目覚め、のちの後悔
「騎士様は最後の力を振り絞って、剣を握り立ち上がりました」
一目で高級だとわかるが、嫌味を感じさせない品のある調度品に囲まれた室内で、年若い女が膝に子供を乗せて絵本を読み聞かせていた。
女と子供はどこか似通った面立ちをしていて、誰が見ても二人は親子だとわかるだろう。しかし、女の方はふんわりとした優しくも華やかな雰囲気を持っていたが、子供は幼児といえる年ながらそれに似合わず鋭利ともいえる鋭い雰囲気をまとっていた。
「がんばって、きしさま!」
けれども口を開けば子供らしい、舌足らずな言葉が飛び出し、女はふふっと笑みをこぼした。
「かあさま、はやくごほんをめくってください」
「はいはい」
愛しいわが子にねだられ、女はゆっくりと絵本をめくる。
そこには幼児向けの絵本にしては少し煌びやかすぎるほどの美しい色彩で、続きが描かれていた。
「美しい姫の為に騎士様は剣を振り上げ、魔王の心臓を貫きました。――そしてようやく世界に平和が訪れたのです」
「やったぁ!」
「けれども、騎士様はすべての力を使い果たし、その場に倒れてしまいます。『騎士様!』と姫は思わず駆け寄ります。すると騎士様は笑ってこう言いました。『貴方を守ることが私の役目、そしてそれは果たされました。これからあなたはきっと幸せになれる』そう言い残し、騎士様は静かに目を閉じてしまいました。姫がどんなに呼びかけても、再びその瞼が開くことはありませんでした」
「そんな――」
子供の顔が青ざめる。それに気づかず、女はページをめくる。そこには気高くも騎士の死を乗り越え、たった一人で立ち上がる姫の姿が描かれていた。しかしすでに、子供には話を読み進める母親の声など聞こえていなかった。
(そんな……だってまもるってひめにちかったのに。だからさきにしんじゃったらいみがないじゃない。そのあとは? ぜったいにひめさまがあんぜんだなんて、そんなほしょうは――)
そして子供は思い出したのだった。己の最大の間違いを。
――そう、守ると誓ったのなら、その最期まで見守らなければならなかったのだ!!
「う……」
「国に戻った姫は魔王が倒されたことによって呪いの解けた王子様と結ばれ、一生幸せに暮らしましたと――」
「うわあああん!!」
「まぁ、どうしたの?!」
大団円に終わったはずなのに、いきなり蜂の巣をつついたように泣き出してしまったわが子を女は困ったように慰める。
けれどもそう簡単に子供をは泣き止むことができなかった。
なにせ、あんなにも満ち足りた死を迎えられたと思っていたのに、それが自分の勘違いだったなんて! とひどく打ちひしがれていた。
しばらくの間子供は泣き止まず、若き母親は途方に暮れるのであった。