最近の世界情勢について色々と語るがっっ
真理しか語ってないが
人権を声高に叫んでも、それは理想論でしかなく
実際は凄く価値のある人間が居れば居るほど、その価値が際限なく高くなればなるほど、相対的に価値の無い人間の価値は際限なく暴落する
そして価値がなくなれば、無意味・無価値な人間として定義されて、当然として人権だってはく奪されてしまうのだ、それが現実だろう。
言っちゃえば、そういう流れで価値のない人間が多くなればなるほど、先進国は豊かになるのだ、豊かになれば弱者救済もできるのだろう。
人権がはく奪されれば奴隷にだってできる、人権がない人間なので誰も非難はしない。
日本でも高付加価値を創造するような人間、今まで日本を支えて世界第二位まで押し上げた功労者として老人は優遇されているが
人工透析とか超高額医療も受けられる環境である、その豊かさの源泉が、さて、どこにあるのだろうか? と一度は考えてみたい。
ようは搾取しているのだ、奴隷から、価値のない人間から奪っているから、破格の豊かさを享受できているのだ。
そして豊かな状態じゃないと死ぬしかない人間や、豊かな恵まれた状態じゃないなら死んでやるくらいの、強欲で欲しがりな人間が多くなっている。
それはそれでいいだろうと思う、強欲で欲張りに生きたいなら、そう生きる事を否定はしない。
しかし自由を謳い、自由じゃない社会になる位なら死んだ方がマシと謳う、自由主義陣営のあたり前は、彼らが独自で豊かさを生み出せる場合に限る、と思う。
西側陣営は少子高齢化で老人ばかりだ、彼らが独自に豊かさを創出する事は、既に不可能だ。
非人道的にならなければ豊かさを維持するのは無理だろう、それは東側陣営を奴隷にしようとしたり、第三世界に対するアプローチからも分かる。
このような考えで西側を否定する論調もあるだろう。
それらの議論は際限がないので、あまり興味はない、ようは西側が東側などを圧倒して一極支配するような流れで市場を独占するのは駄目だという事だけは分かる。
市場が独占されて安泰になれば、独占を達成した大規模なグローバル企業はどうなるか?性善説など信じられるわけもないのは分かるだろう?
独占した企業は、独占をより確実に長期的に達成するために、身内の企業を優遇し、外様の企業を徹底的に冷遇するだろう。
人間が今の所は豊かさを得るために必死になるのは、確実なので、自分から豊かさを切り売りして、滅私奉公のようになるわけがないので。
とにかく格差が際限なく拡大するので、市場の独占を絶対に許してはいけない。
しかし西側もグローバル企業が幅を効かせて、自らで自らの暴走を止められないレベルになっているのは昔からだが。
政府の制御能力も常に一進一退の鬩ぎ合いだろう、巨大資本が政府を機能不全にする流れは、致命的な核の管理があるので、歴史のある境からは無くなったが。
むしろ核の要素を上手く使って、政府の調整能力を維持・担保しようとする試みもあるのだろう。
最近だととある紛争があるだろう、どことどこがとは敢えて明言して言わないが。
あれはどっちも相手を負かして奴隷にしたいだけだ、所詮は豊かさを求める人間の醜いエゴに基づく、外面を綺麗に取り繕っても、結局は豊かに楽して暮らしたいだけだ。
どっちが悪いとも言わない、裏には巨大な勢力がいて、矢面に立っている国だって被害者な面があるからだ、誰もが悪いし誰もが被害者だ。
ただ一つだけ言えるのが、どっちが勝っても良くないってだけだ、勝った方は相手を奴隷のように扱って、搾取して際限ない豊かさを手に入れたいだけだからだ。
強欲で、どうしようもない詰んだ、そんな非人間的な化け物のような人間が、人間のスタンダードに、成りつつあると思う。
テクノロジーの発達が、人間の無限の可能性を開花させた挙句、人間というモノの本質すら変えてしまった。
ならば自由を制限するのも悪くないと思うのだ、唯一無二の神のように崇められる政府や国が、それはAIでも良いだろう。
特権階級として君臨する、日本的に言えば天皇がそれにあたる、そのような存在に人間の自由を制限させて、統治させるのだ、それも十分にありになったのが、今の世界だと思う。
と色々語ったが、今の世界の現状だと、どこだって天下を取っていい位に大義がある、皆違って皆いいので、どこも非難できないくらいにイーブンなのだ。
仲よくしろとは言わない、適度に争って対立して、市場を独占しないように、決定的な対立を生み出すことで、初めて馴れ合いのような状態がなくなり、身を削るような健全な競争が起きるのだから。
だが戦争はどうだろうか? 人間として生きる事すらできなくなるのだ。
21世紀にもなって、時代錯誤な、それこそ泥臭いクソみたいな戦場が現出しているのは、真に驚くべき事だと思う。
これは絶対に人間を人間とも思わない、人間を超越したような気になっている、化け物のような人間が、自分のエゴと望みを叶えるためにやったからだ。
人間を無価値・無意味と判断して、決断して、積極的に犠牲にしようとした、そういう意志に基づくと思う、違うなら単純に人類滅亡を望むような奴だ。
これには他人を、自分と同じ人間を犠牲にしても何も思わない、特権意識、第二次世界大戦のナチスのような、自分達が絶対に特別な存在と確信するグループだけの問題じゃない。
現代は個人レベルで、このような特権意識が生まれる土壌がある。
突き抜けた特別な才能を所持したり、自分自身に対して、そのような確信を持つ人間が巨大資本で支配する超巨大企業体の場合、所属する人員がナチズムのように先導されなくても、奴隷のように指導者に従うからだ。
もちろん人間のそのような全能感や万能感、己が神になったような開放感、自由に世界を支配してやろうとする気風を否定するわけじゃない。
制限するべき事由の要素だとは思うが、考えるだけなら自由の範疇に収められる位には、認めるべきだと思う。
そもそも思想を制限する場合、健全な競争環境を保全にする意図なら、絶対的に中立な審判が必要になるのだが、
今のところは世界を完全に支配して、違反する思想を即座に察知して制限するような機構は作れないだろうから。
ともかく、今の世界は、なるようにしかなりそうもない、それが結論だ、ただそれだけ。




