を振り絞る。
いい相手だ。
今まで色々なギルドの連中と手合わせをしたり、ダンジョンでのレイド戦で共闘した経験はあるが、この騎士のように裏表なく真正面から向かってくる相手というのはやはり戦っていて気持ちがいい。
氷の魔剣を自在に操り、私の力技にも柔軟に対応してくる臨機応変さ。
それを可能にするのは戦闘経験の積み重ねだ。
あの女騎士の過去は知らないが、剣を振るい続けてきた場数の数は年齢にそぐわない程多いに違いない。
こちらの気勢を削いだり、幻滅させられるような醜態も一切見せることなく、戦場を自分の居場所であるかのように自在に剣を振り回すその姿は素直に尊敬に値する。
「……私は随分とくじ運がいいらしい」
自然と頬が緩んでくる。
これ程の相手と巡り合い、こうして戦場で相対しているこの瞬間に感謝したいぐらいだ。
互いの全力をぶつけ合う刹那の高揚感は私に生きているという実感を与えてくれる。
この女騎士は私にそれだけのものを感じさせてくれるだけの力を持ち、それを今私に示そうとしている。
これが楽しくない訳がない。
自分の得物を握り締め、私は最高の遊び相手に向かって吼える。
「かかってこい、ゼルダ=フローレンス! 私の全力とアンタの全力。どっちが上か、決めようじゃないか!」
アルギナが好戦的な笑みを浮かべてそう言い放った直後、彼女が地を蹴りこちらに肉薄すべく疾駆する姿を目に焼き付けながら、ゼルダは冷静に魔力を錬成していた。
アルギナ=イルミナージュは間違いなく、今まで戦ってきた相手の中でも上位に入る強敵だ。
油断すれば狩られるのはこちら。
無策で特攻するのは愚策。
だが、ここで縮こまって防戦に徹するのは……。
「それは、つまらないな」
自然と口から零れたそんな言葉に内心で驚きながら、私は愛剣を構え、久方ぶりの心が弾む戦いに向き直る。
これはドロシーとシャーリーの過去に一区切りをつける為の試合だ。
だが、それを理解しながらも、この戦いを楽しいと感じてしまっている自分の気持ちがあるのも事実だった。
ペルテ国のクーデターでの戦場では、無我夢中で敵兵を斬り捨てる日々の繰り返しだった。
多くの仲間が死んだ。
苦楽を共にし、一緒に沢山の思い出を作って、戦場を共に駆け抜けた親友のリサは王都攻略戦において戦死した。
故郷の村も焼かれ、家族も知り合いも全て殺された。
全てを失った。
私には何もなくなった。
仲間達に背を向け、一人あの村で孤独に過ごす日々が永遠に続くのかと思った。
それで良いを思った。
だけど……だけど……
私には家族が出来た。
陽気な性格だが、人一倍気配り屋で私の側にずっといてくれたカレン。
金にもならないのに、ほとんど誰もいない村で暮らす私の様子を見に毎日通い続け暮れたマーカス。
奴隷オークションで救出したドロシー・エルザ・シャーロット。
不思議な能力で村や私達を守ってくれている『隷属者』の少女達。
そして……アレン。
村外れの森の遺跡に突然出現した不思議な男の子。
マーカスの馬車の中で私の為に涙を流してくれた彼。
闇ギルドの脅威から私達や見ず知らずの者を守る為に必死に戦い続ける彼。
そんな男の子のことをいつの間にか、私は好きになってしまっていた。
守られることが嬉しかった。守ってもらえることが嬉しかった。
だけど、それ以上に私は願った。
守りたい。
私がアレンを、皆を、守りたい。
もう誰も、もう誰も死なせたくはない。
誰も失うことなく、ずっと皆と生きていきたい。
そんな、いつしか胸に灯っていた願いを叶える為には強くあらねばならない。
今よりも、もっと強く。
その為にはもっと修練を積み、強者と戦い剣を磨かなければならない。
そして、彼の仲間である『隷属者』の少女達の力をより理解し、更に自在に使いこなせるようにならなければいけない。
アルギナ=イルミナージュという相手は、私が今よりも更に強くなる為の相手として十分すぎる程の相手だ。
そんな相手を前に守りに徹することはしたくなかった。
「魔力を剣に集中させて……」
フローラの樹属性の魔力と私の氷の魔力が溶け合い、魔剣に集束していく。
私には樹属性の魔力を扱う魔力操作の適性はないが、フローラと融合状態にある今であれば、2属性の魔力を融合させた大技を放つことも可能だ。
魔剣に注ぎ込まれた魔力が最高潮に高まり、その想像以上の魔力の波動にアルギナが目を見開いた。
「とんでもない魔力じゃないか! 何か仕掛けてくるつもりだな!」
「ああ、とっておきを披露しよう」
「とっておきか、いいね。なら、こっちも遠慮なくいかせてもらおうか!」
「望むところだ」
私は魔剣を大地に突き立て、アルギナは大上段からの凄まじい膂力に任せた振り下ろしの一撃を放つ。
「『氷結世界に咲き乱れる薔薇庭園』」
「『暴食せよ、我が牙』!!」
大地を割り砕きながら現出した無数の氷の茨の群れがアルギナに殺到する。
だが、アルギナの持つ斧から禍々しい凶悪な魔力が彼女の全身を駆け巡り、彼女の皮膚に鮮血の如き色合いの波紋状の刺青が浮き上がる。
「っ!? その『樹宝』にはまだ隠された能力があったのか!?」
「破壊力を増すっていう能力自体に嘘偽りはないさ。ただ、私自身の魔力を喰らいながら、私もこの斧の一部として認識させて、斧の爆発的な破壊力を一時的に手に入れることが出来るんだよ」
大地から屹立した氷の茨がアルギナを薙ぎ払わんと横薙ぎの一撃を放つが、アルギナはそれを一切回避する挙動を見せることなく、
「効かねえ!」
戦斧の一振りで粉々に粉砕する。
何度茨が押し寄せようとも次々と粉砕し、両断するその姿は狂戦士の如き暴れっぷりで、何者も寄せ付けない暴風のように荒々しく得物を振り回しながらゼルダに向かって特攻してくる。
「ほらほら、一気にいくぞっ!!」
「くっ、一歩も退く気はなしか!」
「当たり前だ! こんな楽しい舞台から降りる訳がないだろう!」
「ならば、これならどうだ!」
茨の大波を一振りで両断したアルギナの頭上に氷の薔薇の蕾を付けた茨が天蓋を築き上げるかのように繁茂する。
そして、ゼルダが魔力を剣を通して茨に送り込むと、蕾が大きく花開き、その花弁が空中に舞い散る。
氷の薔薇の花弁が天を舞う幻想的な光景を前にアルギナは怪訝そうに目を細め、
「なんだ、あれ……
そう口にした刹那、天を浮遊していた氷の花弁がアルギナ目掛けて殺到する。
「っ!!」
「舞い、そして獲物を切り刻む氷刃。避けられるかな?」
360度見渡す限りに舞う氷の刃は一枚一枚が薄いけれど、鋭利に磨かれた花びらに触れれば肉や骨が断たれるのは必須。
無論、大怪我をさせることはご法度なのでいざという時は寸止めをする心積もりだったが……。
「ふんっ!!」
アルギナは天から降りしきる氷刃を迎撃する選択をした。
下段からの振り上げによる一閃とその斬撃の余波で花弁が粉砕され、ダイヤモンドのような氷の微細な粒が周囲に秀麗な軌跡を描き、風で流れていく。
間髪入れずに振り回される戦斧が止まる瞬間は一切なく、全身をバネのように大地を跳ね、駆け抜ける女戦士の怒涛の剛撃の渦に氷結の戦場が食い尽くされていく。
百枚を超える花弁の乱舞が十分以上も舞う中、粉砕された氷の残骸が地面に横たわり、最後の花弁が撃ち落とされた時には勝負が決していた。
「あ~、最高に楽しかった! また、遊ぼうぜ、ゼルダ=フローレンス!」
「……私も楽しかったよ。また手合わせ願いたいが、貴女を倒すのは随分と骨が折れるな」
最後の一枚を戦斧で叩き割った瞬間に膨大な魔力を『樹宝』に食い尽くされて魔力切れを起こしたアルギナが地面に大の字で倒れ込んで降参したことにより、岩場エリアでの戦は幕を下ろした。
両者は散々手こずらせてくれた相手にどちらからともなく手を伸ばし、拳と拳をぶつけて健闘を称え合った。