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刀と双銃の交奏曲  作者: 赤城宗一
第二章
7/25

竜と双銃

最近遅れがちで、申し訳ありません

(さてと……やるか)


 2人の異世界の女性から少し距離を取った和人は、心の中で自らに言い聞かせるように言った。

 突然訳の分からない場所に出てきてしまい、いまいち状況が分からないまま、気付いたら空想上の生き物と思っていた竜と対峙している。

 唐突すぎてパニックになってもおかしくない状況だが、和人は妙に落ち着いていた。

 異世界だということはなんとなく把握している。

自分の右手にある美水神Z(ウンディーネ・ゼータ)の破壊力のすさまじさ故か、もしくはほかに何か要因があったのかは分からないが、自分が飛び込んだ穴が「入口」だったのだろう。

 出てきた瞬間、目の前に女の子と竜の組み合わせがいたのには驚いた。金髪の少女と竜が日本語をしゃべったときは焦った。が、「まあ、異世界だし」と妙に納得している自分がいることに和人は気づいている。

 もちろん平時ならもっと混乱していただろう。しかし、今はこちらを殺す気で狙ってくる敵がいる。

 和人がすべての疑問を棚上げにして冷静さを取り戻すには、それだけで十分だった。

 竜がこちらを睨んでいる。吸い込まれそうなほどに澄んだ翡翠(ひすい)の瞳。和人はひるまず、しかし変に構えるわけでもなく、自然体でその瞳を見つめ返す。

 と――


「フハッ」


 こらえきれない、というように竜が身を震わせた。

 和人が「?」と首をかしげる。それとほぼ同時に竜がこらえていたものを吐き出した。


「フッ、フハハハハハハ!」


 天を裂くような笑い声。

絶対の勝利を確信したような笑いではない。絶望した後に出るものとも少し違う。


「いいぞ、久しぶりに血がたぎってきておる」


 ()き物が落ちたような、晴れ晴れとした声。


「目覚めた時から体が鈍っている気がしてならなかったのだ。長いこと眠っていたおかげで自分の体の使い方が分からない。思い出そうと、小物を追い回したり近くの人間どもを焼いてみたりしたのだが一向に思い出せず、諦めかけていたのだ。それが――」


ぎらぎらと闘志をむき出しにして、竜は和人を睨みつけてくる。


「そうか、そうだったな。我には、このようなこともできたのだったな。」


 その言葉と同時に、竜の体が淡い色に包まれる。

 時間にして数秒。竜の体を包んだ光が風に流れるように消えた。竜の体が再びあらわになる。そこには――


「えっ……」


 思わず声を漏らしたのはセシリアかフィアーゼか。

 後ろから聞こえた声を聴きながら、和人は背筋がゾクリとしたのを感じた。


「さあ、互いに食い潰し合おうぞ、人間」


 そういった竜の体には傷一つ入ってなかった。

 翼も尾もすべて、完璧に修復されていた。


「そんな……」


 後ろからまた声が聞こえる。

 今度は分かった。セシリアと呼ばれていた少女だ。

 およそ荒事に向かなさそうな少女だった。なぜこのような場にいるのだろう。


(まあ、いいか)


 和人は頭に浮かんだ疑念を即座に捨て去った。

 ぞくぞくするものを感じる。

 恐怖――も少しはある。

 畏怖――もなくはない。

 しかし、それらを大きく上回るこの昂揚感。以前、一度だけ父である双玄と本気で勝負した時にも感じた、未知の強さに対する好奇心と、自分の限界を試せることに対する歓喜。


「いいぜ、やろうか」


 音は消えた。色も消えた。

 敵と己。それ以外の情報はいらない。

 合図もなく、前触れもなく――和人と竜は同時に動き、そしてぶつかった。



 武器を駆使する和人と、己の体そのものを武器とする竜。

 当然のごとく、いち早く攻撃を放つことができたのは、竜だった。

 巨大な両翼を使って、大きく羽ばたく。立っていられないほどの突風が吹き荒れ、地面が大きくえぐれた。


「チッ」


 風に煽られた和人がゴロゴロと地面を転がった。その無防備な体に宙を舞った竜が鋭い爪で襲いかかる。

 ガキッ、という音が両者の間で響く。仰向けになった和人が美水神Zを自分の真上に投げ上げ、同時に腰から抜き放った刀で上空から迫る爪を受け止めたのだ。

 しかし、攻撃を受けとめた和人の表情は険しい。

 上からのしかかられるような体勢になっているため、その圧倒的な体重差で押し切られるのは時間の問題なのが目に見えている。


「意外と他愛のないものだな」


 竜が目を細めて言う。すでに勝利を確信しているのだろう。


「ハッ、そう簡単に死んでたまるかよ!」


 そう言うと同時に和人は刀の背を支えていた左手を離した。

 竜の全体重を右手一本で支える。保つのはほんの一瞬。

 そして一瞬で十分だった。


「ぬぅ!」


 竜が大きく目を見開く。

 和人の左手が、先ほど投げ上げた美水神Zを空中で掴んでいた。


「消し飛べ!」


 一瞬の躊躇もなく、銃口から必殺の光を放つ。狙いは腹部。


「グ……オ!」


 唸り声を上げつつ、竜が身をよじる。しかし至近距離の銃弾を避けることは、まず不可能であるといっていい。まして、かわしにくい腹部への攻撃。必殺の攻撃は、同時に必中。

 予想に違わず、青白い光は竜の腹を容赦なく食い破った。


「グアアアアアアアッッ!!!」


 もんどりうって倒れた竜の叫びが青峰山に響く。押しつぶされそうな状況から脱した和人はようやく立ち上がった。


「――っ」


 と同時に顔をしかめる。

 右手に鋭い痛みが走った。どうやら先ほど片腕だけで竜の体重を支えた時に筋を痛めたらしい。


(さすがに無茶だったか……)


 苦々しく自分の右手を見つめる。

 指一本動かせない、というほどではない。しかし動かすたびに激痛が走る程度には重症だった。


(次、似たようなことやったら使いもんにならなくなるな)


 2,3度素振りをして、和人は自分の右手の状況をそう結論付けた。

 それは、自分が劣勢になったということ。そして、戦闘の継続が可能であるということ。

 もちろん和人は、この程度で諦めるつもりはない。


(さしあたって問題は――)


 和人は刀を鞘に戻すと、右手に落としていた視線を正面に戻した。

 そこには、腹の傷をすでに8割がた治癒させた竜がいる。和人は呆れたような声を上げた。


「便利な体してるなぁ……正直どうすれば勝てるのか見当つかないんだけど?」

「ふん、ならば諦めるか?」

「いや、そういうわけにもね……」


 どうしたものか、と頭をかいた和人に竜が少し笑った。


「貴様は人間にしておくには惜しい男だな。胆力もあるし度胸もある。そもそも人間が我と対等に戦えること自体、信じられぬことだ」

「そりゃどうも」


 和人は苦笑いしつつ謝辞を返した。上から目線の言葉には若干腹が立つが、今の状況を見る限り、実力は竜のほうが上だ、と認めざるをえない。

 確かに、負わせた傷の数や程度だけを見比べれば和人の圧勝といってもよい。そして普通の相手であればそれはそのまま実際の戦況にも通ずるものだ。

 しかし今回の相手は普通ではない。

 圧倒的なパワーと空を飛べるというアドバンテージを持ち、さらに受けたダメージを数秒後になかったことにできるという反則じみた能力を持つバケモノなのだ。


(普通にやったんじゃ、勝てないよな……)


 和人は頭をフルに使い、竜に勝てる方法を模索する。

 何かあるはずだ、何か……


「貴様には一応感謝しておるのだ」


 竜は一度しゃべりだして勢いがついたのか、和人に襲い掛かることもせずに喋りはじめた。


「我も随分と眠っておったからな……眠る前の記憶がほとんどない。何やら人間どもにあがめられておったような記憶はおぼろげながらあるのだが、ほかのこと、特に戦いのことに関してはさっぱりだ。雑魚が相手ではこちらが本気を出す前に向こうが壊れてしまう。だが、貴様は違う。我に本気を出させたばかりか、全力の我と対等に渡りあった。おかげでやっと、我も戦い方というものが思い出すことができた」


 獰猛な瞳がギラギラと光る。同時に竜の呼気が熱を帯びてきた。


「礼はこいつで――」


 大きく大きく息を吸い込む竜。

 ただならぬ気配を感じ取った和人が美水神Zを構えるのと、ソレが放たれるのは同時だった。


「――返させてもらう!」


 ドォォン……!!

 背筋が凍った、と思った時には、和人は本能的に横へ飛んで回避していた。

 次の瞬間、一瞬前まで和人がいた場所を巨大な炎球が駆け抜けた。

 ジュウ、という嫌な音と共に、和人の身にまとっていた服の裾が溶けるように焼け落ちた。


「熱ぅ!」


 同時に焼け付くような痛みを感じて悲鳴を上げる。見ると、左足の太ももが赤く腫れあがっている。


(おいおい、冗談だろ……)


 和人が身にまとっている衣服は、日本の研究技術をフルに活用した軍の支給品である。その耐熱性はお墨付きで、最高で3000℃近くまで耐えられる仕様になっている、らしい。

 その服が焼け落ちた、ということは竜の放った炎球は少なくとも3000℃を超えるほどの熱を持っているのだろう。

 左足がやけど程度で済んだのは、とっさの回避が功を奏した結果だろう。直撃していれば――いや、かすった程度でも当たっていれば和人の左足は跡形もなく灰となっていたのは明白だった。


「よそ見していていいのか?」


 竜の声が降ってきた。和人はあわてて空を見上げる。

 和人のちょうど真上でホバリングした竜が、こちらを見下ろしている。次の瞬間、竜の口から炎球が放たれた。


「ぐぅ……!」


 声にならない唸り声を上げながら和人は全身を使って大きくダイブ。とほぼ同時に、炎球が地面に着弾した。


 ド、ドォォン!!


 対戦車用地雷もかくや、というほどの轟音が響き、土砂が宙を舞う。ゴロゴロと転がった和人は、木の根を足場にして跳ねるように立ち上がった。

 焦げ臭い。和人は思わず顔をしかめた。

 見ると、炎球の着弾した付近は地面が深々とえぐれ、漆黒の煙がたなびいている。まさに焼野原だ。

 ちょうどそばにあった二十メートルはあろうかという巨木に背中を預けた和人は乱れた呼吸を整えつつ、なお上空に留まる竜を見上げた。


「フハハハハハ!どうした人間、逃げてばかりではないか。それでは我は倒せぬぞ」


 燃えるような翠の瞳が、残忍な光をともしてこちらを見下ろしている。


(ざっと30メートルか……ちょっと遠い、かな?)


 竜の挑発とも取れる言葉を意識の外に追いやり、和人は冷静に戦況を整理していた。


(もうちょっと……いや、足りるな。こいつを使えば……)


 自分の背後に意識を集中させつつ、和人はゆっくりと腰のホルダーに手を伸ばす。逆転の一手はここに……


「さて、そろそろ覚悟はよいか?」


 空から降ってくる声。その声に対して、和人はにやりと笑って返した。


「ああ、できたぜ……お前を殺す覚悟がな」

「ほざけっ!」


 余裕に満ちた言葉を挑発と受け取ったのか、竜は一声吠えると灼熱の一撃を放ってきた。紅蓮の炎が和人を包み込もうと迫る。


(いまだ!)


 その瞬間、和人は地面をけって高く跳躍した。伸ばした手ですぐ後ろの巨木の枝をつかむと、その勢いのまま駆けるように木を登る。右手が痛んだが構わずに酷使する。


 ドオォォォォンン!!


 今までよりもはるかに近い位置で鳴り響いた着弾音。肌に感じる暑さと焦げ臭さが一気に増す中、和人は巨木のてっぺんにたどり着いた。と同時に――


 ズ、ズズゥゥゥゥン・・・!


 地響きを立てて巨木が根元から倒れはじめた。そのてっぺんに上っていた和人の体は、当然空中に投げ出される。―――――――――――――――――竜の目の前に。

 自らの立ち位置を正確に把握し敵の攻撃をうまく利用した和人の策により、「上から狙い撃てる」という絶対的アドバンテージを一瞬とはいえ覆された竜は、


「――なっ!?」


 と一瞬絶句しかけたが、さすがというべきか対応が早かった。大きく息を吸い込み――炎球を吐き出す。


「がぁっ!」


 羽のない花月には空中で回避行動をすることは不可能な攻撃。実際に和人は避けるそぶりも見せず、ただ右手を素早く突き出した。

 握られた美水神Zの銃口から光がはじける。

 紅蓮の炎と青白い光がぶつかり合い空中で交錯し、相殺した。


(さすが木崎さんの発明品……スペックが予想以上過ぎて笑える)


 もともと「一瞬でも勢いを鈍らせてくれれば」くらいの感覚だった和人は、美水神Zの威力があのバケモノの放つ炎球とほぼ同等であったことに驚愕していた。そして、驚きつつも次の行動をすでに起こしていた。

 手品のような速度で腰のホルスターからもう一丁の銃を抜く。ここからは時間が勝負だ。

美水神X(ウンディーネ・イクス)。美水神Zに比べると地味な印象が目立つ銃だが、ZにはなくXにはあるものが存在する。


「ぐぅ……!?」


 突然うめき声をあげた竜がぐらりと巨体を傾げた。驚きに目を見開いたまま、ゆっくりと墜落する。眼前にはにやりと笑った和人の顔。

 美水神Xの特徴。それは従来の拳銃から銃声をなくしたために、放ったタイミングが全くつかめないということ。

 生体急所の一つである眉間を正確に打ち抜かれた竜は、自分の身に起きた現象を全く理解できないまま、派手な音とも地に墜ちた。


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