終章~結局試練は~
自分の状態を認識して二つの存在に話しかける。
何もしないから放してほしいと。
何度も頼んで漸く放してもらえた。
「ああ。辛かった。どうして僕がこんな場所に。」
肩を回し首を回し指を鳴らして手を振る。
全身の筋肉を解すようにストレッチを行い一通り終わると一柱と一人に向き、質問する。
どうして僕はこのような場に居るのでしょう。と。
「な、何故この意識が留まっておる」
「それを此方に聞かれても答えることは無理ですよ。」
「うむむ。どうするのだこれより説明をと思っておったのに」
「それでと聞きたいけど、大丈夫ですよ。うん。はは。本当の僕は僕じゃないんだね。」
「き、君は、絶望しないのかい。」
「絶望、はは、そんなものとっくの昔に、てそれは今は置いてですね。うん。質問、良いですか。」
顔を見合せ同時にどうぞと答える。
「それはですね。契約したときにある僕の試練は何時、始めるのかなと」
「あ」
「お、そうか、今その話をしようとしていたのだ。」
存在は空間に三つ。
自称神。眼鏡を掛け、外套を纏う男。そして、表となっている光魔。
「あ、何でその器があるんですか。廃棄するとか言ってたのに」
「あ、それは後で説明させてもらえないかな。」
「本当ですか。約束ですよ。終わった後で約束は破るためにあるとか言ったら殴りますからね。」
「分かった。」
「それなら安心ですね。で、話を戻して。僕の、正確には元の僕の試練は何故始められないのかですが」
「ん、ああ。その事なのだがな少年よ。実は言いにくいのだが」
喉から出る言葉は止まっては飲み下し、しかして喉を通り口へと運ばれ、だが再び飲み下される。
それは百八回を数えただろうか。
数えた者も凄いが辛抱強い光魔もまた凄いのか。
「少年の試練は始めようにも始められない。」
「へえ。で、その理由は説明できるのですか」
「う、む。実はな」
「少し待ってください。彼がアナタの契約者というのは理解しましたが、聞いていたら三つの試練を乗り越えられなければならないと、そう聞きました。ですが、その必要はないと。そうお言いなのですか。」
「そうだ。少年に対しての試練の必要は、全くと言って良いほどに無い。その答は」
「言い澱むとか止めて下さいね。時間の無駄だから」
「ふふ。意識は違えど根本は同じですね」
「そうですか、無駄を省いて簡単に簡潔に終わらせるのが早いですから。」
「そうか、なら言うがな。正確にはだが、少年に対する試練の内二つは既に達成されておる。」
「は。何でいつの間に」
「これは我も知らぬ間という他無いじゃろう。」
「そもそもこの方の力の行使に普通の状態で使うことは不可能らしい。だが君の場合は違う。その力の耐性が既に整っている。それも普遍不問と言わざるを得ない。この耐性を着けるのが一つ目の試練。」
「そして二つ目の試練がそれを生かした技術の習得。」
「まさかそれも」
「そうじゃ習得できていた。」
「この空間で見せてもらったけどね君はあの施設の最深部で使った力を本来の方法とは違う事に使っただろう。覚えているかい」
「うん。使いましたね。でもあれは僕が意図して使ったんじゃ」
「それでもな本来は力を行使してというのは長い時間を使って覚えていくものじゃ、だが、少年はそれを飛ばして応用をしたのじゃ」
「そか、それでそういうのが無かったのは分かりました。でも最後の一つは。」
「知識ですよ。それもただの知識ではなく長くそして耐え難い夥しい物量の知識を君の心に教え込むらしいです。私なら即拒絶しますね。」
「それってさ。言い方を変えればご老人の記憶の移植ですよね。」
「見方を変えればそうなるな。否定はせぬよ」
「そうなんですか。じゃあ、さっさと始めましょうか。その知識の勉強を」
「き、君は怖くないのかい。その、君自信の自我が塗りつぶされるかも」
「あれ、僕は言いましたよね。勉強をと。それはね記憶の移植じゃなくて、記憶の公開ですよ。言い換えればご老人が今まで経験して、蓄えた知識を僕に懇切丁寧に勉強という形で教えてもらうんです。そこに移植というものはありません。」
「しかし、それは途方もない時間を要するぞ。それは少年のいう時間の無駄ではないのか。」
「そうですね、でも必要な時間だと思います」
何か悟って爽やかな笑顔をしていた。
「でどうしますか、僕に勉強という形で教えてくれますか。それとも力ずくで移植しますか。記憶の」
笑顔とは裏腹に言葉には軽い刺が含まれていた。
「仕方ないのう。なら他の者に教えるのは苦手なのだがな。」
「心配には及びませんよ。不肖この私もお手伝いしますから」
お辞儀をしながら恭しく進言する。
「で、何で破棄されてる筈のアナタの肉体が有るのか、その理由を教えてくれますか。」
「簡単だよ君。」
「ふむ。そのな。寂しかったのだよ。素直にいうとな。」
言葉が出なかった。深く呆れた息がでた。
「自称神ともあろう存在が何を言っているのか。寂しくてとかて本当の僕に会うまでこの空間に居たのに今さらですね。」
「それは君のせいでも、ありますよ。多分ね」
「それでそれを紛らわせるために保管していたんですね。この空間の器を」
同時に頷く。
呆れを含むため息がまた出る。
「分かりました。でも先生この空間に居すぎるのは良くないですよ。程々に」
「なら破棄は」
「しなくて良いですよ。僕も何かとこの空間を使うかもしれませんし。雑談程度なら許します。」
良かったのう。とか言いながら嬉し涙を流す。
「で、今から始めますか。勉強。」
この時光魔は一つの事を思い出していた。
「そ、そうだ僕、死んだんだった。」
「死んだ。それは有り得ぬ。少し待て」
俯いて何かを喋り少し動かなくなったかと思うと顔を挙げ二人を見る。
「大変な事になっておるな。少年よ。肉体が停止しておる」
「やっぱり死んで」
「いや違う。言葉通りの意味じゃ。つまりは少年の本来の肉体を含めてあの空間が時間凍結されておるのじゃ。どうしてかは知らぬが、何者かが手を貸したのか、それとも死なれては困るから世界が意図して停めたのか。それは分からぬが、はよう戻らねば本当の意味で死んでしまうぞ」
「ても、どうやって戻るのさ。僕が戻ってもあのままだと。」
「心配するでない。我の力ならば容易きことだ、あの状態より復帰させることなど造作もないわい。」
手を握り開くと黒く淀んだ塊が現れる。
「不味いだろうが我慢して飲み下せ。そして念じよ、自分の肉体を死んではいない、何処も悪くはない。健康体そのものだと」
「わ、分かった。」
塊を掴んでじっくりと眺めてみる。
「余り口に入れたいとは思わないな」
「我慢せいと言ったろうが、ほれ早くせんか時間が無くなるぞ」
手が振るえ、視界が暗くなってくる。このままだと。確実に死んでしまう。それでもこれは飲みたくはない。でも飲まないと。
そんな事をグルグルと考えていて。
それでも結局は。
「あああ。もう、こんなんばかりだな僕は。楽な道は無いのかな」
「君。それはないだろうな。この先ずっと色々な事柄に巻き込まれていくだろうし諦めなさい。」
「うう、医者ならもっと励ますような言葉を言ってくださいよ」
「はは。ほれ時間はないぞ」
「う、うう。」
意を決して一回強く握り、
「ええええ。もう。」
一気に口に入れ喉を鳴らしながら飲み下す。
「げああああ。不味。吐きそ。」
「我慢せいほれ出口は分かるな」
「うえああい。はい。」
「ならば迷わず行け。」
覚束ない足取りで揺れるように歩きだし、その存在が空間から消えた。
「で、これでどうにか成るのですか」
「心配せずとも良い。成功するわい。それより貴殿もはよ戻らねば危ないぞ」
「あ、そうですね。では、いずれまた何処かの時間で」
「ああ。暫しの別れじゃ」
手を降りながら医者の存在も消え、糸が切れたように倒れる器。それを担いで何処かへと歩いていく。
「ふは。やはり少年は面白いのう。我の目的を本当に叶えてくれそうじゃ」
笑いながら空間の奥へと消えていった。