第28話 アリーシャ騎士団領領主(女神暦1567年4月28日/カルトス城正面玄関)
「副団長、また後でご挨拶させてください!」
「副団長! 修練所に寄る機会があれば稽古付けてくださいね!」
「ほらほら、お前らもさっさっと持ち場に戻れ! アリーシャ様から許可を頂いたとはいえ、流石にこれ以上ここにいると留守番を押し付けてきた若手世代が痺れを切らすぞ」
「了解です。あっ、副団長。俺、一応アリーシャ様のいらっしゃる玉座の間までの案内を頼まれているんですが、皆さんをお連れしても大丈夫ですか?」
「いや、玉座の間の行き方は城で働いていたから今も覚えている。君は自分の職務に戻ってくれて大丈夫だ」
「かしこまりました。それでは、これで我々は失礼致します」
王城の正面玄関。
名残惜しそうに何度も振り返りながら各自の職場に戻っていた騎士達の背中を見送った俺達は、彼らの後ろ姿が視界から消えるまで彼らに手を振り続けていたゼルダを伴い、城内に足を踏み入れた。
エントランスにはクリムゾンレッドの絨毯が敷かれ、天井近くの壁際にある嵌め殺しの天窓から差し込む斜陽の色と溶け合っていた。
壁際に備え付けられた燭台は随分と年季が入っていて、メッキの部分が経年劣化でひび割れている。
学校の体育館ほどの広大な面積を有してはいるが、絨毯や壁から垂れ下がる十字架が中央に刻印された盾の紋章(アリーシャ騎士団領の国旗らしい)が描かれたタペストリーも日焼けで色褪せている箇所が多く、城の二階部分に繋がる大階段の段差も石材の端々が硬い物にぶつかったのか、不揃いな形状で欠けている。
また、観賞用の甲冑や鹿の剥製、名のある職人が彫ったような石像、煌びやかな宝石が装飾されたシャンデリア等も存在せず、豪奢な調度品の類も置かれていないようだった。
「一国の王がいる城にしては、思っていたよりも豪華な内装じゃないんだな」
「そうだね。ドロシーが好きな本に登場したお城は、もっとキラキラした感じがしたよ?」
「国家の中枢部にしては、案外閑散とした雰囲気ですね」
「まあ、そう思うのも無理はないな。以前のこの玄関ホールには、黄金で出来た国王の像や一粒で家が何軒も建つような高価な宝石をあしらった調度品も数多く設置されていた」
「それがどうしては今はないの?」
「王都攻略戦の際、ペルテ国王の牙城であり旧王権勢力による最後の防衛線がこの城だった。私はアルトの村へ引き返す羽目になって途中で戦線を離脱したので、城攻めの詳細な記録はアリーシャ達からの伝聞で聞いた限りで話すが、この城にあった金銭的価値の高い豪華な家具や嗜好品は戦闘の際に破損して使い物にならなくなったらしい。無事だった物も早々に売り払って、困窮していた国の予算の足しにしたそうだ」
「ああ、道理で目に入る物が倉の奥でずっと眠っていたような骨董品みたいな代物ばかりなんだな」
「ペルテ国王が民から不当に巻き上げていた金銭や、趣味で蒐集していた宝石等の貴金属類、年代物のワイン等も、アリーシャは全て売却して国庫の足しにして、戦乱で傷付いた各地の都市や町の復興に充てている。だからこの城には皆が抱いているような王城の様子には当てはまらないと考えてほしい」
ゼルダはそう説明すると、「この階段を上がった先が玉座の間だ」と大理石の大階段を顎で示し、彼女に先導される形で、城内を進んでいく。
城内の構造に最も精通しているゼルダが案内役として先頭、赤薔薇の花束を大事そうに抱き締めるエルザが二番目、王様が暮らしている城になど『ブレイブ・クロニクル』での廃城ダンジョンや、国王発令の緊急クエスト受注のために宮殿に行った時しか入った経験がない俺が三番目、侍従らしく楚々とした歩みで俺の背中から三歩下がった間隔をキープするセレスが最後尾だ。
廊下を行き来する城勤めの文官やメイド達は、ゼルダの顔を見た途端に仕事の手を止めて郷愁を含んだ柔和な笑みで挨拶をしてくる者も多く、ゼルダは彼らに丁寧な態度で挨拶を返しながら城の奥へと進んでいく。
そして、絵画等も飾られていない簡素な雰囲気の廊下を進んでいった先の突き当りに、一際巨大な両開きの樫材の大扉があり、その扉の前に一人の少女騎士が立っていた。
栗色の髪をショートカットにし、上半身を覆う白銀の鎧と髪の色と同じ色合いをした膝丈のスカート、ほっそりとした足全体を包み込む黒いタイツが特徴的な装いをした怜悧な少女は、懐かしげに口角を上げて微笑する。
「久しぶりですね、ゼルダ」
「ああ、息災そうで何よりだ、ラキア」
「貴女の後ろにいらっしゃるのが、『従僕せし餓狼』の壊滅に尽力してくださった方々ですね?」
「はい、アレンと申します」
「エ、エルザです!」
「アレン様の侍従を務めております、セレスと申します」
「はじめまして、私はアリーシャ様の補佐官をしております、ラキアと申します。皆様、遠路はるばる首都ライオネットまで足を運んで頂き、誠にありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ、わざわざご招待して頂いて光栄です」
「皆様には長旅の労を労ってもらうためのお食事や、今回の『従僕せし餓狼』による奴隷売買の一件の解決に多大な貢献を行って頂いた、アルトの村の村長であるアレン様への褒賞金もご用意しておりますので、後ほどお渡しさせて頂きます」
「はい、分かりまし……えっ、村長? 俺が?」
「は、はい。カザン支部のマルガからの報告書に記載されていた『従僕せし餓狼』壊滅の功労者の一覧のアレン様の項目には、確かに【アルトの村村長】と追記されておりましたが?」
何か間違ったことでも言ってしまったのだろうかと、訝しげに首を傾げるラキアはとても嘘を付いているようには見えなかった。
カザン支部から首都へ提出された報告書には、そういった記述がしっかりと書かれていたのだろう。
(ど、どうしてそんなことになっているんだ?)
自分が村長などという大それた役職を引き受けた覚えはまるでない。
というか、カレンや俺が村に腰を据える前からたった一人で村の復興に貢献していたゼルダが村長なのだとばかり思っていたのだが、違うのだろうか。
俺がサッとゼルダに救いを求めて視線を向けると、何やらばつが悪そうに所在無さげにしていたゼルダは申し訳なさげに弁明する。
「アレン、すまない。本来ならば、私があの村の代表者になる筈だったのだが、そうにもいかない訳があるんだ」
「? 何か不都合な理由でもあったのか?」
「ああ、私は冒険者ギルド『四葉の御旗』のギルドマスターをしていることは知っているな?」
「勿論」
「ギルドの経営者にして最高責任者であるギルドマスターは、村長や町長といった市井の政治に関わる役職に就くことができないという制限がある。だから私は、アルトの村の村長の座は長らく空席のままにしていたのだが、『従僕せし餓狼』の襲撃のターゲットとなり、闇ギルド一つを壊滅にまで追い込む程の手柄を上げた村の長が誰もいないというのは問題があるということになり、マルガが君なら村長としての器量も住民を守り抜く実力もあるだろうと、報告書にそのような記載を加えたらしくて……言いだすタイミングが掴めず、事後報告になってしまってすまなかった」
そう言って深く頭を下げるゼルダに、俺はなるべく普段通りの声音で慌てて声をかける。
「いやいや、ゼルダは何も悪くないって! 突然のことでビックリしたけれど、ゼルダがもし俺が村長をしてもいいのなら、力不足かもしれないけれど引き受けるよ」
「本当に頼んでいいのか?」
「おう、任せとけ」
そう笑顔で告げると、ゼルダは安堵の息を漏らして安心した面持ちに戻った。
彼女に心苦しい思いをしてほしくないと引き受けることにしたが、正直言うと、凄く不安しかない。
スゲー不安だけど、俺が村長の職に就かないと色々と面倒なことになりそうだ。
それは俺としても望むことでないし、俺にできることがあるならそれをしたい。
まあ、『隷属者』達は日中は村でそれぞれの時間を謳歌しているが、皆が寝静まる夜間は魔法陣に戻しているので、実際の村の住民は俺を入れて六人だ。
それぐらいの人数なら、何とかなるかもしれない。
ポジティブに考えよう。
「……お話は済みましたか? アリーシャ様はこの扉の奥でお待ちです。皆様ご準備を。あと、マルガに関しては次回の支部長会議の席で超説教しておきますので、ご安心ください」
ラキアが底冷えするような冷ややかな声を漏らしながら、ポケットから取り出したメモ帳に赤字でバツ印を淡々と書き込み、独断専行で突っ走ってしまったマルガへの断罪が確定事項となったことに苦笑しつつも、俺達は彼女が押し開いた扉を潜り、広々とした空間に足を踏み入れる。
部屋の中央を横断するレッドカーペットの側に立つ円柱の柱には、エントランスに飾られていたタペストリーと同じ物が垂れ下がり、上階部分をぶち抜いて造られた吹き抜けの天井はガラス張りになっていて、オレンジ色に染まった陽の光が室内を仄かに照らしていた。
そして、その陽光に照らされながら奥の玉座に腰掛ける一人の少女がいた。
威風凛々とした面持ち。
上質な絹糸のような艶のある桜色の長髪。
騎士領の紋章が刻印された白銀の鎧に包まれた均整の取れた細身の体躯。
桜色のチェック柄のミニスカート、膝の少し下辺りまでを覆っているローズピンクの宝玉を取り付けた白銀のブーツ。
腰元に佩かれた、桜色の鞘に収められた長剣。
この国の頂点に君臨する最強の騎士は、泰然とした眼差しでこちらを見詰め、ゆっくりと頬を緩ませた。
「おかえりなさい、ゼルダ。そして、ようこそ皆さん。私がアリーシャ騎士団領領主、アリーシャ=レイクフォードです」
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
今回はアリーシャの登場シーンで区切らせて頂き、次話で彼女との対談を描いていきたいと考えております。
玉座の間に入るまでのお話が予定より膨らんでしまい、アリーシャとの対談や晩餐会を一度に詰め込むと文字数が多すぎる気がしたので、今回はここで幕引きとさせて頂きたいと思います。
次話もお付き合い頂けると、非常に嬉しいです。