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鬼のおじさんと兎のようじょ  作者: 五十鈴スミレ
鬼のおじさんと兎のしょうじょ
8/12

8.どうしたってうなずけない、その誘惑



 冬、ススメの誕生日が過ぎ。

 ススメは十六歳となり、無事に成人した。

 そして……コクヘキの受難の日々が始まった。


「おじさん、契ろう!」

「断る」


 ソファーの隣に座ったススメの誘いを、バッサリと切る。

 そんなふざけた提案に乗ることができるはずなかった。

 ススメの誕生日が終わって、数日。

 なぜかはわからないが、ススメはコクヘキをくり返し誘惑するようになった。

 契ろう、つがいになろう、結婚しよう、好き、愛してる、おじさんだけ。

 言葉を変えて、日に何度も言われていては、さすがのコクヘキもうんざりしてしまう。


「わたし、もう十六だよ! 成人したんだよ!」

「毎年祝っているから知っている」

「じゃあ、なんで大人扱いしてくれないの!」


 かんしゃくを起こす子どものように、かん高い声を上げる。

 地団駄を踏まない分、大人になったと思うべきなのか。

 コクヘキは読んでいた本に視線を戻す。

 こんな馬鹿げたお遊びに付き合っていられるほど、コクヘキは人ができていない。


「お前は俺の養子だ。契ることはできない」

「わたし、知ってるよ。

 養子になったからって、実の子どもじゃないから契ることはできるって」


 少しの迷いもなく、ススメはそう言った。きっと調べたことがあるのだろう。

 魔界の法では、血を分けた兄弟ですらつがいになれる。

 つがいを選ぶのは、命であり、魂だ。法で縛れるわけがない。

 唯一、つがいとなれないのは、実の親子。なれないのではなく、ありえないとも言える。それがどんな原理なのかは魔王ですらわからないだろう。

 血がつながっているかどうかが重要なため、養父と養子であればたしかに、契りを交わすことは可能だ。

 個人的な感情を抜きにするのなら、の話だが。


「おじさんとわたし、血、つながってない。

 契れるよ、大丈夫」


 なんの問題もないとばかりに言うススメに、コクヘキはため息をつく。

 ここ数日、ため息の回数が増えている自覚はあった。

 娘から求婚を受けて、困らない親などどこにもいないだろう。


「俺はお前とつがいになるつもりはない」

「わたしはおじさんとつがいになりたい!」


 言いながら、ススメはコクヘキの足をまたぐように手を置き、顔を覗き込んできた。

 炎よりも熱く、ルビーよりも赤い瞳と、目が合った。

 真っ正面から来られると、そらせなくなる。

 強いまなざしに逃げ出したくなりながらも、コクヘキは口を開く。


「……だから、それは刷り込みだ」


 孤児院の危機を救った、救世主。

 自分を育ててくれた、唯一信頼できる大人。

 ススメが自分をつがいへと望むのも、わからなくはない。

 けれど、そこに本当に想いは存在しているのだろうか。

 自分を律することもできないほどに激しく強い思慕の情を、ススメはコクヘキに抱いているのだろうか。

 コクヘキには、どうしてもそうは見えなかった。

 ススメがコクヘキを見る瞳は、純粋すぎる。きれいすぎる。愛ゆえの欲をうかがえない。

 雛鳥が親鳥を慕う思いと、どう違うというのだろう。


「そんなの関係ない。

 わたし、おじさんが好きだよ。

 それだけで充分でしょ」


 強い、射るような鋭い言葉。

 究極の感情論は、変に説得力があるからいけない。

 それだけで充分だと、あと三十年若かったら同意できたかもしれない。

 けれど、今のコクヘキにはそう言えるだけの若さはなく。

 大人だからこそ、年を食っているからこそ、見えてきてしまうものもある。


「お前をしあわせにしてくれる奴を選びなさい」


 結局、コクヘキにはそう言うことしかできない。

 こんな年の離れた男を選ばなくとも、ススメにはいくらでも選択肢があるはずだった。

 彼女の交友関係には異性も含まれていたはずだ。

 気の合う仲間が、いつかかけがえのない愛しい人になることもあるだろう。

 こんなにすぐ決めることもないのだ。

 ススメにはまだ、未来がある。無限の可能性がある。

 一線を退いて隠居状態のコクヘキと、ずっと一緒にいる必要はない。


「おじさんがしあわせにしてくれるんじゃなきゃ、ヤダ」

「わがままを言わないでくれ」

「好きな人と契りたいって言うのは、わがまま?」


 赤々とした、澄んだ瞳。

 このまなざしを正面から受け止めることに、戸惑いを覚え始めたのはいつからだったか。

 ススメは変わらない。子どものころから、無垢で無邪気で、己に正直で。

 ならば、変わったのはコクヘキのほうなのだろうか。


「……そうではないが」


 どう言えば納得してもらえるのか、わからない。

 思わず、ため息がこぼれた。


「わたしは、おじさんがいいんだよ。

 おじさん以外はイヤなんだよ」


 切々と、憂いを帯びた声が鼓膜を揺らす。コクヘキの心をも。

 どうしてススメの想いを拒絶しているのか、だんだんわからなくなってきそうだ。

 誰よりも、何よりも大切な少女。

 どんな願いだって、できることなら叶えてやりたい。

 つがいにと望まれているなら、応えてやったらどうだろうか。

 そんな、悪魔のささやきが聞こえてくる。

 ……大切だからこそ、うなずけないのだけれど。


「おじさんは、わたしのこと、きらい?」


 ススメの尊い紅玉のような瞳が、うるみを増す。

 ゆがめられた表情は、泣く寸前に見えた。

 少女の涙は見たくない。

 けれど、望む答えを返すことはできない。

 嫌いなわけがなかった。好きに決まっている。

 ただ、それを言ってしまえば、期待させてしまう。

 想いに応える気がないのなら、返すべき言葉はそれではない。


「……つがいにはなれない。それだけだ」


 ふい、と視線をそらす。

 何も後ろめたいことはないはずなのに、心の奥底まで見透かされてしまいそうで、目を合わせていられなかった。

 鮮やかすぎる赤は、無条件に人に恐怖感を与える色なのかもしれない。

 これまでそんなことは一度も思ったことなどなかったというのに。

 今は、ススメのまっすぐ見つめてくる瞳が、怖い。


「おじさんのわからず屋」


 ぼそり、と憎まれ口を叩かれる。

 わからず屋はどっちだ、と言いたくなるのをこらえた。

 ススメはまだ、子どもだ。

 身体は成人していても、心の大部分は子どものまま。

 無邪気で、純粋で、何も知らない。

 保護者への親愛を恋愛感情と勘違いしていてもおかしくはない。

 つがいは、そう簡単に決めていいものではないのだ。

 大人であるコクヘキは、言葉のまま、受け止めてはいけない。




 信じたいのか、勘違いであってほしいのか。

 自分でもよくわからないままに、コクヘキはススメを拒絶するのだった。







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