二章~夜の声、夢の導き~第二話
目を開けて、直ぐに起きて、着替えて。支度して、僕は、部屋を出た。
廊下は暗く、当たり前だけど明かりは点いていない。少し肌寒さを覚えて食堂に入ると更に寒さが増していた。
体を擦りながら端末を操作して朝食の準備に入った。
・・・・・・。
どうして僕はこんな事を思い出しているのだろうか。
たしか、理由が有ったんだけど。どうしてだったかな。
・・・・。
この辺は省いても良いよね。
それじゃあ、ここは飛ばして。えと、これから暫くは、学園生活に忙殺されていくはずだけど、これと云って変わった事も起こらずにそのまま煩い季節になっていったはず。
一年も半分以上が過ぎた頃、外の騒がしさとは無縁に僕は学園の一室で補習を受けていた。
本当ならずっと前に終わっていたはずなんだけど、あの幾つもの出来事が重なって、補習期間が更に延長された挙げ句に、課題も大量に追加されていた。
仕方なく休みも全て使って長期連休迄には終わらせることになった。
その最終日。
その日も、何時ものように学園への登校に使っている乗り物に揺られながら絶妙な揺れと疲労の合わせ技で意識が遠退いていく。
その眠気に抗えず。瞼を少しずつ閉じていき、次第に意識が夢へと沈んでいった。
それから、久々に巻き込まれた。
惚けて、夢の微睡みの底へと到達するように意識が沈んでいった。
これは、夢なのか現実なのか、実感が湧いてこない。
そこは、僕の記憶の中に在った景色じゃなかった。
意識は有る。僕と言う存在も感じられる。
この世界に僕は生きている。
それなのにどうしてか、この世界は何処かが懐かしいのに、心の何処かで諦めている自分がいる。
それに自分の身体のはずなのに、自由がきかない。まるで、他人の身体を通してその世界を追体験しているような。
僕の目には暗闇しか写っていなかった。
あ、それも少ししてから動いて、一気に視界が晴れた。
やっぱり見たことがない。
それは何処かの部屋らしく、見たこともない物が溢れていた。
視線が高くなり、腕を伸ばした先には壁に掛かった見たこともない衣装。
愚鈍と云うのか、時間をかけて衣装を着替えていく。
欠伸を噛み殺して、腕を延ばして扉を開けて外に出て何処かに向かっていく。腕に重みを感じているけど、視線を動かすことが出来ないから歯痒さは有ってもしょうがないと諦めた。
廊下を歩いて直ぐに階段を下りて何故か急いで玄関に行き、靴を履いて外に出た。
驚いたとしか言えない。
そこは僕の知っている所がない。
それなのに知っている感覚がある。
歩いた先に何があるのか、何処に行こうとしているのか鮮明に頭に浮かんでいく。
何か、ズット足元しか視線が。
時折、前を見るけどそれは僅かで直ぐに視線が足元に。
何度か角を曲がって視線が足元から前を向いて、歩く速さが変わっていった。
『ふう』と、ため息を空に向かって吐き出して、積まれた鉄鋼と三角の赤いコーン。本当は立ち入り禁止のはずなのに、当たり前に入って、まるでありふれた日常。
そんな事を感じてしまう。
積まれた鉄鋼の陰に入って、背を預けて脇に置いていた黒い物体を引き寄せて、留めるための紐を外して、中から何かを取り出しす。
僕の頭にはそれが何かが浮かんでいる。
それは驚くと同時に、本物を見れたことに嬉しさが込み上げていった。
これが、失われた。ぐふ。
頭に衝撃を受けて何があったのか確認したいけど、視覚が動かない。
ああ、そうか。これも日常なのか。
視界の端から手が伸びて、強引に視線を向けていく。
どうしてか、お腹の底から熱いのに冷たい感覚が沸き上がり、自然と手を強く握り腕を強く振る。
視界の中には風に靡く短い髪をした誰かがいた。
その瞳の中には。
え、うそ。
鳩尾に衝撃。後ろに下がるような感じ。呼吸が一瞬だけ止まり冷や汗が流れていく。
『やあ、僕の中に無断で入ってくるなんて失礼だな。君は誰だ』
聞いた事のない声に抗えない。
ぼくは、ぼ、ぼぼ、ぼ、ぼく、ボク、は。
『ああ。そうかい。お前か。はあ、なら仕方無くはないか。』
か、かは。
『喋ろうとしない方が良い。まだまだその時間じゃないから。そうだ、その内、やっぱ止めた。』
後頭部に強い衝撃と全身を覆い尽くす虚脱感。
抗いたいのに何処も動かせない。
『この君は何時の君なのかな。見たところ変わらないね。ん、どうしてこんな事を言うんだ。あれ、どうして。・・・と、ゴメン。どうもイレギュラーみたいで此方も不完全らしい。』
耳許に息が掛かり、
『バイバイ』
世界から意識が消えた。
あれ、何か記憶が飛んでる。ような。
何でだろう。
まあ、今は良いや、取り敢えず話を戻して。
時間の感覚が狂っているのか。実は僕の記憶は此処で完全に途切れた。
意識を戻した時には、けたたましい衝撃音と浮遊感と全身を打ちつける痛み。右目が開けているのに見えない。声を出しているのに自分の耳に聞こえない。
それどころか体の何処を動かそうとしても動かせなかった。息も充分にできない。
そう、左目だけは見えていた。
縦横に視線を走らせると強烈な吐き気が。体を動かせなかったから胃の内容物をそのまま吐き出し顔に浴びてしまった。
何があったのか。見える範囲で考えてみるまでも無かった。
どうも、事故を起こして、こんな惨状になっていたのだろう。
僕の体は、乗り物の破損に伴う部品の損壊で挟まれ潰され貫通し内臓や筋肉や骨が砕き潰れ全ての機能が止まっていた。
腕や足も事故の衝撃で何処かに吹き飛んでいた。
視界に僕の手足が見えていた。
涙が零れて、歯を強く噛み締めた。
もう、嫌だ。
もう、こんなのたくさんだ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
イヤだ。