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鬼のおじさんと兎のようじょ  作者: 五十鈴スミレ
鬼のおじさんと兎のようじょ
5/12

5.雪のように真白い、その笑顔



「おじさん、おじさん、雪だぁ!」


 ススメが十歳の年を数えた、冬が深まる時節。

 窓の外に顔を出しながら上げられたかわいらしい歓声に、コクヘキは呆れ混じりに感心した。

 初雪がうれしいのはわかるが、寒いのに元気なものだ。

 さすが、子どもは風の子といったところか。


 自分が生まれた季節ということもあるのか、ススメは冬を喜ぶ。

 そうして毎年、雪が降るのを心待ちにしている。

 初めて迎えた冬のある日、外に遊びに行ったと思ったら雪まみれになって帰ってきたススメに、肝を冷やされたことが懐かしく思い出された。


「おじさん、わたし、外行ってくる!」

「ああ、行ってらっしゃい」


 コクヘキが言い終わるよりも先に、ススメは早足でリビングを出ていこうとする。

 それを見送ろうとしたコクヘキだが、ふとあることに気づいた。


「……ちょっと待ちなさい。

 その格好で外に出るつもりか?」


 部屋でくつろいでいたススメは、当然ながら部屋着だった。

 長袖のワンピースに、もこもこの靴下。それにカーディガンだけを羽織って行こうとしたため、呼び止めたのだ。

 振り返ったススメはバツが悪そうな顔をしていた。

 コクヘキが案じたとおり、その格好のままで外に行くつもりだったのだろう。


「だ、だめ?」

「駄目だ。もう少しあたたかい格好をしなければ風邪を引く」

「はぁい」


 ススメはおとなしく従い、部屋にかけてあるコートを手に取る。

 それを着ようとする姿を見て、コクヘキはひらめいた。


「新しく買ったコートがあっただろう。

 あれを着たらどうだ?」


 どんどん身体の育つススメには、毎年服を買ってやらなければならない。

 今年新調したコートは、まだ一度も着ていなかった。

 そちらのほうが、サイズが合っていてあたたかいだろう。

 それに、ピンク色のダッフルコートはススメも気に入っていたから、初雪の喜びがさらに増すだろうと思った。


「!! 持ってくる!」


 瞳を輝かせ、ススメは即座に自室へと向かう。

 少しも待たずに、ピンク色の固まりがリビングに飛び込んでくる。

 コクヘキの目の前までやってきて、くるんと一回転する。

 銀の髪がさらりと広がり、雪が舞い散ったかのようだった。


「おじさん、おじさん、かわいい?」

「ああ、かわいいよ」


 そう返しながら、コクヘキはコートの前のボタンを留めてやる。

 ススメが部屋に戻っている間に用意しておいたマフラーを巻いてやると、うれしそうに赤い瞳が細められた。

 きっとマフラーに隠れた口は弧を描いているのだろう。


「ふへへ、じゃあ行ってくる!」


 手渡した手袋を掲げるようにして、ススメは大きく手を振る。

 リビングから姿が消え、いくらもしないうちに玄関扉を勢いよく閉じる音がして、コクヘキは苦笑する。


「本当に元気だな。

 なあ、そう思うだろう、ユキ」


 カーペットの上で丸まっていたユキに、コクヘキは声をかける。

 もう兎としてはおばあさんといった年齢のユキは、ちらりと一度こちらを見て、すぐに目をつぶってしまった。うたた寝でもするつもりだろうか。

 自分はススメとは違い、ユキの考えていることなど何もわからない。

 けれど、数年も一緒にいると、なんとなく伝わってくるような気はしていた。

 ススメと仲のいいユキは、まるで彼女のことを自分の妹か子どものように思っているようだ。

 一瞬交わった視線には、ススメへの呆れと、愛情がにじみ出ているように、コクヘキには思えた。



  * * * *



 何度か窓の外を覗き、ススメの姿を確認していた。

 仕事をしながら二十分ほどそうしていたコクヘキは、もういいだろうとススメを迎えに外に出た。

 あまり長い時間外にいては風邪を引く。

 まだ幼いススメは、遊びの最中に自制することはできないだろう。

 多少ぐずるかもしれないが、ススメは基本的には素直に言うことを聞いてくれる。

 ちゃんと話せば大丈夫だろう、とコクヘキはススメの姿を探した。

 寒い日は足の関節がギシギシとわずかな痛みを訴える。

 けれど、これしきはススメのためを思えば痛くもかゆくもなかった。


 白い長髪のおかげで雪の白に紛れていたが、ススメはすぐに見つかった。

 こちらに背を向けしゃがみ込んで、何かをしているようだ。

 コクヘキが呼ぶよりも先に、ススメは気配で察したのか振り返った。


「見て、おじさん! 雪うさぎ!」


 そう言って、両手に乗せたそれをコクヘキに見せる。

 濃緑の葉の耳と、赤い実の瞳を持った、兎の形をした雪像。

 褒めて褒めて、とススメの顔が言っていた。

 ゆきうさぎよりも、そのススメの愛らしさに、コクヘキの表情は無意識にほころぶ。


「かわいくできたじゃないか」

「ユキに見せてあげようって思って、がんばって作ったの!」

「そうか、ユキも喜ぶ」


 ぽんぽん、と頭をなでてやった。

 去年までは雪を投げて遊んだり、作っても雪だるまとは呼べない大きな雪玉程度だったのに。

 遊び方が変わったというのは、成長した証でもあるだろう。

 ユキを気遣っているところにも、ススメの成長を感じる。

 子どもは大人も気づかぬ間に育つものらしい。

 ススメの成長への喜ばしさは、目に入ったものによって心配へと変わった。


「……ススメ、手袋は?」


 雪うさぎをススメから受け取り、その手に視線を落とした。

 小さな手は赤くなってしまっていて、凍傷まではしていないだろうが、かじかんでいるのは一目見てわかった。


「えっと、手袋つけたままだと、うまく雪が固まらなくて」


 ポケットから手袋を出しながら、ススメは言い訳を口にする。

 怒られる、と思っているのだろう。

 手袋をつけたままだと雪がまとまりにくいのは当然だ。ススメはまだ握力が低い。

 手の熱で溶けた雪が、周囲の雪に冷やされて氷となり、固まりになる。

 雪で遊ぶことを楽しみにしていたススメに、手袋を外すな、とは言えなかった。

 注意はしなければならないとは思うが、禁止はできない。

 せめて、痛みを感じる前にはやめることと、冷えたらあたためることを教えるだけ。


「貸してごらん」


 コクヘキの言葉に、ススメは手袋を差し出す。


「そっちじゃない、ほら」


 雪うさぎを一度雪面に置き、手袋を持っているススメの手を、コクヘキは両手で包み込む。

 はー、と息を吹きかけてやってから、揉み込むようにして自身の熱をススメへと伝える。

 本当に小さな手だ、と実感してしまう。

 成長したように見えても、やはりススメはまだまだ子どもなのだ。

 気をつけて見ていないと、こうして凍えてしまうほどに。


「こうしていればあたたまるだろう」


 笑いかけると、ススメはきょとんとした顔で見てきた。

 二人ともしゃがんでいるから、身長差が縮まりいつもよりも顔が近い。

 ススメは自分の手とコクヘキの手を見て、ニパッと明るく笑った。


「おじさんの手、おっきー」


 すりすり、とコクヘキの手に頬をすり寄せる。

 その頬すらも冷たくなっていたため、これは風呂に入れたほうがいいな、とコクヘキは苦笑するしかなかった。


「ほら、家に戻るぞ」


 ゆきうさぎを持ってやり、もう片方の手でススメの手を握る。


「うん!」


 曇り空なんて吹き飛ばせそうな朗らかな笑顔で、ススメは返事をした。




 寒い日は足の関節がギシギシとわずかな痛みを訴える。

 けれど、その痛みも忘れるほど、あどけなく、かわいらしいススメの笑み。

 それを見るためなら、コクヘキはなんでもしてやりたくなってしまうのだろう。

 今も、きっと、これからも。







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