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始業式の雨

作者: 田村 オクト

弟が始業式だったので書いてみました。

 雨の日は嫌いだ。

 ジメジメするし、服は濡れるし、手は傘で塞がるし、例を挙げればキリがない。


 けど、今日の雨は俺に『好き』という気持ちを与えてくれた。



 四月七日 始業式

 春晴れだった入学式を終え、二回目の登校日であるこの日は生憎の雨だった。


 傘をさして通学路を歩く。

 穴の開いた傘布から染み込む雫が中棒を伝い、玉留に添えた手を濡らす。


 時折走る大型トラックは真新しいローファーを濡らして再開発の工事現場に入っていく。



 俺は地元の高校に進学した。

 そこが一番近いというそれだけの理由で選んだ。

 だからか、春晴れだった入学式は知り合いばかりでまるで高校生という気がしなかった。

 ただ、中学校からの延長という気持ちでしかなかった。


 けど、入学式を終えその日に新しいクラスに入れば知らない人達の方が多かった。

 頭の良さそうな男子、髪を明るい色に染めた女子、耳が開いた男子、そして、顔が見えないほどの長い前髪を持つ根暗そうな女子。


 担任になるという女教師の話を聞きながら、配られたクラス表を見て、自分の名前を確認してから、俺はクラスメイトの顔と名前を一致させていく。


「あれ?」

「どうしたんだ?」

「あ、いや、なんでもない。」

「?」


 俺の思わず出てしまった言葉に中学校からの友人が反応したが俺は誤魔化した。


 一人足りない。


 配られたクラス表に書いてある名前とこのクラスにいる人数が一致していなかった。


「では、解散していいぞ。」


 いつの間にか終わった教師の話でクラスメイトは席を立ち、そのまま下校する者と知り合いと談笑する者にわかれた。


「なぁ、お前これから飯食いに行かないか?」


 友人が俺に話しかけてくる。

 その友人の後ろに知り合いとそうでない者、およそ十人ぐらいがいた。


「用事があるからパス。」


 俺は友人の誘いを断った。

 大人数での食事や遊びは好きではなかった。

 行くなら少人数や一人の方が気が楽で良い。


 俺は学校指定のバックを肩にかけ教室を後にする。

 後ろの方では店決めをする声が聞こえた。


 三階建ての校舎を出てしばらく歩き、自分一人しかいない狭い路地の中で俺は再びクラス表を広げ、見る。


 やはり一人足りない。

 誰が足りないのか。


 クラス表を配られた時点で必ず自分の名前は確認するはずだ。

 自分の名前は未知の場所に放り込まれた時に、その場にいる、という安心感を与えてくれる。

 小学生の時も、中学生の時も、そしてさっきも、まずは自分の名前を探して安心感を得た。

 だが、先ほどのクラス表は一人いないにも関わらず誰からも声が出なかった。

 名前が存在していない本人からも。


 俺は薄ら寒いものを感じて桜の木の下を駆け足でくぐっていった。



 玉留にたまった雫の冷たさで入学式の日から意識を戻した。

 雨は明るい気分にはさせてくれない。

 入学式に感じた悪寒が背中を走り抜ける。

 自然と歩幅が狭くなった足で雨に散る桜の中をくぐりぬける。


 ーヒュー


 不意に前から風が吹き抜けた。

 雨と、雨に濡れた桜の花びらが俺の顔にあたり、制服をジメっとした不快なものに変えた。


 風が止み、咄嗟に瞑ってしまった目を開ける。


 ーゾワッ


 目を開け見えた目の前の光景に再びの悪寒が身体中を這いずりまわる。


「さっきまでいなかったよな…。」


 狭い路地に咲く桜の木の下で、傘も持たず、花から滴る雫に打たれる、髪の長い女がそこに立っていた。

 同じ高校の制服と顔が見えないほどの長さの髪で同じクラスの人なのはわかった。


 けど、近づきたくはなかった。

 こんな雨の日に傘をささずにこの場にいること、突然、現れたこと、クラス表の名前が一人足りないこと。

 俺を不安にさせる要素は完全に揃っていた。


 俺はその場を通り過ぎようとした。

 でも、カバンを両手で前に持ち下を向いている姿を見るとどこか悲しんでいるようで困っているような気がした。


「大丈夫ですか?」

「え?」


 俺はその場を通り過ぎることはできなかった。

 俺は背中の冷たさを感じながら彼女を傘の中に入れた。

 彼女の声は少し高めの可愛らしい声だった。


「傘どうしたんですか?」

「あ、あの…。」


 俺はきく。

 だが、彼女は会話が苦手なのか自分の手を握ったり離したり、と緊張したような態度だった。

 それがしばらくの間続き、ようやく言葉を口にした。


「途中で壊れてしまって…。この木の下で雨宿りをしようと…。」


 震える声で彼女は俺にそう言う。

 その時、俺は彼女が緊張しているだけではなく寒がっているのにも気づいた。

 俺は急いでカバンから雨の日は必ず持ち歩くタオルを取り出し彼女の前に出す。


「これ使ってないから使ってください。」

「え…。いや、でも…。」


 彼女は受け取ろうとはしない。

 俺が同じクラスの人だとは気づいていないのだろうか。

 少なくとも完全に知らない人ではない。


 受け取らない彼女に俺は業を煮やし頭の上にタオルをのせた。

 これで彼女は受け取るざるを得ない。


「あ、ありがとうございます。」


 やっと頭の上からタオルを受け取った彼女は自分の体と頭を拭き始める。

 そして、終わると俺に何かを言いたいらしいがモゴモゴして聞こえない。


「何ですか?」


 聞き返すとようやく聞こえる声で話してくれる。


「せ、先輩は何年何組ですか?これ、新しいの返します。」


 やっぱり、同じクラスだと気づいてなかった。


「先輩ではなく、同じクラスの『雨宮 ソラ』です。」

「えっ…。えと、あの、…。」


 彼女は同じクラスだと驚いて若干パニックになっていた。

 こちらから助け舟を出す。


「名前は何ですか?」

「わ、私は『晴若 リン』です。」


 晴若 リン。

 そんな名前はクラス表には存在していなかった。

 冷たくなっていく背中が雨に濡れてなのか、恐怖によるものなのか、わからない。


「晴若さんって…、幽霊ですか?」

「えっ?」


 おそるおそるきく。

 万一幽霊だった場合どうやって逃げようか頭の隅で筋道をたてていく。


「クラス表に名前がなかったから、もしかしたらと思いまして…。」


 彼女に傘をさしながらも俺の腰は引き気味に彼女から離れていく。

 すると、彼女は手を顔にやり肩を震わせる。

 そろそろ逃げようかと思った時、彼女は小さな可愛らしい笑い声をあげた。

 そして、ひとしきり笑った後真実を語ってくれた。


「先輩、あれは偶々です。」

「偶々?」

「はい。事務の方のミスだと昨日連絡がありました。」


 ということは昨日から意味もなく怯えていたということになる。

 一人で変な妄想をして挙げ句の果てクラスメイトを幽霊呼わばり。


「恥ずかしい…。」


 それを聞いた彼女はクスッと笑う。

 だが、一転してとても申し訳なさそうにする。


「私、話すの苦手であの場で言い出せなくて…。先輩、すみませんでした。」

「俺が勝手に勘違いしただけだから謝らないでください。それと、先輩じゃなくて同じクラスの『雨宮 ソラ』です。」

「あっ。すみません…。」

「いいですよ。それじゃあ、そろそろ学校に行きますか。あ、でも傘がないですね。一緒に入りますか…って嫌ですよね。」


 彼女と話し込んでいたら大分時間が過ぎ去っていたことに気づいて学校に行こうとする。

 しかし、彼女は傘がなかった。

 俺は一緒に入ることを誘ってみようしたが、初対面の人にそんなことを言うのは馬鹿げていると思った。

 俺は自分の持っている傘を彼女に渡すことにした。


「この傘使ってください。俺は走って行きますので。」

「いえ、そんな悪いです。」


 彼女はまた受け取ろうとしない。

 俺は女の子を雨の中歩かせる人でなしではない。

 なんとか受け取ってもらおうと無理やり渡そうとした。

 しかし、彼女はその前に言った。


「あ、雨宮くん。傘…、い、一緒に入ってもいいですよ。」


 彼女はモジモジしてすごく恥ずかしそうな声色でそういった。


「元々、私が傘を壊しているのがいけないのに、あ、雨宮くんが走って学校に行くなんて申し訳ないです。でも、あ、雨宮くんが傘に、その、一緒に入るのが嫌じゃなければ入ります。」


 彼女は俺の気持ちも察した上でこう言っているのだろう。


「嫌じゃないですよ。晴若さんこそ、嫌じゃないんですか?」

「嫌じゃないです!……あ。」


 今度は俺がクスッと笑う。

 根暗そうな女だと思っていたが随分面白いし、顔はわからないけど仕草や態度は可愛い。


「じゃあ、行きましょうか。」

「は、はい。」


 俺は彼女を傘の中にいれて歩き始める。

 隣を歩く彼女が濡れないようにする。


「あ、これいりますか?」


 彼女は俺に右手と左手に一つずつ持っているうちのホッカイロの一つを渡してくる。


「ありがとうございます。」

「どういたしまして。」


 彼女から受け取ったホッカイロは玉留で冷えた指先を暖めてくれる。


「あの、あ、雨宮くん。」

「何ですか?」

「敬語はいらないです。私達は同じ学年で同じクラスです。」


 確かに敬語はおかしいか。


「それじゃあ、晴若さんも敬語はいらないよ。」

「わかり…、わかったよ、雨宮くん。」


 傘布の上に桜の花びらが堆積し、暗い色だった傘が桜色の傘に変わる。


「あ、そうだ。タオルは返しても返さなくても良いよ。新しいのは買わなくて良いから。」

「じゃあ、洗って返すよ。」

「そうしてくれ。」


 学校に近づいてくると大分人が多くなってくる。

 そうなるともちろん知り合いに会ってしまう。


「おい、お前もう彼女ができたのか!?」

「まだ入学式やっただけだろ!?」

「ずるいぞ!!」


 中学の男友三人に俺に彼女ができたのかと驚愕の表情をしている。


「そういうのじゃない。傘が壊れて困ってたから一緒に来てるだけだ。」

「じゃあ、俺の傘に入ってくれて良いぞ!」

「俺の傘でも!」

「こちらに!」


 バカ男子三人が俺の隣を歩く彼女に群がる。


 ーギュ


 彼女は俺の袖を掴む。

 怖いのだろう。

 初対面の人にこんな風に迫られたら怖いに決まってる。


「「「どうぞ!」」」


 バカ男子三人は完全にふざけているが、彼女は恐怖でさらに俺の袖を掴んで体を近づけてくる。


「お前ら、彼女、怖がってるからやめろ。」


 三人に彼女を見るように目線で訴える。

 すると、その現状を理解したのか大人しく身を引き謝った。


「ごめん。」

「悪かった。」

「すまなかった。」

「あ、いえ、大丈夫です。」


 彼女は彼らの謝罪を受け入れた。


「ほら、散れ散れ。」

「そうだな、ラブラブしてるところ邪魔しちゃ悪いしな。お先ぃ〜。」


 バカ男子三人は走って消えていった。

 高校生になったのにとても落ち着きない。


「晴若さん、大丈夫?」

「大丈夫。ありがとう、雨宮くん。」

「どういたしまして。」


 バカ男子三人が絡んでくるというハプニングがあったが、もう目の前には学校の正門が見えていた。


「なぁ、晴若さん。」

「何?」

「いつまで掴んでるの?別に俺は良いけど。」

「えっ、あっ!」


 バッと腕に密着していた彼女の体が離れた。

 気づいていなかったのか。

 俺もあまりに自然すぎて違和感は全く感じなかった。


「ごめんなさい。」

「良いよ。俺にとっては悪いことじゃなかったから。」


 申し訳なさそうにしていた彼女の表情を吹き飛ばすためにちょっと調子の良いことを言ってしまう。


「あ、ありがとう。」


 バカやキモいなどの反応が返ってくると思ったが、彼女は恥ずかしそうに可愛らしい声を返してきた。

 雨が降り寒いはずなのに俺の腕は暖かさを感じた。

 そして、正門の中に入って、桜の傘を閉じた。


「雨宮くん、本当にありがとう。」

「どういたしまして。」


 下駄箱でローファーから上履きに履き替える。

 俺と彼女は向き合う。


「これからよろしく、晴若さん。」

「よろしく、雨宮くん。」


 雨の日もたまには悪くないかな、なんて思いながら彼女と共に教室を目指して歩いていった。

いつか学園物も書いてみたい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  「幽霊呼わばり」と書かれていましたが、「幽霊呼ばわり」だと思いました。 [一言]  葵枝燕と申します。  『始業式の雨』、拝読しました。  ここから雨宮くんと晴若さんの恋愛が始まるの…
[良い点]  楽しそうです。 [一言]  出会いはどこに転がっているのでしょうか?
2016/04/08 10:17 退会済み
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