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家出少女  作者: 茶飲吾
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幼い記憶

 その日、五行ひかり(ごぎょう ひかり)は夢を見た。


 わたしの身体は四歳のころの小さな身体で、その小さな手にひまわりの種を握りしめてうずくまっていた。

 その側には開きかけた蕾のひまわりが落ちていた。

 そしてわたしと同じくらいの子供たちが大勢でわたしを取り囲んでいた。誰かにわたしは背中から蹴り飛ばされた。

「気持ちわるい」「ちかづかないで」「こっちくるな」「しゃべったらやつもこいつみたいになるぞ」「どっかいって!!」

 子供たちは倒れたわたしに容赦ない罵声を浴びせかけてくる。

 なんで。みんなそんなひどいことを言うの?わたしが悪いの?

 頭の中にお父さんとお母さんの笑顔が浮かんできた。

 わたしは立ち上がって声を張り上げた。

「なんで!?おとうさんとおかあさんは『すごいね』って言ってくれたもん!!」

「そんなのうそだよ!!」

 ズキッ。

「そうだ!」「ぜったいへんだもん。へんだとおこられるんだよ」

 ちがう。そんなはずない。

「ちがうもん!!いつも『だいすきだよ』って、『あいしてる』って言ってるもん」

 そうだ。わたしのこれ(・・)を見せてあげるといつも笑っていた。

「うそにきまってんじゃん!!」

 ズキッ。

 自分が立っているのかも分からなくなるくらい胸が痛い。苦しくて喉が詰まりそうだ。

「あたしはそんなこと言われたことない」「おまえんちのおとうさんもおかあさんもうそつきだ!!」「そうだそうだ!!」

 わたしは心臓がギュッと縮まり、全身が熱くなった。自分でも痛いくらいに力が全身にこもった。胸の奥からグワッと何かが湧き上がってきて頭がくらくらした。

「…ちがうもん」

「ちがくない!」

「ちがうもん!!」

「ちがくない!!うそつくな!!」

 お前たちはなんなんだ。お前たちにわたしの家族の何が分かるというのだ!!

「ちがうっていってるでしょ!!!!」

 握られた拳の隙間から太陽のような光が漏れ、弾かれるように手が開かれた。

 気が付くと緑の茎と黄色い花がひしめき合う中にわたしは倒れていた。泣き声や悲鳴が辺りに響き渡っていた。

 なにが起こったんだろう。呆然と歩き出したわたしは何かを踏んだ。さっきまでわたしと言い争っていた子だ。全身から血を流して気を失っていた。

「ご、ごめん…ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!ごめんなさいぃ…」

 わたしは倒れていた子の手を握ってひたすら謝り続けていた。

 やがて遠くからたくさんのサイレンの音近づいてきた―。



 ひかりは母の呼ぶ声で目を覚ました。全身がダルくてすぐに起き上がれなかった。

 母が障子を開けて入ってきた。

「もう起きないと間に合わないわよ~」

「うん…。今…行く…」

「大丈夫?…わっ。汗びっしょりじゃない」

 言われて見ればひかりは敷布団に滲むほどの汗で濡れていた。

「夢見たの?」

 ひかりは頷いた。

「タオル持ってくるわね」

「…ありがとう」

 この夢は物心ついたばかりの小さな頃から繰り返し見る夢だ。そして全身汗ぐっしょりで目覚めるのだった。

 母が持ってきたタオルと着替えを持ってお風呂場に向かう。洗面台の鏡を見るとひかりの目じりに涙の跡が残っていた。


 ひかりは制服に着替えて朝食をとっていた。二十年以上前からあるという年代物のちゃぶ台の上に、御飯、味噌汁と昨日のハンバーグの残り、牛乳という和洋折衷な献立が並んでいた。

 ひかりの居る居間は土間に繋がっていた。そこで父親の鉄蔵てつぞうが真っ直ぐな鉄の延べ棒を凝視しているのが見えた。父が地金と呼んでいるそれはなぜか築五十年は下らない我が家の至る所に隠してあった。今見ているものは外された床板を見るに、床下にでも隠してあったのだろう。

 父曰く『良い地金は隠してでも守れ!!』ということらしい。

 家は相当に古い。百年以上前から続く鍛冶職人の家筋を受け継ぐ父親の仕事場を兼ねているため、至る所に軋みがあるのだが引っ越すつもりは無いらしい。

 ひかりはこの家そのものは嫌いじゃなかったが、今は出て行きたくてたまらなかった。

 ちゃぶ台にまだつぼみの開いていない花が花瓶に生けられていた。彼女は食べながらその一つを手に取った。するとつぼみが次第に大きくなり、ピシピシと花開いた。ものの二三秒の出来事だった。咲いた花を見て彼女は溜息をついた。

 花をそっと戻すと、さっさと朝食を平らげた。

 母の澄子が急いで身支度する娘の姿を見て言った。

「ひかり。忘れ物はない?お弁当は持った?」

「分かってるって。もう入れといたから」

 忙しく靴を履いて出て行こうとしたひかりを父親が呼び止めた。

「ひかり。外でやるんじゃねぇぞ」

 鉄蔵の言葉の意味はしっかりひかりに伝わっていた。しかし。

 そんなこと言われなくても分かってる!!今までだってそうしてきたのにまだ子供扱いするの!?

 そんな感情がお腹の底からグワッと湧き上がってきた。遠まわしに”お前は信用できない”と馬鹿にされた気がした。カチンと来たひかりは鉄蔵の持った地金をぶっ叩いた。

「うるっさい!分かってるわよ!!」

 ひかりはそのまま足音を荒げて出て行った。鉄蔵は黙って落ちた地金を拾い上げて埃を落とした。

「あなた!」

 澄子は鉄蔵に駆け寄った。

「大丈夫だ」と鉄蔵は言ってL字型にグニャリと折れ曲がった地金をタオルで拭った。

「秘密は、いずればれてしまうものだ」

 と、鉄蔵が言った。澄子は頷いた。

「ええ。覚悟は決めておりますわ」

 澄子は鉄蔵の横に座って寄り添う。頭を鉄蔵の肩に預け、少し可笑しそうに言った。

「それはあなたもでしょう?」

「ああ。もちろんだ」

 思いを確認し合った夫婦はそれぞれの仕事に戻っていった。

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