二話 《レ・サイル》の城
馬車や牛車を乗り継ぎ、私達は着々と目的地に近づいていった。
小屋を発ってから三日目のある日、馬車が止まったところで降りた。
すると、そこには人で溢れていた。活気があり、とても賑わっていた。
「この前に行った商業都市より栄えているはずですよ。」
説明をしてくれたのは、ビルだった。
一方でシャスは、辺りを見回しながら何かを探しているようだ。
「シャス、何を探しているの。」
「ちょっとね。」
私が尋ねると、シャスはそこに心あらずというようにそう答えた。
どうやら、ここは都市の中でも中心部の場所らしい。
私達は、周りの商店などを見回しながら街を歩いて行った。
突然、視界が開けた。
目の前には、城が堂々とそびえたっていた。白くて所々青っぽい色で装飾されたその城は、今まで見てきた建物とは高さも大きさも比べ物にならない。
城に圧倒されて、呆然と立っていた私にシャスが話しかけてきた。
「これくらいで驚いてたら、生きていけないよ。」
シャスの笑い声で我に返った私は、シャスに何事もなかったように笑いかけた。
「目的の場所はここでよ。」
ビルがそう私に言うと門の方へと歩いて行った。門の前には門番はおらず、誰も開けてくれそうな人は居なかった。ビルが小さく何かを呟くと門は自然と開いた。
「さあ、目的の部屋までご案内いたします。」
ビルは門を通り抜けると私の方を向いて止まっている。私とシャスは、後を追うようにして門を通り抜けた。それを確認するとビルは城の中へと足を進めた。
城の中は、城外と同じく様々な装飾が施されている。装飾はほとんどが見たこともないものだった。
ビルとシャスは丁寧に一つ一つ説明してくれた。
「天井にある照明は、ここから見た感じより全然大きくて、僕の2倍くらいはあるんだよ。」
シャスが、体をめいっぱい広げて大きさを表現していたり。
「この絵画はおよそ百年ほど昔に描かれたもので、魔術によって修復されたのですよ。」
長い廊下の壁にかかっている絵画をビルが説明してくれたりとだ。
シャスが教えてくれた天井の大きな照明にビルが説明してくれた絵画に肖像画。この城の中にあるほとんどのものは魔術によって保護されているらしい。無論、城自体も魔術で守られている。
今の技術では造ることのできない高さや強度も魔術のお陰だという。
その後も二人に説明してもらいながら、白の奥へと進んでいった。
城の中を随分と長く歩いた気がする。ようやく、目的の部屋にたどり着いたらしい。
ビルが扉の前に立つようにと私を促した。私が扉の前へ行き、扉の方向を向いた瞬間、扉は音を立てることもなく開いた。
部屋は、言葉にできないほど、広かった。その中に数多くある装飾の数々は城のどこで見たものよりも豪華で華麗だった。部屋の左右には、数え切れないほどの多くの人々が綺麗に並んでいた。
「お待ちしておりました。セリーナ・リスカ様。」
広い部屋に老人の声が響いた。
「続いて、我らの偉大なる、ファル師の入場です。」
また、老人の声が響く。
その声と共に奥の方から女性が出てきた。
綺麗な青い服を来た情勢は、一番前の中央の椅子に座った。
「セリーナ様。前へおいで下さい。」
私は取りあえず、老人の言うとおりにし、多くの人々の間を通り、女性の前へと来た。そして、一礼をした。
「セリーナ。よく来たな。」
私は胸に何かが突っ掛かる感覚になった。声の主である女性の顔をよく見ると、その謎は簡単に解けた。
「母さん―――。」
聞き覚えのある声を持った女性は、七年前、不慮の事故で亡くなったはずの私の実の母だったのだ。
「ごめんね。私は貴方たちに嘘をついていたわ。」
少し悲しそうな顔をしながら言う姿は紛れもなく母だ。
「話は後でするわ。だから、ここにいる方々に自己紹介をして頂戴。」
なぜ、自己紹介をしなければいけないかは分からなかったが、私は従った。
「私は、セリーナ・リスカです。初めましてだと思います。よろしくお願いします。」
私の声は、部屋全体に響き渡った。
母が小さく微笑みを顔に浮かべた。
そして、部屋にいた人々に帰っても良いと告げた。直ぐに大勢の人々は部屋から出て行った。
残ったのは私と母の二人だけになった。
「話をするにはここは広すぎるわね。場所を移しましょう。」
母はそう言うと、先を歩いて部屋を出て行ってしまった。
私は、母を追いかけるようにして部屋を出た。
*
母に連れられ、部屋に足を踏み入れた。母の部屋は、花の形が彫られた本棚や猫がモチーフとなった椅子など丁重に作られたであろう品がいくつかあり、風が通る居心地の良い空間であった。
部屋には特に目立つような物は置いていない。
(ここも、魔法で守られているのだろう。)
当たり前のようなことを考えながら部屋のなかを進んでいく。
ふと、窓が見えた。大きな窓がいくつも貼り付けられている。街を余裕で一望できる。隣の街も簡単に見えてしまうのではないかと思う。城の中でもこの部屋は高層に位置しているのだろう。
「そこに座って。」
私は外の景色を眺めるのを止めて、母の指差した椅子に腰かけた。椅子も高級なのだろう。今までに座ったことのあるどの椅子よりずっと柔らかい。
向かい側の椅子に母が腰掛けた。
「久し振りね。サリーナ。」
母は私の目に浮かぶ動揺と驚きの色を見据えて言った。
「母さん。あのっ。」
私の中に多くの疑問が溢れる。しかし、疑問は声になる前に母に遮られた。
「待ちなさい。今から経緯は話すわ。質問はその後にして。」
母に目付きは鋭かった。話したくない内容なのか、何やら思い詰めるような事でもあるのか。私には分からなかった。ただ、母親が娘に向ける暖かい視線は、少なくとも私は窺うことはできなかった。
母が口を開いた。今、過去や未来をも含める長く深い時を駈ける壮大な物語が語られるのだ。