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刀と双銃の交奏曲  作者: 赤城宗一
第一章   
2/25

日本 1

自衛隊という組織が大きく変わることとなったのは、二〇年前のことだ。

 二〇八〇年、六月七日。中華民国の支援を受けた朝鮮民主主義人民共和国が三七度線を越えて進軍。大韓民国に攻め入った。

 大韓民国が突破されると日本の領土も危うくなる、と判断した防衛省は自衛隊の派遣を決定。突然の進行に右往左往する韓国軍に対して援軍を送った。

 中華民国は、やはり国際連合の目を気にしたのだろう。支援といっても大っぴらなものではなく、侵攻軍の数はそれほど多くなかった。ロジック上では日韓連合軍の圧勝だった。

 しかし、戦闘することが当たり前として育てられた部隊と、戦闘の真似事をしてきた部隊の差が、そこにはあった。

 数で敵を圧した日韓連合軍は、戦局において圧倒された。

 まず兵ひとりひとりの士気が違う。倍近い敵に対して無謀なまでに果敢に攻めかかる北朝鮮軍に対して、連合軍のだれもが腰が引けていた。

 結局のところ、太平洋を悠々とわたってきたアメリカ軍が介入するまで、連合軍は押され続けた。

 数で圧倒的な勝利を収めながら、実際には完敗。もしアメリカ軍の介入がなければ、韓国は抜かれ日本列島も北朝鮮の版図になっていたことは想像に難くない。

 「二十一世紀の白村江」と呼ばれたこの戦いを経て日本政府は、いや日本という国はようやく自分たちが平和ボケしていたこと自覚した。

 日本政府の行動は迅速だった。

 国民投票を行い、憲法九条を改定。「交戦権の放棄」は残したものの「戦力の不保持」は破棄。むしろ他国への抑止力とすることで戦争を回避できる、として戦力強化を積極的に是正した。

 「平和主義」という名の「無抵抗でいつでも侵略可能国家」だった日本は、「超武装国家」を目指して動き始めた。

 といっても問題は山積みだった。その最たるものが「核兵器」だ。

 いまだに世界で唯一の核兵器被爆国である日本は、非核三原則「持たない・作らない・持ち込ませない」を掲げている。

 核兵器に関して日本国民はアレルギーにも近い感情があり、それを払拭することはできそうもないし、したくもないというのが日本国の総意だった。

 しかし、他国がほぼ例外なく核兵器を保持し、それが強力な抑止力となって世界の均衡を保たせているのも事実である。

 核兵器を持たずして戦力を強化し、核と同等あるいはそれ以上の抑止力を手に入れる。

 口に出したら一笑に付されそうなそれを、日本は持ち前の高い技術力をもって達成させた。

 まず自衛隊専用の「技術開発室」を三つ設立。そこに多額の投資をつぎ込んだ。

 国を傾かせるほどの投資は見事に成功した。

 日本は世界初の自律機動兵器の開発に成功。小型の偵察用(ていさつよう)無音(むおん)探査(たんさ)自律機(じりつき)から大型の大規模(だいきぼ)エリア制圧用(せいあつよう)対地空(たいちくう)人型(ひとがた)大火力(だいかりょく)自律(じりつ)機動(きどう)兵器(へいき)まで、様々な局面に適した自律機動兵器を次々と開発し、遂には独立(どくりつ)第一(だいいち)自律(じりつ)機動(きどう)連隊(れんたい)なる隊を成立させた。

 これは他国に強烈な危機感を抱かせ、日本の目的であった「核以外の強力な抑止力の成立」が果たされたことを示していた。

 自律機動兵器とは与えられた命令を軸に、各機体に搭載されたAIが独自で戦況を判断する。いわば自分で考えて動く機械の兵士だ。それ故にパイロットは不要であり、事実上たった一人のオペレーターが本国から命令を飛ばすだけで、世界中のどの場所でも連隊ひとつを動かせる。

 何より、銃弾で傷一つ付かず、投降の余地もない機械の兵隊は、相対する敵兵に言いようのない恐怖を与える。

 戦う必要はない。ただいるだけで、そこにあるだけで抑止力となる。

 加えて自律機動兵器の強みはその破壊力だ。

大型の人型兵器にはコクピットが付いていて、人間が乗り込んで操作することもできる。そのパイロットの熟練度にもよるが、人間の乗った機体が二、三基あれば大抵の部隊は無傷で壊滅できる。

それが連隊と呼ばれる規模(正確には、偵察用を含む小型兵器一三〇基・中型八二基・大型一二基)となると、軽く一国は落としてしまえる。

自らは人的被害なくして一国をつぶせる力を持った日本は、今やアメリカを凌ぐのではないかと世界中で評される存在となった。

日本はこの自律機動兵器に関する研究データをすべて秘匿化し、他国への技術の流出を阻止。自律機動兵器を自国だけの技術とし、さらなる軍備の強化に乗り出した。

そして現在。

今や技術という技術の最先端はすべて日本が独占し、世界はすでに日本を頼らざるを得ない世界。

元生(がんき)一二年。西暦二一〇〇年。

日本の栄光を築いた、といっても過言ではない場所「自衛隊(じえいたい)専用(せんよう)技術(ぎじゅつ)開発(かいはつ)研究(けんきゅう)第三室(だいさんしつ)」に彼はいた。

「――というわけで、ここはものすごい場所なんだよ」

 気持ちよさそうに熱弁をふるっていた木崎(きざき)に返ってきたのは、話にはまったく関係のない二種類の返事だった。

「室長!過去に浸ってないで現在(こっち)に戻ってきてください!そして仕事してください!」

「ふあぁぁぁ……」

 えー、僕がこんなに頑張って説明したのに帰ってくるのがソレ?ってか、片一方に至っては言葉ですらないし!退屈した末に出たあくびだし!

 木崎は叫びたくなるのをぐっとこらえて、なるべく穏やかな声音を心がける。

如月(きさらぎ)さん、僕は今日のノルマちゃんと終えたからねー。別にサボってるわけじゃないんだよ……百地(ももち)くん?ちゃんと話聞いてくれてた?」

「ノルマ終えたからって調子に乗ってない?こっち手伝う気とかないわけ?」

「ねむ……」

 なんでこの二人はこう、こちらの神経を逆なでしてくるのだろうか。わざとなのか?

「如月さん、一応僕は君の上司にあたるんだからタメ口はどうかと……」

「い・い・か・ら!ほら早くこっちにくる!馬鹿室長」

「やっ、だからそれはヘルプを求める態度じゃないからねっ?」

 第三室恒例の言い合い(というより木崎に対する一方的な罵倒)に発展しそうになった場を、眠そうに椅子に座った百地和人(かずと)が「愛美(まなみ)、もうその辺でやめてやれ」と止める。

「大体さあ、君たちには年長者を敬おうという気持ちがないのかい?」

 木崎の必死の呼びかけに、和人は短く、端的に答えた。

「……ぐぅ」

「いや、寝てんじゃん!そういう態度のこと言ってるんだけど!」

 木崎の必死のシャウトに、和人は閉じた目をもう一度あける。燃えるように赤い瞳。それが二、三度瞬きをした。

「あーごめん、寝てた。木崎さん、もう一回言ってくれない?」

「僕、木崎浩二(こうじ)!今年で三二歳!君、百地和人くんは今年でいくつ!?」

「ん?えーと、一七」

「そう、イエス!一七歳!この数字と今までの態度を鑑みて、何か言うことは!?」

 一言一言を区切るように、しかも相当のハイテンションで尋ねる木崎に「室長、気持ち悪い」という罵声が愛美から飛んだが、木崎は華麗にスルーした。

 突然テンションの上がった木崎に若干引きつつ和人は答えた。――素で。

「あー、ご愁傷様です?」

「なぜに!?」

「だって木崎さん、独身だったよね?」

「……悲しいこと言うね!僕は研究一筋だからね!仕事が恋人なんだよ!」

 思わぬ方向からのカウンターを食らい、危うくくじけそうなテンションを何とか維持しつつ、木崎が言い返す。するとそのわきから、愛美が口を挟んできた。

「もてない男の典型的な言い訳ですね、それ。だいたい、仕事が恋人ならさっさとこっちを手伝ってください、馬鹿室長」

「如月さん、僕の唯一の逃げ場を奪わないで……」

 テンションの高さだけでは対処しきれなくなった木崎は、とうとう泣きを入れた。

「如月さんの口調が穏やかになって僕はとても嬉しいんだけどさ……その分言葉のとげが増えてない?」

「質量保存の法則です」

 一切のタイムラグなしで愛美は言い切った。しかもちょっとドヤ顔して。

 そんな愛美の自信作ネタを「上手くない」と一言で切り捨てた和人は、視線を木崎に向ける。

「そもそもさ、序列を云々言うんなら敬語を使うのは木崎さんの方だと思うけど?」

「……どういうことだい?」

「俺、今日付けで少佐に昇進したからね。木崎さんは大尉から上がれないんだし、これからは俺の方が立場的に上、ってわけ」

 この発言は別に、木崎を見下した発言ではない。

 木崎は研究員で和人は戦闘員。少佐以上の階級は基本的に戦闘員しかもらうことはない。そう意味での発言だ。

「へえ、和人、少佐になったんだ」

「ああ、俺もさっき親父から知らされたばかりだけどな」

「じゃあ、またあだ名もグレードアップするね。“お子様大尉”から“チビッ子少佐”に」

「それ言ってるの、お前しかいないけどな……」

 和人と愛美はいわいる「幼馴染」な関係らしくとても仲がいい。今の会話もお互いの呼吸まで知り尽くしたような、テンポの良い言葉の応酬だ。

 本人たちに言うと「腐れ縁だ」と一蹴されそうだが。

 しかし腐れ縁もここまで極まるといっそ美しいな、と木崎は思う。

 だって二人そろって仲良く自衛隊の最年少階級記録更新だろ?本当に腐ってんのか、それ。

 このままの勢いで行くと――

「いずれは仲良くゴールインか?」

 木崎が自らの思考を口から垂れ流していたのに気付くのと、和人と愛美の抗議が木崎を襲ったのはほぼ同時だった。

 電光石火。

 和人が突き出した日本刀が木崎の首筋ぎりぎりで、愛美から突き出された、高圧電流をほとばしらせる二本のコードが木崎の眼球寸前で止まった。

「……すみません、チョーシに乗りました」

 和人は「次言ったらコロス」と言って刀を腰におさめる。愛美も少し迷ったそぶりを見せた後「チッ」と舌打ちしてコードを手放した

「いや、如月さん?チッ、って……」

「なんですか?室長」

 打って変ったお淑やかな口調。木崎は背筋に冷たいものが走ったのを感じた。

(や、やばい。なんか知らないけど、超やばい気がする……!)

 必死に危険信号を発する本能に従い、木崎は愛美から若干視線をそらしながら「いえ……」といった。

「それで?」

 和人が壁に寄りかかりながら木崎の方を向く。

「俺が今日ここに呼ばれた理由は?木崎さんの昔話を聞くためじゃないんだろ?」

「ああ、そうだったそうだった」

 木崎は頭をかきつつ、和人の燃えるような赤い瞳を覗き込んだ。

「試作品の調子はどうかな、と思ってね」

 

 

「試作品の調子はどうかな、と思ってね」

 そういわれた和人は「ああ、これか?」と言いつつ、左の眼球から何かを取り外した。

 赤のコンタクトレンズだ。和人の瞳はもともと赤だったわけではなく、このコンタクトレンズをはめていた故に、日本人離れした瞳の色をしていたのだ。

 ちなみに、コンタクトレンズを外した右の瞳は、何の変哲もない黒い瞳をしている。その黒い瞳で、和人は手元にあるコンタクトレンズを見つめていた。

 もちろん、ただのコンタクトレンズではない。

 木崎を室長、愛美を副室長(ただし大抵の場合、立場が逆転している)とする「自衛隊専用技術開発研究第三室」。通称「第三室」が作り上げた試作品だ。

「赤外線可視化コンタクトレンズ『魔眼(メデューサ)』。ま、確かに赤外線は綺麗に見える。視界はクリアだし、一週間つけっぱなしでも違和感はなかった。つまり、失敗作じゃない」

 でもさ、と和人は首をかしげる。

「赤外線が見たいなら専用のスコープがあるだろ?コンタクトレンズとしての質は悪くないけど、今流行の年単位で連続装着できるコンタクトレンズ程じゃないし……あのゴツいスコープの性能をこの薄さで実現させたのはすごいけど、肝心の薄くする意味が分からない。というか、正直なところ使いどころが見当たらないんだけど?」

 怒涛のごとく繰り出された指摘に、木崎は笑って答えた。

「まあ、これを作ったのは作業の片手間だからね。需要は期待してないんだよ」

 ひょい、と和人の指先から『魔眼』を取ると、自身の左目に装着する。

「僕の場合、研究と開発は仕事でもあり趣味でもあるからね。これは趣味の方だよ」

「相変わらず、変わった人だな」

 和人は呆れの混じった声でそう言うと、やれやれと溜息を吐いた。

 現在の日本の科学者たちのほとんどは「新しいもの」を求めて研究漬けの毎日を送っている。

 すべてのジャンルにおいて世界のトップを走っている日本は、逆に言えばすべてのジャンルにおいて世界から追われる立場にある。

 「新しいもの」を作るのが当たり前の世界。ほかの国の研究者が自分たちよりも新しいものを作ることがあってはならない世界。

 自分が研究しているジャンルだけが他国に抜かれるようなことがあれば、他の研究者たちに何と言われるか。

 そんな脅迫概念にとらわれた研究者たちに精神の収まる日はない。いつも何かに憑かれた様に研究室に入り浸っている。

 しかし和人の知っている限り、木崎という研究者はそんな焦りとは無縁な男だ。

 いつでも自由に、やりたいように、ただ純粋に科学という学問を楽しむ。子供のような目で、この世界のありのままの形を見つめる。

 そんな木崎の気楽さが、曲がりなりにも自衛隊内部で何の問題にもならないのは、ひとえに木崎の才能によるものだ。

 普段の言動からは想像もつかないが、世界中の科学者たちの間では「極東のアインシュタイン」の二つ名で通る天才科学者。それだけに周りからは「もったいない」とよく言われたりするのだが、本人はどこ吹く風で、というか言われていることすら気付いていない。

 そんな変人である木崎は、和人の言葉に「そうかな?」と肩をすくめた。

「変わってるっていうなら、百地君の方が変わってると思うけど?」

「……どこが?」

 不服そうに言った和人に、ようやく作業がひと段落ついたらしい愛美が答える。

「和人は変な奴だよ。少佐になってまでテスターやってる人なんて他にいないよ」

 兵器のテスターというのは、ほかの分野におけるテスターよりも危険度の度合いが大きく異なる。人を殺す力を内蔵した兵器は、少しの調整ミスでその使用者に牙を剥く凶器となる。

 それ故に、自衛隊内部での「テスター」というと、それはそのまま新米の下っ端の兵士を指している。

 しかし和人は、入隊直後に第三室のテスターに任ぜられて以降、どれだけ階級が上がっても一向にほかの兵に任せる様子がない。その理解できない行動に、周囲は和人を奇異の目で見ていた。

「なんでわざわざテスターなんか続けてるの?危ないし面倒なだけじゃん」

 愛美の問いに、和人は肩をすくめてみせただけで答えなかった。この問いかけに彼はいつも答えない。

「それに、その武器もだよ」

 話題の軌道を少し修正しつつ、木崎は和人の腰の刀を指す。

「刀一本で戦場に向かうなんて言う武士スタイル、珍しいを超えて異常だよ?まさにラスト侍って感じで」

「うちは剣術道場だったし、隊の任務のこと考えると効率的なんだよ、これが」

 そういいつつも和人自身、銃弾が飛び交う戦場に刀一本で飛び込む自分の異常さは自覚していた。



 和人の属する隊は『(だい)(ぜろ)独立(どくりつ)少数(しょうすう)強襲(きょうしゅう)部隊(ぶたい)』、通称『零隊(ぜろたい)』。一般には公開されていない、自衛隊の内部でもごく一部の人間にしか知られていない超秘匿特殊部隊だ。普段は、「独立超武装大隊」という組織の内部に組み込まれており、任務の際のみ、そこから独立をする形となる。

 零隊の任務は、大きく分けて二つ存在する。

 一つ目は他国の視察。平たく言えばスパイ活動だ。

 いまだ統一の気配すらない世界各国は、互いに互いを探り合う様相が続いている。

 よもや今の日本に攻め込もうなどという大それたことを考える国など皆無とは思うが、それでも他国の状況を探っておくのは重要なことである。

 今、日本が最も気をつけなければならないのは、他国同士の連携についてだ。

 一国だけを相手取るのならば、たとえ相手が太平洋戦争の覇者アメリカ合衆国であっても日本が負けることはない。

 独立第一自律機動連隊を中心に、新技術の粋を尽くした独立超武装大隊を配備すれば、その圧倒的な数の差さえも覆してしまえるだろう。

 しかし多方面からの集中攻撃に対処するには自律機動兵器の数がまだ足りない。また、島国で資源が豊富とは言えない日本にとって、長期戦はあまり好ましくはないのだ。

 そういうわけで重要視されている他国の視察は、しかし零隊の下っ端の仕事である。

 零隊の階級持ちに下される任務は、大規模な暗殺とでもいえばいいだろうか。

 敵の中枢を少数で、ひっそりと壊滅させる。

 言葉にするのは簡単でも、実現させるのは到底無理なことだ。

 敵の中枢ということは、それなりに高い地位の人物が在中している。当然そこらの基地なんかより厳重な警備態勢を敷いているだろう。セキュリティーだって最新のものを使っているはずだ。

 潜入だけでも難しい。そこのトップを暗殺するなどまず不可能。ましてや壊滅させようなどというのは、すでに冗談の領域に達している。

 その冗談を本気で実現させることを目的に作られた零隊が、その有益性を知らしめたのは、二年前おこった第三次世界大戦だった。


 いまだに小競り合いの続く中東の情勢にしびれを切らしたアメリカが、全軍を上げて鎮圧に向かったのがこの大戦の始まりだった。

 大西洋を渡ったアメリカはEUに本拠地を置いた。

 期せずして世界最強の軍隊を包囲する形となったEUは、この機に世界の覇権を自らの手中に収めようと画策した。

 二〇九八年、二月九日。スペイン、ロシア、フランスを中心にドイツ、イタリア、オーストリア、イギリスを含む七か国が反米同盟(反アメリカ・ヨーロッパ合同盟約)を結ぶと、ホワイトハウスに向けて宣戦布告。その情報がEU内にいるアメリカ軍に伝わるまでのわずかな時間を利用して、事前に潜伏させていた部隊にアメリカ軍を包囲させると同時に、余剰軍を用いてアメリカ本土に向けて侵攻作戦を敢行する。

 これに対してアメリカは、決してあわてなかった。

 拠点を定めずに全軍を一つの塊のように固まった状態で、標的を全体に向けずあくまで個別に対応する形で反撃を開始。規格外の突破力をもって、反米同盟に属する国を一つ一つ潰していく。

 更にアメリカは、アメリカ本土の防衛に関して日本に援軍を要請。日本政府は三〇年の資源提供を条件に、これを承諾。初の実戦データを取るべく独立第一自律機動連隊を派遣し、アメリカ本土防衛戦線に参加させた。

 これを好機ととらえたのが、中国と北朝鮮だ。

 「二一世紀の白村江」と同じように、北朝鮮軍が三七度線を突破。今回は自身の関与を隠す気もないのか中国軍もかなりの数を組み込んだ大軍勢だった。

 単独では中国と北朝鮮の相手は厳しいと判断した韓国は、日本に援軍を求めた。

 奇しくも一八年前の敗戦の再来。日本は自身の発展の原動力にもなった雪辱を果たすために最新兵器満載の部隊を派遣――したりはしなかった。

 動かない日本に不信感を抱きつつも、北朝鮮・中国の両軍は軍を進め、遂に韓国の首都、釜山を目前にした。

 前回と同じように士気の面で圧倒的に勝り、さらに前回と違い数でも圧倒的に勝った北朝鮮・中国両軍には、よほどのことがない限り「撤退」の二文字はないはずだった。

 二〇九八年、二月三〇日の早朝。韓国と北朝鮮の国境沿いにあった北朝鮮・中国両軍の最高総司令本部が壊滅しているのが、日課にしているジョギング中だった入隊一年目の兵士によって発見された。

 哀れな発見者の青年は、その場で朝食を逆流させることとなった。

 その兵士が戦場に出る機会がなかったから、だけではない。司令部の光景は、戦場になれた歴戦の兵士すら吐き気を催すほどに凄惨なものだった。

 科学の発展したこの時代、戦場にある死体というものは思いのほかきれいなものが多い。通常の銃器に打たれた死体はせいぜい五ミリ程度の風穴があいている程度。大型兵器にやられた死体はそもそも人の形を保っていない。もちろんそれはそれで嫌悪感を抱くが、司令部にあった死体はそれを大きく上回る嫌悪感を見る者に与えた。

 何か鋭利な刃物で切り裂かれた、というのが死体を見た医師全員の見解だった。

 一撃で即死させることを第一条件としたのだろう。縦、横、斜めなど切り方に違いはあれども、すべての死体がいっそ見事なまでに頭を割られ、あたりに脳しょうをまき散らしていた。

 そんな死体が二七三六体。司令部内にいた人間は一人の例外もなく血に染まり、司令部内全体が血の匂いに満ちていた。

 司令部の内部はいくつかのブロックに区分してあった。その複数存在するブロックの最奥、過剰なまでのセキュリティーをかけた司令長室には両軍総司令長官の首のない死体があり、その横には飛ばないように小刀で固定された小さな紙切れがあった。

『天誅

 これは最終勧告である』

 その短い文面は、まぎれもなく日本語で綴られていた。

 

 この件で北朝鮮・中国の両国を驚かせたのは、その異常なまでの制圧速度と隠密性だった。

北朝鮮・中国の両軍は全員に無線機を配備しおり、その無線はすぐにすべての基地の通信ブロックと繋がるようになっている。

調べたところ、すべての無線機、および通信ブロックのすべての機器に異常は確認されず、異常を知らせる装置も全く作動していないことが判明した。

それはつまり、侵入してから殺害されるまで司令部にいたすべての人間が、侵入者の気配はおろか少しの異常も感じなかった、ということだ。

敵軍の本陣に侵入し、殲滅、そして退却という一連の動作を誰にも知られず行える、そんな常識はずれの部隊が敵国に存在する。その事実は、韓国の半ばまで侵攻した中国・北朝鮮両軍に、「撤退」を選択させるのに十分すぎるほどの衝撃を与えた。

二〇九八年、三月九日。

中国・北朝鮮両軍が撤退してから五日後。

アメリカ本土防衛戦線において、独立第一自律機動連隊の大型自律機三機が、海上に構えていたEUの大艦隊をものの一時間で壊滅させ、その圧倒的なまでのスペックを見せつけてから三日後。

最後まで抵抗を続けたロシア連邦が無条件降伏をして、第三次世界大戦は終結した。

中国・北朝鮮の司令部襲撃の件については、日本側からの秘密裏の要請(という名の脅迫)により両国が公にしなかったため、歴史の表舞台に出ることがなかった。

この司令部襲撃を行ったのが、零隊の階級持ちである。


韓国の救援要請に対して、日本はひそかに零隊を派遣していた。

そして、最も確実に敵の戦意を削ぐ方法として、敵の総司令本部に夜襲をかけたのだ。

二〇九八年、二月二十九日の深夜未明。和人の父である百地双玄を中心とする二十人の精鋭が、中国・北朝鮮両軍の最高総司令本部に接近した。銃声により侵入に気付かれないよう、全員が刀を携え闇をゆく姿は、前時代的な忍びを思わせた。

巡回していた警備兵を瞬く間に惨殺。一瞬の停滞もなく侵入した零隊は、事前に調べてあった通信室を占拠。万が一に備えてそこに二人を残し、十人で全ブロックを制圧し、司令室を襲撃。完全制圧を確認した後に、またひっそりと去って行った。

置手紙を残す余裕を見せた十二人の刺客の中には、当時三等兵に上がったばかりだった和人の姿もあった。

ちなみに例の置手紙は、実は自衛隊の作戦ではなかった。

「黙って帰っても面白くないな」

 零隊の隊長である双玄のこのようなわがままにより、設置されたのだ。

 この置手紙のせいで、日本は必要のなかったはずの口止めを行わなければならなくなり、零隊は作戦を成功させたにもかかわらず、日本軍総司令官のありがたい説教を聞かされる羽目になったのだった。

 閑話休題。

「無音で敵を殺せる武器。まあ、銃は使えないよね」

 愛美が納得したようにうなずく。なんだかオーバーリアクションだな、と和人は思った。

「ま、それが常識だよねー」

 木崎も勢いよく首を上下させた。やはりリアクションがオーバー気味だ。

 何か含みのありそうな二人を見て、和人が首をかしげた時、研究室の奥の方から研究員らしき青年が出てきた。

「室長と副室長。『美水神(ウンディーネ)』の最終調整、終了しました。問題点は――」

「そうかそうか!遂に終わったらしいぞ如月さん!」

「そうですね!室長は気持ち悪いですけど、今回は許します」

 木崎は割といつもこんな感じなのだが、今日は愛美のテンションも高い。和人はますます首をかしげた。

「なあ、木崎さん。何が――」

「百地くん!」

 木崎に手をがっしりと握られて、和人は「お、おう」と答える。

「百地くんは音のない武器として、刀を選んだんだよね」

「あ、ああ。まあ、得意だってことも――」

「つまり!無音であれば銃器であっても使用できるということだね!」

 どうやら和人は木崎の台詞の潤滑剤のような役割らしい。盛大に文句を言ってやりたい気分だが、それ以上に気になることが和人にはあった。

「音の出ない銃器?火薬を使う以上、銃器は音が出るだろう?サプレッサーで音を軽減することはできるけど、それだって厳密には無音じゃないわけだし、そもそもサプレッサーを使った銃は、あんまり実戦的じゃない。さっきの木崎さんじゃないけど、このくらいは『常識』だよ」

「そう『常識』だ。様々な研究のおかげで、音はギリギリまで小さくできるようになったけど、実際のところ、火薬の爆発音を無くすことは無理だね」

 木崎はしかし、嬉々として続ける。

「でもね、僕たち研究者は『常識』を超えないといけない世界にいるんだよ」

「……どういうことだ?」

これ以上曲がらないくらい首を傾げた和人を見て、愛美「まあまあ」と割って入った。

「百聞は一見に如かず、だよ。実物を見たらわかるって」

 そう言いながら、奥から箱を持ってくる。和人は差し出された箱を覗き込んだ。

 中身は二丁の拳銃だった。

 流麗なフォルムは、ロングタイプと呼ばれる銃身部分が若干長いタイプで、主に制度を重視した形状をしている。

 鮮やかな青の塗装に赤く鈍く光る龍の装飾。片方の銃身には『Ⅹ』という文字が、もう片方には『Z』という文字が刻まれている。

 実用的なデザインが一般的な現在の銃器からすると、見た目に拘り過ぎているような気がするが、それ以外はごく普通の拳銃に見える。

「……これが『無音の銃』?」

「ま、見ただけじゃわからないよね」

「百聞は一見に如かず、じゃなかったのかよ」

 和人はため息交じりに突っ込んだ後、「で?」と木崎に話を振った。

「これは何なんだ?」

「そうだねえ」

木崎は楽しそうに笑った。「簡単に言えば、水鉄砲だね」

「……は?」


どうぞ、これからも

よろしくお願いします。

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