ご趣味は
「えっと・・・ご趣味は?」
「和歌に連歌あと書道を少し・・・」
「・・・」
「ちょっと、何か言いなさいよ!」
「・・・似合わない」
「切って捨てるわよ」
そう言って景虎は刀の柄に手をかける。
茶屋での一件の後俺は景虎の屋敷に招かれた。
正座して向かい合い大事なお話開始。
俺の仕事について聞くと、本当に草履を用意するだけでいいらしい。
草履取りってお目見え以下の身分だから普通に会って話したり、城の中までついていく、まして評定の席についていたのはよかったのか聞くと「私が決めたからいい」とのことです、はい。
もちろんなんやかんや言っても奉公人だから時と場合を考えて、時にはそれ相応の態度をとるようにとのこと。
給金については通常の草履取りと同じ額をくれるらしい。
衣食住は景虎が何とかする、と言うかこの時代ではそれが当たり前らしい。
住み込みで働くメイドとか執事のようなものだろうか。
そして話の終わりに俺が余計なひと言を放つ。
「通い婿ならぬ住み込み婿だな」
その一言に景虎さんは硬直、言ってから恥ずかしくなって俺も硬直。
しばし互いが無言で見つめ合いさっきの会話へつながる。
「だって今日1日見てて景虎の趣味が和歌と書道って・・・なんか信じられない」
「よっぽど殺されたいみたいね」
景虎が刀を抜く
「おい、簡単に抜くな!」
「うっさい! そこでじっとしてなさい、せめて苦しまないように殺してあげるわ」
「だから言っただろ! 互いのことなんて全然わかってないって!」
「それでもよ、あんたが聞いたから答えたのに信じられないって何よ!」
「だって、今だってそうやってすぐに刀抜くんだもの!」
「うっ・・・」
どうやら景虎にも思うところがあったようで、一応刀は納めてくれた。
「じゃあ、あなたから見て私ってどんな風に見えるのよ」
「今のところ、周りの人を困らせるのが大好きなわがまま姫」
「やっぱり切る!」
今度は容赦なく刀を振り下ろしてくる。
わかっていたことなので俺は言い終わる前にバスケで鍛えた筋肉と瞬発力で後ろに飛ぶ。
わかっていても怖かったから全力でとんだ。
刀は・・・俺が今立っている場所の数センチ先の畳に食い込んでいる。
危なかった、全力でとんだのに刀との間が数センチって・・・。
景虎からの2撃目は無いようで、そのまま刀を鞘に戻してくれた。
「おい、今の本気だっただろ」
「あたりまえじゃないの、本当に殺そうと思ってたもの。
それに、あの程度もよけられないようじゃ私の傍では生きていけないわよ」
冗談じゃないんだろうなぁ~。
こんな時代だし、景虎は命を狙われる立場にある。
当然近くにいる俺もついでに消される可能性は高い。
でもそれ以上に今みたいな感じに景虎に殺される可能性の方が高い気がする。
「できれば、そんな危険なところになんか連れて行かないでほしいけどな。
俺には武術の心得なんてないんだから、戦闘になったらすぐに死ぬぞ」
「え、戦えないの?」
「ああ、刀や槍なんて持ったこともない」
景虎が驚いて目を丸くする。
あ、この顔可愛い。
そんな惚気たことを考えていると景虎が笑顔になる。
「それじゃあとりあえずいろいろやってみましょう」
「何を」
「刀とか槍とか、いろいろ使ってみてどれが一番合ってるか試してみましょう。
庭に行くわよ、うちに武器は一通りそろってるから今すぐ試せるわ」
この笑顔は・・・面倒なことを考えているんだろうなぁ。
庭に出たところで景虎は数人の腰元に何やら言いつけて準備をはじめさせた。
俺もそういう仕事をする立場のはずなのだが、やらなくて良いのだろうか?
何かすることがないか景虎に聞こうとするとそれより先に景虎が口を開いた。
「最初はどの武器で殺られたい」
「おい、そこはどの武器を使いたいか聞くところじゃないのか、あと『やる』って言葉を文字にしてみろ」
物騒だ、こいつは本当に俺のことが好きなのだろうか、今のところは可愛いから気にしないでおくが、何をやるにしてももう少し命の危険を減らしてほしい。
「で、どっちがいいの、こっちの刀とこっちの刀!」
おい、目をキラキラさせながらそんなことを言うな!
お前は今訓練じゃなくて試し切りするつもりだろ!
「さっきは武器を選ばせようとしてたのにどうしてもう刀限定なんだよ!
杖とかないのか、もう少し命の危険が少ないやつ」
杖は簡単に言えば、ただの木の棒だ。普通に杖なんかを想像すればいい。太さは数cmで、長さは150cm程度の物が現代でも道場なんかに行ってみると使われている。
杖そのものに寸鉄を帯びることがなくとも、打撃と突きが可能であることから、有効な攻撃手段としてなりうることが立証されている。
「私は仗なんて使ったことないからどうなるか分からないわよ? それに仗は喉を狙うから仗の方が喉突かれると痛いわよ?」
「そうか、刀なら肩とかの峰打ちですむからいくらかましか」
「・・・そ、そうよね。峰打ちだし、死ぬことはないと思うわ」
「おい、今の間はなんだ、まさか素人相手に刃の方でやるつもりだったのか⁉」
「まさか、そんなわけないでしょ」
おかしい、峰打ちの話をしたら喜んでる。
「何で嬉しそうなんだよ」
「だって寸止めじゃなくて峰打ちでいいって言うから」
「俺が悪かった、すまん!
だから寸止めで頼む!」
俺が浅はかだった、景虎が寸止めなんかするはずがない、俺をぼこぼこにして楽しむ気だ! と思っていたが現実の景虎は俺の予想よりもかなり優しかった。
「嫌よ、あなたが自分からいいって言ったんだから、もう峰打ちで決定よ」
やっぱり優しくなんてなかった。
「それで、どの武器を使うの」
さて、どうしたものか。
どうやっても景虎にぼこぼこにされるのは決まっているが、どうせやるならこの先も使う武器を使って少しでも経験を積んでおいた方がいいだろう。
「じゃあ刀で」
「どうして刀にしたの」
「どうせやるならこの先も使う武器を使って少しでも経験を積んでおいた方がいいと思ったし、刀なら景虎に教えてもらえそうだしな」
「さりげなく一緒に居たいって言ってるわね」
「分かってるなら言わないでくれ、恥ずかしい」
このくらいなら恥ずかしくないのか、景虎は。
「分かるわよ、考えていること。
どうせ私が照れるところとか見たかったんでしょう」
やはり俺は浅はかだった。
「でも残念でした、今後剣を習うとしても教えるのは私じゃないわよ」
「やっぱりそうなるのか~」
だよな~。長尾景虎ほどの人が草履取りの剣の練習のために割く時間なんてあるわけないよな。
「まあいいわ、武器も用意できたしさっそく始めましょう」
いや~景虎の顔が笑顔だ。
防御に徹しないと明日は動けなくなるのことは確実なんだけど・・・それでも動けないんだろうな。
でも、そうすると景虎怒るんだろうな~。
「・・・もう・・・だめ」
やはりだめだ、ぼこぼこだ、本当にぼこぼこだ、文字通り体の表面がぼこぼこだ。
何回やったかわからないがとにかくたくさんやった。
にしても景虎め、本当に全部峰打ちしやがった。
これだけ体中土まみれで痣だらけになれば多少は優しくしてくれるかと思っていたがそんなことはない。
俺が何度倒れようと景虎に打たれて苦悶の声を上げようと笑顔で刀を振り下ろしてきた、ええそれはそれは笑顔で・・・はあ。
「楽しかったわ、明日もまたやりたいくらいね」
「俺を殺したいならそう言ってくれ、逃げるから」
冗談はよしてほしい、明日は無理だ、動けない。
でも仕事はしないと追い出される。
思い出せ、昨日までの辛い部活の日々を。昨日までは目的もなくやってきた作業だが、今やっているのは生きるのに必要な仕事だ、頑張れる。
「あら、逃げる元気があるならもう少し続けましょうか」
「・・・じょ」
「冗談じゃないわよ」
二回戦が開始された。
お腹がすいた。
あの後日暮れ時まで景虎にぼこぼこにされた。
最後は本当に立ち上がれなくなってしまった。
景虎が動けなくなった俺を見下ろしながら「抱っこして運んであげましょうか?」なんてこれまた抱きしめたくならない素晴らしい笑顔で言ってきたのできっぱりと断った。
おかげで鍛錬が終わって四半時くらい経ったが今もきれいなあかね色に染まった空を眺めている。
「もう他の家来の人たちは晩御飯を食べ終わっているんだろうな~」
この時代に電気なんてないから夜に明かりをとるには火をおこすしかない、でも下働きの人間がわざわざ火をおこして食事をしているはずがない。つまり俺の晩御飯はすでに片付けられている可能性が非常に高い。
忘れていたが俺はもとの世界では部活が終わって疲れているなかあかね色に染まっている空を見ながら家に向かって歩いていたのだ、向こうでお昼を食べてから厳しい部活の練習ん終えてこっちに来てからは景虎にぼこぼこにされてで12時間程が経過している。
つまり何が言いたいかというと。
「ご飯、食べたい」
「どうぞ」
みんなはおにぎりとおむすびの違いを知っているだろうか?
少なくとも元いた時代ではどちらも同じもののことを指しているらしい。
おにぎりとおむすびの由来はいろいろとあるらしいが、俺は縁起を担いだものでおにぎりは「鬼切り=禍を退ける」おむすびは「お結び=良い縁を結ぶ」から来たという説を信じている。
他にも形の違いとか作り方の違いとかあるようだが俺はさっきの説を信じている。その方が何気なく渡されたときにおにぎりと言われるかおむすびと言われるかだけでいろいろ想像できて楽しそうだからだ。
でだ、目の前に差し出された握り飯はいったいどっちだろう。
俺に握り飯を差し出しているのは可愛い女の子だ、ぜひおむすびであってほしい。
「これは?」
「握り飯ですけど?」
ですよね~、期待しすぎました、すみません。
そもそもおにぎりかおむすびかでそんなに嬉しくなれるとも思えない、俺は馬鹿か。
「立てますか?」
「もう少したったら歩く」
もうすぐあたりは真っ暗になる、そうしたらまだ一度しか行ったことがない屋敷の中の自分の部屋にたどり着けるとは思えない。
でもできるなら布団で眠りたい。
この時代の草履取りならござとかかもしれないけどそれはそれで好きだからよし。
「そんなこと言ってると風邪ひいちゃいますよ」
そういいながら女の子は俺の背中に手をまわして座らせてくれる。
痛い、痛いです。
でも女の子が親切でやってくれているのに傷つけたりケチをつけるなんてやってはいけない。
痣だらけで痛む体を女の子に手伝ってもらって座らせて、そしてそのまま立ち上がる。
「ありがとう、それじゃあ俺は部屋に戻るよ」
俺は気合で痛みをこらえて歩き始める。
「え、握り飯はいらないんですか?」
欲しい、そりゃあ欲しいですとも。
でも体中痛くてその握り飯1つだって持てないんですよ!
「体、そんなに痛むんですか」
「知ってたのか」
わかってるなら言ってほしい、言ってくれればこんなふうに変な見栄を張らずに済んだのに。
「とりあえず一緒に部屋まで行きますよ」
結局女の子の肩を借りながら自分の部屋まで帰ってくる。
ついでに布団を敷いてくれた。
そのまま横になろうとしたけど根性で座るだけにとどめる。
握り飯は食べる!
「自分で食べられますか?」
「大丈夫、いろいろありがとう」
本当に助かった、俺を部屋まで連れてきてくれて、布団まで敷いてくれた、とどめにこの握り飯である。
なんか感動してきた、この子はいい子だ!
そんなふうに感動しつつ握り飯に手を伸ばす。
「じゃあ脱いでください」
手が止まる、脱ぐ? なぜ? Why?
落ちつか落ち着き落ち着く落ち着く落ち着け落ち着け。
ふ~、落ち着いたぜ。
そうだ、薬を塗るとかそんなのだ、期待するんじゃない。
冷静になった俺は分かったっと一言告げてジャージの上を脱いで握り飯に手を伸ばす。
改めてじかに見ると本当に痣だらけだ、体中ぼこぼこしてるし腫れている場所が青くなっていて気持ち悪い。
「これは・・・酷いですね」
「確かに酷くやられたけど、これも俺のためを思ってやってくれたんだと思えば辛くはないよ」
実際には景虎がただ俺をいたぶって楽しんでいたという線も捨てられないが。
「お薬塗るんで。少しの間我慢してくださいね」
俺の背中にヌルっとした感触が、それと女の子の軟らかい手の感触が!
薬を塗ってもらっている背中は痛い、痛いが幸せだ。
かわいい女の子が素手で背中を直接触っている、それだけでも健全な男子高校生には幸せを与えてくれる。
「どうしてこんなになるまで続けたんですか?」
「だって、景虎が稽古つけてくれたんだぜ? それに、明日からはやるにしても景虎以外の人が相手らしいからな」
本音はただ景虎と一緒ににたかっただけだが少しだけ脚色する。
「景虎様のことをお慕いしているのですか」
「なかなか答えにくいことを聞いてくるね」
まだ俺が景虎のことを好きだとは言っていないのにこんなことを聞いてくるのは俺に気があると考えていいのだろうか。
庭で見た彼女は可愛かった、髪は肩にするくらいの長さの黒、身長は俺の胸の下くらいだったから140cm前後と推測、目もくりっとしていて可愛らしい。
小動物のような可愛さだ、例えるならリスかな?
景虎とは違うベクトルの可愛らしさだ。
「それで、どうなのですか?」
「好きだよ」
嘘じゃないからいいよな、うん。
「ですが、聞いた話によると、今日景虎様と初めて会ってそのまま草履取りになったということですが?
それにこの痣を見てると・・・」
「それが景虎の特徴だからね。いいことだよ、景虎みたいに自分に素直なのは魅力と言って差支えないと思う」
「景綱様のことはご存知ですか? 景綱様はいつも景虎様の我儘に振り回されて苦労しています。
今後はあなたが景綱様に変わって景虎様の我儘に振り回されて苦労することになるかもしれませんよ?」
「そこはむしろ我儘を言ってくれたら嬉しいな。
だってそれは景虎が景綱さんみたいな重臣くらいに俺を信用してくれてるってことだからね。
それに、俺は振り回されたりするのは結構好きな方だし」
言っていて思ったが、この先もし俺と景虎が祝言上げたりしたら俺は一生景虎の尻に敷かれる未来が容易に想像できる一言だった。
「景虎には内緒でお願いな、知られたら何命令されるかわかったものじゃない」
振り回されるのが好きとか・・・景虎に聞かれたらまたあの抱きしめたくならない可愛らしい笑顔でいやーな命令されるに違いない。
「・・・」
「そういえば君の名前はなんて言うんだ」
こんなに良くしてもらったのに名前を聞いていなかった。
給金は普通の草履取りと同じ額もらえるらしいからそれで何かお礼をしておきたい。
「景虎よ」
「景と・・・・・かげ・・・カゲ・・・トラ」
振り向くとそこには薬を俺の背中に塗る顔を赤くした景虎がいた。
「どうして、景虎がここに・・・」
「さすがにちょっとやりすぎたかなって思って」
「も、もしかしてさっきから薬を塗ってたのって・・・」
「私よ」
背中が、背中が熱い!
なぜもっと早く気がつかないんだ俺!
てことは何だ、俺はさっきまで好きな女の子に背中を撫でてもらっていたのか⁉
何でもっと早く気付かなかったんだ! 気づいていればもっと幸せをかみしめながら話をしていたのに! ・・・ん?
「えっと・・・景虎さんはいつからここに?」
「俺のためを思ってやってくれたんだと思えば辛くはないよってところから」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
恥ずかしい! つまり俺は本人に対して好きだとか可愛いとか言ってたのか⁉
「五月蠅いわよ。誰か来たらどうするの」
「それはあんまりよくない・・・あ、俺を連れてきた女の子は!」
「声、よく似てるでしょ」
笑顔だ、俺の慌てぶりを見て景虎が余裕を取り戻している、つまるところとっても笑顔だ。
「影武者ってやつですか」
「違うわよ、普通の奉公人よ・・・好きだよ」
気のせいだ、耳元で何か言われた気がしたが気のせいだ。
「景虎みたいに自分に素直なのは魅力、我儘を言ってくれたら嬉しいな」
「やめろー! なんだ、そんなこと言って何が楽しい! 俺をイジメて楽しいのか!」
全部聞かれてた、しかも覚えているとは。
「でもいいじゃない、振り回されるのが好きなんでしょ」
「こんなのは嬉しくもなんともない! ただ恥ずかしいだけだ!」
俺が逃げ出そうとしたら景虎が押さえつけてきた。
「痛い痛い痛い!」
「そうよね、痛いのよね。薬塗ってあげるからじっとしてなさい」
結局上半身だけだか景虎の気がすむまで俺は薬を塗られていた。
好きな女の子に体を撫でまわされて幸せだった。だがその幸せを感じられないほどに痛かった!
「景虎、趣味はなんだ」
景虎はやっぱり抱きしめたくならない笑顔でこう言った。
「嫌がらせよ」