観測者たちのハイセンス異次元レベルの文芸、自覚、超越者からの観測
俺は常に、それを実感として持っている。
そうだ今も、超越者は観測している、ただ見ているのだ。
そもそも、この世界は、その超越者が観測する為に、創造されているのだ。
だから、その超越者が観測したいように、この現実は推移する。
超越者は、常に現実を操作している。
現実が面白くなるように、可笑しくなるように、楽しくなるように。
あらゆる悲劇を、あらゆる喜劇を創造し、手の平で踊らせているのだ。
その無限大の箱の中で、俺達も例外じゃなく、操られている。
この、超越者からの観測の実感だって、操作の一例、むしろそれが証拠だ。
俺は操られている、
超越者からの観測を知った時から、俺の行動パターンは、観測者の手の平の中に落ちたと言っても過言じゃない。
超越者を妄想し、観測手を想像する、
これほど胸が躍る事はないと、確信している。
この世界を外側から、神のように見るモノは、いったいどんな姿をしているのか?
どのレベルの思考をし、知覚をし、物事を処理し、演算し、結果としての何かを出力しているのだろうか?
例えば、例えば、例えば、
頭が可笑しくなる、気が狂う、
きっと、これが望みなのだろう?
観測者は、俺が見られている、というその一念だけで、本気で発狂する事を、望み、操作したのだ、きっと、そうだ。




