薫
「……あいつと付き合うくらいなら、俺と付き合えよ」
「よしてよ、気持ち悪い。貴方なんてタイプじゃないわ」
そう吐き捨てた後、紅茶に角砂糖を一つ投入した。この喫茶店の紅茶は苦いのだ。くるくるとスプーンで掻き混ぜながら、格好つけずにケーキセットでも頼めばよかったな、と薫は思った。
「薫。……俺達、結構長い間楽しくやってきたじゃないか」
「そうかしら? たった三年じゃない」
大学に入ってすぐ、洋介と知り合いになった。一緒に推理小説同好会に入って、色々な討論を繰り広げながら親交を深めていった。大学では一番の友人だ。――だが、恋愛感情があるかと問われれば、皆無だとしか答えようがない。
「三年でも長いだろう」
「長くないわよ。三回、明けましておめでとうございますって言っただけじゃない」
「そいつとは何回言い合ったんだよ」
「十は超えてるわね。幼稚園の時からの仲だから」
「……ずっと好きだったのか?」
「初めて好意を抱いたのは中一の時よ。新しい制服を着て、どんどん変わっていく身体に心が着いていけなくなった私を、優しく支えてくれたの」
「……向こうはどう思ってるんだ?」
「向こうから告白してきたのよ」
恐々とティーカップに口をつけ、ひょいと手首を返してみた。しかし、熱いし苦いしで涙腺が熱くなる。震えながらテーブルに置きつつ、角砂糖を摘み取った。あぁ、どんどん太っていきそうな気がする。泣きそうになりながら掻き混ぜ、今度はミルクも入れた。ちゃぽん、ちゃぽんという微かな音が聞こえてくる。そういえば、洋介が返事を寄越さない。周りが凄く静かだ。
ふと顔を上げると、彼は面食らった表情をしていた。
「ほ、本当に……あいつから告白?」
「えぇ。ずっと好きだったって。小学校の頃から大好きだった。いっそ結婚してくれ、って言われたわ」
「……なんか危険臭がぷんぷん」
「無意味な悪口言うなら帰るわよ」
そう言い、格好付けながら紅茶を飲む。苦いぃぃ、と内心で思いながら、にこりと頑張って笑みを形成した。
「で、何が言いたいの」
「もう一度言う、俺にしないか。何で、何でそんな道に進むんだ、お前。冷静に考える暇くらい、あっていいだろ」
「嫌よ。ていうか、いつ私と貴方がそんな仲になったの」
「性別を超えて仲良くしてたと思うんだが」
「勝手に一線飛び越えないでくれる? 私、そんな趣味ないのっ」
もうこんな紅茶飲んでられん。
相手の言動に怒ったふりをして、すくっと立ち上がった。ふわりと桃色のスカートが揺れる。前に垂れてきた髪を耳に掛け、薫は伝票を取った。
「おい、待てって。落ち着けよ。落ち着いて考えろよ、将来の事とかさっ」
「言ってるでしょ、私、男興味ないから」
「だから、薫。男に興味ないからって――女に興味いくのはどうかと思う」
「何でよ、貴方だって女の人に、少しくらいなら興味あるでしょう? 貴方の趣味なんてしらないけど、私に押し付けないでよ」
鞄を手にとって立ち上がると、後ろから飛びつかれた。
一瞬びっくりしたが、振り返ると愛しい恋人――麻奈の顔が見えた。
「麻奈」
「ふふ、外から見えたから来ちゃった。でももう帰っちゃうの? お友達じゃないの?」
「……あの」
洋介はぎゅっと眉を顰めながら言った。
「可愛い顔して、貴方もそういうご趣味なんですね……?」
軽蔑の混ざった声音だった。
麻奈がきょとんとした瞬間、薫は彼の頬をひっぱたいていた。
「最低ねっ、麻奈は違うわ! 貴方、私を蔑んだりしないから信頼してたのに! こういう趣味だったわけだし、ついでに麻奈に可愛い顔だなんて言うし、麻奈も私と同じ趣味なのかとか言うし! 最悪最低の男ね!」
「何でだよ、事実だろ。お前ら二人は、俗に言う――レズビアンなんだろう?」
喫茶店中の空気が固まった気がする。
薫も動けなかった。
他の客も、ここの騒動に耳を傾けている様子だった。
「……なぁ薫。考え直せよ、俺と一緒に……」
「ねぇナントカ君。君と薫が付き合ったら、それこそおかしい事になるよ」
そんな時、低く忠告する洋介を遮って、微笑みながら麻奈が言った。
「だって、薫の趣味って、女装なんだもん」
えっ、と少しでもなって頂ければとても嬉しく思います。
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