旅の始まり
ユーリは最後のオークを倒し、自分が今まで使っていた剣を見た。
三体のオークを切り、今なお輝きを保つ刃は頼もしく、これからの旅でも頼ることになる。
そんな確信めいた予感が、自身の中にあった。
そして、ふと思い出す。
「ナイフどこ行った?」
オークめがけて投げつけたナイフは、そのオークにより投げ捨てられてしまった。
その辺にないか、と腰を曲げて探していると、
「お前の探し物はどっちだ?」
声と共に何かが目の前に投げられた。
「うぇっ……」
今、目の前には地面には自分が探していたナイフ、そして男の生首が転がっている。
ユーリはナイフを拾いながら、両者が飛んできた方向を見た。
そこには、こちらに向かい歩いてくるグルディアスの姿があった。
「先程の戦い、見せてもらった」
「そうかい、どうだった」
グルディアスは、少し考え、
「今ならお前を殺すのも容易、という結論に至った」
「だろうな」
実際、無様な戦いだった、とユーリは先程の戦いを評価している。
五年前の自分であれば、一人目のオークはナイフを投げた時点で、二人目も剣を交える事無く倒すことが出来ただろう。三人目は、相手の意志が折れていたので考えない。
五年の期間は、重くのしかかっている。
「いや、きついな。これは」
後の事を考えると、気が滅入ってくるが仕方ない。
討伐の証として、オークの首を切り取る。その首を持ち上げながら、
「まぁ、休戦状態にもなればこうもなるか。力が欲しい盗賊は強い魔族の下につく」
「休戦、という名目ではあるがすでに戦争は終わったも同然だ。魔王様の気が変わらなければな」
なるほど、人間界に魔族が定住するのは、時間の問題という事だな。
そして、盗賊に身を落とした魔族。
戦いを求めるが、強者が多い魔界ではとてもやっていけない。そんな弱い魔族が人間界にやってきて、様々な職に就くのだろう。
盗賊もまた、その一つだという事だ。
グルディアスが付いてきたのは、人間界に住む魔族の現状調査が目的なのかもしれない。
ユーリはグルディアスがいた方向を見ると、もう彼は森へと歩みを進めていた。
その先にあるのは、ニナたちが待つ村だ。
ユーリは村へと帰り、未だ多くの村人が集まっていた村長宅の前で、オークの首を晒した。
「盗賊はもういない。このオークは、盗賊団のボスだった男だ」
村人がざわめくのを見届け、村長宅へと入る。中には、村長と中年の受付嬢がいた。
二人は、
「盗賊はどうなりましたか!?」
「あんた……!」
こちらに詰め寄り、それぞれの言葉を発した。
「盗賊はすべて倒した。村長、ニナはまだここに?」
「おお……! 流石でございますな! ニナはまだあの部屋にいます。今、案内いたしますので」
「ちょっと待ちな!」
村長が先導し、階段を昇ろうとすると肩を掴まれる。
後ろを振り向くと、受付嬢が肩を掴んでいた。
「あんた、あの子に何を吹き込むつもりだい。これ以上、あの子を苦しめるつもりなら……!」
「そんなつもりは……」
「い~や、信じられないね! あの子のところへ行くって言うなら、私も一緒に行こうじゃないか」
受付嬢は肩を掴んだまま、そう言った。
受付嬢の目を見ると、その意志は固そうだ。
「分かった。グルディアス、村長と一緒にここで待っていてくれ」
「了解した」
ユーリは受付嬢と共に、ニナがいる部屋の前までやってきた。
二人は顔を見合わせ、ユーリがドアをノックした。
「ニナ。入ってもいいか?」
返事は帰ってこない。
仕方がないので、二人は部屋の中へと入って行った。
部屋の中に置かれているベッド。そこに不自然な盛り上がりが出来ていた。
受付嬢はベッドに近寄り、
「ニナ、どうしたんだい? どこか痛いのかい?」
盛り上がり、ニナをゆすった。しかし、返答はない。
ユーリは、ベッドの近くまで歩み寄った。
「盗賊はもういない。全員、俺とグルディアスが殺した」
盛り上がりが動く。
被っていた布を取ると、赤い目を携えたニナが姿を現す。
ニナはユーリの方を向き、
「……本当?」
「ああ、盗賊は全員殺した」
ユーリは頷きを持って、返した。ベッドに座り、ニナと目を合わせる。すると、未だ半信半疑だと疑われている事を悟った。
が、ニナは受付嬢に、
「おばさん、ユーリさんと二人にして」
「な、なにを言ってるんだい!?」
「お願い」
受付嬢は何度か首を振った後、諦めたように肩を落とし、
「分かったよ。でも、何かあったらすぐに声を上げるんだよ!?」
と、言い残し、部屋から出ていった。ドアが閉じるまで、こちらを見ている様子から、本当に心配している事が、ユーリには分かった。
ドアが閉じられる。
ニナの目がこちらを見る。先程の半信半疑の目は既になく、今、彼女の目は興味を示していた。
「貴方が人を始めて殺したのは、何時ですか?」
ユーリは返答に詰まった。それはニナに対してごまかそうという思いから生まれた詰まりではなく、
「……いつだろうね。よく覚えてない」
「ごまかさないで、ください」
「覚えている限りでは、君と同じぐらいさ。でも、それ以前はよく覚えていない」
ユーリは、自身の過去を思い返す。
幼い時に住んでいた町は、魔族に滅ぼされ、両親とはぐれた。さまよう様にたどり着いた町は、冒険者が集う、お世辞にも治安がいいとは言えない街だった。
冒険者になるまでは、道端で隠れるように過ごした。
その中で、人も殺したことがある。その程度の認識しかない為、よく覚えていない。
ニナにその事を伝えると、彼女は顔を伏せた。
「なら、覚えている時の事でいいです。どんな風に思いましたか?」
「どんな風って……」
「殺した時に、何を思っていたんですか。まさか、何も思わずに……?」
「そうだね、それに近いと思う。食べ物を取られそうになったから、焦ってたんだと思う」
そうですか、とニナは呟き、顔を上げる事はない。
しかし、言葉は続く。
「どうして、あの人を私たちの前に連れてきたんですか?」
あの人とは、山賊の事だろう。山賊を、村人の、ニナの前に引きずり出し、あまつさえ彼女に、親の仇を打たせた理由。
それは、
「君が、山賊を殺すと俺に言ったからだ。理由は、それだけだよ」
「あんな言葉、その場限りかもしれないじゃないですか」
「そうだな。でも、君は殺すと言い、殺意のこもった目を持っていた」
ユーリは、ニナの意志に圧されたのだ。幼い少女が、仇を取る為に手を汚すことも構わないと、言いきった。その事に。
そして、もう一つ。
「それに、仇は自分で討ちたいだろう?」
ニナが顔を上げる。彼女は微笑んでいた。
ユーリは少し驚いた。怒りや悲しみの感情が出てくると思っていたからだ。
そんな自分の思いを知ってか知らずか、ニナは言葉を発した。
「私、全然後悔してないんです。人を殺したっていうのに、清々しいんです。これって普通の事なのかなって不思議に思って。だから、あなたに聞いてみたかったんです」
こんな事、おばさん達には言えないから、と言葉は続いた。
自分の顔が苦笑いを浮かべていくのを実感する。ニナの感情は一時的な物なのかもしれない。だが、今それが救いとなっている事が、歪であると自覚していない事は少し危ういかもしれない。
「ニナ、それは一時的なものかもしれない。毎日を一生懸命生きていても、いつこの時の事を思い出すかは分からない」
だから、と一度区切り、
「誰かと一緒に生きるんだ。自分だけじゃ思い悩むことでも、人と一緒なら解決できる事もある」
ユーリは、ニナの頭を撫でた。
精いっぱいの祈りを込めた、優しい手つきで、彼女のこれからを願った。
ニナは、一人部屋で考えていた。
すでにユーリはこの部屋にいない。村にある空き家で、今日は泊まると言っていたから、朝まではいるのだろう。
これから、自分はこの村、そして森で生きていくのだ。親もいない、仇となる人物もいない、ここで。
そんな自分は、想像できなかった。
漠然とした不安が、心を覆う。これがあの人が言っていた事なのかもしれない。
少し、早いな、と苦笑い。
この不安を、思いを打ち明けることが出来る人が、将来この村で、自分にできる。
そんな事を考えると、目が冴える。眠気はもう消えていた。
「よし」
ニナは、部屋のドアを開けた。
朝、村の入り口に二人の男がいる。
ユーリとグルディアスだ。彼らを見送る者は村長しかいない。
ユーリは仕方のない事だ、と思った。自分たちは、この村を危険にさらし、少女の人生を変えた。
そんな者へ、挨拶はいらないと思うのは当然の事だ。
「村長。世話になりました」
「こちらこそ、ありがとうございました。ニナの事は、どうかお任せください。精一杯、見守らせていただきます」
「ああ、それじゃあ」
ユーリたちは歩きだした。
少し歩いた彼らは、先ほどこれからを頼んだ少女を見た。
「……驚いた。どうしたんだい?」
「えへへ、私もついていこうかなって。貴方は、私の気持ちを話せる人だから」
大丈夫、書置きは残したから、と言葉は続く。
ユーリはため息を一つついた。
そして、グルディアスが魔法陣を突然開いた。
「ふむ、なら我はここで魔界へと帰るとしよう。達者でな、ユーリ」
グルディアスが魔法陣に包まれ、消えていく。残ったのは、ユーリと少女だ。
ユーリは頭を掻き、少女の方へ向いた。
「これからよろしく。ニナ」
「うん!」
ユーリたちは、再度歩き出した。




