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刀と双銃の交奏曲  作者: 赤城宗一
第一章   
4/25

日本 2     そして交錯

「テスターワンより、観測室へ」


 やけに声の響く部屋だな、と思いながら和人は口元のマイクに呼びかけた。


『なんだい、和人くん』


 そのマイクと繋がったヘッドフォンから、木崎の声が聞こえてくる。


「あれ?木崎さんにそう呼ばれると、すっごい違和感あるんだけど」

『いや、如月君も名前で呼んでるから、僕もそうしようかなと思って。ダメかな?』

「別に……興味ない」

『じゃあ僕のことも名前で――』

「断る」

『……』


 和人はやれやれと首を振った。これ以上話していると、本題を聞けずじまいになりそうだ。

 和人はさっさと本題に入ることにした。


「で、木崎さん。本当にこれ、そんな威力あるのかよ」

『当然だよ。そうじゃなきゃ、調整ミスがあったといわざるを得ない』


 木崎の即答に、和人は「ふうん」と、腰のホルスターに収まっている二丁の拳銃を眺めた。



「簡単に言えば、水鉄砲だね」

「……は?」


 数十分前、和人は耳を疑う、という言葉の意味を初めて体感した。


「今何て言った?」

「だから、その箱の中に入っている二丁の銃は、カテゴリ的には拳銃よりも水鉄砲に近い、って言ったんだよ」

「……帰る」


 言うや否や、和人はくるりと出口の方へ踵を返した。玩具の実演に付き合うつもりはなかった。


「ち、ちょっと待ってよ。百地くん」


 木崎があわてて和人を引き留める。和人は不機嫌さをむき出しにして、木崎を睨みつけた。

 和人の目にひるみつつ、木崎は言う。


「いやいや、そんじょそこらの水鉄砲と一緒にしてもらっちゃ困るよ。なんと――」

「通販なら余所でやってくれ」

「いやいやいや、本気ですごいんだって。人を殺せるんだよ」


 和人の足がぴたりと止まった。


「……今、なんて?」


 木崎は和人の反応を見て、満足そうにうなずいた。


「人を殺せるほどの威力があるんだよ。火薬を使わないから無音だし、速度によって水を高める様式だから、射出時の反動はそれこそ市販の水鉄砲と変わらない。欠点と言えば、やたらハイスペックなせいで、量産することができないことかな」


 どうだ、と言わんばかりの木崎に、和人は呆然としていた。


(そんな常識はずれの武器があっていいのか……)


 飄々とした様子の木崎の顔を、和人は穴が空くほど見つめた。


(忘れていた)


 そう思う。木崎という男は、科学という学問そのものに愛された男なのだ。


「しかも、それだけじゃあないんだよ~」


 愛美がそういって、和人の頭をポンポン叩く。

 天才技術者、と呼ばれるこの機械好きの幼馴染も、この常識を逸脱した武器の開発にかかわったのだろう。


「どう、和人。テストしてみない?」


 愛美のいたずらっぽい笑みに、和人も似たような笑みを返した。


「その武器の名前は?」

美水神X(ウンディーネ イクス)美水神Z(ウンディーネ ゼータ)


 和人の問いに木崎が答えた。愛美が箱を差し出してくる。


「どうぞ、和人。零隊専用の、いや和人専用の装備、『第三研究室』の最高傑作を」


 和人は彼にしては珍しく、恭しくその箱を受け取ったのだった。



「前から思ってたんだけどさ――」


 テストの準備が整うまでの間、やることがなくなった和人は、暇つぶしがてら木崎に言った。


「このテストルーム、広すぎるだろ」


 半球型のドームのような形状をしたこのテストルームは、半径一・三キロメートルに及ぶ代物である。

 その巨大な建造物が、研究所敷地内に収まっている。和人はこのテストルームに来るたびに、この場所を作った、当時の日本政府の必死さが伝わってくるような気がした。


『こちら、観測室。テストの準備が整いました。どうぞ』


 左手に持ったトランシーバーから、愛美の声が聞こえてきた。和人は愛美と同じく、公式の口調に改める。


「こちらテスターワン。テストを開始する。」

『了解です。まずは美水神Xの準備をお願いします』


 テストが開始されれば、科学者は分析に徹する。当然、通信を交わすのは愛美となる。


「了解――準備完了。問題なし。どうぞ」

『的、展開します――カウントダウン二十秒前です。的の数は二十、順次作動します。すべて打ち抜いてください。――五、四、三、二、一、開始』


 声と同時に地面から的が起き上がる。和人は迷わず引き金を引いた。

 反動はない。音もなかった。

 木製の的が撃ち抜かれた音だけが、間抜けに響く。あまりのあっけなさに、和人は少し拍子抜けした。

 しかしその余裕も長くは続かない。驚くべきスピードで、次々と的が起き上がったのだ。


「う……お……っ」


 あわてて和人は照準を合わせ始めた。

 銃声がない分、試技そのものに派手さはない。しかし、弾は的の中央部にすべて命中している。和人の銃の腕は並みのものではないらしい。

 二十発の試射は、全弾命中で終了した。


『続いてZのテストに移行します』


 和人の銃の腕を知っていたのか、愛美の声に感嘆の色はない。


『Zの試射にあたり、注意事項があります。カウントダウンはありません。的もありません。三六〇度、どこへはなっても構いません。何か質問はありますか?』

「ない」

『そうですか。ZはXと違います。対要塞キャノン砲と同等か、それ以上の威力です』

「ち、ちょっと待て」


 落ち着き払った愛美の声に、和人はあわてて割って入った。


「対要塞キャノン?それはいくらなんでも盛り過ぎだろう」

『いいえ、本気です』


 絶句した和人に構わず愛美は言う。


『よって、威力はいまだ未知数です。テストルームの破損については、自腹で修復費を出してください』

「ハッ、それはいくらなんでも――」

『冗談です。修復費は第三研究室の経費からおちます――それではテスト開始です』


 通信の切れたトランシーバーを見て、和人は「はは……」と乾いた笑い声をあげた。


「建物壊すこと自体は否定しないんだな」


 和人は今、ドーム状のテストルームの中心に立っているのだ。どこに撃ったとしても、建物に直接干渉するには、一・三キロメートルの距離がある。さらにテストルームの壁は、対ミサイル用に作られていて、並みのことでは壊れないようになっている。

 それでも、愛美の声に冗談や嘘の響きはなかった。


「ま、撃てばわかるだろ」


 和人は自身にそう言い聞かせると、まっすぐ正面に武器を構えた。

 深呼吸ひとつ。引き金を引く。

 音はない。反動はない。しかし先ほどと違い、変化は明白だった。

 三十センチメートルほどの太さの光が、銃口から宙をかける。その光の正体が水だと気付くまでに、少し時間がかかった。

 速度ゆえか、あたりには大量の砂埃が舞っている。それが晴れたとき、和人は思わずトランシーバーのスイッチを入れていた。


「テスターワンから、観測室へ」


 わずかに目を細め、見間違いでないかどうか確かめる。


「なんだ?これは」


 和人の目の前では、タイルの床が叩き割られた様にめくれている。

 恐るべき威力だ。拳銃と同等のサイズの銃器と水で、これほどの威力を生み出すために、いったいどれほどの技術が組み込まれているのか。だが、和人が言ったのはそのことではなかった。

 砕けたタイルの先、和人からちょうど五十メートルといかない地点で、世界が割れていた。

 タイルも空気も壁も関係なく、空間がぽっかりと穴をあけていた。

 穴の向こうから何か聞こえてくる。和人は穴に近づいた。


『不確定要素です。離れてください。Zの弾丸もそれに呑まれたようです。いま、木崎室長が向かっています』


 愛美の声がトランシーバーから聞こえる。だが、和人は愛美の言葉に首を振った。


「俺が行ってくる」


 何か抗議の声が聞こえたが、和人は無視した。

 穴の中は、外から見たとおり真っ暗だった。床は硬質で、足音がこだまして大きく響く。

 やがて明るい光が見えてきた。和人は足を速める。

 穴を出て初めに目に入ったのは、整った女性の顔。次いで森の中の風景。

 和人は予期せぬ光景にギョッとし、その先に目を向けてさらにギョッとした。


『和人!和人!大丈夫なの!?』


 応答がないことに慌てたのか、愛美の声が素に戻っている。その焦った愛美の声を聴いて、和人は逆に冷静さを取り戻した。


「ああ、大丈夫だ」


でもやはり、興奮は抑えきれない。


『ならいいけど……。で?その穴は何なの?』


 愛美の問いに和人はゆっくりと答えた。


「ああ、面白いもんがあったぜ」


 答えると同時に、「このトランシーバーすごいな」と思った。

 だって――


『面白いもの?』

「いま、目の前に蒼い竜がいる」


 だってこの通信は、世界を超えているのだから。


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