第84話 アレンvsアイリス.3(女神暦1567年5月8日/ロクレール支部演習場森林エリア)
(この一撃はかなり重いですね……!)
アイリス様の放った拳が私の大剣に突き刺さる勢いで直撃し、こちらの皮膚がビリッと総毛立つような衝撃の余波が体全体に突き刺さる。
本来であれば大剣は粉々に砕け散り、スフェールの胸元を打ち砕く光景が展開される筈だが……。
「これを防ぎますか!?」
アイリス様の拳は大剣の側面を破壊することなく留まっており、強烈なインパクトを放った一撃を受け止め切ったスフェールはフードの下に隠した整った顔を覗かせて、聖女を見遣る。
「……【堅牢のダイヤモンド】は、私の魔力量とマスターから供給される魔力量に応じて硬度が跳ね上がる、あらゆる攻撃を防ぐ最強防御の剣です。
貴女様のその絶大な破壊の力を込めた紋章の拳を以ってしても、簡単には破壊できません」
「その剣の硬さはこの身を以て理解しましたが、防ぐだけでは私を倒すことは出来ませんよ」
アイリス様数分前まで見せていたような気弱そうなイメージとは全く異なった不敵な笑みを浮かべながら更に拳を剣の側面に押し当て、こちらの防御を突破しようと攻勢を緩めるつもりもなく足を踏み込んでくる。
どうやら平常時はマイナス思考が目立つアワアワと狼狽しやすい性格だけど、戦闘時においてはスイッチが切り替わるタイプらしい。
今召喚可能な先輩方の中ではセレス先輩に近いでしょうか……?
あの方は普段から温厚で皆が気が付かない細かな所まで気が付く、とんでもない気配り上手な先輩で、剣で敵を斬り払うしか能のない剣精霊である自分はかなり尊敬しているが、ことマスターを侮辱するような輩に対しては本当に容赦なく始末する結構こわ……アグレッシブ! アグレッシブな部分がある。
フローラ先輩は戦闘・非戦闘においても裏表がないし、アールタ先輩は飄々としていて、ルイーゼ先輩は……完全に我が道を行くっていうスタイルですね、あの方は。
戦闘中にも平気で読書に勤しむ本狂いの先輩を思い浮かべながら、私は徐々に力負けして大剣が押されつつある現状に目を細める。
【堅牢のダイヤモンド】ではアイリス様の拳を受け止めることは可能だけど、こちらからも仕掛けなければ勝ちはない。
なら、次はこちらから行きます!
「アイリス様、私の剣はマスターを守護する剣です」
「貴女が今もこうして背後のアレンさんを守っているように、それが貴女の誇りという訳でしょうか?」
「はい。私はこの剣でマスターをお守りします。それには敵の攻撃をただひたすら防ぐだけではいけません。敵を排除する力も必要となります」
眼前の敵の攻撃は正確に防げばマスターには通らない。
それが分かれば、次はこちらの剣が相手に届くかを確かめる番です。
スウ―ッと息を吸い込んで胸を膨らませ、ゆっくりと息を吐いて呼吸を整えて己の分身でもある宝石剣に更に魔力を注ぎ込む。
「【灼熱のルビー】」
そう呟いた刹那、アイリス様はハッとした表情を浮かべ、迷うそぶりもなくすかさず拳を引いて後退する。
……随分と判断が良いですね。
ダイヤモンドの刀身の内側からマグマが噴き上がる直前のような火属性の魔力が灯り出したのを察知したようだけれど、かなり魔力に対する反応速度が速い。
先程までキラキラと輝く多面的な光を放っていた宝石剣は一瞬で真紅にその色合いに変化し、透明感のある艶を放つ赤い宝石に刀身が変化していた。
これにはアイリス様も意表を突かれた様子で目を丸くしていた。
「先程のダイヤモンドから別の宝石に剣が変化したのですか?」
「『宝石剣ゼルナリス』は数多存在する様々な宝石にその刀身を変化させる魔剣です。
【堅牢のダイヤモンド】は敵の攻撃を防ぎ切る最硬度の盾となり、この【灼熱のルビー】は……」
ゼルナリスを右手に握り締めそれを横薙ぎに斬り払う。
「マスターに敵対する者を焼き付く灼熱の剣です」
紅色の奔流がアイリス様に洪水のように押し寄せる。
薙ぎ払われた魔剣から、離れた距離にいてもなお皮膚全体を炙られそうな凄まじい火力の火炎の一閃が放たれる。
火竜が大地を焼き付く為に吐いたブレスのような大火力の火炎にマスターが、「おい、スフェール!? 殺すのはなしだからな!」と叫んでいる。
……申し訳ありません、火力の調整をミスした自覚はあります。
ダラダラと冷や汗が噴き出す感覚にヒヤヒヤとする中、アイリス様は落ち着き払った様子でこともなげに拳に銀翼の天使の紋章を灯し、
「えいっ」
拳の一突きを放っただけで、燃え盛る火炎の大波が霧散した。
(おいおい、あれを一発で粉砕するとかアイリスさんとんでもないな!?)
スフェールの【灼熱のルビー】から放たれた火炎の威力は人一人を相手にするにはオーバーキルにも程がある威力だった。
それを泰然と、ああも簡単に消滅させたあの紋章術を施した拳の能力には目を見張るばかりだ。
ゴクリと唾を飲み、精一杯平静を装いながら口を開く。
「流石ですね、アイリスさん。スフェールのさっきの一撃を防ぐなんて」
そんな俺の言葉に、アイリスさんは半目になりプク~ッと頬をリスのように膨らませる。
な、なんだろう? 俺、なんか気に障ることでも言ったか?
内心で動揺していると、火竜のブレスに匹敵する劫火を拳一突きでぶっ飛ばした聖女様はプンプンと拳を振り上げて可愛らしくご立腹される。
「それは私が言いたい台詞ですよ、アレンさん! 何ですか、スフェールさんったら可愛らしい容姿だけではなく、戦闘能力も卓越しているじゃないですか!? こんなに強可愛いくて主人思いな娘を従者にしているなんて羨ましすぎます!
私なんてギルドマスターなのに、町に出かける時とかはいっつも部下が『アイリス様は迷子にならないように手を繋いでお出かけしましょうね~』と言って、手を繋いだ状態じゃないとお外に出してもらませんし、なんかこう扱いがかる~い感じですので、とっても羨ましいのですが!」
な、なんだ。スフェールの能力の高さと彼女の主である俺に対しての羨望だったのか。俺がアイリスさんを不愉快にさせてしまうような言動をしてしまったのかと思った。
そうと分かれば、俺も一安心だ。
そして、俺のやるべきことも一つだ。
ホッと胸をなで下ろし、アイリスさんに堂々と一切の恥ずかしさもなく言い放つ。
「ふっふっふっ、そうでしょうそうでしょう!! うちのスフェールは恥ずかしがり屋さんでフードで素顔を隠してはいますが、その隠されたお顔は途轍もなく可愛らしいんですよ!」
「えっ!? あ、あの、マ、マスター!?」
ビクッと肩を上げてビックリとした様子でこちらを振り返ったスフェールの頬が紅潮しているように見えたが、スフェールを気に入ってくれている様子のアイリスさんという同士を見つけた俺はもう止まらないので勘弁してくれ。
俺の口はこの可愛い仲間の少女の愛くるしさを自慢したくてたまらんのですよ。
「アイリスさん、スフェールは魔剣に宿る剣精霊で、変幻自在に変化する宝石剣の使い手です。俺の契約している『隷属者』の中でも剣術に関してはピカイチの腕前です。ですが、スフェールの魅力はただ強いだけではありません」
「なっ!? ご尊顔をハッキリと拝見してはいないとはいえ、戦闘中に僅かに覗いたフードの奥に見えた可愛らしい容姿だけではないというのですか!?」
……なんか、超絶重たい過去を吐露したりガチ戦闘をしていた時よりも緊張した雰囲気が漂ってきたが、アイリスさんの目はウズウズと興味津々さんな様子でキラキラとしており、今更引けない感が半端ないので続行します。
「あ、あのマスター、恥ずかしいので、そろそろ戦闘に戻りませんか?」
戻りません。
「スフェールの可愛い所その1! 俺が昼寝をしているとコソ~ッと俺の頭を膝枕して、『ふふふっ、マスターの寝顔を独り占めです』と幸せそうに笑った時の笑顔が最高に可愛い!」
「ききききききききっ、気付いていたのですか!?」
気付いてました。
「スフェールの可愛い所その2! 俺が他の『隷属者』達と遊んでばかりいると、こっそり『……良いなあ、先輩達』と寂しそうに呟いていること!」
「つつつつつつっ、つ、呟いてませんから! そんな、子供みたいなこと言っていませんから!」
言ってます。
そして、それを聞いたらすぐにスフェールも仲間に加えて遊ぶようにしています。
「スフェールの可愛い所その3! 俺が宿屋とかに泊まっていた時にこっそりとベッドの布団に潜り込んで、『マスターの匂いがします』と幸せそうに言ってそのままスヤスヤ眠っている時がたまにあること!」
「それもバレていたんですか!?」
バレてました。
「スフェールの可愛い所その……」
「マスター! それ以上言われると私が戦闘不能になりますから、もう許してください!」
林檎のように真っ赤っかになった顔でスフェールが俺の胸に突っ込んでくるまで、ホクホク顔で「あらあら、やっぱり可愛らしいですね」とニコニコとしていたアイリスさんとのスフェールいじりは止まりませんでした。
……うん、後で反省しました。
アイリス戦第3話です。
本来ならもっとバトル展開を進ませる予定でしたが……唐突に思い付いてしまったスフェールいじりを入れてしまって、もうちょっと延長させてしまいました。
もう、あれですよ。そろそろギルドマッチ戦も終わらせないといけないなと思ってはいるのですが、中々お話を手短に畳む技術に乏しいので、思い付いた場面を色々と入れていたら結構な長丁場になってしまっております。
『銀翼の天使団』との戦いはまだ続きますが(一応アレン以外『魔装化』したし、佳境ではあるんですけどね……)、また読みに来てもらえると嬉しいです。
あっ、感想評価してもらえるとめちゃくちゃ喜びますので、是非に是非に!(見苦しいアピール)