第81話 綴vs澪.2(女神暦1567年5月8日/ロクレール支部演習場廃墟エリア)
袴を履き直し、未だに頬の熱さが消えないのを感じながら、こちらに背を向けて、「姫島殿、もう振り向いてもよろしいでしょうか?」と両目を両手で律儀に覆い隠してステイ中の少女・雷禅寺澪の背中に視線を向ける。
咄嗟に出てきた苦しすぎる言い訳を駆使し、気配を断って接近していた彼女の気勢を削ぐことには成功したものの、パンツ丸見えのまま刀を振り回す訳にもいかず、ウチは澪に向けていた刃を収め、
「ふっ、こっからは真剣勝負や。侍同士、正々堂々戦おうやないか。せやから、ちょっと今からパンツ履くでタイムってことでええかな?」
と大人の笑みを浮かべながらちょっとアレというかだいぶかっこ悪い台詞を告げると、
「わ、分かりました! 本来であれば、姫島殿の戦略にハマり刃をを眼前に突き付けられた時点で私の敗北は決まっていたようなもの。
にも関わらず、もう1度戦うチャンスを頂けるなど光栄です!
私はあっちを向いておりますので、着物の乱れが整いましたらお声掛け下さい。
それから……あっ……あの~……とっても可愛らしい下着でした!
お恥ずかしながら、私はオシャレな下着という物を買うのがどうにも気恥ずかしくて野暮ったい色合いの物ばかりでして……。
今度、あのような可愛らしい下着が売っているお店をご紹介して頂けると嬉しいです!」
何この娘めっちゃええ子やん。お持ち帰りしたろか。
思わず犯罪者のような発言が喉まで出かかったけど何とか気力で飲み込み、こちらの着衣が整うのをああして大人しく待っている彼女に声を掛ける。
「もう振り返ってもろてもええよ。待たせてもうてごめんな」
本来なら背後からバッサリと斬り捨てて、カレンの様子でも見に行くのが勝負のことだけを考えるのであれば正解なところやけど……流石にそれはアカンやろ。
ガッツリと隙を晒しながら、こちらがこっそりと斬りかかってくることなんてある筈がないといった様子でちゃんとウチのことを待っといてくれとるあの娘を斬り捨てていくのは後味が悪すぎて無理やし、彼女の信頼を裏切ってしまうことになる。
相手の出鼻を挫くような出会い方をしたけれど、ここは言った通り正々堂々戦って勝つ。
もし全力で戦って負けたら間抜けかもしれんけど、悔いはない。
ウチの声を背中を受け、目元に当てていた両手を下ろし、こちらに向き直った澪にはまだウチのパンツを見てしまったことに後ろめたさのようなものでも感じているように頬に朱が差していたけれど、ウチが『髭切』の柄に手をかけると、アワアワとした表情がスウッと消え去り、こちらの出方を窺いながら彼女も腰に下げた刀に手を伸ばす。
菜の花のような鮮やかで明るい柄巻きを巻いた柄に手をかけながら、澪はウチの一挙手一投足を見逃さぬようにしつつ、いつでも踏み込めるように軽く腰を下げた姿勢を取る。
ウチも同様に軽く腰を落とし、いつでも鯉口を切れるように姿勢を変える。
「アールタ、悪いけど最初はサシでやらせてほしいんやけど、構わんへんかな?」
「ああ、良いよ。僕は後ろで大人しく観戦させてもらうとするよ。『魔装化』が必要になったら、いつでも声を掛けてね」
アールタはそう言いながら手を振り、ウチらから離れた位置に移動し、地面に打ち捨てられていた廃材の上に陣取って高みの見物といった様子で腰を下ろした。
『魔装化』を使えば、ウチだけの力で挑むよりも眼前の少女に勝つ確率は高くなるだろう。
でも、一度はウチの実力で勝負してみたい。
掌に感じる髭切の感触に目を細めながら、自分の守りたいものを思い浮かべてみる。
『ゴブリン・キングダム』との戦いでは、ダガン将軍やゴブリン兵達、アレン達に助けられた。
あの時は非戦闘員の信者達の護身用に持たせた色々な日用品に『神詔の秘跡』の力を託したせいで魔力もほとんど残っていない状況で、まともに『髭切』の力を発動することも出来ずジリ貧やった。
大切な人達が死んでしまうという恐怖。
自分が何も出来ないという無力感。
それを身に染みて痛感した戦いだった。
もうあんな思いはこりごりや。
少しでも強く。少しでも前へ。
大切な者を一人も欠けることなく守り抜くにはもっと強くならないといけない。
この試合はドロシーとシャーリーっていう少女の過去の傷に向き合う為の戦いやけど、世界最高峰の正規ギルドである『十二聖座』の一つに数えられるギルドとの腕試し的な側面もある。
ここで己の実力がどこまで通じるのか知る良い機会になる。
無論、楽に勝てるとは思わない。
しかし、やるからには手加減抜きの全力で。
『髭切』を掴む力を強め、ウチは澪と視線を合わせる。
「雷禅寺澪さん……やったな。悪いけど、全力で戦わせてもらうで」
「……はい。先程は不覚を取りましたが、次はそうはいきません」
「ウチの剣は我流やから、しっかりと剣術を学んできた人から見たら見苦しいかもしれんけど、堪忍してな」
「ご心配には及びません。私は道場剣術も実戦での剣戟の経験もありますが、一番やりにくいと思うのは型にはまらない自由な剣です。ですから、私は姫島殿の剣を脅威として捉えております」
「脅威か……。なら、その言葉に恥やん戦いをせなならんな」
相手はこちらを侮っていない。
対等かそれ以上の相手として扱ってくれている。
……こら、ますます気合入れてかからな失礼っちゅうもんやな。
ウチはニッと口角を上げ、『髭切』の鯉口を切り、澪も同様に抜刀の構えに移行する。
「『四葉の御旗所属、姫島綴」
「『銀翼の天使団』所属、雷禅寺澪」
互いに己の得物を一気に抜き放ち、
「「いざ、参る!!」」
目の前の侍に恥を晒すような剣は振れないという思いを共にしながら、一気に加速し相手の懐に飛び込んでいった。
お読み頂き、ありがとうございます。
ギルドマッチ戦、中々長いな〜と感じられている方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はゼルダ達と隷属者の魔装化による着せ替え祭りをやってみたいなあ〜という著者の願望が色濃く反映されておりますので、魔装化した彼女達の活躍にもお付き合い頂ければ幸いです。
綴の魔装化は今回はおあずけですが、割とお気に入りのキャラである綴をもっと書いてみたいので、活躍させたいなあと考えております。