三章〈単〉狂喜なる教団
思いだそう。そんな事を考える余裕はなく。
というより、記憶が消えていた。
正確にはあの化け物に食われた瞬間から空間を出る寸前までの記憶だけなのだが。
目覚めると全く知るはずもない部屋の大きなベッドに横たわっていた。
ここは、どこ。そんな言葉が口から紡がれる。
涙が出ていた。
自分の感情から発露したこの涙の意味を理解していた。
髪を乱すように手を動かし、考えを纏める。
「こんな事で纏まったら嬉しいな」
独り言のつもりだったのに側から答える声が。
「おや。おや。目覚めて早速の疑問ですか。ですか。それは良い。良い。ですよシユウよ」
突如の不意打ちによる声は光魔に少しの硬直を課した。
錆びた機械のように不自然に首を回すと、見たくもない姿をした人間がいる。
理解したくないのに、理解してしまった。
で、理解すると腹の底から吐き気を催して喉元まで込み上げてきたが、何とか飲み下した。
視線を自分に掛けられている厚い布に落として1つの息を吐く。
「で、この状況に対する全てに答えてくれるんですよね」
勿論。というように頷く人影。
「そうですか。なら聞かせてください。最初の質問です。」
項垂れた状態で視線だけを人影の移す。
息を吐く。
「どうして貴方は何も着ていないのですか」
全裸。
その質問をした途端、その人影の周囲だけ時が停止したみたいに動かなくなった。
「あの、もしもおし。聞こえてますか。ダメだ。反応がない」
どうしようと考え始めると、行き成り上から人影が落下してきて光魔の両肩を強く掴んできた。
しかし、俯いていて顔が見えないでいる事と予想外の展開で体が硬直してしまった。
「ぐ、くふうううぅ、ぐぐ」
尚も掴まれている片に力が込められる。その痛みで叫ぼうとすると、顔を上げ、
「あ゛あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛ず」
涙と鼻水と涎を流し撒き散らしながらお礼を言われてしまった。
取り敢えず理解するために落ち着かせることに。
でも、お礼を繰り返し言うだけで一行に話が進まなくなる。
それを懸念してその頭を両側から叩いた。
「あひゅん」
何とも間抜けな声を出しながら後ずさり、今度は土下座して謝られる。
これは堂々巡りになりそうだな。そう思い、相手を言葉巧みに落ち着かせていった。
「で、落ち着いた」
「は、はぃ」
先程までの同一人物かと思う様にその人物は、ベッドから降りて隅の方で小さくなっている。
近くへ呼ぶように手招きをして来させる。意外と素直に従って寄ってきた。
「それでは、僕の質問に答えてください。」
「ええ、なんなりと」
その人影は光魔の質問に全てに答えを返した。
そして、光魔は今自分がいる場所、経緯、理由その他を知った。
光魔のいる場所は地下深い秘密の施設。
位置は教えられない。
しかし施設内外の構成人数は教えられる。
光魔を喰った化物はこの施設小飼の1つで体内に保存したモノを世界から断絶させる能力を持っている。特殊な生態動物。
本来は島に来た瞬間に捕らえて施設に連れてくる予定だったのだが、予想以上に武装が強固すぎて奪還失敗。参加者は粛清されたという。
その他にも捕獲する好機は幾つも有ったのだが、その全てが失敗に終わったと。
で、辛抱強く待っていればその機会が巡り、あの集会の時だった。それから化物に戻るように命令して光魔の肉体を回収。施設内で精密な検査をしてからあの空間へ肉体を安置して目覚めるのを待っていた。
光魔を狙ったのは光魔自身には身に覚えが無い。だ、が、人影は嬉々として話したことは突拍子も無い。そんな言葉だった。
「アナタは我ら崇める方の最強にして最高の器なのです。その方はアナタの中へと既にご光臨されておいでです。」
そしていずれその方にアナタの全てが取って換わられる。
そんな、恐ろしいことを自然に紡いだ。
「ああ。何と。なんと。羨ましき事。我らの最高な名誉をまさか下外の者にお与えになられるとはなんと嬉しき事、ですが、そのお力は我らに分け隔てなくお与えになられるでしょう。」
小難しい言葉を並べてはいるが要約すると、何かを崇めている団体でそれがこの世界に顕現するために光魔の肉体に降りてきた。
そんな事を理解して。
「そ、そんな。じゃ、じゃあ。僕は死ぬんですか結果的に」
「ああ。そんなに悲観しないで頂きたい。きたい。それは、名誉な事なのです。それは良いことなのです。では、では、私の説明という回答はいたしましたので、これからは我らの、施設内を案内致します。します。ささ。ささ。どうぞ此方へ。此方へ。」
手を指したのは出口。
出ても良かった。光魔は一行に。しかし、仲間とは思われたくなく。
「それじゃ、その前に、何かを着て下さい。」
「おや。おや。これは失礼。失礼。しました。」
すると俯いて何かを呟く。
何処から現れたのか1つの存在がその空間に出現して人影に何かではなく衣服を差し出した。
「おお。おお。キミは何と良い。良い。我の質問に即座に。即座に。返答をした。した。これは。これは。嬉々。そう、嬉々なのです。君には称号を授けよう。そう授けるのです」
衣服を持ちながら差し出していた存在は微かに震えている。それは歓喜なのか恐怖なのか。要と知れない。
「さあ。さあ。我にその高位の衣を纏わせなさい。い。」
存在は顔を伏せながら人影に衣服を着させていく。
「ああ。良い。良い。良い。ですよ我に感じるこの衣服。まるでそのためにある存在感。もう。もう。嬉しすぎて全部の体液が流れてしまう。うう。」
引くな。うん。正直、嫌だわこいつは。
「それでは。では。では。参りましょう。ええ。参りましょうとも。この我らの施設内を」
衣服を纏った人影は空間を出ると自己紹介してきた。
「そうだ、名乗りをしてませんね。」
爪先で回り、服裾を舞わせ、少し離れた位置に静止する。
「我は感教団が1つ。喜感教団獣王派狂喜なる教え五喜教の一席を担っております。ヒサラギ・ランリツ。と申します。これより先、あなた様の警護等を仰せつかっております。故、何か有りますれば、我にお申し付けを」
恭しく頭を下げた。
露骨すぎるその、言葉と態度に内心呆れていた。どうして引くではなく、呆れていたのか正直な所光魔は不思議にも思ってもいなかった。それは後々気づくのだが。今はよそう。
「そう言えば。言えば。この施設は区画していまして。上が常人下に行くほど徒修の位が上がります。そして。そして。そして。アナタが居られた区画は最下の1つの一室を宛がわせてもらいました。上は、七層。下は百八層あります。そして其々に従事する扉の番人が守りを固めております。これらは簡単に排除出来ないでしょう。」
前を歩くヒサラギ・ランリツをの説明を聞きながら着いていく光魔は、長いし多いな。そんな考えを抱いていた。
「それでは、シユウよ各区画への移動にはこのゲートを使用いたします。ですが。ですが。常人が行ける区画は限られております。そして、そ、し、て。下層へは修連度中位以上が必要に成ります。ああ。ああ。勿論、アナタはその様なモノは不必要なので全階層へ自由に行けます。しかし。しかあし。ご注意を。この施設には特殊権限を持っている者にしか入場出来ない空間が各区画にあります。それは総本山からの密命の為の空間で、深入りすればどのような権限をお持ちの方々でも無情に悲惨に、そして狂喜の中で粛清されるでしょう。この辺りは肝に命じていただきとうございます。はい。はい。」
踊りのように舞ながら説明を終わらせる。
「それでは、今ので理解できない等は、有りましたか。か。」
捻りながら首を傾ける。それは、端から見れば考えているように見えるのだろう。
しかし光魔は考えを少ししてから後は、別の事を考えていた。
「ああ。ああ。いい。良い。です。その思考の熟慮は高位の思考牽いてはあの方へと至る思考へ到達できましょう。ですが、その様な事はアナタには最早、不要で有りましょう。そう。そう。そう。その身にはあの方が宿っておいでなのですから。あああ。あああ。な、ん、と。なんと。羨ましき事にして、歓喜なる矜持。それは我らがどの集団も願っていた事。ですが、過ぎし時を羨んでも無意味なり。なり。我らはこれよりアナタを守護する修練を積むのみです。」
ヒサラギ・ランリツは話を終えると、舞いを停め、光魔へ振り返る。
「では。では。ではあああああ。この施設の何処から行きましょうか。アナタの御好きな所へとご案内しますよ。そうですね、それでは中層へご案内します。」
選択を聞いていて勝手に決める。何か懐かしさを覚えた光魔。息を吐く。
「本来、新しき修徒は上層のみの説明と案内するのですがアナタは特別な方。上層への案内は不要と考えて中層からにします。」
光魔は従うかどうかを模索するが、そんな間に話が進んでいく。
ヒサラギ・ランリツはゲート横の装置を操作しながら説明していく。
「この装置は幾つかの段階がありまして。先ずはこの、あ、あれ何処に、仕舞ったかな」
体を、正確には衣服の収納箇所を調べている。
「ど、何処に仕舞ったのか」
その行動を見ていた光魔は片に手を置き、聞いてもと。
「あ、ああ。こ、これは」
頭をしばく。
「そんな事をしてると話が進まないので止めてください」
目尻に溜まった涙が引っ込んでしまう。
「話を進めるとですね。元を正せば裸で現れて、何も持っていないのに何かを取り出すとか、紛失とかそれ以前の話ですよね」
首を傾げて思い至り、姿が消えて現れたその手には一枚のカードが握られている。
「ふう。忘れていたのを忘れていました。」
それは。と尋ねると。
「これは各個人に配られる代物で、ゲート使用時に絶対必要になります。無くすと再発行はされませんのでおきを付けを」
そう言って装置に翳すと、軽い音が鳴る。次に少し屈み、装置に視線を合わせて、
『網膜照合。完全適合。承認。』
指を1回舐めて装置に触れる。
『遺伝情報照合。解析。…完了。完全適合。承認。』
口を開いて。
「我はヒサラギ・ランリツ。教団五喜教の第四柱」
『声紋照合。情報解析。完全適合。承認。全照合完了。ゲート解放。』
装置が点滅するとゲートが起動する。
「と、これがゲート解放の方法です。手間が掛かりますが確実に機密を守るには絶対ですから」
そして、装置を操作して潜るように促す。
躊躇しても何だから、と考える前にゲートを潜る。