懐かしい感覚
森の中、火を囲う影がある。
それが人の形を取っている通り、主となる者もまた人間であった。
彼らはたき火を囲い、酒を飲み団欒に興じている。話は盛り上がっている様子で、酒も進んでいる様だ。
彼らの話題は、ある男の話になる。
「そういや、あいつどこ行った? 小便に行くって言ったきりじゃねぇか?」
「あー、でけぇ方もやりたくなったんじゃねぇの」
「尻拭く葉っぱにでも難儀してんのかねぇ」
「馬鹿野郎、周りにいくらでもあるだろうが!」
笑い声が響く。
彼らの話題に出たのは、最近仲間になった男だった。
この森に来る途中、立ち寄った街で浮浪者だった男。
荷物持ちにでもなればいい、と軽い気持ちで誘い、喜んでついてきた男だった。
ボスには事後承諾となったが、結果喜ばれたので良しとなった。
そんな男が今、どこかに行ってしまって帰ってこない。
それもまた、話の種でしかない。
彼らに取って、その男は代えの効くものとなっているからだ。
「まぁ、別にいなくなってもいいけどな」
「だな。あの村から連れてきたらいいだけだ」
「あの村、若い男少なかったし、奪いがいあるよなぁ」
「簡単略奪、安全略奪、最高! 乾杯!」
彼らは杯を交わした。
この時二人の男に見られているとは、彼らには気付く由もなかった。
森の中に潜む影は二つ。
ユーリとグルディアスは、草の中に隠れ、山賊の様子を探っていた。
ユーリは目線を盗賊から、奥の洞窟へと向ける。
……外に出てきていないのは一人か。
外にいる四人は、手元に武器を持っていない。この森には自分たちを襲う者がいないとでも思っているのだろう。
実際、グルディアスがいる影響で今この森は、静まり返っている。
それにしても、愚かな連中だ。
「どうするのだ、ユーリ。手伝ったほうがいいか?」
「いや、お前は結界を張って、あいつらが逃げられないようにしておいてくれ。それ以上は何もしなくていい」
「了解した。では、また後でな」
グルディアスは霞む様に姿を消した。
恐らく結界を張りに行ったのだろう。なぜ、あいつがこれほど協力的なのかは分からないが、利用させてもらう。
奴も、俺に何らかの利用価値を見出しているはずだ。
その場から立ち上がりナイフを手に取る。何度かつま先で地面の感触を確かめ、
「行くか」
駆け抜ける。
一歩一歩を大きく、数歩で盗賊たちの元へ。
盃を上げている男の後ろへ回り込み、首元へナイフを刺す。
血しぶきが上がる。が、男たちは何が起こったのか理解していない。
……遅い。
前に踏み込み、ナイフを横にふるった。
側頭部に一刺し。これで二人目。
残った二人が声を上げた。一人は逃げ、一人は殴りかかってくる。
振り下ろされる拳を受け止め、捻じりあげる。痛みに耐えられず、声を上げる男を地面に引き倒し、顔面を踏みぬく。
頭が地面にめり込んだ男は、もう喋る事はなくなった。
遠ざかっていく背中を、見て呟いた。
「まぁ、後でいいか」
ナイフを投げてもいいが、外れた時の事を考えると少々面倒くさい。
今は、洞窟にいる奴の方が厄介だ。
ユーリが目を洞窟に向けると、何かが出てくるのが見えた。
それは緑の体色を持った、二足歩行の豚。
腰巻を身に着けた、背にはでかい身の丈にあった剣を背負っている。
オークだ。ぞろぞろと洞窟から出てくる数は、三体。
先頭に立つオークが、周りを見渡し、
「うるさいブヒィ。お前ら、静かにすることもできないんじゃ猿以下ブヒィよ?」
「ブヒブヒうっせーよ、お前」
「ん? お前みたいな奴、うちにいたブヒか?」
オークは一度嘶きをする。
子馬鹿にしたような鳴き方は、表情と一致していた。
「どうやら、皆やられたみたいブヒね。全く使えない奴らブヒ」
「そう言ってやるなよ」
オークが背の剣を引き抜いていく。ユーリは自分の胴よりも広い剣幅がある剣を突き付けられた。
片手でそれを持つ膂力は、オークの怪力を表している。
「おい、お前、俺の仲間にならないブヒか? あいつらよりは使えそうブヒ」
「荷物持ちが欲しいプギィ」
「女の子も欲しいブー!」
ユーリは冷静だった。
騒ぎ立てるオーク達から目線を切らず、ナイフを手首のスナップを効かせ、前に立つオークへ投げつけた。
目の前に立つオークが左手でナイフを受け止めると同時、傍に立っていた二体のオークが剣を引き抜き、振り下ろす。
しかし、そこにはもう誰もいない。
オーク達が目線を上げると、少し離れた場所にユーリはいた。
手は、腰に吊り下げられた剣に掛けられている。
真ん中に立っていたオークは、ナイフを投げ捨て、
「速いブヒィ」
呟いた。
目の前に立つ人間が、自分たちの脅威になる事を悟り、警戒を高める。
オーク達は、ユーリを囲うように広がり、距離を詰めていく。
ユーリは剣を鞘から一気に引き抜いた。
現れたのは黒い、片刃の剣。黒曜石の様な輝きを放つそれは、オークの目を引き付ける。
柄は白。黒の剣との対比となるそれは、わずかな魔力を帯びていた。
……これ、こんな形してたんだな。
この剣を引き抜いたのは、今日が初めてだ。魔王フェムタが創り、魔人レイナルートと竜王グルディアスが魔力を込めた、と言われている。
伝聞系なのは、目覚めた時にはもう出来上がっていたから。
『貴方、剣壊しちゃったでしょ。だから、これからはこれを使うといいわ。えぇ、魔王様とグルディアスが創ったこれなら、壊れる事もないでしょう』
魔人がそう言ったのは、三年前。
後に、協力していたのを知って、聞いてみたら、
『べ、別に、大したことはしてないし。そんなことよりも、貴方最近外に出てないわよね! こ、これから魔界の町にい行くのだけれど、どう? もし行きたいのなら、連れてってあげましょうか!?』
はぐらかされ、半ば無理やり外に連れ出された。
そんな経緯があるが、あいつらの魔力は本物だ。この剣は、世界最高といっても過言ではない。
にじり詰めてくるオークを見る。数はあちらが上、さらには久しぶりの実戦だ。
「どこまで、やれるかなっと――!」
前にいるオークへと詰め寄る。速度に対応できず、がら空きになっている胴へ一閃。
分厚い体を、剣は滑るように割いていく。二つに分かれたオークを尻目に、次の目標へと駆け出す。
既に剣を振り被った態勢でいるオークは、剣の射程範囲に入ると、剣を振り下ろした。真っ直ぐと振り下ろされる破壊の塊へと、ユーリは剣をぶつける。
「――っ!」
「ブヒィ!?」
二人は拮抗状態に入った。しかし、それはすぐに崩れる
ユーリが一瞬力を抜き、オークの剣をそらす。体制を崩したオークは、黒の閃きにより切り伏せられた。
残ったオークを見る。及び腰になり、自理入りと下がっていくオークを。
……ま、何とかなったか。
ユーリは最後の目標へ、駆け出した
グルディアスは少し離れた場所から、戦闘を見ていた。
目は洗浄を走るユーリに注視されており、相手となる者達には向けられていない。
高速で動くユーリの姿は、自分に取ってとても遅く感じられるものだ。
「衰えたな」
五年、目覚めてからならば三年。ユーリが実践から遠ざかった期間は、我々魔族からすればとても短い。
しかし、人間にとって、五年の期間は重大な物だ。
「か細く生きる者が多勢でしょう。だが、時折同じ種族とは思えぬものが誕生する」
魔界七将軍が一席、ローウェルは人間をかのように評した。
人類程、個体差のある種はいないのではないかと思わされる。先の戦争において、魔族、ひいては七将軍を脅かす力を持った者は数少ない。多くの者は、只々死んでいくばかりだというのに。
魔族が先の戦争を休戦としたのは、そればかりが原因ではない。
魔王、フェムタ様の言葉によるものが大きい。
あの方の一言で、戦争は終わった。果たして、その事を人間はどのようにとらえているのか。
貴様達の切り札となる強者達とはいえ、魔族と同じようには生きられない事を理解して、我らに接するのか、あるいは。
グルディアスは、戦闘が終わりひと段落付いた場を見る。今のあやつならば、すぐに殺せる。それをしないのは、
「レイナルートにも困ったものだ。まさか、人間に恋をするとはな」
あの者を殺せば、魔界を揺るがす大災厄が襲い掛かる、と予期しているからだった。
グルディアスは、ユーリの元へと歩みを進める。その手には、先ほど逃げ出した男の首が持たれていた。




