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刀と双銃の交奏曲  作者: 赤城宗一
第二章
8/25

二人目

「う……そ……」


 隣でフィアーゼが絞り出すようにつぶやくのが聞こえる。セシリアも全くの同感だった。

 信じられない、というのが正直な感想だ。

 和人と名乗った正体不明の青年の登場、そして和人と竜の激しい戦い。息をのむ空中での対峙。

 何より信じられないのは、壮絶な戦いの末に倒れたのが竜王だったことだ。

 初めはともかく、終盤は竜の圧倒的優位な状況だったはずだ。あの青白い光が竜の火炎と張り合ったのは驚いたが、あの場面も竜が次の一発を放てばそれで終わりだった。和人は跡形もなく消し去られていただろう。

 最後の瞬間――


(あの人はいったい何をしたの?)


 何かを構えた。それは分かる。――いや、それだけしか分からない、といったほうが正確か。

 見えない何かが竜の生命を刈り取ったかのように、あの青い物体を向けられた瞬間、竜は墜落していた。


(いったい、何が……)


 自分の正面2メートルのところに横たわる竜の巨体を見ながら、セシリアが考え込んでいた時――

ドォォォンン!!

 再び地面が震える。何事かと振り向くと、上空にいた和人が下に向かって青白い光を放っていた。その圧倒的破壊力で真下の森を更地に変え、そこに軽やかに着地すると、そのまま滑るようにセシリアとフィアーゼの横まで走ってきた。そして険しい表情のまま、言う。


「まだだよ」

「……え?」


 あわてて青年の視線を追うと、その先にいるのは倒れた竜。


「まだって――?」


 尋ねようとしたセシリアの声が、そこで止まった。なぜなら――


「なんだ……今のは?」


 死んだはずの竜が、そう言った。体を起こすことはできないようだが、その翠の光は、いまだ光を失っていない。


「今ので死なないのか……」


 油断なく構えながらも、呆れたように和人が呟く。セシリアもそれには、全く同意だった。


「これほどの怪我をしたのは久しぶりだ。……いや、初めてかもしれぬな」

「そうかよ」


 和人は短く答えると、青色の物体を構えたまま、竜に歩み寄る。


「どこをつぶせば死ぬ?目か?喉か?」

「いや――」


 地に伏せたままの竜が、答える。


「降参だな。もう敵対の意思はない」

「それを信じろ、と?」

「信じなくとも結構だが、それでどうする?貴様に我は殺せん。だが、我も、貴様と争っても不毛だと悟った。お互い、退き時じゃないのか?」

「……ま、そうだな」


 和人はそう言うと、油断なく目を細めた。


「だが、このまま野放しってわけにもいかない。何か、安心できるものがほしい」

「安心できるもの、か」


 竜は少し考え込むと、やがて言った。


「それならば、我を使い(サーヴァント)にするとよかろう」


「えっ」と、セシリアは声を上げる。

 サーヴァントとは、ひとりのマスターに忠実に仕える配下である。契約を交わせば、その時点で絶対的な力関係が形成される。さらに、マスターとなるものが死んだ場合、サーヴァントも契約の名において塵となる。

 つまり、和人が竜と契約を結んだ場合、和人は最強の竜を使役することができるようになる存在となるわけだ。その力は凄まじく、おそらく大陸中を敵に回せるほどではないだろうか。

 史上最強の男が、今誕生しようとしていた。



「我、契約の名のもとに――」


 和人は先ほど教わった言葉を口に出す。直後、不思議な力がからだ中を駆け巡ったのを感じた。


(……へえ)


 思わず感嘆の声を心中で漏らす。契約やサーヴァントと言った、異世界にありがちなものが存在することで既に驚きだったが、異世界人であるはずの自分にも使えるらしい。

 戦っている時は、思考が目の前の敵を倒すことのみに集中するせいで感じられなかった驚きが、今じわじわと和人の中にしみわたっている。


(異世界、だよな。ここって)


 改めて再確認する。竜がいて、金髪の少女が、流暢な日本語をしゃべり、契約という、魔法的なものが存在する世界。少なくとも元の世界ではないことは確かだ。

 思ったほど衝撃や驚愕がない、と和人は思った。というより、唐突に始まった竜との戦いのせいで驚くタイミングを逃してしまった。


「我、契約に従い、主に仕えること誓う」


 竜がそう答えたところで、契約は終わったようだ。魔法陣のようなものが和人と竜、それぞれの足元に浮かび、その二つが重なって消えた。


「へえ」「これが契約か」


 竜と和人の台詞が重なる。和人が訝しげに、竜を見た。


「知ってたんじゃないのかよ」

「知るわけなかろう。我は自分の名前すら思い出せんのだぞ」

「あー、そういえばさっき、眠りがどうとか言ってたな」


 戦闘中だから流していたけど、と和人が頭をかく。


「で、名前が分かんないなら、俺はお前のことなんて呼べばいいわけ?」

「ベルセリオン」


 竜はそう答えた。


「そこの娘がさっき我にそう言ったぞ」


 和人と竜の視線が、フィアーゼに集まり、やがて離れた。


「ベルセリオン、ね。長いからベルセでいいか?」

「好きにすればよかろう、わが主よ」

「主、ね」


 和人はそう呟くと、「でも」と続ける。


「良かったのか、これで」

「何がだ?」

「いや、さっき契約の仕組みは聞いたけど、ほとんどベルセにはメリットがないぞ?」

「暇つぶしになる」

「……それだけ?」

「それ以外に何がいる」

「ああ、いや。なんでもない」


 和人は疲れたようにそう言うと、セシリアたちの方を振り返った。


「さて、君たちの方は――」

「これが竜か!」


 和人の声を遮るように、大きな声が上がった。少し線の細い男性の声。和人はその聞き覚えのある声に、ゆっくりと振り返った。


「来たのか、木崎さん」


 男性――木崎は白衣のポケットに手を突っ込んだ格好で「あれ?」と首をかしげた。しかし視線は竜から離れない。


「如月さんから、通信で報告なかった?」

「ああ、途中で切れた」

「切れた?」

「ああ、ブチッと。まあ、少し繋がっただけでも、大金星じゃないか。場所が場所だし」

「……ということは、和人君も僕と同じ意見かい?」

「ここは異世界である、か。まあ、それ以外ありえないだろ?竜がいるんだし」

「うん?……まあ、そうだね」


 木崎は少し考え込んだ後、「しかし困ったね」と呟いた。和人が首をかしげる。


「困った?」

「うん、通信できなくなったとすると、本当に困った」


 木崎は険しい表情のまま、ここではじめて和人の顔を見て言った。


「和人くん。僕たちが通ってきた穴は、僕が抜けた直後に消滅してしまったんだ」

「穴……って、ええ!?それじゃどうすんだよ、俺たち。帰れないじゃないか」

「うん、帰れないね」

「どうにかして、あの穴をもう一回開けないのか?」


 和人の問いに、木崎はゆっくりと首を振った。


「無理だね。本当はあの穴を解析してから入らなくちゃいけないのに、和人くんは先に行っちゃうし、僕も『竜』っていうフレーズに、我を忘れて飛び込んじゃったからね」

「う……」


 確かに、あの場面で和人が考えなしに飛び込まなかったら、こんな事態にはならなかったかもしれない。それを控えめに指摘されて、和人は若干の罪悪感を覚えた。

 そんな和人を見ながら、木崎のひとりごとにも似た状況分析は続く。


「可能性としては、日本(あちら)側はまだ穴が開いているかもしれないけど、それも通信ができないんじゃ、連携とって作業できないし。このまま、ここで救援を待つしかないんだけど、僕の仮説が正しかったらそれも現実的じゃない……――――――よし!」


 やがて何か決めたようだ。どこかぼんやりとしていた木崎の目が、ゆっくりと和人に焦点を合わせる。


「和人くん」

「おう」

「僕はこれから、こちらの世界でしばらく生活しようと思う」

「……はあ?」


 と、和人の口から、間の抜けた声が漏れた。


「いや、それでどうするんだよ?」

「うん、このまま待っても救助は来ないと思う」

「その根拠は?」

「僕は、自分の仮説を信じているから――としか、今は言えない。僕も研究者の端くれとして、仮説の段階で人に考えを言うことはできないから」

「なるほど」


 和人は試すように、あるいは測るように木崎を見ていたが、やがて一つ、ため息をついた。そして、両手を上にあげる。

 すなわち、降参のポーズだ。


「分かった、木崎さんを信じるよ。どうせそれぐらいしか、俺には選択の余地はない」

「ありがとう、そう言ってくれると助かるよ」


 木崎は心の底から安堵したように、頬を緩ませた。


「正直、竜なんかがいる世界で生きていける気がしないんだ。僕は戦闘力皆無だからね」

「まあ、そうだな。代わりに俺には、木崎さんほどの頭脳はない。協力しようじゃないか」

「それは願ったり叶ったりだね。――さて、」


 木崎はそこで言葉を切ると、もう一度竜を見た。次いで視線を巡らせ、和人の後ろ、少し離れたところにいる二人の少女たちを見る。

 やがて彼の発した言葉は、先ほど和人が放った言葉と酷似していた。


「で、これってどういう状況?」


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