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鬼のおじさんと兎のようじょ  作者: 五十鈴スミレ
鬼のおじさんと兎のしょうじょ
7/12

7.うっかり交わしてしまった、その約束



 子どもの成長というものは、早いものだ。

 己の足にすがりついてきた、白くてか弱い小さな兎は、早送りでもしているかのように急速に成長した。

 そろそろ、ススメは十六歳になる。

 十六歳。獣人が成人する年だ。

 鬼族の自分にとっては、まだ子どもだと思える年だが、獣人にとっては一人前。

 成人する前としたあとで、変わることはそう多くはない。魔界の法と人界の法は違う。

 とはいえやはり、大きな区切りであることには変わりないだろう。

 本当に、大きくなったものだ。




「おじさん、見て見て、かわいい?」


 ススメは最近、おしゃれの楽しさを覚えたようだ。

 さらさらの真白い髪をくし削り、ツヤを出し。一部を編んだり、上のほうでまとめたり。

 今日はかわいらしい花の形のピンをつけ、涼しくなってきたこの季節に咲く花のような、薄紅色のワンピースを着ていた。


「ああ、かわいいかわいい」

「ふへへ、褒められた~」


 コクヘキが褒めると、ふにゃり、とススメは無防備な笑みを浮かべる。

 背が伸び、腕も足もすらりとして、顔立ちが大人びてきても、こんなところは変わらない。

 急に育ったススメに、たまにどう接すればいいのかわからなくなるときがあるが、ススメはススメなのだ。

 成人したとしても、コクヘキの大切な娘であることには変わりない。


「どこかに遊びに行くのか?」


 人里からは少し外れたところに居を構えているとはいえ、ススメにも交友関係はある。

 町はそう遠くはないし、三年間学校にも通っていた。

 友人も少なくない人数いるそうで、よく彼女らと遊んでいることは聞いている。

 だから、今日も遊びに行くのだろうと思っていたのだが。

 コクヘキの予想に反し、ススメは首を横に振った。


「ううん、どこにも行かないよ。

 今日は一日おじさんと一緒にいる」

「せっかくかわいい服を着ているのに、もったいないな」


 コクヘキは思ったままを口にした。

 屈託ない笑顔のせいか、落ち着きが足りないせいか。

 年よりも幼く見えがちなススメだが、おしゃれをすると年相応になる。

 黙っていれば成人しているようにも見えるかもしれない。

 いつもこんな装いをしていれば、ススメに懸想する男の一人や二人はいそうだ。


「いいの、目的は果たしたから」


 にっこり、とススメは満足そうに笑った。

 いつもと変わらないかわいらしい笑顔なのに、なんとなく、嫌な予感がした。

 目的とはなんなのだろうか。

 聞けば答えてくれるだろうに、聞くのが怖い。

 本当に、ここ最近、ススメとの関わり方が難しくなっている。


「ねえおじさん。わたし、ほんとにかわいい?」


 もう一度、ススメが尋ねてきた。

 ワンピースの裾を持って、くるりと一回転してみせる。

 ふわりと広がるスカートと、さらりと流れる雪のようにきれいな髪。

 雪の下から顔を出した花のような鮮やかな瞳に、一瞬、金縛りにあったような感覚を覚えた。


「……あ、ああ、かわいいよ」

「ありがとう!」


 奇妙な動揺は、悟られずにすんだと思う。

 歓声を上げるススメに、コクヘキは気づかれないよう小さくため息をつく。

 微妙な年頃の娘というものは、扱いに困る。

 コクヘキに問わずとも、かわいいと褒めてくれる奴はいくらでもいるだろう。

 そろそろ親離れしてもいいころだというのに。

 ススメは相変わらず、コクヘキに一番に懐いている。


「おじさんのツノ~」


 ススメは少し前のめりになり、椅子に座るコクヘキの角に触れようとする。

 数年前までは、ススメは座っているコクヘキよりも背が低かった。

 並んだときの四十センチの差は大きいが、その倍は違ったころのことを思うと、大きくなったなと感慨深くなる。


「こら、やめろ」


 が、無抵抗に触れられるわけにはいかなかった。

 角へと伸ばされたススメの手を優しく払う。

 そのとたん、きゅっと眉根を寄せて泣きそうな顔になるススメに、多少心が痛んだ。


「どうして? ちっちゃいときはさわらせてくれたのに」

「お前もそろそろ成人する。

 子どものころと同じように接することはできない」


 鬼族にとって、角がどんなものなのかは、すでに説明してある。

 魔力の核であり、命と同じくらい大切なものであり、そして性感帯でもある。

 鬼族の角に触れることは、愛の告白と同じこと。角に触れさせることは、愛を受け入れたという意思表示。

 獣人が、特別な人にしか己の耳や尻尾に触れさせないのと、似たようなものだろう。


 今の交友関係には鬼族はいないようだが、これから先、鬼族の男と仲良くなる可能性もあるだろう。

 そんなとき、無邪気に角に触れようとしたら、困るのはススメだ。

 今のうちにきちんと分別をつけておく必要がある。


「それって、大人扱いしてくれるってこと!?」


 ススメは言いながらぐっと顔を近づけてきた。

 勢いに押されるようにして、コクヘキはうなずいた。


「まあ、そうなるか」

「やったぁ!!」


 ピョンと飛び跳ねるススメに、コクヘキはまた、嫌な予感がした。

 喜びを全身で表すように、くるくると回ったり変な踊りを踊ったり。楽しげに跳ねるススメは満面の笑顔で、頬を紅潮させていた。

 かわいらしいその姿に、ざわつく心はいったい何を示しているのか。

 最近、ススメを直視できないことが増えたような気がする。

 親失格だな、と苦々しく思う。


「約束、約束だよ、おじさん。

 成人したら、ちゃんと大人扱いしてね!」

「……ああ」


 念押しするススメに、コクヘキは苦笑しつつ返事をした。

 あまりにもうれしそうににんまりと笑うものだから、深く考えずに承諾してよかったのだろうか、と後悔しそうになる。

 何も問題はない、はずだ。

 いずれ、近いうちにススメは成人する。

 そうなれば、大人扱いするのは当然のことだろう。

 おかしくはない。普通のことだ。

 その、『大人扱い』に、彼女が何を期待しているのかは知らないが。

 子どもだろうと、大人になろうと、ススメがコクヘキのかわいい子どもであることには変わりないのだから。


「早く大人になりたいなぁ!」


 ウキウキ、と少し先の未来に思いを馳せるススメ。

 少女が何を考えているのか、コクヘキにはまったくわからなかった。

 ススメの成人する冬が来るのが、恐ろしいような、待ち遠しいような。

 複雑な思いにとらわれつつも、きっと日々は驚くような速度で過ぎゆくのだろう。




 ただ、少しの嫌な予感を抱いて。

 少女が大人となる日は、もうすぐそこ。







2014/11/28 誤字修正しました

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