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Heart of 6 〜黒と試練〜  作者: 十ノ口八幸
三章
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三章〈単〉狂喜なる教団〜蹂躙と殲滅。で、真実〜

早い人は早く、そしてそのままに修練を磨く。

日が昇る頃には他の修徒が起き出し、総出で施設内の点検を行う。

各班で点呼を取り、その後には軽い運動をして最後に大会場に集まり、その日の報告と目標の点検をした後は、解散。その日は其々の日課を行い修練に励む。

一部は上階の対応をこなす者もいる。

そんな事が暮れまで続いていく。

日没後には上階を閉め、食卓の後、更なる修練や勉学に励む。

そして、各人の好きな時間で眠りに就く。

そう、それが彼らや彼女らの今までの生活。


その日は何時も起きている者も含め、深い眠りに堕ちていた。

なので不法侵入者には気づかず施設内は静寂に包まれていた。


屋上。通常は植物が植えられ、施設内の者達の憩いの場になっている。不法侵入者用に警戒装置が働くように成っており、屋上の縁を境界として施設内に警報が鳴る仕組みになっているのだが、内部の者の手引きで全てを切られていた。

複数の人影とその後に設置された機器。その数は軽く施設内の半分にも充たないが。

各自が仕込んだ通信機で連絡を取り合う。

『此方、上階に到着。これより編成を第二へと移行。他の連絡まで待機。以上。』

『了解。投擲急襲部隊の到着が少し遅れている。その他の部隊、班は予定通りに遂行中』

『本部より各部隊、各班へ。予定通りに作戦を遂行する。遅れている部隊もまもなく所定に着く。各自、確認を怠ることなく準備を。』

『了解、これより作戦開始まで各部隊で徹底して準備を怠らぬように』

通信が切れる。

それは、古来よりある言葉で表すならば、嵐の前の静けさ。というのか。


静寂に包まれた施設周辺及び各支部隊待機場。

衣擦れの音すら無く、息づかいも僅かな程度。

各自の小型端末には現時刻と開始までの時間を表示。

本部でも支援部隊も含め、固唾を呑むのも忘れる程に全体が緊張感に包まれている。


作戦開始時刻まで僅かとなり、緊張は頂点に達し、冷たい汗が頬を伝う。

そして、作戦が開始された。


夜も深い時間。日付が変わる瞬間、施設内で小さな事態が起きていた。

それは、細やかなほんの少しの事態。

しかし、それは、誰も気づく事なく、終わっていた。

この事で朝まで眠り続けているはずだった者がその小さな事態を切っ掛けにして、しかし、理由も判らないまま意識を現実に戻されていた。その事で1つの亀裂が見えない形で起きてしまう。

本来ならば、支障も妨害も、そしてそれによる損害もなく、確実に遂行されるはずだった。

これは、世界を覆う外的要因と世界が内包する内的要因が絶妙な時に噛み合い、現在の状況へと至っている。

これは、誰の存在が起因しているのか知るよしもない。


作戦開始と同時に各部隊が決められた道筋で施設内部へと侵入していく。

その流れは滞る事はなく、静寂の中で進められていく。

『各部隊に次ぐ、我々の目的はあくまで例の確実な証明できる品を絶対確保することである。その次が送り込んだ人員の確保になる。この二つ以外は決して手を出すな。これは上層部からの厳命である。心せよ。』


幾つもの部隊が前後に展開。注意を払いながら各部隊の目標地点へと進んでいく。


『こちら地上部隊第三班。異常なし。目標地点まで僅か。』

到着した事を告げその場に固まる、そして人の壁を作りその影で何かの作業を始める。

それは、時間に僅かな差があれど各部隊が同じように作業を始めている。

この時、一段階を無事終了させたことに安堵し少なからずの隙が生じてしまった。


地上一般向け区画の受付の中、二つの人影が端末の画面に向かいながら操作をしていた。

「ふう。これが終われば俺達の役目は終わるな。後続に引き継いで撤退するだけだ。うあ。早く、一杯飲みてえな。」

「そんなもんはキッチリ完了させてから言ってくれ。」

「はは。あいよ。」

そして、四つの視線が画面に再び向かう。

と、何かの音が微かに二人の耳に届いた。

それは微かな音なれど、聴力を強化する薬を打っていた二人の耳には確かに聞こえていた。

「今のは」

「ああ。可笑しいな。この施設内で現状行動しているのは俺達の作戦部隊しか居ないはずだ。少し調べてくる。作業を続けてくれ」

「あいあい。了解」

脇に置いていた武器を取り、受付から音のした場所へと向かう。もちろん、警戒をしながら。


地下。居住区へと続く廊下を五人の人影が武装して警戒しながら進んでいた。

『部隊長。情報通り施設の者達は深い眠りに』

『ああ。あの薬が効いているんだろう。』

『凄いですね。量を調節すれば永眠させることもその逆も出来る優れもの。』

『そうですねあれを提唱して数ヶ月で完成させるなんて普通なら考えられませんよ絶対』

『何かの裏技的な何かを使ったとか無いとか。』

『噂の域を出てはいませんが』

『静かに。これより先は無駄口厳禁だ』

全員が了解し尚も進む。


施設外部担当部隊。

幾つもの機材が至るところに設置され、その周囲では準備に追われる隊員達。

専門用語が飛び交い他が聞いても理解できないだろう。

全部隊にはこの日のために作戦に関する資料を頭に叩き込んでいた。

この作戦が成功すれば世界を変えてしまう。そんな重要な作戦に関わっているため全員が死に物狂いで頭に叩き込んだ。

今では、資料は頭の中にある。媒体としては現存しない事になっている。

太いパイプ。幾つもの束ねられた電線。転倒を防ぐための固定具。それらに繋がれた大きな装置が幾つもある。

作業者とそれを警備する者が交ざり簡単には見分けが付かない。


外円部待機部隊。不測の事態に対応するための後方支援部隊。

監視と地上の変化に対して迅速に対応するため、複数の小型無人機を使い監視。人員は大型武装車両数台に分乗。本体から大分離れている。

『本部へ。変化は見られない。変わらず監視を続ける。』

『了解。』

通信を切り。機内に機械。衣擦れ。呼吸。足音が聞こえるだけで妙な緊張感が漂っていた。


地下部隊。(さき)とは別動隊であり、更に深い層まで進行している。

全員が背負っている大型の装置は作戦に必要な機材。これがなければ目的の品まで辿り着くことは不可能になる。

言い換えればこの機材を全て破壊もしくは、外させるか。現実的には前者が比較的簡単だろう。


『我々最深部急襲部隊。想定内であるが多少の妨害は有り即座に対処、これをもって破壊。引き続き目的地まで進軍す。以上』

『了解。此方も画面で把握している。周囲の防犯機器への対処は以後、此方で行う。細心の注意を払い、進軍されたし』

『了解。以後、通信は緊急を要さない限りは受信返信はしないものとする』

『了解。』

通信を切り、主電源を落とす。

『では、これより再開する。目的まで半分以上あるが、気を抜くことなく進軍せよ』

全員が応答する。


そして最後。本作戦現場指揮総括。総本部。

複数の簡易式の建物。移動車。

そのどれか1つの中。

作戦の現場全てを把握し、発案、指示、情報収集、対応するために設置されている。

「あの情報は本当、だったようだ。信頼度は低かったが、良かったなあ中佐。これで君の皮一枚繋がったな。」

「ええ。本当に。」

「なんだ。何時ものように突っかかって来ないのか、つまらないな」

「その辺にしておきましょう大佐殿。中佐もこれで結構大打撃なんですから」

「そうか。貴殿がそう言うならば以後止めよう。それに、此方に注力しなければな」

「そうです。この情報源は不明ですが確かな証明はされています。今は集中しましょう」

多数の画面には個人の視線。空中を飛ぶ機体からの複数の映像。各所に進軍と同時に等間隔で設置させた映像。

これらの映像は逐一現実時間と同期させていて、その擦れは無いに等しい。

「作戦発案から此処まで随分と掛かりましたな」

「そうだな。よもやこれ程時間を要するとは考えてもみなんだわ」

「それは、資金と情報が足りないと言うのが主な理由とはいえしかし、これ程予想以上の早さでこぎ着けるとは。僕も驚いております。」

「ふん。中佐よ。判っていよう。この作戦が完了すればその後は」

「理解しております。全ての手柄は貴方のものです。僕も命の方が大事ですから。」

「はは。殊勝な事だね」

談話が続いていく。


作戦が始まってから数刻。

部隊の中に安堵の流れが出来ていた。

それは気の緩み。

その瞬間まで上手く行きすぎていた。反応も反抗も無く。確かにあの薬は効き目がある。それは現場の全員がその目とその身で体験していた。

だから核心していた。それは揺るがなかった。揺らぐ隙もなかった。

だからその瞬間全員の思考と肉体が停止した。

それは同時に作戦の強制移行を意味していた。


始まりは一瞬の強風に煽られた滑空状態である無人機からの映像だった。

驚愕した。

なぜなら今現在施設内で眠りに就いているはずの人物の顔が映り一言発してから映像が途切れたからだ。

もちろん動揺が走り、現場確認を急がせた。その結果、無惨な人の山が築かれていた。その数凡そ百は超えているだろう。

負臭はしなくとも、必ず連想する光景。

あの世界が混乱していた時代の映像と同じ人の山。

皆が恐怖した。そして、作戦は次の段階に強制移行されてしまった。

本来なら目的を全て果たした後、施設内を掌握し全ての身柄を拘束、移送。そして、その日の昼頃には世界に大々的に発表。それが作戦の流れだった。

しかし、あの現状はそれを認めず。現場総動員で事に当たるしかなかった。

そう、作戦は一部が失敗したことを意味していた。

『各員に継ぐ。これより地上班は現場を破棄。掃討戦へと移行する。準備に取り掛かれ。時間は5分だ』

操作の手を止め、データを消去する。

警備に着いていた者から武器を受け取り、残った者は即座に召集し隊列を終える。

医療班を数名残し、あの山の負傷者の治療にあたらせる。

『では、これより各班に分かれ先行部隊と合流。その後、掃討せよ。成るべく死者は出さぬよう努めることが最優先。無理と判断したならばその限りではない。以上。』

轟音が響く。

そして、闇を落としていた空に少しの光が射し込んでいく。


地上階には時間的にも人はおらず、部隊は容易に制圧出来た。しかし、不思議なことに内部で作業していた二名の姿が見当たらなかった。先程の事もあり、二部隊を地上警戒に当たらせ残りの部隊で地下へと向かう、はずだった。


ゲートを起動させ隊員一人が警戒しながら潜ると、そこは暗闇が広がり何も見えなかった。暗視装置を起動させようとすると、強い何かに打つかられ、弾き出され、ゲートを意志と関係なく戻されていた。

床に滑る様に戻され、自分の視界にいる隊員が何事かを話しているがどうしてかその声が聞こえなかった。そして、視界の下。つまりは、ゲート方向に閃光が瞬くがその音もまた耳には聞こえなかった。その原因を探ろうと手を、そう手を耳に宛がおうとしたのに一向に手が動かせなかった。

いや、正確には自身の体の一部の感覚が欠如していることにこの時初めて気づいたのだ。何故なら隊員の体は両耳が潰れ、腕も無かったのだ。

その現状を理解すると急激な痛みが隊員を襲った。


射ち続ける部隊の背後で負傷した隊員が唐突に喚きだす。

咄嗟(とっさ)に三人の隊員が押さえつけ、後方へと引きずっていき、待機していた医療班が鎮静剤を投与し落ち着かせると傷を処置し簡単に縫い合わせてから更に後方へと担いでいった。

さらに激しくなる銃撃はしかしゲートを通過することなくその手前で力を削がれたかのように虚しく床に散らばるばかり。射ち続け、弾倉が空になると戦闘を近接戦へと切り替え、突貫していくが結局は弾かれ吹き飛んでしまう。

「ふう。やれやれ参ったね。静かにしてくれないかな。皆、就寝の行の最中なのだからね」

ゲートから現れたその人物は静かに説教を始めた。

「さて、さてさて、あさてさてさて。見たところ混成部隊のようですが、この施設を理解していてこの様な愚行を行ったのなら後に正当な抗議をさせていただきます。」

問答無用で後方に控えていた班が前列と入れ替わり、銃弾の嵐を与える。

「へえ。あの事をその濁っていても見える(まなこ)で視認できても思考の理解は出来なかったのですか。残念です」

当たり前と云うべきか全ての弾は先程と同じように床に散らばっていく。

「ああ。無駄と知りながらも撃たずにはいられない。何と、何と悲しきことか。」

腕を胸の前にあてがい。そのまま小さなお辞儀をすると、

「貴殿方には我らが主の祝福を承る資格は有りませんが、良いでしょう。」

手を振り上げ、仰々しくもあざとい態度をもって、

「ん。んん。あんんん。無慈悲な道理を捧げましょう。」

その言葉を最後にその場にいた部隊が全滅した。

残るのは床に倒れる隊員と高らかに笑いながら涙を流す人物。

日の光が上階施設内部を照らし無数の影と陰を造り出す。その中で動く影は笑い泣く人物だけだった。


地上で部隊が全滅まで至る前、地下施設の後方部隊の前に意図せず落とされた物は仕掛けていた装置の一つだった。

『うげげ。帰依。もしてい。ない。外界。の愚者が。我々。の大切な。家を。壊す。なんて。赦さないよ。』

その声が終わると静けさが支配した。

『ぐ、かああああかはっ』

『こちら本部。ど、どうした。画面には何も映っていないぞ』

『わ、判りません。一体何がおこ』

『ん、どうした。おい。くそ』

『ぎひひ。終わったよみ。ん。な。』

壊す音。そして完全に応答が途切れた。

後は静寂が居住区を覆っていた。

少し破るように走る音はあるが、暫くすると完全な静寂に包まれた。


最深部急襲部隊は本部の命令で走っていた。当初の作戦から掃討作戦へと移行したことを伝え聴き、急ぐことにしたからだ。

『隊長』

『判っている』

『まさか、全滅なんてことは』

『有り得ないとは、言えぬか』

『では、我々に知らされたあれは』

『本当のようだ』

『くっ。やはり、早かったのでは』

『悔やんでも遅い。今はあれを回収することが先決だ』

『了解』

目的までの道程は頭に叩き込まれている。迷うことはない。

しかし、胸に纏わりつく不安は拭えないでいる。

杞憂で有ってほしいと心から願っていた。


どうしてか、部隊が侵入したことは相手に伝わっているはずなのにだ。だが一向に妨害の手が無かったのだ。不安が杞憂である。それが確信できないと理解したのは目的地。

地下最深部である最下層。百八階のさらに奥の部屋。

ここはどんな権限を持っている者でも入ることは固く禁じられており、数年に一度の祭事の時期にのみ特別な者のみが入ることを赦される禁忌の場所にして聖域と云っても過言ではない部屋。

この場所は全ての信望者の焦がれの域。

とされている。

そう表向きは、だが実際は違った。

唾が喉を鳴らす。

『では、開けるぞ』

『了解』

背負っていた装置を下ろし扉に取り付けると操作をして知らされているコードを複数回入力。すると装置の両脇から細い管が射出され、扉と壁の隙間に侵入させた。

『どれくらい掛かるんでしょうか』

『直ぐに終わるらしいほら。』

その言葉通り装置が何度か点滅すると扉を施錠していた内部装置が解除される音が鳴る。

装置が伸ばした管を内部に収納すると低部から四本の棒を伸ばし床に設置すると静かに床に降りていく。そしてそのまま動かぬ塊と化した。

『さて、此処からは慎重に行動せよ。少しの油断なく。迷いなく。』

全員が答える。

『了解』と。

扉が開き、頭に付いている明かりをつけ部屋内部へと侵入していく。


構え各々が内部を照らしながら進んでいく。

緊張が全身を纏うように汗が流れる。

『隊長。扉が』

『それは後で調べよう。今は例の品を回収することを最優先に』

『はっ』

僅かに進んでいくともう一枚の扉が暗闇の中から朧気に現れた。

『位置。確認』

腰の端末を外し、確認する。

『ま、間違い有りません。目的の扉です』

『そうか、なら君達の持つ装置を』

残った装置を合わせ、扉の前に置くと、何もしないのに勝手に起動し扉に取り付くと二本の棒を伸ばし、円を描くように何度も回転していく。

時間も掛からずに回転が終ると隊長の端末に受信の音が鳴る。

近づくと扉の横に設置されている端末に何かを入力。

『ふう。では、開くぞ』

背後で全員が頷く。

『では、解放』

解放のボタンを押し扉が開くと奥から恐ろしい空気が流れ出てくる。

『ぐ。これ程とは』

見ると装置が腐食していっている。

『もし、この装備でなければ今頃我々も』

装置と同じ運命になっていた。

『では、最終目的へ。進むぞ』

『了解』


扉の向こうには大量の装置と貯蔵容器。そして装置内部で幾つもの管に繋がれた中の人。

何事もなく眠りに就いているがその光景は異常としか言い表せなかった。

『な、何と酷い』

そう、全ての人は何事もなく眠っているがその一部が変異していた。

『た、隊長。』

呼ばれて近寄ると1つの装置の中に眠っている人を見て驚愕した。それは知った顔だった。

『前隊長。』

それは、隊長の元上司にして数年前に行方を眩ませたある部隊の隊長だった。

だが、隊長と判るのはその頭部のみで顎より下は形容しがたい何かに変容していた。

『これは、酷い』

『な、』

『今度はどうした』

別の装置に近づくとその中には液体に満たされた中に若い人物が眠るように横たわっていた。

『これは』

『ああ。我々の最重要回収の1つ。協力者だ。しかし、これでは助からん』

両手足が歪に曲がり頭の一部には見たこともない虫のような何かが張り付いて脈を打っている。

一つ一つを確認していくと中には行方不明捜索対象の者も数人見受けられ、中には悲壮な顔や苦痛に歪んだ顔のまま固定された人もいる。

『これは、なんですか。聞いていた事とは余りにも違いすぎます。我々の最重要目的は施設内部の、あの者達の不穏な証拠のはず。これは昔あったと聞く生物実験』

『確かに。聞き及んでいたものとは異なるがこれでも世界に公表すれば』

『ですが、我々の』

『黙れえぇぇぇ。分かっている。だが。これを証明として提出するしかあるまい』

隊長の命令からかそれともあの光景から逃げたしたいからか。黙ってその光景を端末に収めていく。


一段落付いて収集した物を確認すると逃げるようにその部屋から出ていく。

『しかしあれは一体』

『わからん。だが、これは上も把握していたのか疑問になるそれとなく聞いてみよう。ては脱出する、各自即座に行動せよ』

全員が応答しようとすると残念そうな声が響いてくる。

「本当。残念だよ。此処まで来れたご褒美にもっと趣向を凝らした事も用意していたのになあ。」

その声の主は何時から居たのか扉の横に立っていた。

「いやね。あの面白い人に聞いたんだけど何も話してくれなかったから僕達の玩具にしようかな、ついでに昔からの実験に使ってあげたんだよ有り難く思ってね」

『少年。君はこの施設の関係し』

「君は要らないかな。うん。あと、君と君、それと君もね」

言い終わると三人の両腕が捻り切れ、足が爆散するとその勢いに吹き飛び床に打ち付けられる。

即死の方が幸せだったろうか。

激痛にのたうち回る。

『な、どうなって』

「ん。君は必要かなその器より中身が欲しいかな」

「あと、君達はその器が面白い事に利用できそうかな」

残りがまるでロープで縛られたように体が動かなくなる。

もちろん、その場で床に倒れてしまう。

「うんうん。僕の見立て通り。まだまだ行けるね。」

「おいおいおい。もう終わったのかよ。少しは俺達の分も残しておいてくれよ。楽しみにしてたのに」

「げへへ。でも僕。の気分は。最高に。最上。だよ。うん。満足。」

「さあねさあね。さあね。関係ないと思ったのに本当に関係なかった。まあ、施設を守れたから良かったけど」

「何だか終わったんだね。思ったよりも早すぎない」

「それは後にしてこの者達をどうしますか。」

「ん。そうだね。今から運ぶから後で話そうか」

三人が各々の返事をして姿を消そうとしていたときもう1つの扉が開いた。当たり前だが四人の視線は扉に向かう。

「ふあ。ふああ。眠い。もっと何とかしないとな。お、何だ。こんな所に出るのか。んん。差し詰めて。施設の最重要な部屋かな。多分。」

「な。」

「そ、」

「ど、」

「ほえ」

四人の視線の先には赤に染まった薄着を着て寝癖の付いた頭を掻きながら、眠い目を擦り裸足で扉の奥から出てくる光魔。

「んん。ああ。お前達が聞いていたアホ、無能、無知の最高四衆か。違ったか。まあ良いか、どうでも。それにしても、もっと格好いいのを想像してたんだけど。現実はこんなものかな」

不思議なように首を傾げて部屋に入ってくる。


時間を遡り。突入部隊が侵入開始する遥か前。前日が終わり、翌日になった瞬間と同時期。

光魔は深い眠りに堕ちていた。

あの薬の効果では一部ではあるがそれだけではなかった。

実は内側に。虚ろな空へと意識を沈めていた。

「さて、少年よ。我との契約を覚えておるか」

「なあ。殴っていいか」

「な。なんだ突然に」

「イヤな。腹の底からこう、沸き立つ感情がな、うん」

問答無用で殴った。

「き、キサマ。我を殴ってどうなる。ぐはっ。」

「あのさ。アンタとの契約は約款を持って契約していたよな。それはまあ、置いとこうか。でもな俺を呼び沈めるのは無しだろ今は」

「そ、そうなのだ、がな」

「おら。早く話せよ。ほら」

「だ、だか、ら話、すから」

「じゃ、早くしろ」

「な、なら、そ、それを、や、やめ」

「ん、おお。忘れてたついな」

「ふう。ぐふ。ひ、酷い。」

「良いじゃんかよ。で、話せよ俺を呼び沈めた理由を」

「そのな。少年には。悪いと思っておるがな。1つだけ聞いてくれまいか」

「なあ、」

「ま、待て殴る前に話を聞いてほしいのだ。」

「そうか、なら話せよ」

「もう、何もしないか。殴らぬか」

「お前の話が終わるまでな」

「そうか。では話すぞ」

「おう。どうぞ」

「話は簡単だ。少年よ我を崇める者共を駆逐してもらいたい」

「あ、駆逐とはまた。穏やかじゃないな。どうしてだ。お前は仮にも自称神だろ。信望されればアンタにはその力が注がれて対抗できる蓄えも可能になる」

「ああ。それも手なのだがな。だが、我には力が不要なのだ。どうしてかというとな、我にはこの世界に居て気づいたのだ。我の内にある莫大な力に。何故あるのかは知らぬが。それにどうして我を崇めるのか我の存在は少年の世界とは異なる事象にある。それを何故少年の世界の者が我の存在を知り得たのか。それを探ってもらいたい。」

「それは、命令か」

「出来れば命令でありたいが。それは我と少年の契約の内には入らぬし」

「引き受けてやるよ」

「そうか。ありがたい。なぬ。なんと引き受けて、くれるのか少年よ。そうか。でも、何故だ。契約には含まれていないであろう」

「ん。そんなの、簡単だ。」

「簡単なのか」

「ああ。まあ。只の暇潰しだ。だから気にするな。これは趣味と実益と暇潰しと、後、恩を売るだけだしな」

「ふむ。それならば話が早い。潰してほしいのはこの者共だ。これには関連する全てを含む。勿論、全ては全てだ。」

「そうか。でもな。戻ったら約款に基づいてあの状態になるからな。どうする」

「それは心配するな少年。範囲を限定すればこの、空間。たしか」

「虚ろな空だろ。」

「そう。それだ。そのウツロナウツロにできるだろう」

「それなら問題ないだろ」

「素直に受け入れるのか」

「討論して解決するのか。しないだろ。なら素直に受け入れるしかないだろ」

「ホントに少年はその辺が淡白と言うのか単純というのか」

「まあ、良いじゃん。そんなことは。で、自称神。アンタの最終的な望みはどうしたい。」

「そうだな。では、我の望みは」


ハッとする四人の視線の先に光魔はおらず、代わりに部屋の奥の部屋から声が聞こえてきた。

『ふああ。こんなことを今更やっていたのか。関心しないな。これ結局は失敗して、資料とか情報は全て破棄されたはずだよな。誰だよ言ったのは。て、俺か。あれ、でも俺自身が破棄して記録も消したよな。何で残ってんだ。まあ、良いか。今は。これよりも先にしないといけないし。』

集まる四人は問いただす

「どうして貴方が目覚めているのか」と、

「どうやってあの扉まで来られたのか」と、

「護衛の者達はどうしたのか」と、

「ふうん。やっぱり君なんだね」とかと。聞いてきたが全てを無視して部屋の中を調べていた。

「で、君達には。と、違った。お前達は俺を何か、てかアイツと同一視、してるんだよな。俺の意識がアイツに塗りつぶされていってアイツ自身に成るとか思うなよ。」

終えると、光魔は1つの装置に触れ、力の1つを行使しようとした。


絶望を内包し渇望する肉体は生への執着が強く生きとし生ける者全てに対して堕ちる感情を抱くもの。だが、即席のそれは瞬時に破壊され、光魔は拘束されてしまう。はずだった。そういう装置が働くはずだった。

だが光魔は力を使わず見ているだけで納得して、あの捉えられ実験の素体となった協力者に憐れみと侮蔑を向けて四人を見る。その目は三人には恐怖を与えるには充分だった。

硬直した肉体を何処から出したのか拘束服に包み込み、床に打ち付けて組み敷いた。

「はは。やっぱり。僕と君は相反する隔たりと触れ合えぬ絶対の拒絶があるね。まあ僕の目的は終わったしね。後は、あれに任せるよ。」

そう言うと光魔含め意識ある四人の前から姿を消失させた。

それは不気味な、魂を汚染する笑いを残して。

光魔が次に目を向けると替わらない拘束した三人とへたる一人が居た。

「今のは置いとこうか。過ぎた事象だし。でだ、お前らは俺のこの姿を見て何も思わないのか。」

手を広げ何も隠していないと云うように見せつける。

三人が何かに気づくのに時間は掛からなかった。だが、不測の言葉がその部屋に響き渡った。

「ねえ。なんでボクはこんなとこにいるの。あれ、おにいさんたちはなあに。え、あれおか、おと。」

何かを察したのか目尻に涙を溜め、積を切ったかのように泣きわめいてしまう。

困惑する三人を他所に光魔は躊躇無く問いかける。

「おい。ガキ。怒らないから素直に答えろ。もし、ちゃんと答えられたらガキの家に送り届けてやる。分かったか」

が、尚も泣きじゃくるその姿を見て拘束した三人が簡単に破り、子供をあやすように頭を撫で背を叩き。涙を拭く。

その光景を見て光魔は吐き気をもようした。

どうしてか、それはその三人の瞳の奥に光が無く、まるで人形の様に感じられたからである。

「そうか、だからか。」

その光景を暫く眺め、頃合いを見計らって再度聞いてみる。

「どうだ。話す気にはなったか。」

頷く。

「なら、最初の質問だ。名前は」

「んと、ヘキア」

「そうか。では、ヘキア。君の覚えている最初の記憶は」

「えと。んんと。あ、おおきなきさんがあってねそれでねおとーしゃとおかーしゃとあと、おねえちゃとでおでかけしたんだよ。それでねえと、おおきなきさんのまわりでね、あそんでいたの。それでね、おおきなきさんにあたってねころんでね、それできいたことないおこえをきいてね。あれんと。え。ふえ。ふえええええええええええええん」

この時光魔はその内容から1つの結論を直ぐに出した。

『そうか、この子供は何かの器。その何かが消えたあれか。見えていたのは俺だけか。まあ、今はいい。それよりも。この外は青年。中身は幼子。こんなものを放置するわけにもいかないか。仕方ない後にしようか』

光魔は行動に移った。

人形の様に動かなくなった三人をどうにか正気に戻し、器になった。違うか、成っていた子供の事を説明してから現在の場所を聞き出し最後の目的地を目指すことにした。

「ああ。そうだ。その転がっている何処かの何かは後で救助してもらうから早く逃げた方が良いぞ。」

そう言い残してその部屋を出た。

出るときに溶けて壊れた物体に躓いて、転けそうになったが体勢を立て直してその勢いのままに走り出す。


ゲートを使えば目的の場所まで時間を縮めることは出来ても嫌な予感がしたので仕方なく物理的な方法で上階へと急いだ。


通常、幹部等はその地位を保守するために安全を確保する必要がある。その最たる例が自身の居住区を隠す事である。

しかし、これには他の者に対する威厳が示されず、後に粛清の対象にされてしまう危険がある。

そこで1つ。公に晒しはするが、その周囲は完全な防護体勢を敷くことである。

もう1つが幹部としての顔とは別の顔を晒して公の場にその身を晒す。勿論これには大変な制約も課されるがやりようによっては意外とバレにくいものである。

そんな事を真面目に考えて施設内を駆け回る。

ずっと気にはなっていた。

そして、今もそうだった。

この施設の案内をされているとき。そして図面を見せてもらった時、あるはずの部屋が何処にも見当たらなかった。

だから図面と実際の施設の差異を考えて、それでももしかしたら施設外に設けられているのではとも考えたが、しかし、それは外れていた。

この施設の土地は出入りするにも一ヶ所だけの門を通らなければならない。上空ならば兎も角、地上からの侵入にはその門しかない。

実際に光魔が地上一階のあの区画を通り外に出ると周囲は完全な海に浮かぶ絶壁の島だった。

そして、その島の縁を高く頑丈な柵が囲むように張り巡らされていた。

先にも述べたようにこの島は門1つでその向こう側には人一人が通れるだけの幅しかない橋が駆けられている。

常時以外は橋は海に沈んでいて今は時間的にはその状態になっているはずだが、やはりと云うべきか海から競り上がっていた。

話が逸れた。

実際に施設を汲まなく探していたときもそうだった。だから核心はないが手っ取り早く事を済ませることにした。それは。


「ああ。何となくで来たけど。本当にこんな所に有ったんだな。正直驚いた」

光魔は当たり前のようにその部屋に存在していた。

その者にとっては考えられないこと。

どうしてか、それは、普段は見えていて見えない場所に入り口があり、そして誰もが普通に通る場所。

それは、玄関の真下。

まるで取って付けたような無理矢理な事なのだが、実は図面や案内されたとき何故か外の案内を一切されなかったのだ。それは、普通に考えればあの何もない柵に囲まれた殺風景な外を案内した所で気分を害するかもしれない。そう思うかもしれない。

が、実際外に出て、再度施設に入るとその絶妙な段差が引っ掛かる。故に光魔はその部分を丁寧に観察していると壁と床の接地面に僅かな擦れがあるのに気づき玄関の床を少しずつ叩きながら移動すると一部の音が異なっていた。

その部分を壊してみると其処には一枚の扉が横たわっていた。

戸惑うこともなく扉を開き、その奥へと足を踏み入れる。

長い梯子を降り続け、長い廊下や階段を歩きながら最後の場所で大きな扉が現れた。

軽く唾を飲み下し、扉を開けると其処には一人の人影が居た。

「んで、アンタに会いに来たんだよ。なあ。と」

続きを喋ろうとすると横から静止するような衝撃があり振り返るとそこには見たことのある光魔よりも幼い男の子がいた。

その目からは涙が止めどなく溢れ、頬を伝い床に数滴の溜まりを作っていた。

「ま、待って。く、下さい。お願いし。ます。この方は、は僕のお、恩人。なんで。す。だ。だから」

光魔の前に立っている人影は光魔がその少年を無下に出来ないことをわかっていた。

光魔はこの少年に哀れみを感じ、親身になって助言をした。

それを見て、聞いて、自身の底から沸き立つ快楽が沸騰した感覚があった。

人影は外套の奥でほくそ笑んだ。

絶対にその押さえている手を振りほどけないと確かな迷いなく思っていた。

「あ、ああ。はいはい。なあ、聞いてもいいか。僕はなんだい。僕は僕だそうだろう。でもね今は俺であって、僕ではない。その意味は理解できるかい。そうだな例えとかは苦手だけどな。今、二人の目の前にいるこの存在は何だと思う。考えてみろどうして、あの時間の僕で在った俺がこの時間の俺と同一と認識できる。あれは進む時間の過ぎた時間の俺だ。だから結論から言うとな。」

光魔はその幼い男の子が握っている手を見て、再び人影に視線を向けると掴んでいる手を優しさを携えた顔で男の子の指を外し、空いている手で幼い男の子の額を殴り付け腕を振る。

そして、その開けられた体の中心へと掌打を繰り出す。

「ぽうぇ」

と可笑しな声を出しよろめいた勢いのままにその上に覆い乗り全体重を懸けて床に打ち付ける。

その流れ、容赦ない動作に外套を纏った人影は当然のように驚愕する。

「あっ。何でこんな幼く弱く全てがゴミのような子供にそんな事が出来るのか。そう聞きたいんだろ。」

「グッ。」

「話は簡単だアンタ、俺がこの少年の身の上話に同情して哀れみを向けたとか考えたんだろ。ふくふ。違うな。」

この時、光魔は話を少し区切った。そして、

「僕がこの子に向けた哀れみは話の内容じゃなく、この子自身に向けた事なんですよ。あ、それはどういう意味かというとですね。この子には意識の様なものが全く一切感じられなかったからです。詰まりはですね」

と、また区切ると、

「何で生きたヒトガタに同情しないといけないのか、哀れんだのは意識と関係なく言葉を並べ立てる苦痛に対してだよ。」

「な、なな。それでは、」

「端から信用も信じてもいないし。怪しいと思ってたよ。それにな。小さくてもその抗う意識はちゃんと残ってたよ。気づかなかったか。まあ、この際、横に置いとこうか」

「で、で、は。何故あの様な助言を」

「何処かで聞いてる操り主を炙り出すためだ。」

「それでは、今回のあの部隊の手引きをしたのは」

「あ、それは否定。それだったら今頃こんな時間に来てねぇよ、そうだろ。あれは偶然だよ。多分な」

「なな、な。それでは一体何者の策略なのだ」

「知るか。俺に聞くなよそんなもんは。本人に直接聞けよ。て、事で、」

全身に痛みが有るはずなのにいつの間にか光魔の腕を掴んでいる手は放されていない。

「選べ。このまま。静かに連行されるか。それとも真実を知って絶望の中で連行されるか。どちらかだ」

「な、何を言っている。理解ができないぞ」

「そうか、そうだな。ふん。一度沈んでみるか」

何歩か歩いて人影の鳩尾に一撃を当て膝まづくように崩れるときにその顎を蹴り抜いた。

「が、ががが。が。」

と、泡を吹き床に顔面から倒れ鈍い音を響かせ意識を失った。

1つの事を終わらせ、腕には壊れた少年が虚空を見つめ、軽い殺意を込めて掴んだ手を外させる。

気絶した人影の首を掴み仰向けにさせ、その深く被った外套を剥ぎ取ると。息を吐く。

「結局、あの予想通り、アンタかよ先生。」

捲られた外套の下には、光魔を治療したあの医者の顔があった。

「これは一体誰の仕業なのやら。」

そんな事を言葉にして瞼を閉じる。



そこは、何もない空間。

それは変化もない空間。

だが、其処には三つの存在が在った。

1つは光魔。

1つは自称神。

1つはあの医者である。


「で、これで理解したか先生。」

「そ、んな。では、我々が崇めていたのは」

「正直なところ何の力も持たない只の復讐者。」

そう返答すると余りの衝撃に思考が停止したのか、それとも現実から逃げているのか目が明後日の方を見ていた。

「先生のこれからに俺が軽く保証は出来ない。それでも教えてほしい。キョウオウとは誰の事を言っているのか。そして、その思想を誰が広めたのか。それに答えてくれたなら」

「私を救ってくれるのか」

「いんや。この空間から出してやる。それから先は先生、アンタ次第だ。」

「人生も世界もそれ程には優しくはない。拠り所を無くしそれを糧にして生き続けるか、それとも更なる絶望に呑まれてその身を砕くか。それはソナタの自由だ。誰も助けてはくれない。だが、助言は出来る。我はやらぬがな。」

「て、おい。助言しないのかよ」

「当たり前であろう。我にはこの者を救う言葉は見つからぬ。我は神であっても全てを救うつもりはない。我の領域の外だしの」

「な、が、で、」

そのショックは測り知れず医者は卒倒し意識を手放した。


光魔は医者に向けて大量の水を浴びせ目を覚まさせる。

「ぶあ。こ、これは、ふ。夢では無かったか。」

諦め状態の医者に追い討ちをかけるように光魔は言い放つ。

「先生。もし、死ぬなら身の回りをちゃんと整理してから死んでください。周囲が迷惑ですから」

「少年よ。慰めとか有るだろう」

「あ、何で俺が慰めないといけない。この人が何処へ行き、何処で死んでも俺には関係ないだろうが。」

更なる追い討ちを掛けるように言葉を紡ぐ。

「この人は俺の人生に何の影響も与えないし、死んだ所で結局は誰その人。と言って終わるだろうしそれ以降思い出しも気にもしないだろうな」

「し、死のう」

正面から肩に手を置いて、

「で、1つ提案なんだけど先生。俺の寮の専属に成ってもらえないだろうか、勿論、衣食住全て完備で上手くいけば給料も貰えますよ。どうします。ここで断っても普通に先生を解放して上げます。」

「なら、」

「それと、あの施設やその、関係した所に戻っても先生の戻る場所は有りませんよ。何故なら事が終わったときにはもう全てが解体処理されてますから。信じるかは先生次第。」

医者は光魔の真意を推し量ろうと瞳を覗き、その真剣な目を目の当たりにし信じることにする。

「だが、それが嘘と暴かれた場合。君の全てを我々の所有物となる。それが条件だ。」

「その条件は成立しないですよ。そうですね。俺が嘘をついていた場合は全部差し上げますよ俺の権限と資産を先生だけに」

「そんな不確かな事を、」

「1つ見せてあげますよその証拠を」

光魔は懐から何かを取りだし医者に見せる。

「な、これは、そんな有り得ない。」

「どうですか。これは本物ですよ。まあ、今は具現化させているだけで。この場にあるのは複写したものですけど。どうします。これを使えれば先生の影響は強固なものになるんじゃないですか。答えは」

「良いでしょう。全てを信じることはできませんが、取り敢えずその条件は飲みましょう。ですがそれでは貴方が一方的に損害を」

「気にしないで下さい。今の俺には大体が無用なものだから」

「ふ。それなら分かりました貴方の寮の専属に成りましょう」

そうですか。それはありがたい。そんな事を言って、医者の意識を剥奪した。

「さて、俺も戻るか。なあ、自称神。アンタも見ていて何か感じたか」

「それはあの者の存在の事か、あれは違うと思うが、しかしアヤツの様な感覚もある。」

「結論を言えば何なんだ」

「我には分からぬ」

無言のままに光魔は空間から元の世界へと戻っていった。

「いや、何か答えよ少年」

答える者は皆無。自称神は内に広がる虚しさを紛らわせるように中身の消失した医者を担ぎ何処かへと持っていってしまう。

何かを呟くがあまりにも小さく、聞こえるはずもない。



起きると意識が戻り懸けている医者。と自身の現状。

拘束されている。だが、光魔は難なく解き、その部屋の内部を見る。

予想通り、その部屋は医務室だった。

どうやら事は終息に向かっているようだ。音が反響して慌ただしさが聞こえてくる。

安堵の一息を吐き、拘束道具を綺麗に片付けてその場を離れる。


医務室を出る時に気分が悪くなるが直ぐに収まり、来た道を戻り地上に出ると知らない場所に出ていた。

悩んでも仕方ないので適当に歩き回っていると大きな場所に出てしまった。

「見たこと有るような、無いような。」

そんな事を呟いていると視線の先に青空が広がっていた。

「ふおおお。本当に何処だよ此処は」

近づこうとすると頭と背中に硬い物を押し付けられ。

「動くな。誰かは知らないがどうしてこのエリアにいる。この施設の関係者の生き残りか」

言っていることが理解できず黙っていると頭に宛がわれた物を離されその直後に肩に痛みが走る。

「・・・」

「ほう。悲鳴をあげないとはな。普通なら痛みに泣かなくとも声を荒げるくらいはあるものだが」

肩を押さえる光魔の髪を掴み、顔を上げさせる。

「はっ。若いな。答えろ。お前は何者だ。どうしてこのエリアに居る。立ち入りは禁止されているはずだ。」

「それよりも、そう簡単に入れるようにはプログラムを組み直してないんだけど」

「お、ドクター。早いな。もう終わったのかよ」

「そうだよ。担当分は終わらせて、自由に行動していたら君の声が聞こえてね。それよりもなんだいそれは。渡された情報には載ってなかったはずだけど」

「やっぱそうだよな。あの情報の画像も名前も一致しないし、だからこうやって拷問しようとしてんだろ」

「そうかい。でもどうやって入ったんだろうね」

「んん。それも含めて聞こうとしてたんだけど。そうだな。なら痛みをもって答えてもらおうか。どんな奴でも苦痛から逃れるためには仲間をも売るくらいたからな。」

その場で苦痛と言う問いをせず。光魔を何処かへと引きずっていく。

二人が引きずりながら話をしている間も光魔は暴れることはなく成り行きに任せているように引きずられていた。だが二人の会話を遮るように光魔が口にした言葉を聞くと二人は途端に震えだし、進んでいた道を少し戻ってからある場所へと光魔を連れていった。


その部屋は大きすぎず、然りとて小さすぎず。程よい広さがある。

いつの間にか立たされていた光魔は背後の二人を少しだけ見て、前の机の向こうで頬杖をしながら手元の資料に目を落とす一人の人物。何も音がしない。するのは時折資料を読み進めるために画面を叩く指の音。

「も、申し上げます。先程連絡いたしました。中層探索班のマフスと」

「ドクター、ローギヌです」

読み進めていた指が止まり、視線だけを三人へと向けてくる。

「すまんな。もう一度言ってもらいたい。」

「はっ。世界府庁特務部隊掃討班所属。マフス・カンパリーニ」

「同じく同部隊所属研究開発班。ドクター・アラフェル・ローギヌです」

「そうか、では、お前達にはこれから話される事に関する全てを上位機密事項として他言せぬように。」

二人が敬礼をしながら答える。

さして二人の前に立つ光魔に視線を送ると質問を1つしてくる。

「では、その後ろの二人に話した名前を言ってもらおうか」

「は、その前に、アンタが名乗るのが礼儀、じゃないのか」

視線を少し手元の資料に向け又光魔に視線を向ける。

「そうだな。それは失礼した。私は世界府庁統括部隊隊長代行。キリカ・エミルだ。階級は大将を任されている。」

「へえ。そうなんだ。もっと下の人かと思ったよ。見たところ結構若いでしょ」

「そうだな。今年で成人を迎えたよ。」

「はあ。それはおめでとう」

光魔の後ろで二人が震えているのが手に取るように分かる。

「それで、君は誰だい。どうやらこの施設の者では無いようだが」

「ああ。アナタが名乗って此方が名乗らないのは失礼ですね。」

わざとらしく。咳払いをすると。

「お初にお目にかかります。私、現在は州環光魔と名乗っているものです。最終階級は、ああ。現在は教えられません。ですがこれも何かのご縁でしょう。以後、お見知りおきを。それとこの施設にいた理由は、胸糞悪い必然と個人的な約束のため、この場所に居させてもらっている。それ以外はないです」

「そうか。では、可能であればだが。君の本当の名を聞かせてもらおうか」

「あ、それ無理。なんせ、何処で生まれて何であの場所に居たのか。逆に俺が聞きたいくらいなんで」

「ほう。それはまた面白い人生を」

「そう思うかい」

「ああ。今の世界は何処か歪で余り好かないのでね。」

「では、過去のように殺し合いの時代に戻れたらどうする」

「それはそれで困りものだな」

その言葉を最後に二人はお互いに小さく笑い合う。

と、キリカの側に置かれている機器が鳴り応対のため出ると光魔には懐かしくそして今は会いたくもない声が聴こえてきた。

「はっ。それではこの者をそちらに移送すればよろしいのですか。」

答える声に嬉々的な感情が溢れている。

話を終え、切ると端末を仕舞い、光魔に視線を向ける。

「という事でこれより君の身柄は本部へと移される。そこで、更なる調査があるだろう。」

どうにかしないと。そんな事を考えていた。

「それでは準備をするので少しの間拘束させてもらう。終われば移送する」

背後の二人が光魔を拘束し肩と手首を繋ぐ枷と足首に嵌める枷。二つを光魔に嵌めて部屋を出ていこうとする。

「あ、その前に1つ聞かせてくれないかな。」

「何ですか」

「この施設の地下、最下層の更に奥の扉。その中には倒れている武装した何処かの所属部隊数名。その側で泣きじゃくる青年とそれをあやす三人の人。まあ、それは何か終わっていたようなので後続の者に任せて問題は二つの扉の方だ。」

「えっ。そんな物が有ったのか。」

「そうだ。そして、1つの奥には複雑に組まれた装置と液体を満たした人が入れられた容器。それも後で調べて判明したのだがその中には不明者捜索願いを出されている者もいた。」

「それは、一体なんだったんですか」

「ふむ。端的に言ってしまえば。生物実験といわれるものらしい。調査中なので詳細はこれからだが」

「はあぁ。そんな事がこの施設の下で行われていたと。」

「まあ、この事に関しては秘匿されるだろうが。問題はそちらではなくもう1つの扉の方だ。」

「何があったんですか。」

「それについては少々憚られる事案なのだが。済まないが、君達には一時外で待っていて貰いたい。なに直ぐ終わる。」

二人が光魔を放し、何も言うことなく出ていく。扉が閉まる間際に二人の安堵の声が聞こえた。

「さて、話の続きだが。もう1つの扉。それはあの実験室の向かって右の方にあり、開け放たれていた。」



私が後続の者達の到着を待ち、合流後に数名を残して指示を出し、残りの者達で私ともう1つの扉の奥へと足を踏み込んだ。

私を含め全員が現実を受け入れられなかった。

どうしてだと思う。ふふ。答は簡単だ。外だったんだよ。それも作り物ではなく(れっき)とした本物の外。

私の頬を優しい風が撫でる感触を覚えている。

とその中で、これは、表現的にはどうかと思うけどねつまりは。ああ。そうかい。判ってくれて何よりだ。

まあ、その中で一本だけ続いている道があったんだよ。それ以外は道標になる物もないので仕方なく、警戒を怠ることなく進んだよ。


そしてそれは突然に私達の前に現れたのだ。古いが(しっかり)とした余り見かけない家だった。

周囲を警戒しながら近づき、その家の回りを探索したが何も見つからず、最初の位置まで戻り内部探索へと移った。

結論から言おう。

それは、凄惨で陰惨な光景だった。

私含めて皆、吐いてしまったからね。

誇張はしているかもしれないけれど。幸いな事に死人はいなかったよ。重傷者ばかりだったけど。


先ずは正面の扉に触れ、軽く押すと何の抵抗もなく開いたよ。

そして最初に飛び込んできたのは大量の赤黒い血と肉片原型が分からないほどになっていたので元が何なのかは理解できないがどうも獣系統ということだけは判別できた。

生臭い臭気の中で探索を続けて、幾つかの部屋にも似たような状態だった。

この時は生存者は絶望しか考えられなかった。

だが、最も厳重な雰囲気を醸し出しているドアを見つけ全員で突入すると赤い溜まりの中で六人の生存者を発見したのだ。

だが、生存者は四肢全てが複雑骨折していたり、捻れていたり、あり得ない方向へ曲げられていたりと。

酷い有り様だった。

一度戻り体勢を整えてから再度入り、六人を救出して、今は治療中だ。



「それでこの不思議な家を含めた空間は現在調査中だ。そして」

説明を一区切り終え静かに聞いていた光魔に聞く。

「君はこの空間の事を知っているかい。そしてその奥に在った家での出来事を」

光魔は思い出すように頭を捻り尚且つ天井を仰ぎ見て答えた。

「やはり知らないな。俺はその良くは知らない外とも内とも入れる理解できない場所は初めて知った。すまんね。何の力にも成れなくて」

「構わない。君が知っていたら調査の大体の方針を決める指針にするつもりだったが。仕方ない。結果を待つか。」

その後聞かれることもなくなり、二人を呼びだし、今度こそ光魔を連れていった。


二人が光魔の両隣に付き、何処かへと連れていく。その途中。

「で、結局お前は何者だ。」

「その質問はほら、あの部屋で聞いてただろ。なら問題ない」

「それを決めるのは現在自分達だよ。君じゃあない」

「そうなのか。でも。本当に何者なのかは俺自身が知りたいんだけど」

「なら、取引をしようか。簡単だ。お前に関する情報を集めてやる、その代わり俺達の仕事を手伝ってもらう。どうだ簡単だろ」

「そうかな。どう考えてもこの少年が割りに合わないと思うけど」

「へっ。それでもこの取引は良いと思うけどな」

「まあ、好きにすればいいさ時間はあるし」


連れてこられた部屋へと入れられ、光魔は何もせずに只じっとしているだけだった。


それ程時間は経っていないだろうと光魔は思い開けられた扉の向こうにはあの二人が立っている。

「で、返答は」

光魔は黙っていた。考えて考え抜いて、と。そんな事はしていないが、視線を少し落とし、

「なあ、今日は何日だ」

「それを聞いてどうする。お前の身柄はこのまま本部へと護送され、そこで俺達の想像を絶する事をされるんだろうな。おお。怖い怖い」

「良いから教えてほしい」

その真剣さが言葉から滲み出ていた事を感じたのか、マフスが素直に答える。

その日付を聞き、光魔は意を決し、行動に移る心構えをした。

「なあ、もう1つ良いか。」

「時間稼ぎか」

「違う違う。単なる疑問だ。良いか。」

二人が頷く。

ここまで来て抵抗は無意味と判断したのだろう。

「あのさ、俺の護送方法は」

「それは、陸路を使ってだな、更に海路で本部へ直接移送だよ」

「そうか。勿論その間は俺を監視するために二人も」

「当たり前だろ」と予想通りの答え。

そうかと呟くと、何も話さなくなった。


建物から出ると玄関の前には武装をほどこした戦闘車輌が1台停められていた。

「これがお前を送り届ける護送車輌。最新型装甲車だ。」

見た目だけでは判らないが、その装甲は厚く、内部機構にも相等の手を加えられているのが分かる。

「対有力者装置。対獣装置共に装備済みだ。な、ドクター」

「うん、それも僕が手を加えた特別製に仕上げたからね。そう簡単には突破出来ないよ。」

「と、そんな感じで心配せず乗ろうか」

渋っても時間の無駄と理解していたので乗車する。


「ふうん。思ったより広いな」

「そらな。人員輸送を主観に置かれて最初は設計されていたのを」

「紆余曲折を経て第八世代で戦地の中心へと人員を無傷で輸送出来るまでに完成させたんだから」

「それは、この車輌はどんな力を以てしても壊すことは容易ではない、そういうことだよな」

「ああ。そうだ。死角はないよ」

「残念ながらあるよ」


二人は目の前の現状に対して思考が追い付かず、自分達の現在いる位置も理解できなかった。

二人の側には気絶した運転手と警備をしていた者が間接を外され転がされている。

「どういうことだ。どうして」

「二人には伝えてほしいことがあるから無傷、は無理だが意識を保った状態でいてもらうために車外に落とした」

「そういう」

「そうだ。これから言うことは間違わないように伝えろよ」

車輌から轟く動力炉からの音が三人の会話を欠き消してしまう。

驚いた表情の二人に対し光魔の表情は死者のそれだろうか。

淡々と黙々と話し否定し許諾しそして最後に殺意を向けて二人の意識を奪う。

「〜〜〜〜」

動力炉の音が響き太陽に照らせれたあの施設を見ながら口を引き絞り目尻に涙を溜める。

車輌に体を引っ込め残した人を脅し行き先を伝えると急かすように首筋を掴む。

短い悲鳴のあと震わせながら車輌を動かす。


向かう先は施設。


車輌が着く頃合いの少し後、大きな爆発が起こり、閃光と強風と硬い物同士が打つかる音。そして力による現象と重火器による様々な音が長く続くと太陽が空の頂点に近くなる頃には地に伏しる人と壊れた装置と黒煙に巻かれる簡易の建物や車輌。

そして、燃え盛り、瓦解し始めた施設。

施設を眺めながら仰ぎ見る光魔の右手にはボロボロにされた人物。その更に横には汚れた服と穴だらけの外套を叩きながら何かを諦め、始めようと決意した眼差しをする医者。

強い風が吹きすさび、三つの人影はその場所から姿を消してしまう。


さて、解放された空間は閉じられ、次の解放は光魔の気分次第。

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