第50話 天地を刺し貫く光の柱(女神暦1567年5月1日/東の山脈)
「『天舞う葉刃斬の鬼雨』
オレンジ色に美しく染まった空を、螺旋を描くように旋回する無数の深緑色の木の葉。
それらを上空から鎌首を上げるように見上げた肉塊達は、数秒程空を舞う葉の群れに意識を向けるが、何の変哲もないただの木の葉だと判断したのか、興味を失ったように俺の元へ這いずり始める。
ご機嫌斜めな樹竜のブレスの掃射を喰らってほとんどの肉塊は俺の魔力に変換されたが、僅かに残った魔物達は仲間の死を嘆く事もなく、己の腹の疼きを収めるための獲物を求めて貪欲に触手を伸ばす。
押し寄せる肉の波が大地をズルズルと這い回って押し寄せる醜怪な景観を一瞥し、俺は淡々と作業的に杖を振り下ろした。
「刻め」
その刹那、上空を舞い踊っていた木の葉がその場でピタリと静止したかと思うと、葉先をゆっくりと眼下で蠢く肉の軍勢に向ける。
そして、鋭利な先端を地上に向けた葉の群れは、まるで巨人の腕に押し潰されたのかと思うほどの急速な勢いで大地に向かって一斉に降り注ぐ。
ズザザザザザザザザザザザザッ!! と。
雲間を刺し貫きながら加速する無数の刃の散弾雨が拡散し、次々と肉塊達を挽肉に変えていく。
俺の注ぎ込んだ魔力によって切断力を強化された木の葉の刃は、肉塊の皮膚を削ぎ落としてその臓腑もズタズタに切り刻み、血飛沫をまき散らしながら周囲に肉片が零れ落ちていく。
まさに一瞬の出来事だった。
「うお、結構グロイな……」
自分でやった事とはいえ、かなり凄惨でグロテスクな景色に思わずそんな声が漏れる。
だが、先程の攻撃で残存していた魔物はほとんど殲滅出来た。
ゼルダやエルザ、グレゴール伯爵達の今現在の戦闘の趨勢は不明だが、少なくともこちらから彼女達の防衛ラインに敵が雪崩れ込んでいく最悪の事態は回避された。
「取り巻きは全員潰した。残りは、あいつだけか……」
無数の血肉がおびただしく広がる大地で、一際異彩を放ち続けている巨大な肉の柱。
二十メートル越えのそれは、見てくれ自体は猛然と襲い掛かって来た肉塊の魔物とさほど差異がある訳ではないが、体中にびっしりと開いた無数の口から数えるのも面倒になる程の触手が伸び始める。
鈍重そうな巨体に似合わず、俊敏な速さで伸長した触手の束は辺り一面にばら撒かれていた大量の死肉を根こそぎ絡め取ると、シュルシュルと触手を喉奥に戻す。
グッチャグッチャ、ベチャグチャ。
大量の血液を含んだ血肉を貪り食らう水気を含んだ咀嚼音が響き渡り、息が詰まるような緊張感が自然と高まる。
泰然とした風格で聳え立ちながらも、その実は他の肉塊と同様に己の飢えを満たす事に夢中な性質らしい。
顔がなく表情を窺う事は出来ないが、特に感慨もなく淡々と食事を続ける肉の柱の醸し出す不気味な雰囲気が辺りに漂う。
(今は食事に夢中みたいだけど、食い終わった後の餌として狙われるのは俺だろうな)
現在は目先の動く事のない餌に舌鼓を打っているが、目ぼしい餌がなくなればこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。
触手を伸ばす速度も取り巻きと比較すると数段速いようだし、油断すればすぐにこちらが奴の腹に収まる羽目になる。
無論、そんな結末を迎える気はサラサラないが。
『樹竜砲焔・樹海降誕』によって魔力量も万全とはいえないものの、かなり回復した。
それを使えば、あの薄気味悪い魔物を塵一つ残す事なく消失させる事も可能だ。
本来であれば、『ゴブリン・キングダム』の本隊と激突する前に大量の魔力消費を行うのは得策ではないのだが、漠然とではあるが連中が襲来する事はもうないのではないかと考えている。
唐突にこの場所に現出した肉塊の魔物達と交戦状態に突入してある程度の時間は経過しているにも関わらず、一向に姿を現す気配のない千を優に超える軍団。
そして、牙を剥いて這いずる千体以上の肉塊の大軍勢。
『ゴブリン・キングダム』の本隊の兵の人数と符合するその数を考慮すると、彼らは何らかの不測の事態に巻き込まれた事で、このような異形の怪物に成り果てた可能性だってゼロではない。
あくまで憶測ではあるので、ここで魔力を全て使い果たす真似はしないが、手を抜き過ぎて食い殺されるのはまっぴらごめんだ。
「樹竜召喚は魔力の消費量が多すぎるし、不機嫌さマックスのアイツの八つ当たりが面倒臭いから却下として、奴を葬る事が出来る魔法か……アレでいくか」
消費魔力が多い事は一緒ではあるが、無理矢理喚び出されて苛立っている気性の荒い樹竜の反発を買うくらいなら、別の魔法で対処させてもらおう。
方針を固め、体内で静かに錬成していた魔力をより一層高め始めた最中、噛み砕いていた餌を嚥下した巨体は数秒の静寂を置き、体中に満遍なく開いた大口から一斉に触手を伸ばし、俺を捕縛しようと捕食者として行動を開始する。
「騎士団は総員触手を迎撃! 可能な限り斬り捨てろ!」
騎士団の反応は迅速だった。
今までの肉塊が伸ばしてきたものよりも肉厚で敏捷性の高い触手を的確に斬り飛ばし、俺に近づこうとする唾液でぬらつく触手を手早く処理していく。
しかし、容易には俺を捕える事は出来ないと踏んだのか、魔物は標的を騎士団に変更し、彼らを先に排除する方針に変更したようだった。
前方から迫ってきた触手を素早く斬り飛ばした騎士の背後から他の触手が即座に襲い掛かって騎士の体に巻き付き、凄まじい締め付けでその体を圧迫して木製の鎧が重圧に耐えきれずへし折れる。
巨大な大斧を振りかぶった大鎧を纏った重装騎士の首元を締め上げ、足元に伸びた触手が体勢を崩して転倒させて、その上から一気に十本以上の触手で叩き潰す。
数の差を十分に活用し、騎士団を各個撃破して始末していく魔物の攻撃にこちらの戦況は悪化していく一方だが、俺はそれに取り乱す事無く冷静に魔力を錬成し続け、ある魔法を発動させるために必要な魔力量を生産した。
騎士団が無惨にも甲冑を破壊されて次々と倒れ続ける中でも、思考を乱す事無く魔力の錬成を行った結果を開帳させる。
木杖の石突を地面に突き立て、体内で高めた魔力を一気に解放する。
「『天貫く慈悲なき樹槍』」
地面に突き立った杖の先端から溢れ出した魔力が激流となって地下を疾走する。
若草色の輝きを放って可視化された魔力の波が漏れ出し、地表を幾筋も駆け抜け抜けていき、大地に若草色のラインが何本も走っていく。
そしてそのラインが一ヵ所に集束したのは、騎士団を殲滅する事に躍起になっていた魔物の真下だ。
突然己の側に集まってきた魔力の塊に驚愕したのか、慌ててその場を離れようと巨体が身じろぎしようとした刹那、
魔物の真下から一気に噴き出した緑の光が大地を貫き、天空を浮遊する雲を刺し貫く高度まで伸びた若草色の柱に飲み込まれた巨体は一瞬でその身を崩壊させ、肉片一つ残す事無く地上から消滅した。
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
近頃は更新ペースが落ち気味になってしまっているので、申し訳なく思っております。
今回のお話は今までの話の中では一番短い文量になってしまいましたが、前回の更新日から日がこれ以上経ち過ぎるのはどうにも嫌だったので、アレンが魔物の大ボスを撃破する場面までを投稿させて頂きました。
第2章も佳境となり、『ゴブリン・キングダム』篇は近々終了する予定です。
その後の展開も考えてはありますが、それはまた改めてお知らせしたいと思っています。
更新速度も可能な限り早くしたいと思っています。
次話もお付き合い頂けると、非常に嬉しいです。