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刀と双銃の交奏曲  作者: 赤城宗一
第二章
6/25

遭遇 2

 がちがちと何か固いものが高速で打ち鳴らされるような音が聞こえる。セシリアはようやく、その音の正体が自分の歯が恐怖で震えて、激しく打ち鳴らされている音なのだと気付いた。

 突如として背後から飛んできた、非物体的な何か。それに()てられて、セシリアは先ほどから指一本動かすこともできずに、へたり込んでいた。

 そんなセシリアの耳に、落ち着き払った声が響いた。


「いま、目の前に蒼い竜がいる」


 口元に直方体の物体を近づけそう言ったのは、正体不明の黒い穴から現れた正体不明の青年だ。

 しかしこの青年、いったい何者なのだろう――いや、それ以前に何をしているのだろう。あれでは、鉄の塊に話しかけている危ない人にしか見えない。それとも本当に危ない人なのだろうか。

 今更のように、セシリアは青年をいぶかしげな目で見つめたその時――


「はぁ!?何言ってんの、こんな時に!?あんた馬鹿じゃないの!?」

「!?!?!?」


 突然響いた女性の罵声に、セシリアの体がビクッとはねた。


(……だれ!?)


 当然ながらセシリアの声ではない。かといって、フィアーゼの声色にも似ていない声。

 この場にいるのはその2人を除けば、竜と目の前の奇妙な青年しかいないはずだ。女はセシリアとフィアーゼしかいない。とすると、今の声は――?


「いや、冗談じゃないって」


 青年が謎の声にこたえるように苦笑いでいう。その視線は、相変わらず手元の直方体の鉄の塊に向けられている。


(まさか……)


 自分の頭に浮かんだ考えをセシリアはあわてて打ち消した――いや、打ち消そうとした。


「そんな冗談、信じられないに決まってるでしょ!」

「気持ちはわかるけどさ……」


 また同じ声。そしてそれにこたえる青年。今度こそ聞き違えようがない。セシリアは確信した。


(さっきの声は、あの鉄の塊から聞こえる……!)


 驚愕したセシリアの前で、青年と鉄の塊との会話は続いている。


「あんたが室長レベルの馬鹿発言するなんてね……ちょっとショックかも」

「言いたいことは色々あるけど、とりあえずその発言は木崎さんがかわいそうだろ」

「ふん、いいのよ。馬鹿室長なんだから――って室長!?」

「どうした?泣いたか?」

「室長が穴に――って、えぇ~!?」

「どうした?」

「大変、和人!穴が――」


ブチっ、という嫌な音で女の声が途切れた。


「おい、愛美?おーい……あちゃあ、通信切れちゃったよ。何があったんだか」


 青年はしばらく未練がましそうに手元を見つめていたが、やがてため息を一つついて鉄の塊を放った。鉄の塊は緩やかな放物線を描いて、すぐ傍のせせらぎに着水。ぽちゃんという間抜けな音を立てる。


「それで、だ」


 その音の余韻を聞きつつ、思わずぼうっとしていたセシリアに青年が視線を合わせてきた。


「これ、どういう状況?」

「あ、えっと……」


あまりに緊張感のない声に、セシリアは素で答えそうになり――止まった。


「?……どうかした?」


 突然黙りこくったセシリアに青年が話しかけてくる。しかしセシリアには、それにこたえる余裕はなかった。

 今の状況。そう青年に言われて、セシリアは自分が――自分たちが置かれている現状を思い出したのだ。今更のように、嫌な汗がじっとりと背中を這った。


「貴様か、と聞いたのだが?」


 再び声がした。

 明確な怒りをはらんだ竜の声。

 自分に向けられたわけではない。それでも、その声が鼓膜を震わせるだけで、セシリアは動けなくなる。何も考えられなくなってしまう。

 しかし――


「あー、悪いんだけどさ……」


 しかし強烈な威圧感を向けられているはずの青年は、驚くべきことに全く動じた様子はない。ゆっくりと視線をセシリアから竜に移しながら、ごく自然な、涼しい声で言う。


「俺、状況がいまいち分かってないんだ。だからお前の質問の意味が分からない」


 見つめられたら正気ではいられなくなるのではないか、と思わせるほどに強烈な視線を真っ向から青年は受け止める。そして、口を開く。


「喋れるんなら、説明してくれないかな?そんなに威嚇しないで、さ」


 世界が塗り替わった。そう、セシリアは感じた。

 竜から放たれていた圧倒的な威圧感が嘘のように霧散した。

 それに代わるように青年の存在感が、場を支配する。

 竜のそれのような圧倒的なものではない。どちらかといえば穏やかな存在感。決して人を恐怖させる類のものではない。

 しかし感じる。青年から、圧倒的な何かを。セシリアは呆然と、目の前に立つ青年の横顔を見上げた。


(この人は、違う……!)


 それは恐怖でなく畏怖。絶対的な違いを微笑みで悟らされるような、そんな感覚。


「確かに強烈な闘気だったけど、その程度ならうちの親父以下だな」


 驕るわけでもなく飄々と青年は言う。

 爽やかな表情を崩すことなく、言い放つ。


「さて、聞こうか」


 青年の放つものの色が、変わった。


「俺が、なんだって?」


 問いに対する答えはなかった。


 グオォォォォォォォォン……!


 響いたのは咆哮。大気をびりびりと震わせた竜が、次の瞬間動いた。

 その巨体からは想像できない速さで走る。大量の砂埃を上げながら駆ける竜の鋭利な爪と牙が青年に迫る。食事であるセシリアには当たらない、それでいて青年が左右に回避できないような、絶妙な攻撃。


(危ない!)


 しかし、青年は残像が生じるほどの速度で身をかがめ、竜の一撃をかわしきった。勢い余った竜が青年とセシリアに背を向ける形となる。

 青年がにやりと笑った。と同時に、竜に向かって駆け出す――否、駆け出そうとした。


「ふん!」


 竜が体を大きくねじった。それに連動して、鞭のようにしなった強靭な竜の尾が横なぎに迫る。

 青年と――セシリアに。


「ちっ」


をかがめた青年は、尾の攻撃範囲内で呆然とへたり込んでいるセシリアを見て軽く舌打ち。体を尾とセシリアの間に滑り込ませると、迷うことなく右手を突き出した。


「なっ――!」


 にをするの、というセシリアの台詞は放たれなかった。

 放つ前に竜の尾はふたりの元に到達していた。そしてセシリアが疑問の声を放つより早く、その答えが目の前にあった。

 音はなかった。光はあった。

 うなり、迫る尾にひるむ様子もなく青年が右手に握ったL字型の鉄の塊の一部を、慣れた動作で引いた。と同時に、青白い光がL字型の鉄の塊の先端から放たれ、まさに青年の顔面を捉えようとしていた竜の尾と交差した。

 起こったことはたったそれだけ。

 しかし、それが起こした変化は壮絶なものだった。


「うっ……?がアァァァァァァぁ!?!?!?」


驚愕と苦痛の綯い交ぜになった叫び声を上げたのは竜。そのしなやか且つ強靭な尾が、光の走り抜けた部分だけきれいに消滅していた。


(これは……あの光……!)


 痛みにのた打ち回る竜見ている青年の背中を、セシリアは見上げた。

 今この青年が放った青白い光は、間違いなくあの時、竜の翼を打ち抜いたものと同一のものだった。

 魔法なのか、それとも違う何かなのかは分からないが、青年の持つ青色の鉄の塊はあの光を打ち出すための道具らしい。

 青年の背中をじっと見つめたままセシリアが考え込んでいると、くるりと青年が振り向いた。何も握られていない左手が、すっと差し出される。


「立てる?」


 セシリアは最初、それが自分に向けられた言葉だと気付かなかった。ぼうっと目の前に差しのべられた青年の手を眺める。


「えーと……?」


 青年の困ったような声で、セシリアはようやく目の前にある手の意味を理解した。


「あ、えと……あのっ……」


 聞きたいこと、言いたいことがありすぎてセシリアはしどろもどろになりながら、立ち上がろうとした、が――


「――あっ……」


 膝に力が入らずへたり込む。どうやら腰が抜けてしまったらしい。なんだか自分が情けなくなり、セシリアは顔を赤くしてうなだれた。


「うーん……立てないか」


 頭の上から苦笑交じりの青年の声が降ってくる。と、次の瞬間、ひざ下と背中にするりと腕が滑り込んできた。そして体を倒したまま、一気に青年の胸元に引き上げられる。いわゆるお姫様抱っこというものだ。


「えっ、……きゃあ!」


 セシリアは正真正銘のお姫様だが、お姫様抱っこをされるのは初めてだ。突然触れられたことに戸惑いの声を上げ、急に体が引き上げられたことに驚き、悲鳴に近い声を上げた。と同時に、反射的に手近にあったものにすがりつく。


「ごめん。驚かせたかな?」


手近なもの――青年の首にしがみついたセシリアの耳元で、青年の声がする。


「ここは危険だから、少し離れてもらおうと思ってね。あそこにいる女の子のところに運ぶだけだから、それまで我慢してね」


 青年は優しくそういうと、ゆっくりと進み始める。足元は山道で決して平らな場所ではないのだが、青年に抱えられたセシリアの体は少しも揺れることがない。セシリアは赤い顔で目の前にある青年の顔をぼうっと見ていた。

 整っている顔立ち、ではないだろうか。

 薄い唇。形のいい、すらりとした鼻筋。黒髪と形のいい眉。双眸は――


「……?」


 何か違和感を覚えた。無視しえない何かがあったような――


「到着」


 食い入るように青年の顔を見つめていたセシリアを青年はゆっくりとおろした。すっとその顔が遠ざかる。


「あっ……」

「セシリアッ!」


 違和感の正体を明らかにしようとしたセシリアだったが、声を上げる前にフィアーゼに飛びつかれた。


「よかった……セシリアが死んじゃうんじゃないかと思って……」

「フ、フィア……大丈夫だから……ね?」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら泣きじゃくるフィアーゼを優しくなだめるセシリア。青年はそんな2人をしばらく遠目に眺めていたが、やがてくるりと背を向けた。

 見据える先は、痛みを引きずりつつも立ち上がろうとしている竜。


「ち、ちょっと待って」


 そんな青年の背中に、ようやく涙が収まったフィアーゼが声をかけた。


「行くの?」

「ん?ああ、行くよ」


 全く変わらない優しい声音で青年はこともなげに言った。当然とでもいうかのように。


「じ、じゃあ私も……」

「ダメだ」


 この遠征に参加したことに対する責任感からか、それとも騎士の誇りからか立ち上がろうとしたフィアーゼを青年の声が遮った。やはり優しい声音。それでも今度は有無を言わせない響きが混じっている。


「し、しかし……」


 なおも立ち上がろうとするフィアーゼ。

 青年はひとつため息をつくと、左手を無造作にフィアーゼへ伸ばす。そして人差し指で、フィアーゼの額をついた。


「あっ……」


 すでに体に限界がきていたのだろう。額から伝わるやわらかい圧力にすら耐えられず、フィアーゼはまた、すとんと尻餅をつく。


「そんな状態で来られても、足手まといになるだけだよ」


 青年は苦笑交じりにそういうと、もう一度竜のほうに顔を向けながら「でも――」と続ける。


「その志に敬意を表すよ。君の名前は?」


 やはり優しい声音。セシリアはそんな少年の立ち姿を見上げた。ああ、と思う。


(この人は、私やフィアを守ってくれるだけじゃなく、フィアの騎士としての誇りも守ろうとしてくれているんだ……)


 フィアーゼも同じことを思ったのだろう。唐突とも思える質問に、少し申し訳なさそうにではあるが、答えた。


「マ,マクミリアン・フィアーゼだ。援助、感謝する」

「フィアーゼ……それで“フィア”か。よろしく」


 青年は気さくに返すと、「じゃ、行きますか」とつぶやいた。同時に雰囲気がガラリと変わる。この禍々しい空気を纏ったほうが素なのか、仮面なのか。

 素顔がどちらなのかは定かではないが、青年は今、セシリアたちに見せていた優しい顔を捨て、戦場に立つ者特有の、命を奪うことになれた者特有の空気を持っていた。


「ま、待ってくれ!」


 青年の後ろ姿から漂ってくる雰囲気にのまれて呼吸することも忘れていたセシリアは、横から聞こえたフィアーゼの声でようやく我に返った。同時にゴホゴホと咳き込む。

 騎士という役目上、命のやり取りをしたことのある者と話したことが比較的多いフィアーゼは、そんなセシリアの背中を撫でつつ、臨戦態勢のまま意識だけをこちらに向けている青年に尋ねた。


「あなたの、名前は?」


 騎士が自らよりも実力のある者に対して名を尋ねるときは、もっと堅苦しい作法やらなんやらがあるのだが、今は緊急時だ。

 青年はそんなフィアーゼに合わせたのか、短く端的に答えた。


「百地和人」


 そういって、青年――和人は少し笑った。


「お互い、覚えても意味ないかもな。どうせ住む世界の違う者同士だ」


 独り言のようにつぶやく。

 こちらに背を向けている和人がどのような表情をしているのかは、セシリアにもフィアーゼにも分からなかった。


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