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Heart of 6 〜黒と試練〜  作者: 十ノ口八幸
一章
13/47

一章~死にたいと言うのは心理的にはどんなモノ~第3話

遠くの方に見える嵐を伴った雲が時間をかけて船に向かってきていた。

このままだと、ただでさえ海流が複雑で油断すれば轟沈確実。船長へ確認するため操舵室に行くと、

「ひいいいいぃぃぃぃぃぃヤッハアアアアァァァァァァァァ。くうううう。ハアアアいいいぃテンンンンショオオオオオオオォォン」さ

無駄に高いテンションで更に、

「ふうんふんふんふふふん。はあああ、あああああ、ふうんんんんん」

と、鼻唄まで。

どうして、この状況でこんなにも興奮できるのかそして、何故に高いのか。正直引く。

「あの」

「ふうんんんんん・・・」

「あの」

「ふんああああんふんふん・・」

「あの、船長」

「ふんんんはああんああ」

「ちょ、船長聞いてくださいよ」

肩を強く叩くと振り向いてくれた。

「んあ、なんでいボウズ。用かい。無いなら船体にしっかり掴まっていろよ。下手すりゃ荒海に放り出されて命が無くなるからなあ。」

再び景気良く鼻唄を歌っていた。


叫んだ叫びまくった。船体に鎖で体を繋げて落ちないようにしていたけど、その激しい揺れに翻弄される僕を尻目に、船長は楽しげに陽気に操舵輪を握っていた。さらに、吼えていた。

どうして、この状況でそんなに。とそんな事を考えていることを知らずに船は進んでいく。


嵐で吹き荒れる海には僕と船長が乗った船しかなく、その船の(へり)の先には荒れ狂う海と風を纏った横殴りの雨と雷鳴とそれを支配する厚い雲。

もう、もう。笑うしかなかった。笑って現実を忘れるしか。

そんな事をしても、揺れと轟音が僕に現実を突きつけてきた。

もう、何も解らない。もう、理解できない、だからなのか、知らずに頬を涙が流れ伝っていた。でも、これは涙なのか雨なのかどうかも今ではもう解らない。


激しい揺れと雨で、僕の呼吸は浅く、まるで、水の中にいるような感覚に居るようで苦しかった。

僕のその状態を見た船長は高らかに笑うんだ。笑いながら僕をずっと見て、

「ああ、昔を思い出す。笑ったのは謝るがな。昔、戦場でボウズみたいな状態の奴を運んだんだ。それに似ていたからな。まあ暫くして涼しい顔で他の乗客の手当てをしていたな」

言いたいことを言って前を向いて黙ってしまった。

声をかけても全然反応がなくて、仕様ないから僕はそれからは黙って進行方向を見続けていた。

雨は次第に強さを増していった。


「おかしい」

「どうしました船長」

波間の中をもまれながら随分経った頃、ずっと無言だった船長が不意に口を開いた。

それは、妙に胸が騒つきながらもう一度聞いてみると、情報と記憶ではもう島に着いていても良い時間なのに全くと言っていい位に着く気配がない。それどころか、島が見えない。と。

それは、この悪天候で方向を見失ったのかと聞くと、それは否定された。

船長は長年の勘で計器を使わなくても地図を頭に寸分たがわず記憶しているらしく、随時更新されているというからそれは無いと言っていた。

なら、何故なのか、それを僕は考えていると、船長は随分アッサリと答えてくれた。

「くく、どうやらボウズ、テメエは面倒事に巻き込まれたようだな。こらあ、幻種の一つだ。細けえ事は省くがな、意識系に働く系統だろう」

「詳しいですね」

「はん、言ったろう、戦場で、と。あの時、俺は幻術に会ってなそれで生死をさ迷う羽目に成っちまったのさ。まあ、この通り何とか無事に生き長らえたがな」

ふああ、と意味の解らない声か息を出した僕は、やっとかと、言っただろうか。


幻術。言ってしまえば、生きとし生けるものを騙す行為。高等技術者になれば虚実の境界が出来ない程の力を持つ。

今の状況にしてみれば、かなりの力の持ち主だろうと判る。

「で」

「は」

「いや、解く方法とかは」

「んなもん、俺が知るわけ無いだろうが。其処らにいる一般人と変わらねぇよ。昔のあれも誰かが壊して事なきを得た。て感じだからな」

「はあ、そうですか。」

船長から離れて考えてみた。背後で船長が色々と言っていたけれど考えていたから気づかなかった。


はてさて、どんな時代にも幻を見せる技術はある。嘘を混ぜた真実。真実が有るように錯覚させる嘘。嘘を重ねた真実を作り上げる事もあり、真実をねじ曲げて嘘を作る事も出来る。これは言葉の技術。

何処かの世界には薬を使って幻覚を見せるとか。これは、道具を用いた技術。

空想の世界だと潜在的にそういう類いの物を持っているとか何とか。これも一種の技術かも知れない。

意識か、それは、詰まるところ、思考を介して視覚を騙していると。こう云うことになる。解く方法は、意識を消すか、意識を別に逸らすか。だとは考えていた。それでも、軽くつねっても匆々と元には戻らなかった。

もしも、これが幻なら、このまま海に飛び込んでも溺れ死ぬ事はないのか。と、考えが過ったけれどそれは、止めておいた。

それは、この嵐が本物でこの船の進行方向が狂っているだけというのがあるためで、だからってこのまま手を混まねいていても時間の無駄だった。

それなら、と。

「船長。一つ聞いても」

「ああ、なんだ」

「いえ、この幻は一つだけですか。その他は」

「ああ、それは複合的な干渉を言っているなら心配いらねえ。これは、完全な一つに特化した幻だ。これを解くには相当に強烈な衝撃か、刺激でもないと解けないだろうな」

異常に詳しいことには、この際、無視してと。

はあ、これすると暫く平衡感覚と視界と聴覚が狂ってしまう事を覚悟して。荷物に入れていた改造品を取り出す。

「船長、一旦船を停めてもらえませんか。勿論、沈まないようにしてもらえれば嬉しいですけど。」

「あ、それは構わねぇがどうするつもりだ」

「手っ取り早くこれを解きますから。まあ、その、方法が荒っぽいので動いていると死にますから、確実に」

考え事をして、

「そうかい。なら仕方ねえな」

と、船を停めて海面に固定させた。

「で、どうするんでい。」

荒れ狂う空と海。矢のような雨が僕と船長、船体に容赦なく降り注ぐ。

「ふう、本当はこんなことをしたくないけど、時間がないから仕方ない。船長」

「おう、なんでい改まって」

「すみません」

手に持っていた改造品を至近距離、つまりは僕と船長の間で作動させた。

強烈な光と音と衝撃が僕と船長の体を吹き飛ばし船を揺らした。

当たり前だけど意識が飛んで、呼吸もしづらくなったのは言うまでもないだろうか。

一つ、言えることは、それは、賭けだった。


僕と船長は体を横たえ静かに船の上でじっとしていた。

体の軽い麻痺と平衡感覚の麻痺が主な理由ではあるけども。

何の前触れもなく二人の間に人の気配が現れた。

僕と船長の体を調べているようで、まさぐられた。

小さく笑ったように聞こえた。そして、次の瞬間。


口内に仕込んでおいた薬を噛み潰して麻痺を取り、相手の腹部に一撃を見舞って最後に頭部に足を落として気を失わせた。

相手の手からは凶器が床に落ちて、乾いた音を数回鳴らして止まった。

「んあ、もう良いのかボウズ」

「はい、起き上がっても大丈夫ですよ」

「おお、さっきまでの嵐が嘘みたいに晴れたな」

一つ息を吐いて、

「結局、全部が幻と云うことですか」

そう、嵐も荒れ狂う海も雷鳴も矢のような雨も全部、全部、幻だった。

そして、付け加えるなら船は港から全く動いていなかった。残念な事に。

ああ、本当に時間を無駄にした。

「船長。水を用意してくれませんか、そうですね、そのバケツ一杯に冷えた水を入れてもらえれば」

直ぐに理解してくれて、用意してくれた。


「じゃ、いきますよ」

頷いて。バケツ一杯の水を盛大にかけた。

「あぎゃあああ」

「やあ、幻種さん。目覚めの一杯はどうですか」

一応、笑顔を張り付けて話しかけた。

「ここは、とかは要らないから、要点を聞きますね」

相手の顎を強引に掴み視線を合わせて、「素直に答えてくれたらこれ以上アナタにはなにもしませんよ直ぐに釈放出来るようにしますから」


要点は、

1・アナタ以外に仲間みたいな人は居ますか。正直に答えてください。

2・依頼主は誰ですか。正確に答えなくても良いです。

3・依頼金はどれくらいですか。正確に細かく第一位まで答えてください。

4・アナタの情報源はどんな人でどんな場所でどんな方法で手に入れていますか。正確に正直に答えてください。

5・最後にアナタの裏と表の名前を正直に答えてください。

以上を持ってアナタに対する質疑は終わります。

その全てに多少はあったけど聞き終わって、再び気絶させた。


はあ、疲れた。

腰を下ろして、船長から貰った一杯の飲み物を受け取り一気に煽る。

「はあ、で、正直、時間は何れくらい経っていますか。」

「それがよう、ほれ」

船長がポケットから時計を出して見せてきた。

「ふうん。」

そして、僕も自分の持っていた端末を見てみた。

ほとんど時間が経っていなかった。

「救いはこれだけですか」

「なんだ落ち込まないのか。」

「確かに無駄な時間を食ったと思いましたけど、そんなには経っていないし、有益な情報も手に入りたしたから」

「は、しっかりしてるな」

喉を潤して、器を返して後の事を聞くと、船体の点検を一通り終えてから出発すると。そして、その間に少しだけ休むことを進められ、それに甘えるように僕は軽い眠りについた。


眠りにつく前に、捕まえたこいつはどうすると言われたので、それも専門の人に引き渡しますと言っておいた。

船長がいぶかしむ顔をして僕に詰め寄って言った。

「ボウズ、お前はこいつを全部話したら解放するんじゃないのか。男の約束を曲げるとはいけないな。見逃せねえな」

何を言っているのか、という顔をしていたのだろう、船長は続けた。

「ボウズの質問に素直に答えたら解放するとか言ったよな。それを反故にして引き渡すのは、ダメだろう」

俊巡して、納得して言った。

「ああ。船長、僕は嘘も約束を反故にもしていませんよ。」

「あんだと」

「ただ、こう言ったんですよ」

「なんて」

「『素直に答えてくれたらこれ以上アナタにはなにもしませんよ直ぐに釈放出来るようにしますから』と僕は言ったんです。嘘はついていませんよ。解放とは言ってないだけです」

唸りながら、納得がいかないような表情をしていたけど、少ししてから諦めたのか船体の点検についた。


「ふあ。ううう、はああぁ」

起き上がりに周囲の現状を確認すると順調に進んでいた。光も眩しく潮風が体を叩いていく。

相変わらず船長は陽気に歌っていた。


「船長。」

「おう、ボウズ起きたか」

前を見ると島が見えてきた。

「あれが目的の島」

ようやく、着いた。そう安堵しながら肩の力が抜けていった。

「んあ、何を言っている。あれは、違うぞ」

驚愕だった。

「よく考えろ。あそこから島までこの船なら直線でそんなにかからねえ。ボウズに寝る暇なんざねぇよ。」

「それって」

「ボウズ、あの島に来るときどう来た。」

あ、と思い出した。

「くく、ご明察。あの島の周囲だけじゃなく、全ての海域が特殊な流れを形成していてな。機器で読めるもんでもねえ。」

「そうなんですか」

「さらに、だ。それぞれの流れが相互に干渉し合って、より複雑になる」

思っていた。どう考えてもそうとしか考えが至らなかった。

「船長。どう考えてもおかしいです」

「んあ、おかしな事は言ってないぞ」

「はい、そうですね。確かに船長ですから海に関しての知識は相当あるのは理解できました。でも、おかしいです」

「ん、おかしいてそっちか。で、だからどこがだ」

ふうぅ。と、息を吐いて、思い切り言葉を発っした。

「船長の知識は海だけではなく島の内情まで至っています。言葉には出していませんが、その端々から幾つか読み取れます。普通は、これだけの情報量はあり得ません。アナタは船長の他に別の仕事か何かをしていないとその知識はあり得ません」

僕と船長の視線が重なり、数秒位かな。不意に船長の目の奥に恐ろしい何かが過った気がして、大爆笑。

「ボウズ」

「はい」

「知らない方がて言葉があるのを知って」

「知っていますよ。それくらい。で、それは良いんですよ別に気にもしませんから。」

「じゃあ、何だ、何が言いてえんだ」

「ただ、船長は船長じゃなくて結構上の人でしょ。」

更に大爆笑、「どうしてそう言いきる。俺は人生に必要ない知識を集めるのが好きな」

「それは、ありません。だって、アナタは、僕を見て何も聞きませんから。」

「ほう、ボウズに何を聞くのか知らねぇがな」

「だって、僕はあの島の現状の大元を作った存在ですよ。どんな人間であれ。色々と聞きたくなるでしょ。どれだけ制限されてもここは、僕と船長しか居ない。この状況であまりにも不自然すぎですよ。人の口をそう簡単に塞ぐことは出来ませんから。特に好奇心と興味はね」

船長の口が小さく笑みを作った。

「ぐはは。面白いな。それが当たっていれば、なぜ俺みたいな上とかの人間が危険な運搬者みたいなことをしているのか、甚だ気にはなるがな」

「簡単です。アナタという上の人であれば不測の事態であっても何かしらの手立てを持っているものです。どれだけ隠しても、どれだけ抑えてもその身体から滲み出る気配はそう簡単にはいきません」

ほくそ笑む船長の目の奥に今まで見えなかった。違うな、今まで隠していた感情を発露させた。


呑まれそう、暫く我慢してと力んでみたけど結局はダメでそのまま膝を折り、圧力をかけ続けてきた。

「もう少し、気づかなかったら楽しい船旅になる予定だったのだがな。早いよスワ・コウマ」

先ほどまでの軽い口調は何処かへ飛び、僕に浴びせられた重い空気を含んだ声。

「確かに君の言うとおりだ。私は君の言う上の人。になるだろうかな。あの島を取り巻く状況は瞬きする事もおこがましい程にあらゆる思想や思索等が目まぐるしく渦巻いている。それは丁度いい感じで安定していたがな、君のお陰か、はたまた正か、は多角的には確定出来ないが。崩れてしまったのだよ。君が先の事でしでかしたのでね」

回りくどく、硬い言葉を列べているけど結局は、僕のせいで島が色々なあらゆる勢力に漬け狙われている。と言いたいらしい。

だから、僕にどうにかにかしてくれと頼まれてこうやって目的の島に行く途中なんだけど。と言ったと思う。

「それで」

「あん」

「アナタは何処の人ですか」

ニイッと笑い、僕の肩にふれて、「心配するな。もしそうなら君に会った瞬間に君を処理している。」

冷や汗が。

「それは、アナタは僕の味方。と」

「だからそう言っている」

目を細めて相手の全身を見定めた。

息を吐き、肩に置かれた手を退かして、思案した。

この人が何処に属しているのかはこの際除外しても、目的が本当に僕と同じとは限らず、ならばその本意を見極めるために暫く保留にしておく事にした。


晴天を見上げながら手に持った棒切れの先に糸を吊るして、その先に重石と船長が用意した食料を細切れにして返しの付いた針に刺し、海中に投げ出していた。

何故、こんな事をしているのか、それは有りきたりだけど船長の正体を大まかに把握して直後、とはいかないけれど縛り上げていた力を持つ者を閉じ込めるために適当な拘束する何かを用意してもらおうと頼んで待っていると、そこに次の相手が現れた。

まあ、現れたという表現は最後に当てはまるけど。それまでは面倒な事に苦戦したかどうかは微妙な事だけど、何とか退けたはずだ。


それでは思いだそう、どうしてさっきのような状況になったのかを。背後に漂う気配を感じながら。



「うあ」

重い瞼を開けて黒を最初に目にいれて何処かが動くかを試してみたが動かず諦め、次に現在の状況を把握するために、と考えても瞳が動かせない事に気づいて諦めた。

さて、次にしたことは、動かない事になった体がどうなっているのかを確認、しかし、どこも動かない事を思い出してため息を吐いて、あきらめ呆然としながら暫く考えて、瞼を閉じた。



船長が連絡をしている最中に突然通信が切れた。それは何かを予感させた。

そう、それは次の妨害者。

これに気づいた僕と船長だった。

時間に差はあったけど。

最初に気づいたのはどちらなのか。それは解らないけどそれぞれ主張が異なるから仕方なかった。

まあ、今は置いておこう。

それでも二人が気づいた。

僕は、海から昇る蒸気の少なさ。

船長は、波の動きの異常に。


「これは不味いな。」

「やっぱり、こいつの仲間みたいなものですか」

猿轡(さるぐつわ)に拘束服、対力場装置を取り付け耳に詮をして入念に音を遮断。その上に特殊な鎖ともう一つの装置を繋げて一定の時間になると起動するようにした。その状態で糸と紐で縛り上げ、船室に監禁しておいた。

そういえば何故この船にいるのか。それは、引き渡すはずの専門家が現れず、仕方無しにその場に放置するのも(はばか)られたので一旦は船に乗せて船長の監視下に置いておいた。

そして否定された。理由は、僕達が捕まえた時点で何かしらの動きがあっても不思議はないと言っていた。

それでも否定要素は有るけれど。この時は、皆無だった。


これだけの炎天下、それなのに海面を熱している上空の日の容赦ないその力に蒸気が発生して厚い雲を作るはず。なのに、その雲が一つもなく。まるで何かの力で拒まれているように。

その海面も波一つ無く、穏やかに風もなく、上空の色をそのままに写す鏡のように。

そう言えば、この状況からどうやって脱出したんだったかな。随分と連続した出来事が起こりすぎて思い出せない。


えと、たしか。ああ、そうだ。


それは時間にしては僅かだったと。それは何の手立てもなく海面を眺めていた時に船長が何処かに隠していた爆発物を海に投げていた。

その効力は芳しくなく、海面に浮かんでくる物も無かった。

それでも幾つも船尾から船頭に掛けて投げ入れて時間差で起動していった。

そうして、動きがあった。


現在位置から遥か遠方から目掛けて数発の攻撃が船体を穿った。それは待ちに待ってもいる程は経過していなかったけれどもそれは来た。

水柱を上げて姿を現したその人は全身の形が判るような衣装を纏っていました。

その上、水中用眼鏡に口に加えられた物から背後に見える二つの長く大きな容器。

荒い呼吸音をしながら加えていた物を離す。

僕と船長は身構え、手近な武器になりそうなものを掴んでいた。

緊張の空気が覆う、船は波に揺れるはずなのに海からの衝撃を意に解さないかのように静止していた。

緊張の糸は、

「ご免なさいね。少年。まさかこんな事になるなんて思わなかったのよ。下の失態は上の無能さを露呈させるからねぇ。その後始末に追われる身にもなってほしいくらい」

微笑みながら二人を見つめていた。

「し、質問良いですか」

「うん。どうぞ」

「アナタは味方ですか敵ですか。それとも、中間の立ち位置ですか。答えてくれたら嬉しいですけど」

そこからは何故か問答の応酬だった。

量が多過ぎて覚えていないけど、それでも最後の質問は覚えていた。


「幾つかの答えでアナタの素性を大方は把握しました。でもそれが本当だ。という証明が出来なければゴミと同義です」

「それで、」

「簡単です。他人を信じたものが落ちる」

「証明、です、か。何だ、そんなことなら簡単」

裾を捲り、僕達に見せたものは手首から腕に伸びる幾本もの筋、その一つに軽く触れると目の前に小さな画面が浮かびその中に以下の事柄が記されていた。

『国際犯罪対策課対策部隊対海界種専門

海洋犯罪班第160番方面区画担当10番

直轄人材承認:68792636-108

単独権限保有

level:6

powerability:全域操作能力

範囲:an

name:レイファ・トヨキ・アドリア』

「一応は確認しましたけど。これが本物と証明でき」

「本物だ」

「え」

「さっすが。総官位承認者。」

「は」

「つまりだな。ボウズ。この者は本物の、この海域の監視担当だということだ」

「はあぁ」

「反応が悪いねぇ少年。ま、それは今は関係ないから良いや。一応は此方の身分はそちらの人物に証明されたからね、信用しても良いよ」

「それは、まあ構いませんけど」

「それじゃ、乗船の許可を貰いたいのだけど」

「構わねぇよ」


「はあ、疲れた。あ、飲み物を貰えますかね。ずっと動いていたから水分を補給しておかないとね」

乗り込むと間もなくそう言って船長から渡された容器だけでは足りないのか、いきなり給水器を持ち上げて流入口から一気に飲み干した。

「ふはあ、生き返る」

僕と船長は開いた口が塞がらなかった。

止めるとか動くとか以前にそれを越えたところにその状態はあったと思う。

意識が空になった給水器に向けられ、無情な現実を突き付け大元を作った人を見失ってしまった。

「ま、まさか、な」

船長は何かを察したようにある場所に向かった。


それは、僕も予想していた通り、食料を備蓄していた場所だった。

無惨で悲惨な光景だった。

食い散らかされてはいなかったけど、かわりに、綺麗に平らげられた食料が入っていた容器や袋の山。

保存庫の前には見失ったレイファさんが姿勢よく食べていた。

保存庫の中には見た限り、違うか、見なくてももうなにも無かった。

絶望が漂っていた。


船長と視線を交わし、他に食料がないかを確認した。結果は一握りの食べ物だけだった。

これをどうにかして持たせないといけないと思うだけで命を消したくなる。

簡易の机の上にあった食べ物を見続けても増えるでもなかった。

そんなことは、わかっていた。誰でも。

そんな事は知らないとでも言うように、レイファさんが満足して僕らに聞いてきた。

「あ、ねえ、この船何処に向かっているのかな。これでも忙しいのだけど。そろそろ、仕事に戻りたいのだけど」

船長がわめき散らすでもなく近づいてその手首に何かを嵌めた。

一瞬の事で理解できないままに続けた。

「悪いがアンタの全てを封じさせて貰った。これからは此方の指示なしの行動は控えてもらおう」

「それは、此方も困るし、貴殿方も困る事態になるかも、と、言ってももうなっているかも」

その言葉の通りに困った事態になった。

聞くと、現れる前に僕達に向かって攻撃してきたのはレイファさんではなく、実は、別の者が暇潰しと実益を兼ねて襲ってきていたらしい。

それを止めるか排除するかしようと追いつき、そうして僕達に説明する前に軽く腹ごなしを済ませていざと言うときに現状に至った。


その一撃か一発かに殺意が込められていたのは理解できた。それは遊び半分に本気半分でわざと外していた。それは事が終わってから二人が言っていた。


結果として何処からかの攻撃に苦戦を強いられる羽目になった。

「ふん、これがアンタの言う事かよ。厄介な奴を相手に」


厄介な奴。重要危険人物表に載った人。

これは、世界的に名が知れわたり、力を使って犯した数が基準を越えた人に対する詳細な情報が記載された品物で、これに載ることは一種の箔が付くに等しいと言われていて、後々犯罪を助長する一役になっていた。

そんな物に名を連ねていた人に狙われていた。

これは解決した後に動揺した二人とその他の人達から聞いた事だった。


こんな事になったのは多かれ少なかれ、僕達にも責任はあるような。

それでも先ずは、この状況を打開する事に専念した。

もう、僕達は手も足も出なくて船長もレイファさんも穿たれる攻撃に何とか対応していて周囲に気を張る余裕が無かった。

もう、先が見えない事に。命が尽きる事に受け入れてしまっていた。


数時間が経ち、それは、一層濃くなっていった。

命が、尽きていくように。もう、僕達に攻撃を避ける体力は残っていなかった。

船体には無数の風穴。船底に開いた数個の穴から海水が入ってきていた。

それを塞ぐ気力もないから只、静かに見ているしかなかった。そして、船長が頭から吹き飛び、宙に浮いた身体はそのまま海の中へと沈んでいった。


それは、恐怖。それは、絶望。それは、憎しみ。それは、世界に向けた憎悪。

レイファさんの負の感情が僕に向けられながら、次に全身が瞬時に消えたのかと思ったくらいに無数の攻撃が穿ち、そのまま空へと消えていった。


あとは、波の音が僕の耳に、まるで、命を刈り取る何かのように規則正しく鳴っていた。

空腹と絶望と呪いを言葉にして、僕の前に人影が降り立ち、その力を持って、僕の身体を世界から掻き消した。


小波が耳に届き船の揺れと同調するように体も揺れていた。

何処に向かうのかと考えていたら船に残った人は船室を汲まなく探し大量の食料を発見。細切れにしてまるで獣のごとき勢いで貪っていった。

次に、船体を点検して、異常がないかを確認して操舵室に入り動力炉を始動、船を発進させた。目的は何処なのだろうかと。考える間もなく解った。

弄っていなかったからそのままに、船は当初の目的地、あの島に向かっていった。


船は何の障害もなく、妨害もなく島に着き、上陸、見渡す限りの自然物の景色が出迎え、そこから奥地に入ると不意に開けた場所に出た。そこは、まだ建設途中の建物が乱立していて、一部は完成しているようにも見えた。

迷う事なく歩み、全身に力を行き渡らせながら手動の扉を力強く開け放ちその空間に渾身の力を放った。

轟音が鳴り、砂塵が舞う。

そこは瓦礫の山々と埃の舞い散る部屋だったところ。

数回深呼吸してココロを落ちつかせ。前を見ると舞い散る埃が収まっていく。

そこには、無惨な姿の肉の塊が一つとその周囲に散らばる幾つかの部位。鼻を衝く、鉄の臭気は現実を確実に認識させた。

笑いが反響した。誰の笑いか理解できなかったのか、しかし、少し経ってからそれが自分の出した笑い声だと気づいて、更に笑い続けた。


一頻(ひとしき)り、もしかしたら一生分の笑いを続けたのかも知れない。

満足して肉の塊に躊躇することなく手で探り、何かを見つけて懐に仕舞うと建物を後にした。


船着き場に着くと何の前触れもなく船から炎が上がり、船体の一部が破損した。

幸いにも動力炉には破損が見当たらず舵もどうにか動かせそうで一安心だったようだ。


船を左右に蛇行させ、目的地へと進めていった。

ここでも、妨害も障害もなく、略奪者も現れずに船を島。つまりは桜鈴島の岩陰に着けて、そこから一飛びで対岸へと着地した。

この跳躍が全力とは云えないだろうけど、限度があるだろう。

それと、直接埠頭に着けなかったのかは、後に判明した。

それは、依頼主にそのポイントに着けろと指示されていたらしく、別段と他意は無かった。と言っていた。

さて。その後は手元の端末を見ながら複雑な道を通り、待ち合わせ場所に着いた。

もう、先客がいたようで、其が依頼主だった。

顔は黒くて識別出来なかった。それどころか体型や年齢も手懸かりになる要素は一つもなく。

この辺で終わりにしよう相づちを打った。


弾けるような音が何回かは忘れたけど鳴らされて、そして、世界全てが捻れ、(しぼ)み、弾けて、砕けていく。

残るのは、4つの存在が白の空間から黒の空間まで多彩な空間を渡っていったそうだ。


叫び嘆き怒り自分を壊して最後に両方に溜めた力を一気に解放してその場で倒れた。


船長にまた冷たい。しかも氷を大量にいれて貰った上で。頭を中心に掛けた。

勿論、再びの絶叫が船から轟いた。


「やあ、まさかね。こんな事で捕獲出来るなんて思いもしなかった。いつの間に彼と話し合っていたのか、聞きたいな」

彼とはつまりは、船長、ではなく。別のもう一人。

その人の肩を掴んで引き寄せた。

「簡単ですよ。アナタを探している時に拘束していた部屋にいって、再交渉しただけですよ」

卑屈いていた。

「あ、れが、交渉だと。ふざけるな」

肩に置かれた僕の手を払いのけて胸ぐらを掴んで、

「あれは交渉じゃなくて脅しだろうが。いや、それよりも恐ろしい事をしようとしていたな。もし、呑まなかったらどうなっていたのか、今でも悪寒がする」

「違いますよ。再交渉です」

「どちらでも関係ない。あれはどう考えても脅迫でしょうが。」

「はあ、貴方もしつこいな。それはもう終わったでしょ。これで貴方に対する減刑がされましたから。数ヵ月で出てこれると思いますよ。」

鼻息荒く、憮然とした態度で一応は引っ込んでくれた。

「ま、話は逸れましたけど、そういう事ですよ。あ、あと、何時からと言いたいのなら、それはこの人に、この船の一定距離に」

「嘘つくな。無理矢理限界までやらせたくせに」

「・・力を使って貰って勿論、ばれないように極力、抑えてもらってね」

「で、では。」

口端を上げて、笑みを作った。

「最初から全部が貴方の頭に写された幻ですよ。この人に頼んで僕達にも詳細を観れるようにして貰ったうえでですよ。」

何かを言う前にその口を押さえて耳元で言った。

『遊戯終了』と。


世界が戻っていく。それは、一つの終わりを告げていた。でも大きな問題が残ってしまった。

それは、食料が全く無い事だった。

レイファさん以下を説得して食料の確保を各自に課して、船の周囲からあまり離れず幾つかを取っていた。

僕はと言えば。

船長に貰った物で海に糸を垂らして幾時間。全く取れる気配が無かった。だから背後に佇む人からの熱視線が身体を貫くように痛かった。

どうにか食料をある程度確保して一安心して、船の速度を上げてもらった。

そして、到着するまでに島の概要を聞いてみた。


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