優しい彼へ01
まだまだ粘っこい暑さの残る秋口の、大雨の夜。
その日の出来事は一生記憶に残るだろう。刻まれて、消えない。絶対に。
人里離れた山間で農家を営む家庭に生まれた少年、名前はロンという。齢十一。日焼けした肌にくるくるとした髪の野暮ったい頭。如何にも田舎に住んでいそうな、純朴で優しいのであろう少年だ。
「それじゃあ行ってくるけど、一人で寝れるよな?」
「誰が来ても開けちゃダメよ? いいロン? 聞いてるの?」
真っ青な雨合羽で全身すっぽり隠した両親が語りかけるも、ロンは膨れっ面。
彼の両親はこれから作物を食い荒らす猪対策の会議なるものに出席するのだとか。
しかしロンにはそのような大人の集まりなどはどうでも良く、夜に出掛けるという貴重な経験が出来なかった事に対して不貞腐れているのだ。一人だけ置き去りにされる事への不満。
まるで外の大雨は自分の心を表しているようだった。バチバチと屋根を強く叩く雨。両親が何かを言っているのだが、それすらも掻き消されてしまう。
「はぁ~……つまんないなー」
散々注意しても聞いてくれる気配の無いロンを置いて両親は出て行ってしまった。駄々をこねれば行けると思っていたらしい。だだっ広い家の中を見渡し、溜め息を吐き続ける。何をしたって変わらないのだが。
「……あ、でもこれって好きほーだいできるっていうやつ?」
一人だけのお留守番。誰も居ない家。自由。怒られない。
単純明快な思考だ。しかし子供にとってはなかなか嬉しい。
好きな時間まで起きていられるし、冷蔵庫の食料にだって手を出す事も出来てしまうではないか。
おお、なんとも――なんとも、最高ではないか!
「やった……! ちょうどお腹空いてたし、パンと~いつもは一枚のハムを~……三枚! 食べちゃうんだもんね~! あ、チーズも食べ……る! へへっ」
後先考えず食料を隠している場所から食べたい物を掻っ攫っていく。パンだけでは喉が渇くから、ミルクでも準備しよう。ホットミルクくらいであれば自分でも作れるのだ、と砂糖と蜂蜜も用意。
ガスコンロを点火。鼻歌混じりに再びパンを齧る。これから毎日留守番でも良いくらいだ。
大人だって夜中にお酒を飲んでいるし、子供はダメだなんていうのはズルい話。そう割り切ってしまえば今の自分にはまるで何の敵も居ないように感じる。
「ん~さいっこうだね! これで雨さえ降ってなければな~……よいしょっと」
柔らかいソファに飛び乗り、背凭れに足を掛けて窓を小さく開けてみる。相変わらず殴り付けるような勢いだ。ふと、目に付いたのは納屋だった。農具やら藁などが置かれている倉庫みたいなもの。叱られた時は閉じ込められたりする。
「う、ん……? 誰か、居るのかな……?」
小さな瞳ではあるが、視力は良い。人影、というには少々小さいかもしれないが何か、動く影を捉えた。捉えてしまったのだ。
「……」
明らかに、何かが入っていった。気のせい、で片付けたいのだが好奇心は止め処なく溢れ出る。この雨にも負けない強い勢いだ。
「おもしろそう……」
今ならば止める者は居ない。動ける。当然、動かないで見なかった事にするのもありだ。しかし、ロンは。
「悪い人だったら……」
考えを巡らす。先程食べたパンのお陰で頭はすっかり冴えている。
「倒したら、有名人……!」
男の子には、悪役と戦う使命があるのだ。いつ如何なる時代だろうが。