望むこと
ひとまずはみんなに認められることをしなくてはいけない。
具体的にはお金を稼げばいいだろうか?でも佐渡の金山が見つかったらそれはあまり意味がない。
「ん~何をしたらいいんだろうか」
何でみんなに認められたいかといえば昨日景虎が言った『何とかしたければ自分でしろ』の言葉に従ってまずは人徳を得ようと考えているからである。
単純に人に慕われたいならその人のためになることをすればいい。俺は国の政に口を出せるからそれを利用すれば一気に民衆からの信頼を勝ち得ることも可能だ。
「とは言ってもな~、もう佐渡の金山のこと言っちゃったしな~」
財政に関しては佐渡の金山で十分すぎるほどの結果が出るはずだ。もし見つからなくても多分財政に関してはすぐにどうとでもできるともう。
なら今考えるべきは治水についてだろう。
越後、治水と考えると真っ先に浮かぶのは直江兼続だろうか。
でも兼次は米沢の方でいろいろとやっているから今はあまり役に立たないと思う。
では何をしたらいいかと考えるとやはり湿地帯を何とかすることだろうか。
上杉氏はこの地についてすぐに治水事業に着手していたようだが越後が米どころとして有名になるのは1920年頃からとかなり遠い未来だったはずだ。
もし今の時代に越後を米どころにできれば・・・。
「でもな~」
そう、越後が米どころになったのは1920年頃、つまり昭和に入ってからだ。
その頃に川の流れを変えたりしていたそうだが、その頃なら機械の力を使える、しかし今の時代にそんなことをしようと思ったらすべて人の力で工事を行わなければならない。大きな石や大量の土砂を運ぶだけでも大変な手間だ、それに人の手で行うのだから当然事故や失敗の可能性は高いだろう。
そんなことを俺が提案してもやってくれるとは思えない、これをやるとしたらそれこそ何かしら手柄を立てて民衆の信頼を得なければいけない。
「でもそうなると金儲けしか~」
結局はそこに戻ってきてしまう。佐渡の金山のことを最初に言ったのは失敗だったかもしれない。
「で、泣き言を言いに来たわけね」
煮詰まった俺は景虎さんの部屋にやってきて景虎さんに頼ってみました。
「だって何をやるにしても民衆からの信頼があってこそだろ? それが無いから短期間で結果の出せる大きな事業もできない、結局のところコツコツとやっていかないとどうにもならないってところに行き着いちゃって・・・お助けください」
深く頭を下げる、景虎がこの程度で動いてくれるとは思えないが。
「いやよ、自分で何とかしなさい」
「だって佐渡のこと言っちゃったから金儲けはもうだめだしさー」
「そんなことないでしょ、お金なんていくらあっても困るものではないし稼げるなら稼げばいいじゃない」
「なら・・・菜種かな~」
俺の考えているのは菜種油と油粕の肥料だ。
菜種油はこのころから一応使われていたらしいが、世に広く出回ったのは江戸時代だったはずだ。
油粕に関しては、17世紀末期以降の江戸時代に特に盛んに用いられたとされている。
どちらも江戸時代に盛んに用いられているから今のうちからたくさん栽培して生産し始めておけば将来的にも有利だし、純粋に菜種のほうがゴマや大豆よりも多くの油がとれるからそれだけでも菜種を栽培する価値はあるだろう。
「菜種ね、それくらいなら構わないわ。すぐにでも育ててみましょうかどこで育てたいの?」
「菜種は水はけのいい畑で育てたいんだけど、どこか心当たりはない?」
「水はけがいいってだけなら探せばいくらでもあるけど・・・そうね、なら川中島の方に植えましょうか」
「何で川中島なんだ」
「武田が嫌がりそうだからよ」
性格悪いなー、まあどこに植えてもこっちは構わないが・・・。
「そのせいで武田と今すぐに戦うことになったらどうする気だよ」
「それこそ望むところよ、むしろそうなるように川中島に植えようかと考えているんだもの」
「景虎、本気でそんなこと考えてるのか」
本気で考えているのだろうか、俺の案を実行してくれるのは嬉しいが、それが元で戦が起こるなんてとんでもない。だが景虎は望んで戦を起こそうとしている。本当なら・・・許せない。
「確かに武田に滅んでほしくはない、それも理由の一つだ。でも、景虎が自ら望んで戦を起こそうとしていることが、俺は許せない」
俺はできる限り目に力を込めて景虎を見る、いや睨み付けた。
「ならどうするの、あなたは私を止めることができるの?」
・・・景虎が威圧感を放ってくる。
怖い、声が出ない・・・このまましゃべらなかったら景虎は間違いなく自分の考えを推し進めてしまうだろう。そうなったら武田との戦は免れない。
何か、何かじゃべらないと。
「・・・ぁ・・・・・ぁ・・・・・・・」
言葉が、俺の口から出ることはなかった。
結局、景虎が言った通りに菜種は川中島に植えられることになった。
景虎が本当に武田との戦を望んでいるのかはわからない。いや、関東管領になれたかもしれないのにその機会を越後のために捨てた景虎がその越後をわざわざ危険にさらすような策をとるとは思えない、きっと何か別の目的があるはずだ。
残念ながら人の上に立ったこともない、まして国一つの運営なんてしたこともない俺には景虎の考えは見えてこない。だから、今は景虎のことを信じるしかない。
景虎と菜種をどこに植えるかを話した翌日、今日は景虎が朝から政務に励むとのことで昼まで好きにしていていいとのお達しだ。
俺としては昨日の今日だから半日とはいえ景虎と顔を合わせずに済むのはちょっと気が楽だった。
そんなわけで今は春日山城の城下町を散策中。
考えてみたらこっちに来てまだ一度も町を見て回ったことはなかった。
こうして町を見てみると本当に今が戦国時代なんだと実感する。
建物は全部木でできているし道はアスファルトで舗装なんてされていない。道行く人々が着ているのは小袖や袴などでTシャツやジーパンなんてものは誰も着ていない。俺も今は小袖を着ている。
そしてもう一つ、今が戦国時代だと実感できることがある。
ザワザワチラチラザワザワチラチラ
えらく視線を感じる、それもそのはずで、今は戦国時代、民たちはもちろん武士たちでさえ今の時代から考えれば栄養不足だったとされているほどの食事事情だったのだ、農民や商人の身長はとっっっっても低い!確か平均身長は145cm程度だったはずだ。そんな中身長180cmを超えていてそれなりに筋肉もついているそれなりにたくましい体つきをしている俺が歩いていたらどうだろうか? ・・・そりゃ怖いよな。
「御侍様」
さっそく変な勘違いをされてしまった、御侍様だって、嫌だなーそこの君、御侍様じゃないよ草履取りだよ。
それにしても小さい、まだ子供だからということもあるがこの子の身長は120cmあるかないかと言う程度だ。
「侍じゃないけど、なにか用かな?」
一応否定はしておこう、何かあってから景虎に泣きつくのも嫌だし。
「御侍様じゃないの?」
「ああ、違うよ」
「じゃあお兄ちゃん! あれ取って!」
そう言って女の子は木に引っ掛かっててる着物を指差す。
「あの着物を取ればいいのかい?」
「うん!」
あの着物は明らかにこの子が着るにしては大きいから親か誰かのだろうか?
いやこの時代だしこの子の服はかなり汚れているから、この子の主の服かもしれない。
「ちょっと待ってな」
まあ実際に誰のかは関係ない、ただ木の上の着物を取るだけだ、俺に何か害があるわけでもない。
着物は家と家の間を通り抜けたひっそりとした俺道に生えたそこそこ大きな木のそこそこ高いところに引っかかっている。確かにこの子がとるのは大変だろう。
「はいどうぞ」
とはいっても俺にはそんなに高いとは思えない、ちょちょいのちょいだ。
「ありがと兄ちゃん!」
うむうむ、いいことをすると気持ちがいい、子どもの笑顔も眩しいほどきれいだ。
いいことはするものだ。
俺が一人そんなことをほのぼのと考えていると落ちがあった。
「兄ちゃん、これ買って!」
おっと、俺の予想の斜め上どころじゃないぞー、「盗人だー」とか「人攫いー」とか言われるかと思いきやまさかの押し売りだった。
「その着物は君のものなのかい?」
焦るな、まだ大丈夫だ、逃げられる。
「誰のものかわからないけど、誰のものかわからないものを拾ったのは私だから私の物!」
笑顔でジャイ〇ンみたいなことを言ってきた。
一瞬交番に届けようとか言いかけたがここに交番なんてあるわけがない、代わりは奉行所とかだろうか? でも落し物を預かったりしているとは思えない、どうすればいいのやら。
「ねえ、買ってよ兄ちゃん、今なら一両でいいから!」
「高いわ!!」
この子は金の勘定とかできるのだろうか? 一両だぞ? この時代でどのくらいかというと我々草履取りの半年分の給金に相当する。
ちなみに現在の金額で言うと30万円ほどだ。
「じゃあ1貫でいいよ!」
一気に下がったなおい⁉
一貫って言ったらだいたい十万くらいだぞ? 一気に六割引きだ⁉
「おい、君はお金の勘定はできるのか?」
さすがに心配だ、買う気はないしそもそもお金なんてまだ持っていないが、服装からして恐らく乞食だろう。
それにしても、こういう手段でしかお金を稼げないような子がこうもお金の勘定ができないのもなんかおかしい気がする。それとも乞食だから金の勘定ができないのか?
「できるよ!1両が一番高くてその次が1貫、そんで最後が1文!」
よくできましたー!
多少は分かっているらしい、しかしこの子は10とか100という数字は分からないらしい。
「悪いが俺はお金を持っていないんだ、他の人に買ってもらいな」
俺はそう言って立ち去ろうと踵を返すが。
「買ってよ・・・お兄ちゃん・・・」
遅かったか、いやまだだ、振り向くな! ためらうな!
「買ってよぉ~・・・」
女の子が俺の脚に縋りつく。
・・・もうだめだ、俺の心はこの女の子を振り払えるほど強くない。
「分かった、買おう。いくらで売ってくれる?」
金は景虎に頼み込んで何とかしてもらうしかない。前借できるか心配だ。
「・・・いくらでもいいよ。出せるだけお願い」
この子も図太いな⁉
「分かった、だが売った後で文句を言うなよ」
「・・・うん!」
女の子は目の端の涙をぬぐって笑顔が戻った。
「というわけで景虎様、自分の給金を少しだけいいので今渡してください」
俺は景虎様に頭を下げる。それはもう深々と、額を畳に擦り付けるなんて当たり前ですよはい。
「あなた、自分の立場は分かってるの?」
景虎は・・・笑顔だ。
そうですよね~、嫌がらせをするのにはまさにうってつけですものね。
「景虎様の草履取りです」
「あっそう、なら駄目ね。
夫だったら頼んでくれさえすればお金なんていくらでも出してあげたのに」
「俺はそう言う取引で夫になったりはしないぞ」
絶対に曲げないことだから土下座したまま即答してしまった、だがこれで景虎に何かされるのは確定だ。
「あなたが何考えてるのかよくわかるわ、でも大丈夫よ、お小遣いなら別に少しくらいあげるから。
それに、佐渡で得た利益はすべてあなたの物として扱うつもりだから気にすることはないわ。
あと、取引も何も10日後に祝言を挙げる約束はもうしてあるじゃない」
「まて、確かに祝言を挙げたいとは言ったが約束はしていない」
勝手に事実を曲げないでほしい。
「あんたの戯言なんて聞きたくないわ、これはもう決まっていることよ。お金ならあげるからさっさと帰りなさい」
「戯言ってなんだよ⁉」
「五月蠅いわね、いいからいくら欲しいのか早く言いなさい」
決して戯言なんかではないしこのまま流していい話でもないが今は外で待たせている女の子のことの方を優先だ。
「祝言の話はまた今度ちゃんとするからな。
お金のことだが具体的にいくら欲しいって言うのはない、実はだな・・・」
俺は外で待たせている女の子の話をした。俺が女の子の頼みを断り切れなかった話を。
「くだらない話ね、だいたい演技だったらどうする気よ」
「いい経験をしたと思って諦める」
景虎があきれたような顔でこっちを見てくる。
「いいわ、私が直接買ってきてあげる。いくらでも文句は言わないってことだから1文で買いたたいてくるわ」
「ひどすぎるだろ⁉ 年端もいかない女の子に何する気だ!」
「何もしないわよ、ただお望み通りに着物を買ってあげるだけよ」
そんなわけで女の子を待たせている城下町までやってきました。
「この着物を買えばいいのね?」
「そうだ」
「兄ちゃん、この姉ちゃんが着物を買ってくれるの?」
何も知らない純真無垢な女の子が問いかけてくる。
「ああそうだ」
「それで、あなたはいくらでその着物を売ってくれるの?」
景虎が優しい顔で女の子に問いかける。その笑顔の裏に何があるのかは分からない。
「いくらでもいいよ! 買ってくれるなら!」
女の子が着物を景虎に差し出す。
景虎もその着物を手に取って品定めする。
「いいわ、この着物を1貫で買ってあげるわ」
・・・え、本当にいいものなの?
「ありがと姉ちゃん!」
そう言って景虎は本当に女の子に1貫を手渡した。
女の子は一度お辞儀をしてから俺たちに背を向けて歩き出す。
「景虎、本当にそんなにいいものなのか?」
「ええ、それなりの物よ」
どうやら本当に1貫位するものだったようだ。
「それよりも、いいの? このまま行かせたらあの子、そのうち死ぬわよ」
「・・・」
わかっている、わかってはいるんだ。
「ここで一人助けてしまうと辞められなくなる。でも俺にはこれから先、出会う人全員を助けるほどの力はない」
前に景虎が言ったのと同じことを言う。
前とは違い、今この子を助けるのなら今後の面倒も見なくてはいけない。少なくともこの子が自立できるようになるまでは。
だから、諦めないといけない。
「あんたは私がさっき言ったこと、もう忘れたの」
「さっき?」
景虎がさっき言ったこと、一体なんだったか。
「あんたにもあるでしょ、力が。佐渡っていう大きな力が」
「はっ!」
文字通りはっとした、そうだ、俺には佐渡の金山がある。そして景虎はそこで得た利益はすべて俺のものとして扱うと言っていた、つまり。
「景虎」
「好きにしなさい」
その言葉を聞いてすぐに、俺はいまだに少し離れたところをゆっくりと歩いている女の子を追いかけながら声をかける。
「おーい!」
女の子が振り返る。
「君、帰る家はあるのかい?」
「お家はないよ、今はおっきな木の下に住んでるの」
どうやら帰る家は無いようだ。
「なら、俺と一緒に来ないか?」
女の子は「どうして?」という顔をする。
理由は単純だ。あの少年は助けられなかった、力もお金もなく、時間的にも間に合わなかった。
「帰る家、無いんだろ?」
でも今は。
「うん」
「なら、一緒に新しい家に行こう」
まだこの子は助けられて、力とお金があるんだ。
女の子の目が少しだけ期待を帯びる。
「新しいお家に住んでいいの?」
「ああ」
だから助けたい。
「食べ物、ある?」
「もちろん」
女の子の目が大きく見開かれた。
「行く!」
女の子が勢いよく俺の脚にしがみついてきた。
自分が考えている戦国時代のお金について
1文≒100円、1貫≒10万円、1両分の「金」≒16.875グラム=2貫600文~3貫150文=26万円~31万5000円
上記のように計算しています