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刀と双銃の交奏曲  作者: 赤城宗一
第二章
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遭遇

 これで何度目だろう?

 弾き飛ばされて気を失っていたフィアーゼは、朦朧(もうろう)とした意識のまま、フラフラと立ち上がった。

 体中が悲鳴を上げている。足取りはおぼつかないし、剣を握っている手の感覚はとうの昔に無くなっている。骨も何本か折れているはずだ。

 軽いことがとりえのレイピアも、今は重く感じる。

 自分が何をしたくて戦っているのか、フィアーゼ自身にも分からなかった。

 あの強大な竜に立ち向かったところで勝てるはずがないことはもうわかっている。三十人近くいた名のある武芸者たちも大半は倒れ、残りの数人も姿が見えない。竜のあまりの強さに恐れをなして逃げたか、あるいは――跡形もなく消し去られたか。

 遭遇からわずか五分。「竜討伐隊」は完全に壊滅。今なお戦場に立つのは正規に選ばれたメンバーではないフィアーゼ1人だ。


「ふん……まだ来るか」


 竜の声が響いてくる。答える気力もなく、フィアーゼは体を引きずるようにして竜のいる方向に進み始めた。


(そろそろ……限界かな……)


 そう他人事のように思う。

 体の耐久値はとっくに限界を超えている。気力と根性で何とか立ち上がってきたが、それももう通じないだろう。

 気がかりなのは、置き去りにしてきたお人好しなお姫様のこと。自分がこの場所に立っている理由でもある親友のことだ。

 今のフィアーゼには、首をめぐらせてセシリアの様子を見る余裕はない。


(どうか……逃げていて)


 顔を上げることさえままならず、ふらつく足を抑えつつ進む。

 頭上から竜のいままでよりもひときわ大きな咆哮が聞こえてくるが、構ってはいられない。フィアーゼは全身を使うようにして眼前の竜に剣を叩きつけた。


キイィィィィィン……


甲高い音と共に、剣は竜の硬い(うろこ)に弾かれた。握力を失っていた手から剣がすっぽ抜けて飛んでいくのが見える。

 反動を抑えきれずにフィアーゼは尻餅をついて、そこで初めて異変に気付いた。

 今まで幾度も竜に打ち掛かったが、1度の例外もなく剣が届く間合いに入る前に弾き飛ばされていた。それはフィアーゼだけでなく、ほかの武芸者たちもそうだったはずだ。

 それが今、間合いの内側に入り込むことができただけではなく、攻撃を当てることができた。先ほどまでより格段に動きが鈍っているのに、だ。


(なにが……?)


 ゆっくりと顔を上げたフィアーゼの目に、予想だにしない光景が飛び込んだ。

 ほんの少し前までフィアーゼたちの前に、最強にして最凶の存在として君臨していた竜。その絶望的な力を誇示するかのような翼-----その片翼に巨大な貫通穴が空いていた。

 先ほど聞こえた竜の咆哮。あれは威嚇でも、まして勝利の雄たけびなどではなかったのだ、とフィアーゼは気付いた。あれは竜王の放った苦痛の叫びだったのだ、と。


(誰が……こんなこと……?)


 竜の翠の双眸が燃えるような怒りをたたえて、まっすぐ何かを睨みつけている。フィアーゼはつられるように、その視線の先を見た。


「セシリア……?」


 血の味がする口をゆっくりと動かして、フィアーゼは目に映った人物の名を呼んだ。

 竜の瞳は、間違いなくセシリアを映していた。あの翼の傷は、彼女が負わせたものなのだろうか。


(いや……違う)


 フィアーゼは自分の頭に浮かんだ考えを、即座に否定した。

セシリアはこちらに背を向けて、呆けたように宙の一点を見つめている。その線が細い後ろ姿は、とてもあの竜に傷を与えた者のものには見えない。


(じゃあ、だれが……?)


 戸惑いつつも、無意識にセシリアの見つめる先に目をやったフィアーゼは、はっと息をのんだ。

 穴がある。

 どこに、という問いに対する答えは出てこない。

 世界に、空間に、その座標に――言葉で表すことのできない何かに、ぽっかりと穴が空いていた。

 例えるなら……そう、舞台のようだ。

 絶大な力を持った竜王に騎士たちは敗れ、可憐な姫君は為す術もなく生贄となる。そんな劇の舞台を壊すように、舞台のセットそのものをこわしてしまうように……。

 フィアーゼにはあの黒々とした穴があってはならないような存在――そんな風に見えた。

 セシリアと同じく呆けたように穴を見つめていたフィアーゼは、次の瞬間「……えっ?」と声を上げた。

 空間に空いた異質な穴から、1人の青年が現れたからだ。


 奇妙な青年だった。

 帯刀はしているようだが、装備は軽装――というより、平服だ。

 髪の色はつややかな黒。太陽を後背から浴びるように立っているためか、その表情は影になっていてよく分からない。

 得体のしれない穴の出現に続く、得体のしれない青年の出現。フィアーゼやセシリアはおろか竜までもが呆然としている中、視線の集中砲火を受けている青年が動いた。

 左手をおもむろに口元に寄せる。その手に握られているのは長方形の――


(鉄の塊?)


 そうとしか形容しようのない物体だった。つるりとしたものではないようだが、フィアーゼの位置からは正確な形はわからない。

 よく見ると、青年の右手にはこれまた奇妙なものが握られていた。

 形は、はるか昔にマケス大陸で用いられていた二十六聖字の一つ、Lに似ている。色は青。それもセシリアたちの瞳のように蒼穹の青という感じではなく、濃い、塗りつぶした空のような青色だ。

 見たこともなければ使い方もわからない。そもそも何かの道具なのかさえも不明だ。

 見るからに謎だらけの青年の登場にフィアーゼもセシリアも、今の自分たちの状況も忘れて見入っていた。

 と、その意識の間隙を突くように、声が響いた。


「貴様か……?」


 ぞくり、と。体験したことのない感覚がフィアーゼの体を突き抜けた。なにか――すごく嫌なものが背中を走り抜けるような、そんな感覚。

 分かっている。発生源はフィアーゼのすぐ傍。傷を負ってなお圧倒的な力を持った竜が放つ、威圧感だ。


(でも……こんな……)


 竜の怒りに燃える目線も、強烈な威圧感も青年に向けられていることは明らかだ。今の竜の瞳にはフィアーゼもセシリアも、周囲の草木と同じく風景の一部としてしか映っていないだろう。

 そうと分かっていても、それでも感じる。先ほどまでとは桁違いの迫力は、フィアーゼや歴戦の武芸者たちの死闘が、この竜王にとっては遊びでしかなかったことを表している。

 そして同時に、呼び出してはならない本気を呼び出させてしまったことも。

 フィアーゼは尻餅をついた状態で、金縛りにあったように固まっていた


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