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維心は義心より話を聞いていた。

「鷹と?」と維心は気だるげにしていたが、腕から頭を上げた。「珍しい…やつらが最後に会合に来たのは、1000年以上も前の話ぞ。確かに存在はしておるようだったが、元来やつらは群れぬのでな。神の世のはぐれものよ。それが、玲師の宮の軍神を通じて、我に会いたいと申しておるのか。」

義心は頷いた。

「先日の茶会について参った軍神で、何でも月鈴殿にお願いに参ったのだとか。王がご多忙なら、蒼様でも良いとのことでありまするが。」

維心は考え込んだ。鷹族とは、珍しいこともあるものよ。

「良い。我が会おう。使いを出せ。日にちは洪に決めさせよ。」

「は!」

義心は下がって行った。

鷹は、先の戦の折りも、同じ鳥から分化したにも関わらず、全く関与しようとしなかった。世に無関心と言おうか、とにかく変わり者の一族で、頭を下げることを極端に嫌う。ゆえに、龍と鳥の勢力争いに嫌気がさし、世の中に出て来なくなった。それが、今さら何の用なのだ。

維心は何となく晴れぬ気持ちを抱え、庭を見た。

維月が、侍女を伴って散策している。あれから何も言わなくなったが、何かを心に秘めているようで、気になって仕方がなかった。心を繋いでも、完全な月になった維月はガードが固く、維心にも破れない所がある。月の力は特殊で、いくら神の世で最強であっても、どうしても破れぬものがあるのだ。不安になりながらも、維心はとりあえず毎日を過ごしていた。十六夜に相談出来た時が懐かしい。しかし十六夜は、今どんな気持ちでいるのだろう。維月との間は、自分だけでうまくやって行けるものだと思っていた。だが、元は人である上、女の維月の考えは、維心には難しくて分からなかった。

十六夜に聞けば、ヒントぐらいはもらえたものを。維心はまた、イライラと不機嫌に思索に戻った。


箔炎は、来客を受けていた。

玉座に座って、頭を下げてひたすら口上を述べる相手に、肘掛に肘を付いて気だるげに話を聞いていた。

「…本当に申し訳もございませぬ。我が娘はまだ生まれて数百年、箔炎殿のことも全く知らぬ有様で…我の教育が足りませなんだ。」

玲師がそれこそ土下座でもせんばかりに必死に言っている。箔炎は面倒そうに手を振った。

「良いのよ。我も身分を隠しておったしの。元より相手にならぬようなら、帰るつもりでおったゆえ。で、向こうはなんと言って参ったのだ。」

箔炎は言った。

「先程知らせが参りまして、龍王にお目通りできるとのこと。日付のほうは追って知らせて参るとのことでございます。」

箔炎はニッと笑った。

「そうか。では、楽しみに待つとしようぞ。」と、玲師の隣に小さくなって頭を下げている月鈴にふと、目を止めた。「月鈴殿、主の手柄であるゆえ、その折りまた連れて参ろうか?」

月鈴は驚いて顔を上げた。また、龍の宮へ行けるのか。玲師は慌てて言った。

「これ以上お手間を取らせる訳には参りませぬ。」しかし、ハタと箔炎を見た。「それとも我が娘にご興味がおありで…?」

「ない。」箔炎はフンとため息を付いた。「我は妃を娶るつもりが全くない。是非にと申すなら通うくらいならする。だが、主、娘をそのような立場にしたいか?」

玲師はぶんぶんと頭を振った。

「そのような。ただもしかしてと思うただけでございまする。」

箔炎は頷いた。

「ともかく、我は次の知らせを待とうぞ。」

玲師は下がろうと頭を下げた。そして、ふと頭を上げた。

「しかしながら、箔炎殿ならこんな回りくどいことをせずとも、龍王はお会いしたのではないかと…。」

箔炎は横を向いた。

「あれは守りが固すぎるのよ。話をしようにもまず結界に入れぬであろうが。神の世で王以外に我を知る者は居らぬ。ゆえに、こうでもせねば会うことも出来ぬ訳よ。全く面倒なことよ。」そして、言った。「下がって良い。」

玲師はまだ聞きたいことがあるようであったが、仕方なく月鈴を連れてそこを後にした。定が箔炎に歩み寄った。

「王、まずは重畳でございまするな。」

箔炎は頷いた。

「まだ日にちが決まっておらぬ。よもや半年後などと言っては来ぬと思うが、わからぬぞ。」

そして退屈そうに伸びをして定に言った。

「主も下がって良い。おお、そうよ。」と近くの厨子を指した。「あの小娘に褒美を取らせねばならぬの。あの短剣をやれ。我はあんなもの興味はないしの。」

定は仰天した。

「しかし王、あれは本当に命を落とさせる力が…。それにやつらから押収したものでありまするぞ。証拠の品であるのに、そんなに簡単に手放されては…。」

箔炎はふふんと笑った。

「小娘に何が出来る。せいぜい身を守ることぐらいであろうが。良い。面倒事は手元に置いておきたくはないのよ。」

定は心配であったが、仕方なくその短剣を手にすると、月鈴達を追ったのだった。

宮の出入り口に着くと、輿に乗った二人が、まさに出発しようとしている所であった。

「月鈴殿。」定が話し掛けると、月鈴は振り返った。「王が、これを此度の褒美にと。」

月鈴は目を見張った。それは、あの折り見せられたあの短剣…。

短剣自体は普通の品であったので、父王もそれほど抵抗なくそれを見ている。しかし、月鈴には違った。これは、本当に自分が欲しいと思っていたもの。月鈴は涙も流さんばかりに喜んで、定に言った。

「ああ、箔炎様にお礼を。心の底から嬉しゅう思いますると、感謝の言葉をお伝えくださいませ。」

父王は驚いたようにそれを見ていたが、あれほどの王からもらったもの、それぐらい喜んで当然なのかと思い直し、深く頭を下げた。

「我からも、御礼申し上げまする。是非に箔炎様にお伝え頂けまするよう。」

定は頷いたが、何かすっきりしなかった。


日が傾いて来ている。

維心はハッとして、まだ維月は外に居るのかと庭に目をやると、侍女達が手持ちぶさたな様子で立っていた。維心は嫌な予感がして、外へと出た。

「何をしておる。妃はどこだ。」

侍女達は困ったように答えた。

「はい。一人で散策をされるので待っていて欲しいと歩いて行かれ、そのままお戻りにならなくて…もう一刻ほどになりまする。」

維心は庭を見回した。維月の気配はない。まさか…。

「主らは仕事に戻れ。」と叫んだ。「義心!」

維心は維月の気配を探った。前のように気を遮断する膜の作り方は知らぬはず。いくら隠しても、我には維月の気は読める!

維心は宮を飛び立った。


維月はそっと庭を抜け出してた。

維心様が嫌いになった訳ではない。でも、一人になってよく考えたいのに、維心様はお側を離して下さらない。だから、少しだけ時間が欲しかったのだ。

本当は蒼の月の宮へ行きたかったが、方向が分からなかった。記憶が戻らないからだ。なのでとにかく月の力で結界を抜け、外へ出たら余計に方向が分からなくなった。

途方に暮れて、暗くなった森を歩いていたが、見つけた木の穴に入って、少し座った。今頃は、維心様も気付いて追っ手を出しているはず。飛んだり動いたりしないほうがいい。

維月は、空を見上げた。月が出ている。本当なら月に帰れば、手っ取り早く戻れるのだ。だが、そこには十六夜がいる。気配がなくなったら戻ろうと思っていたのに、ずっと月に居て実体化して降りている様子がない。ツクヨミには会いに行かないのだろうか…。維月は思った。十六夜は、いつも自分の話を聞いてくれていた。怒りもせずに、私が八つ当たりしても流してくれた。そんなやさしい人だもの…幸せになってね…。

維月は涙がたまってくるのを押さえて、いつしかそこで眠りについた。


休む前の宮の回りの見回りに出ていた定は、びっくりした。

女が、落ちている。

こんな所にどうして、と傍に寄ると、とてもいい着物を身に付けた、美しい女が、どうやら眠っているようだった。

それを抱き上げ、慌てて宮へとって返すと、箔炎を呼んだ。

「王!女が落ちておりました!」

箔炎は、はあ?という顔をした。

「こんな時間にこのような所に、どうして、女が落ちておるのだ。訳のわからぬことを申すな。」

定は必死に言った。

「ですが事実でございます。急ぎ連れ参ったのですが…。」

箔炎は眉をひそめた。

「なんだって拾うのよ。捨てて来い。」

落ちておる女など、ろくなものではない。定は下を向いた。

「しかし…あれはその辺の女ではないようで…。」

「当然よ。この辺りには女は居らぬ。この宮は男ばかりであるからの。」

箔炎が興味なさげなので、定は促した。

「とにかく一度お目通りを。こちらです。」

箔炎は面倒そうに立ち上がった。

「ほんにもう、王使いの荒い。」

箔炎はぶつぶつ文句を言いながら、女が寝かされている部屋へ足を踏み入れた。そして、息を飲んだ。

感じたことのないような、澄んだ気。優しく穏やかで暖かく、それでいて力強い。こんな気が世にあったのかと箔炎は、気を隠していて僅かしか感じ取れないその気を、もっと感じ取ろうと傍へ寄った。

確かに、その辺の女ではない。来ている着物は生地の質から全く違った。どう見ても300歳にはなっていないだろう。目を閉じて眠っている今でも、その美しさは見て取れた。じっと見つめていると、今まで感じたことのない感情が湧き上がって来るのを感じた…こんな女が、世に居ったのか。

定は、箔炎が黙っているので、言った。

「北東辺りの木の根の辺りに、こうやって眠っておりました。」

箔炎は思った。北東と言えば、龍の結界が近い。その方向から来たのか。それとも、空から降って来たのか。

ただ黙って箔炎が女を見ているので、定はどうしたものかともう一度言った。

「王…。」

箔炎は、振り返った。

「よし、我の妃にする。」

「ええ?!」

その場に居た、定も他の軍神も、召使いも皆一斉に声を上げた。有りえない。あれほどに女嫌いで。侍女の一人も居ないこの宮で、たまに気が向いた時近隣の宮へふらりと通うだけだったこの王が。さっきも玲師殿に、妃は迎えないと言っていたところではないか。

「お、王、妃となるとこの女の素性を調べなければ。しばしお待ちくださいませ。」

箔炎は、女を抱き上げた。

「そんなもの、後で良いわ。」と自分の部屋へと歩き出した。「ではの。部屋へ帰る。」

「王!」

定が止めるのも聞かず、箔炎は部屋へ入って女を自分の寝台へ降ろした。それにしても、見れば見るほど不思議な気だ…。なんと心地よいのだろう。箔炎は、女を目覚めさせようと唇を重ねた。深く眠っているらしく、全く反応がなかったが、深く口付けると、んん、と唸って目を開けた。そして、箔炎を見ると、びっくりしたように身を退いた。金色の目に、金色の髪。維心と同じぐらいの年頃の外見で若く、美しい神だった。だが、見たことはない。

「ど、どなたですか…?」

目を開けると、その女は思った以上に美しかった。箔炎は微笑した。

「我は箔炎。鷹族の王ぞ。今宵、主を我の妃に迎える。」

相手は仰天してさらに身を退いた。妃?!

「そ、そのような…無理でございます!私は…んん!」

箔炎は相手を押さえて口付けた。こんなことには慣れている。だが、今宵は我が妃にする女のこと。手荒にしてはならぬな…。それにしても、なんと心地よい気。こうしていると、尚一層その気に包まれて、息苦しいほどの衝動が湧きあがって来る。何かの罠であろうと、構わぬ風情だ。名を知りたい。

箔炎は唇を離した。

「主、名はなんと申す。」

相手は震えながら答えた。

「維月。」と相手は言って、懇願するように言った。「本当に駄目なのです、箔炎様。私は既に他の王の妃なのですから。あのかたは、怒ると大変に恐ろしいかたで…」

箔炎は笑った。

「この略奪社会で何を申す、維月。」と腰ひもに手を掛けた。「己が妃をあんな所に落として置くほうが悪いのよ。」

箔炎が首筋に顔を埋める。維月は必死に叫んだ。

「私は龍王妃の維月です!こんなことが知れたら、維心様はあなたがたを皆殺しにしてしまう!」

箔炎はピタと動きを止めた。なんだと?

「…主、月か。」

維月は頷いた。

「はい。陰の月です。」

箔炎は合点がいった。この不思議な気は月であったからなのか。人の気も混ざるような、独特のこの気。だから、龍王は片時も傍を離さずただ一人の妃としている…。

箔炎は、ため息をついた。

「…ほんになあ…さもあろうよ。女を寄せ付けなんだあやつが、溺愛しておるとは聞いておったが、主か。」と身を起こして、維月を座らせた。「それにしても、なぜにあのような所に寝ておった。本来なら放って置いて、朝になる前に誰か下等の神にさらわれておろうぞ。」

維月はホッとしたが、ばつが悪そうに言った。

「…あの…一人になりたくて、黙って宮を出て参りました。しばらくしたら帰るつもりでありました。でも、さぞ維心様が怒っていらっしゃるかと思うと、それも出来ないと今は思いますが…。」

箔炎は呆れたように頭を掻いた。どうやったら、こんな女が龍王妃でおれたのか。常識を知らなさ過ぎるではないか。

「主の、それでは王に殺されても文句は言えぬぞ。務めも果たさずこのような所まで出て参って。」と少し考えた。「では、本当に我の妃になるか?ならば主の意思ではなく、我がさらったことになるゆえ。殺すことも出来ぬよ。」

維月は慌てて首を振った。

「そのような!箔炎様が大変なことになりまする。」と立ち上がった。「お世話を掛けました。私は出て行きますので。」

箔炎は慌てて立ち上がった。

「主、聞いておったのか?夜は危険よ。出て参るのなら、朝になってからにするが良い」とびりびりと宮が震えるのを感じ、ため息をついた。「駄目であるな。見つかったようぞ。」

維月が震えあがって外を見ると、窓の外には、真っ青な目を激しく光らせた、維心が浮いていた。

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