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Heart of 6 〜黒と試練〜  作者: 十ノ口八幸
序章
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序章~初め2~第3話

連日連夜、僕は逃げ続けることしかしなかった。

これは一種の狩り、なのだろう。はあ。時代錯誤も甚だしいね全く。

気は、休まらない。いつ殺意を持って襲ってくるのか分からないのにおちおち寝てもいられない。

寝られてもたかだか数分程度。

精神、肉体共に疲労困憊。

食料も何とか買い込んでいるけどそれも暫くして尽きた。

そうやって5月の連休を越え、当日の早朝、僕の体は学園の前に在った。


今日の気温は、太陽も昇ろうとしているかどうかの時間なのに随分と汗ばむ。

門には見たところ電気が通っていた。侵入防止の一つなのだろう。

門前で思案していると多数の足音が響き、周辺から人影が向かってくる。

昇り始めた太陽光に照らされ人影が鮮明に見えてきた。

「確保」

その言葉に僕は地面に押さえつけられ、目を覆われ、手枷を填められ、何かに詰め込まれた後、そのまま移送された。


少しの浮遊感と衝撃。その後には詰め込まれた何かから出されて手枷と目隠しを取られると一瞬の光に目を細めて慣れてくると人がいた。

「ひっ」

身を引き、物陰に隠れるように逃げた。体を振るわせ耳を塞ぐ。

背後で、声がしても無視をして震え続ける。

「だめだよ。逃げても君には出るしか選択はない。ほら時間も迫っているから早く着替えて行かないと」

嫌々いう僕を無理やり着替えさせ、強引に会場まで連れていった。


抵抗しながらも引きずられて会場への通路を行き、出口から流れてくる騒めきが耳に聞こえていた。

抵抗も虚しく僕は出口の向こう側に連れていかれた。

眩しい光に立ちくらみ、目を開けばそこは歓声、怒号、奇声。熱を帯びた声が周囲から沸き上がっていた。

その殆どが僕に向けられた事であるのに気付く暇はなく、腰が引けながら中央に引っ張られていった。

列の最後尾に並んでいると周囲からの視線が痛いほど刺さってきた。

針のムシロ状態。

早く終わってほしいと切に願った。


『静粛に願います。』

騒めきが徐々に収まっていき。最後の微かな音まで消えたとき、まるで世界が静止したような錯覚がした。

『これより、今年度新入生限定会を開催いたします。』

静寂が続く。

『今年は数年ぶりのハカリを盛り込んでおりますのでふるってご参加ください。なお、当該数は各参加者様の端末に転送しておりますのでそちらを確認してください。』

観客席から端末を手に持つ人たちが、目を血走らせながら確認していた。

『今年の内容は対象が規定に達するか否か。を、判断していただきます。なお、今回は4と、なっております。それでは、良く考えてご応募ください。』

殺意が観客席だけでなく僕と一緒に並んでいた所からも湧いていた。

『それでは、今年度新入生限定会。此処に開催宣言をいたします。』

歓声が一気に沸き上がる。


最終的に疲労して疲れていたので又、眠るために倒れて、起きた場所は暗く湿度の高い鉄格子が嵌められた部屋に隔離されていた。

遠巻きに言っていますが、要は、古くさい牢屋。

この時、僕が倒れてそのまま医務室ではなくて普通の人では出ることが出来ない鋼鉄の格子が填められた牢屋。

古くさい作りをしていてもそこかしこに高度な監視装置を配し、違法な方法で出るのは普通に無理。だからか、人が全く居なかった。

『起きたか。』

突然の言葉に身構えていると、

『は、そんなにビビルなよ。あの方のオモチャの片付け箱みたいなものさ。あの方が必要になったら其所から出してやるよ。』

歯を鳴らし全身を抑えるように踞る。

『理解できたか。そうだよもう、あの方のオモチャになったんだよ。これからはズット憂さ晴らしの人形としているんだな』

大きな笑い声を最後に言葉が消えた。


それから何日かして人が現れた。

『出ろ。』

立ち上がると足元がふらついて一度倒れてしまった。

強引に起こされて何処かに連れていかれた。


後を着いていくと前方からどよめきが聞こえた。

そして、吹き抜ける風を全身に浴びながら僕は出口に向かって歩いた。


『ご覧下さいこの歓声を。第一回戦最終試合のカード。今回は例年を上回る投票数があり、運営も喜んでいます。あ、来ました。』

実況の声を聞きながら促されるまま僕は震えるように舞台の中央へ進んだ。

『さあ、これから始まりますは特別枠。この試合に限りカウントはなく、どちらかが戦闘、もしくは行動不能になった時点で終了となります。則ち、相手がまだやれると判断すれば続行となります。そして、これが特別たる所以となります』

巨大画面には実況者が複数枚のカードを取り出した。

『こちらに書かれている事は絶対順守です。絶対に守らなければなりません。以上をもって本試合開始の前にこの方に登場してもらいましょう』

大きな爆発音と煙が会場を満たし、盛大な音楽と共に一人の女性が現れた。

『ご存知。今大会最高責任者にして最高出資者。そして現主であらせられるフェディオ様の奥方。ウェンディフィリア様。この度はこの方に引いてもらいましょう。』

その人はなにもなく、ただ決められた行動を綴り、カードを引いた。

そこには、一分間の不動が記されていた。

(どよめ)きが観客からして会場に反響する。


そして僕は、動かない事を強いられた。

それは、つまり一分間、動かない事を意味する。


それからは本当に動かなかった。

正味、一分の間にされた事を列挙する。

殴る蹴るの普通の打撃。少ししてから出てきた刀剣類による斬激。大きな鎚での執拗な手足への殴打。ずれた鎚で砕かれた小石での投擲。そして、最後に遠距離からの射撃で随分と吹き飛ばされた。

倒れた拍子に、空を仰ぎ見ながらこう、思った。

結局、決められた時間以上やられた。身体があまりの衝撃で、震え続けていた。それと、まだ体は振るわせていた。

笑いだしそうな声が近づいてきて、これで、終わりだああぁ。とか言っていた。

振り上げられた手には先っきまで使っていた鎚より大きな物が握られていた。

「良かった。此処が全然見えなくて。」

理解できないように言葉を放つ相手に視線を送り。

『ーーーー。』

その聞いた事もない言葉は僕の意思とは関係無く口から紡がれ、相手が俊巡した後に、苦悶と苦痛の表情を浮かべて振り上げた状態で気絶していた。

この事に周囲や僕自身が気づいたのは、判定員が相手に軽く触れてそのまま地面に倒れた時だった。

「続行不能。勝者。洲環光魔」

その言葉が耳に入ると気が抜けたのか一息着いて瞼を閉じて眠った。

僕は、どうにか最初の試合に勝った。


次に目を覚ますと牢屋の床に横たわっていた。

全身の傷が少しずつぶり返し痛覚が戻っていった。

悲鳴を上げたかった。でも、空腹と疲労でそんな体力は残っていなくて死を覚悟しながら諦めて、成り行きに任せてみた。

鉄格子を叩きながら喚く声が傷に響いて、余計に痛みが増したけど気にせず意識を手放した。


気分爽快で伸びをしながら起き上がり、体を解してから待っていた。


大きな空腹音を鳴らしながら案内人の後に着いていき、出口を進むと前回よりも酷い謂われようだった。

『さあさあ、始まりました。2日目最終試合。今回も特別枠での試合です。そして、今回は時間の都合で事前に引いてもらいました。それが此方です』

その時、大画面に映されていたカードには武器の二択。

一方には万能武器。一方には射撃用武器。

『さあ、両選手には今からどちらかを当ててもらうための』

この時、僕は、鳴るお腹を押さえながら恐る恐る手を上げて、

「あ、あの。すみません、発言いいですか。ダメなら別にいいですけど」

突然の僕の発言に実況者が動揺を隠せず、口を開閉していると。発言の許可が出た。

「僕はそちらを貰います。」

会場が(どよめ)き、騒がしくなる。

不思議がる会場を他所に、僕は早く貰えるように催促した。

怪訝に僕を見る実況者は横から渡された物を見ると少しだけ何かを言ってからこう言った。

『これで其々の使用武器が決まりました。それでは、武器の放出と同時に開始します』


会場を包む機械音が会場中央。つまり、舞台の上に二つの台を出現させる装置が起動して僕と相手の前に出てきた。

僕が貰ったのは、単発の射出器。俗に云うと銃。

『今回は武器の使用可。無論、使用しなくても構いません。それでは2日目最終試合、始め』

高音で鳴り響く合図で初手に出たのは相手だった。

万能武器が変形して数えきれない板に成り、それを全身に着けた。

そして、僕に突進してきた。

気づいたときには会場を覆う曇り空を見ながら、体の痛みの意味を考えて理解した。

自分は吹き飛ばされた。と。

舞台を踏みつける音が近づいてきて周囲に聞こえない声で言っていた。

「頼む、俺を解放してくれ。このままだと俺は絶対に死ぬ。見えるか俺の首を」

確かに首が見えた。

「これはあの方のオモチャを意味する道具で、これを正規の方法で外さないと全身を例えようもない事が起きる。頼む、此を外す手伝いをしてくれ」

全身が震え、声にも恐怖が少し滲み出ていた。

どうすれば良いのかを聞くと、「これは一定の強度で感知して作動する仕掛けになっている。なら、それを感知する前に強引に取れば良いと聴く」

それを僕にやれと。

「安心しろ。二人同時ですれば出来る。」

合図は此方が出すと相手が言っていたからどうにかそれまで試合を運んだ。


僕は相手の攻撃をスレスレで避けることに専念した。

「あと少しで合図をする」

その言葉に軽く緊張した表情を浮かべ、動く。


動き続けて幾らかの時間が過ぎた頃、待っていた合図がきた。


僕はその合図に合わせて、手を首の道具に掛けて引き抜こうとした、そして、道具はアッサリと取れた。それも僕一人の力で。

でも、その瞬間に、手を強烈に締め上げられ、骨が砕けて筋肉が断裂した。

悲鳴と絶叫を発しながら転げ回る僕を相手が甲高い言葉を吐き出しながら僕の足を、片方だけ踏み潰した。

更なる僕の悲鳴に会場が熱狂的に沸きだした。

は、話が違う。そう言ったと思う。

口端を限界まで上げて、暫く笑い上げ、そして、こう言った。

「俺がお前のようなモノに助けを乞うわけが無いだろうが、バカか」

歯ぎしりする僕を見下しながら踏み潰した足を掴んで、宙に放り投げ、全身を覆うっていた万能武器を瞬時に変形させ、細長い鉄棒を生成、それを思いっきり僕の背に叩きつけた。舞台に数回弾んで、場外に落ちそうになる瞬間に銃の角度をつけて地面に向けて発砲、その反動で再び体を宙に浮かせて同時に相手に向けて発砲した。そして舞台に体を落とした。


弾丸を弾く音。もう一回撃とうと引いてみても虚しく乾いた音が鳴るだけで出る気配がなかった。

嫌みな笑いが会場に反響、視線を向けると相手が万能武器を操作しながら僕に説明した。

「それには、元から二発分しか込められていねぇ。」

それは、この試合で勝たせるつもりはない。

それでもこれを選んだのは自分。

言い訳をする気は、無かった。だけど、相手は数回手元の万能武器を変形させ、

「まあ、どう足掻いたところで、お前のようなモノが次に進んだところで先はない。一思いに楽にしてやろう。」

形容できない物になった。

一部が僕を捕らえ、別の一部が僕の身体に無数に噛みつく。

唐突に悪寒と吐き気。意識が次第に混濁していき、焦点が定まらなくたった。

相手が何を言っているのか聞き取れなくなっていった。脇腹を軽い衝撃が貫通して、そこを見ると、僕の体は串刺しみたいになっていた。

意識も、焦点も固定できず。それでも、泣き叫んだと思う。動かせないけど、両手足を適当に動かした。

辛うじて持っていた銃が振った勢い飛んで相手の手元に当たって力が緩んだ。

この時の僕の顔は、涙や鼻水、汗で醜いことになっていただろう。手元に戻ってきた銃を思いきり相手の急所に叩きつけた。

短い悲鳴と多量の汗を流し膝を折った時、渾身の力で側頭部を殴って気絶させた。


視界は揺れるように気分は悪く、起き上がったら吐くこと確実。最後の力で立ち上がり、銃を杖の代わりに支えて何とか耐えた。

「し、試合終了。勝、者。洲環光魔」

もう、限界。事切れた。


背が痛い。手首も同じく。視界は何かに覆われていて見えない。それでも体の感覚で引きずられている事は理解した。でも、それ以外は解らなかった。


引きずられながら、川らしき所を通過して角のある石のような物の上を通過、周りが静かすぎた事にもっと注意すれは良かったのかも知れない。


身体が浮く感覚と強烈な横からの圧力。その後には体が当たり、

あふうっ。と声がもれ、柔らかい何かに包まれた。

気配が近づき僕の拘束を全て解いた。

知らない人達が僕を見下して、観察するように立っていた。

『どれ程かな。少年。君の欲しい情報が入った。』

その言葉に僕の体は、直ぐに動いた。でも見えない何かに阻まれた。

『君の事は知っている。この情報の意味を聞いてどういう行動に出るのかを。なに、条件を一つ呑んでくれれば、情報は差し上げる』

考えるまでも無く、首を縦に振った。

それを合図に見えない壁が無くなり、僕を再び拘束するために近づいてきた。

僕にかける手を引き込んで後ろ手に捻り、そのまま突っ込み、出口に向かった。

出口を(くぐ)って森に入り、捕まえていた人を殴って気絶させ落とし、放置して真っ直ぐに進んだ、途中には尖った石が覆う地面を痛みに耐えながら過ぎ、激流の川をどうにかして渡り、森の切れ端を出るとその向こうにはすごく高い鉄の壁が鎮座していた。

良く考えて思い出すと連れてこられた時も、逃げている時も、気配を全然感じなかった。

背後に人の気配を感じて側にある手頃の石を数個拾って前方に投げ捨てると同時に走った。

予想通りに全員逆の方に走っていき、近くの茂みに身と息を潜めていた。

声や気配が無くなり、少し経ってから移動しようと出ると、首筋に小さな痛み共に強烈な睡魔が襲い、抗うことも出来ずに眠ってしまった。

堕ちるまえに見えた光景は、三人分の足に、「予想通り」という言葉だけだった。



灼熱にくべられた大きな器に素材を入れ、足元に置いた装置で更に勢いを増し、それから手に持っていた道具で加工していく。

それを数回繰り返して一つの道具を完成させた。

それを何処かに持っていこうと外に出ると、誰かに横取りされ僕は抵抗せず反論もせずにただ見ていた。

奪われた道具と共に遠くなる背を見続け、中に戻って道具作りを再開させた。

一心不乱に灼熱と素材を観察して入りと出しのタイミングを全身で覚え込ませる。


集中力が高まり後一歩の所で後ろに気配を感じて振り向くと、何処か懐かしさを思いだし、自然と道具を離していた。

少しずつ近づいて体の何処かに触れたとき。黒い光がその背後から僕を覆い意識の奥まで浸透して意識が途切れた。



「うあ。」

僕の心臓が激しい鼓動を打ち、全身から流れる大量の汗で、床に溜まりが出来ていた。

静寂が支配する牢屋には僕の荒い呼吸と衣擦れの音に水音。

あれから僕の体は牢屋に収容されたようで、と言って騒ぎがあることもなく平穏に時間が過ぎていった。


咳払いを一つ。

『ええ。大会も一時の中断はありましたが。時間も迫っていますので、ここからは巻いていきましょう』

僕の前には対戦相手が息も荒く押さえつけるような服を着て目が危険な領域に達して、そして開始の合図と共に解放された。

その人はいつか見たあの動物の耳や尾を着けていた。そして、見えない速さで僕の喉に食いついて一気にむしり取った。


ように見えていたのかもしれない。でも実際は腕を盾にしてどうにか即死は免れた。片腕は使い物にならなくなったけど。

このままだと出血多量で僕の命が危ない。早く終わらせないといけない。そう思いながらも、相手の速さには追い付けず、少しずつ身を削られていった。


時間と共に失われた血によって立ち続ける事が困難になっていき、膝を折った。

相手の歓喜を表す咆哮は会場の熱気を高め、僕を一睨みして、僕を猟に突進してきた。

不快、悪寒、視界不良、平衡感覚の不備、脱力感。

もう、力が、のこっ、て、な、い。

瞼を閉じて、自然に任せて、僕は、諦めて、そう、心の底から全てを放棄して、その場に身体を預けた。

遠い所から咆哮が耳に、歓喜を表す声。

どうしてか、それに対してお腹の奥から例えようのない感情が沸き上がり、何かに導かれるように手放そうとした意識が強引に掴み取られ、一度閉じた瞼を開いて、丁度、僕の頭上に相手の顔があった。だから、無事な部分に服を破いて止血して、何とか使える部分で強く、握りしめ、加減無しで頭を打ち抜いた。

もう、後の事は覚えていなかった。

このあとに僕は勝ったことを知った。


「絶望しろ」

三回目を勝った2日後、最後の相手は開始前にそう言っていた。

どうもじゅんけっしょうと云うのか知らないけど僕に科された試練的なモノはこの相手で最後らしい。

今までが優しすぎるように思えるくらいの言葉を口汚く浴びせられ、命を断つ言葉を連呼していた。

相手は何かの振りをしていた。

「ウ~ン。心地いいねぇ。」

変態。

「この言葉は僕のための発布材。君のための葬送曲だよ」

まだ少し傷が癒えていない身体を推して舞台に立つ僕には関係ない話だった。

「質問、いいですか」

相手の眉根が、反応する。

何処かに視線を送り、小さく頷くと手でどうぞと、言ってきた。

「いえ、どうしていつもの規定選びをしなかったのかなと」

この質問には即答された。

「簡単な事。この試合より必要はなく、あのような遊びはこの下らないゲームに一つの華を添えるための物。僕には不要」

それは、こういう事かと、あれは、面白味を出すためのオプションで、本当はする必要のない行為。無駄な時間。

『それでは、始めます』

開始の合図が鳴り響く。

「最初に聞いておこうかな」

首を傾げてしまった。

「なに、この先、君はあの方のオモチャとして存在する。今の気持ちを聞いておこうかなと」

ああ。と、それなら、と、

「ごめんなさい」と、頭をさげた。

「は」

僕は静かに歩いた。全身から必要以上の力を脱いて、相手の胸元まで近づいて耳元で一言。何処からか吹く、一陣の風。小さく中心に一撃を入れる。

目を見開き、全身から血の気が失せ、脚が振るえ、口を開いても声に成らずに空気だけが漏れていき、僕は最後に相手を押した。

抵抗もなくそのままに身体を舞台に横たえて動かなくなった。


心地良い静寂が包むこの空間は僕に安らぎを与えてくれた。

「ふう」

僕はそのまま舞台から降りようと隅に歩いていると実況者から止める言葉がきた。

今一状況が理解できない僕は相手を指差して、勝利の格好をしてまた歩き始めた。

再度止められた。

実況者の指示で判定員が相手の状態を確認して、小さな声で何かを言ってから腕を僕の方に伸ばして、

「勝者、洲環光魔」

と、宣言した。


実況者が説明を求めると判定員が答えた。

「彼は完全に動けず戦闘を行える状態ではありません。戦闘不能によりそちらの者が勝者です」

判定員が何処かに合図を送り、倒れている相手は何処かから出てきた人に運ばれていきました。


舞台を後にして長い通路を歩いていると声を掛けられた。

「良かった。良かったよう。君が無事で」

泣き喜ぶ相手に君は誰と聞いたら困惑して、

「ヨサカだよ。ヨサカ・レイ、だよ」

ん、と。不思議な顔をしていたのだろうか。

「忘れたの、数日だけだけど、君の同室だったヨサカ・レイ。だよ。」

少し思い出そうと疲れた頭で思い出してみると、霧が掛かった記憶の一部が晴れて思い出した。

「ああ、アンタ、か。」

「え、それだけ」

「正直、アンタのことは余り覚えていない。」

「なんで」

「何でて、ズット寝ていたからねぇ」

合点がいったのか納得したように頷きそして、視線を僕の腕に移した。

「それ大丈夫。」

気がつかなかった。いつの間にか僕の手には幾重にも布が巻かれていた。

道理で余り痛みを感じなかったはずだ。でも、

「ねぇ、それ折れてない骨」

言われて腕を上げると力なくダラリと垂れていた。

意識しだすと急に痛みが。


慌てたヨサカが僕を引っ張って医務室的な所に連れていってくれた。

治療を終えて会場を出て近くの店に入った。

入り口近くの席に落ち着いて、店員を呼んでメニューを伝えてから一口。喉の渇きを癒し、胃袋に数十日ぶりにまともな物を流し込んだ。

「うああ。くううううぅ。はあ、ふう。」

正に、全身に行き渡る水分。

いろんな事を思い出しながらコップに継ぎ足す。

一気に胃に流し込む。それを数回は続けたと思う。その後、頼んだ料理が運ばれてきて、全てを平らげた。


満腹になって、食後の一杯を味わいつつ頭を空にしていると、

「君、こんなに食べて支払いとか大丈夫」

「・・・」

「いや、首を傾げて『なに言ってんだコイツ』て顔しないで。あのね君の今食べた分の支払い出来るの」

「それは心配ない。だって例の勝負は終わったし、ぼくの所有している物も帰ってくるし」

「あのね、君の言っている中にはお金も有るだろうけど、それは無くなっているの」

「は、何それ」

僕の思考は停止した。


薄暗い部屋の空気は不思議と清んでいて逆に恐ろしさがあった。

一呼吸ごとに新鮮な空気が僕の鼻を通り、気道を通過して肺を満たす。

新鮮な空気ほど恐ろしいものはない。何故なら・・。やめておこう。もう過ぎた事に言い訳をしても虚しくなるだけ。


話を修正すると、僕はヨサカの説明を聞いて一直線に学生寮の一室に向かった。

ドアを強引に開け中を確認、でも人の気配がなくそこには一匹の動物が丸まって寝息をたてていた。

強烈な一撃を頭に貰い、気がつくと薄暗い部屋の中央のイスに縛られた常態だった。

「申し訳ない洲環くん。君の所持金は権利剥奪と共に坊ちゃんに委譲され、その日の内に全て使い込まれたようだ。いや、まさかこのようになるとは思わず」

全くと言っていいほど誠意が感じられず、まるで用意された言葉をただただ読んでいるだけのように。

「もし、取り返そうと思うのなら、諦めなさい。坊ちゃんは強い。複数の大人を相手に無傷で勝った事もある。次の試合は棄権を進める」

「そうか、なら、決まりました。これ以上面倒事に巻き込まれるのはごめんですから」

その言葉を言い終わると僕は気を失った。

目覚めると寮の一室だった。

勿論、僕の本来の部屋で。

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