それは身震いする程の
泣きすぎて、呼吸困難になって、丸二日寝込んで、ようやく冷静になった子供は、己の状況を整理しようと思案した。
今の名は、レイア・アドナー・ド・ヴァンス。年は今度の春で四歳である。
規模はわからないが、それなりの貴族の長女であリ、父母は健在だが、幼児の頃の記憶があいまいで、祖父母が健在なのかは覚えていない。
この世界は、いわゆる中世ヨーロッパ風の、しかしながらレイアの前世の過去というわけでもない、異世界だということはわかった。
レイアという名を反芻して、ベッドの中で一人笑う。前世の名前とは一音もかぶっていない。けれども確かに三年強生きてきた中で、それはしっかりと耳になじんでいた。
ふとレイアがベッドのふちを見ると、そこには看病疲れの為かベッドサイドにおかれた椅子に座ったままレイアのベッドに突っ伏している母親の姿があった。前世を思い出し、幼児から急激に成長してしまった精神ではとても申し訳ないと感じてしまったレイアは、母親を起こさないように静かにベッドから降り立つ。そして”魔法”で母親を浮かせると、同じく浮かせた掛布団のした――ベッドの上に移動させ、ゆっくりとおろして布団をかけた。
久々だがうまく力を使えたことに安堵したレイアは、そのまま自室を観察するように歩き回る。ベッドの近くには幼児向けのおもちゃが少し乱雑に置かれており、その隣にはのちのために用意されたであろう勉強机のようなものがあった。そしてそのさらに隣には、美しい装飾の施された鏡台がおかれていた。
その前で立ち止まったレイアは、まじまじと己の顔を覗き込む。
「まえ(・・)とあまり、かわらないか」
最後に見た己の姿より流石に幼くなっていたが、記憶を引っ張り出せば前世の幼い頃と寸分たがわぬ顔がそこにはあった。
白金に近い、色素は薄いが癖のないまっすぐな髪。晴天の空を思わせる、濁りのない蒼色の瞳。
前世ではこの容姿は異端であり、目立ったが、父母や数人いる家政婦のような人々を見る限り、この世界ではありふれた色のようだと安心した。
レイアは徐に部屋に一つだけある窓に歩み寄る。それは転落防止の為か、三歳の背丈では外の光景が見えないどころか、短い手では届きすらしなかったので、傍らに合った玩具の箱の上にさらに本を積み上げ、その上に登る。
外には広大で、美しく整えられた庭が広がっていた。普通ならばその光景に見ほれるであろうが、レイアの関心はその窓自体に合った。部屋の雰囲気に合わせた、柔らかなベージュ色の窓枠。同色の縁取りがされた窓をそっと押すと、レイアの予想よりあっけなくそれは外開きに開く。
「なんてこと――」
絶望的な声色とは裏腹に、自嘲的な笑みがこぼれた。窓には豪華な装飾以外、何一つ仕掛けられていなかった。”子供部屋の窓”に”何も仕掛けられていない”。そこからレイアが導き出した答えは一つ。
――――この世界は”平和”だ。
思えばここに生れ落ちてから三年、しっかりとした記憶などないが、まるでぬるま湯につかっているかのような生活だった。
ただ一心に愛情を注いでくれる父母。それをほほえましげに見つめ、時折若き父母の手助けとしてレイアの面倒を見る家人。不愉快に感じることなど、ほとんどなかった。ましてや命の危険なんて――。
「……くらべものにならないくらい、へいわだわ」