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「とうさま、おひざのうえにのせてくださいませんか……?」


 恥じらったように、けれども期待してキラキラと輝く瞳で、レイアは父親を見上げた。いじらしくも愛らしい一人娘の願いに、若い父親はだらしなくデレデレする顔を隠さず、それを叶えるためにレイアを抱き上げた。


 父親の様子にも気づかずに、レイアはその身を固くしていた。前世では、両親に甘えたことなど遠い記憶のかなたであり、妹と二人になってからは妹を守ることばかりに必死で、年上の人間に甘えるということはなかったからだ。


 それでもまるで本物(?)の幼子のように、膝の上に乗せてもらうことをねだったのは、子供らしさを演出するためではない。レイアの目的は父の机の上にあるものだった。


 ここ数か月、レイアは必死にこの世界のことについて知ろうとしていた。”世界平和”の為にはそれが必要だからだ。

 レイアの見立て通り、もともとこの世界が平和なのか、記憶を取り戻してもその生活は穏やかそのものだった。しかし、一度庭に出させてもらったとき、その庭の広さに愕然とした。――これでは町並みなど、到底見えないじゃないか、と。


 運がいいのか悪いのか、どうやら父親というかこの一家は本当にそれなりの貴族であるらしく、父は若くして(およそ見た目は二十代後半。ちなみに前の世界では男は三十代で初めて子を持つ者が多かった)一族の長として領地を国から賜っているようだった。

 それならば、父親の仕事ぶりから何か得られるものがあるのではないかと、慣れもしないおねだりをしてみたのだった。


 恥ずかしさに赤く染まる頬を見られないように、机に顎を乗せわざと足をぶらぶらさせながら、それとなくそこに広がる書類を見た。そこには何度か見た、けれどもなじみのない文字が広がっていた。母親から読んでもらった絵本に書いてある文字と同じで、前世とは似ても似つかない文字であった。

 しかし、それにひるむことなく、レイアは目に”力”を込めた。それは文字に宿る意思を、視覚情報として読み取る魔法であった。前世ではいろいろな国の機密情報を読むのに重宝したそれは、今でもとても役に立っていた。


 足をぶらぶらさせたまま、一通り目を走らせると、ふむ、と顎を机から離した。書類にはレイアが危惧したものなど一つもなく、農業や商業のものが多く、物騒なものといえば領民のちょっとしたいさかい、はたまた軽犯罪程度であった。


 小さな体でできる限り息を吸いふぅっと吐き出して、レイアは背後の父にもたれかかった。


「ねぇ、とうさま。このせか――いえ、このくにってへいわかしら……」


 できる限り、穏やかな口調で言ったつもりだった。けれども隠せない恐怖、不安が覗いてしまった声色に、レイアは自ずから眉をひそめた。

 その言葉を聞いてきょとんとした父は、一人難しい顔をしている娘にぱちぱちと瞬きをした。けれどもすぐさまその表情は、穏やかな、不安がる幼子を安心させる笑みに変わった。


「そうだなぁ、完全に平和とは言えないかもしれない。けれども、ここ何十年は戦争もないし、大きな事件もない」

「――では、おおぜいのひとが、しあわせをかんじているでしょうか……」

「それは流石にわからないな。ただ、私が今感じているように、幸せだな

、と感じている人が大勢いればいいな、と私は思っているし、その為に努力はしているよ」


 四歳になる子供には少し難しい話ではあろうが、父は濁すことなく真剣にレイアに語った。その優しい口調に、レイアは意図せずジワリと涙がにじむのを感じた。


―――――――――


 ――多感で、繊細な子供だ。うつむいて涙を隠す己の娘の小さな頭をなでながら、男はそう感じていた。

 もともと本ばかり読んで、癇癪も起こさず、物静かな子だと思っていた。四歳の誕生日を迎える少し前に、男の妻が本を読み聞かせている途中で倒れたと聞いて、病弱なのかと心配した。しかし、それを裏切るように、目覚めてからは、娘は活発に屋敷の中を動き回るようになった。


 そして時折、探るような、不安げな目を彼に向けるようになっていた。


 何か、あったのだろうか。そうは思ったが、彼は問い詰めることはしなかった。子に愛情がないわけではない。

 彼は彼なりに信じていたのだ。時折大人びた顔をのぞかせる娘。たとえその理由が未知のものであろうとも、彼にとっては大事な愛しい娘である。聡い子が、いつしか己で答えを見つけるであろうと。

 

 だから、いつか本当に娘がどうにもできず、助けを求めてくるまで、その成長を温かく見守ろうと。


 しかし、いつだって彼は娘に驚かされてばかりであった。

 膝に乗せてくれという要求しかり、先ほどの問いもしかり。

 けれども、この後告げられた更なるおねだりに、彼は柄にもなく酷く驚愕するのだった。




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