表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/46

記憶

月鈴は、維月に話し掛けられて、その気さくな雰囲気に自分の名の由来や、なぜにここへ来たのかを話した。維月はいちいち微笑んで聞いていたが、ふと顔を上げて十六夜を見た。

「私は月になったのは最近で、それはきっと十六夜だと思うわ。少し待って」と十六夜を呼んだ。「十六夜!」

十六夜は驚いたような顔をしたが、ためらいがちにこちらへやって来た。維月は言った。

「月鈴様よ。小さな頃から月に話していたそうだけど…覚えている?」

十六夜は月鈴を見た。

「…いや。オレに話し掛けるやつは星の数ほど居るからな。いちいち覚えちゃいねぇよ。」

月鈴はがっかりしたが、微笑んだ。

「でも、こうしてお話し出来て嬉しいですわ。」

十六夜はなんと答えたらいいのか分からなかった。だが、この気は覚えがある。なんと言っていいのか、懐かしいような…。

そう思っていると、相手は言った。

「なんだかとても懐かしいような気が致しますの。お会いしたのは、初めてですのに。」

十六夜は戸惑った。そうだ、懐かしい…。しかし、有り得ない。この気の持ち主は、もうとっくに死んだはずだ。維月が言った。

「まあ、懐かしいなんて。もしかしたら、前世で会ったのかもしれませんわね。十六夜は1500年生きておりますもの。」

微笑む維月に、十六夜はハッとして目を反らした。前世?まさか…。

そんな十六夜の様子に、維月は不機嫌に言った。

「十六夜、いくらなんでも何か返さなきゃ失礼よ?」

十六夜は維月を見て、ためらいがちに頷いた。

「なんと言っていいかわからねぇんだよ。あまり神とは接してないからな。」

維月は十六夜を怪訝そうに見たが、それ以上何も言わず、他の女の所へ話に言った。月鈴は困ったように微笑むと、十六夜に言った。

「急にこんなことを申して、申し訳ありませんわ。お月様にお会い出来て、舞い上がってしまって。」と手を差し出した。「握手してくださいませ。人の世では、そうするのでしょう?」

自分が人の世に明るいと維月が言ったのだろう。十六夜は戸惑ったが、仕方なく慎重に月鈴の手を握った。

月鈴は、その瞬間激しい目眩を感じて、ふらふらとその場へ倒れた。何だろう、頭がおかしい…。

「月鈴様!」

侍女達が大騒ぎをしている。十六夜は慌てて月鈴を受け止めた。出席者達も騒然とする中、月鈴の意識はそこで途絶えた…。


《ツクヨミ…他に方法があったはずなのに》

「お月様、ありがとう。私がひとりぼっちにならなかったのは、お月様のおかげ。最後まで一緒に、居てくれて…月音を、よろしくね。ありがとう…。」

月鈴は、目を開けた。涙が際限なく流れて来る。思い出した…。

「お加減は、いかが?」

心配そうに覗き込むその顔は、龍王妃だった。月鈴は起き上がった。そうか、自分は茶会で…。

「…ご迷惑をお掛け致しました。もう大丈夫でございます。急に目眩がいたしまして…。」

維月はホッとしたように微笑んだ。

「よかったこと。多分緊張の糸が切れたのでしょう。父上様には、ご体調がすぐれないので本日はこちらで休むとご連絡致しました。なので、ゆっくりなさって良いのよ。」

月鈴は頷いた。

「はい。ありがとうございます。」

維月は出て行った。月鈴は、よみがえった記憶に、まだ涙が止まらなかった。

私は、あの月を知っている。お月様と呼んでいた…私を助けてくれた、あの月…。

窓から、月が見える。月鈴は、そこから庭へと、足を踏み出した。


「王。」

義心が、維心の居間で頭を下げた。維心は軽く返礼した。

「報告か?」

「はい。」義心は顔を上げた。「武器庫からは、刀を数丁盗まれたのみ。それも、犯人を取り押さえまして、取り返しましてございます。」

維心は頷いた。

「ご苦労だった。下がれ。」

義心はまた、頭を下げて出て行った。維月が、維心に問うた。

「賊が入ったのでございますか?」

維心は維月を見た。

「気にすることはない。もう処理は済んだ。」と眉を寄せた。「しかし解せぬのは、なぜにあのように分かりやすい盗り方をしたものか。しかも武器庫を襲って盗ったのは刀数丁とは…我の結界を抜けるのは、宮の行事で弛くなっておる時しかない。やっと機を掴んだのに、訳の分からぬ賊よ。」

維月は、険しい顔の維心の腕を撫でた。

「維心様…。」

維心は維月の方を見ると、微笑んだ。

「案ずることはないぞ。我が居るゆえの。主は危害を被らぬ。」

維月は微笑んだ。

「わかっておりますわ。維心様はとても頼りになりまするもの。」

維心は微笑して維月に唇を寄せた。記憶が無くとも、なんと愛おしいことか…。


その頃、天空に昇った月を見上げ、十六夜は一人、思い出していた。あの懐かしい気…。あれは、間違いなく覚えがある。オレが後悔したあの夜の、あの別れから一体何百年経ったろう。本当に、そうなのか…?

ふと、十六夜は、気配に振り返った。

「月鈴…。」

十六夜は呟いた。月鈴は、吸い寄せられるようにこちらへ歩いて来た。

「…お月様…私は、あなたに会いたかった。思い出したの、最期の時も…。」

十六夜は泣きそうな顔で月鈴を見た。

「まさか、本当にお前は…」

「ツクヨミよ。」相手は涙を流しながら言った。「ああお月様、私はあなたに会いたくて、転生して来たの。」

月鈴は、十六夜に抱きついた。十六夜は、それを受けて、涙を流した。

「ツクヨミ…!オレは、お前を殺しちまった。なのに、オレに会うために転生したと言うのか…。」

月鈴は首を振った。

「あなたが悪いのではないわ。あれを封じるには、ああするしかなかった。だから私が頼んだの。ああ、本当に会いたかった。まさかこうして地上に来ているなんて…。」

十六夜は、ツクヨミを抱き締めた。あれほど後悔したことはない。オレの声に最初に気付いて、オレに生き甲斐を残して行ってくれた、ツクヨミ…。

二人はしばらく、そのままそこに佇んでいた。


維心は、眉根を寄せた。

宮で起こっていることは、意識を向ければ全て見える。十六夜の気が一向に宮から去らないので、見ていたのだ。

維月がそれに気付いて、維心を見た。

「…維心様?何かございましたか?」

維心はハッとして、首を振った。

「いや…何でもない。」

維心は思った。十六夜の記憶は、維月から見た。ツクヨミとは、十六夜が最初に話した人の女…維月に繋がる家系の、一番最初の女だ。十六夜は、闇を封じるためにツクヨミに降りて、その力の大きさにツクヨミが死んだことを、ずっと後悔していた。あの女は、その生まれ変わりだというのか…確かに記憶が戻ったようで、十六夜と話していた。

維心は、そこに十六夜は居ないのに月を見上げた。

…どうするつもりだ、十六夜よ…。

維心は、維月を見た。維月はこの事実を知ったら、どうするのだろう。維月も記憶が定かでない今、主のそんな姿を見たら、維月はなんとすると思うのだ。

維心は黙ってその様子を見守った。十六夜がツクヨミを取るというなら、我は止めぬ。維月は我が大切に守って行く。一人でも。

ふと、維月が顔を上げた。

「あら…?」

何かに気付いたかのように、首を傾げている。そして、立ち上がって、庭へと続く戸へと歩み寄った。

維心は慌てて言った。

「どうした?どこへ行くのだ。」

維月は振り返った。

「とっくに帰ったと思っていた十六夜の気配を感じるのですわ。しかも、気が乱れていて…何かあったのかもしれませぬ。この庭と続いている向こうのようですので、見て参ります。」

維心は立ち上がった。

「その必要はない。」維心は言った。「あれは月であるのだろう。我が宮で月が何かに巻き込まれるようなことはないゆえ。安堵せよ。」

維月はこちらへ戻り掛けたが、思い直したように庭を向いた。

「やはり見て参ります。大丈夫、すぐに戻りますので。」

維月はするりと戸を抜けて早足に歩いて行く。

「維月!」

維心は急いで後を追った。維月にあの十六夜の姿を見せてはいけない…。


月鈴が、十六夜の腕の中で言った。

「よかった…これでもう、一緒に居られるのね。」

十六夜はその言葉に、弾かれるように月鈴から身を離した。そして回りを見回した…誰も見ていない。

十六夜は、ためらいがちに言った。

「ツクヨミ…あれからいろいろあった。オレは、今愛してる女が居る。お前とは一緒に居られねぇ。」

月鈴は、十六夜の手を握った。

「そんな…人なの?私の子孫…?」

十六夜は頷いた。

「お前の子孫だ。最初は人だった。だが、命を落として、オレは何とかそれを助けたくて…維心に頼んで月になった。」

月鈴はハッとした顔をした。

「龍王妃…?」

「オレの妃だ。子もなした。」十六夜は言った。「だが、維心もあいつを望んで、今は二人で守ってる。オレは維月しか望まねぇ。」

月鈴は言った。

「そんな…あなたがそんな結婚をしているなんて!」月鈴は涙を流しながら叫んだ。「どうしてそんな…私の子孫は何を考えているの?それではあまりに酷いわ!」

十六夜はキッと月鈴を見た。

「維月が悪いんじゃねぇ!オレ達二人があいつを望んだからこうなったんだ。お前にゃわからねぇよ。」

月鈴は首を振った。

「いいえ、どちらかを選ぶべきよ!」月鈴は言った。「そうでないと、ずっと二人が苦しまなきゃならなくなるわ。だって、永遠に自分だけのものにならない女なのに、愛してるなんて…!」

十六夜は顔を背けた。

「オレは、例え誰のものだって、維月が永遠に傍に来ないほうがずっとつらいんだ!やっと見つけたんだ…何よりも愛している女ってのを。」と、月鈴の腕を振り払った。「もう、よしてくれ。オレはお前と一緒に居られねぇんだよ。お前はお前の、新しい生を生きるんだ。オレは維月と共に不死の命を歩く。」

月鈴はそういう十六夜の顔を見た。

「…それなら、どうしてそんなに苦しそうなの?」月鈴は言った。「いったいあなたはどれだけ我慢して来たの…そのかたの為に…。」

ツクヨミの優しい気が感じられる。たった独りだった自分に、初めて気付いてくれた。問いかけに答えてくれた。毎日共に話して過ごした…そして、その身に降りて、その大きな力ゆえに、殺してしまった。それなのに、その先の生きがいを遺してくれて、自分は孤独にならずに済んだ。その家系を守ることで、自分の居場所を得ていた。

黙り込んで涙を流す十六夜の頬に、ツクヨミである月鈴は触れた。十六夜は月鈴を見た。月鈴は同じように涙を流しながら微笑んだ。

「お月様…私はここに居るわ。今も昔も、私はたった一人で、あなただけよ。」

十六夜は月鈴を見つめ続けた。月鈴は唇を寄せ、十六夜に口付けた。十六夜がそれを受けると、維心の念が切迫した声で頭の中に叫んだ。

《十六夜!維月が行くぞ!》

十六夜はハッとして月鈴を押して離した。月鈴はびっくりしている。

「…お月様?」

十六夜の視線は、月鈴の背後で凍りついたように固まった。月鈴が振り返ると、そこには維月が立っていた。その後ろからは、維心が早足で追いついて来ていた。十六夜はかすれた声で言った。

「…維月…。」

維月は何かを言おうと口を開き掛けたが、すぐに口を閉じた。見る見る涙が溜まって来る。十六夜は維月に向かって足を踏み出した。

「維月…オレは…、」

維月はくるりと踵を返すと、来た道を走り出した。

「維月!」

維心がすぐに後を追う。十六夜も走り出した。

「待って!」月鈴が十六夜を止めた。「…龍王が追って行ったのに、なぜあなたまで追うの?」

十六夜は少し黙ったが、振り切るように月鈴から視線を逸らし、遅れて後を追った。

ツクヨミのことは、迷ったら月に聞け1のツクヨミ、ツクヨミ2をご参照ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ